わたしはやはり怒られた。
そりゃ、帰ったのが12時を2時間もすぎたころにチャイムを鳴らしたのだから。
どこに行っていたか問い詰める親に、わたしは仕方なく部活の後輩たちと勉強会をしていた、と嘘をついた。
「じゃあその後輩さんの電話番号いいなさい」
こう言われて後に引けなくなったわたしは、さっき会ったばかりなのに連絡用にと教えてくれた番号を口にした。
『はい、谷川ですけど』
「谷川さん?辻鷹泉の親ですけど」
『はい、なにか御用ですか?』
「うちの娘が勉強会をしていた、と言ってるんですけど?」
『・・・・・。はい、それが・・・なにか?』
母は驚きを浮かべてわたしを見た。
『あ、そうだ。辻鷹先輩に勉強道具丸ごと忘れて帰った、とお伝えくださいませんか?』
「は・・?はい、はい。どうも夜分遅くにすいませんでした・・。はい。すいません。お世話になりました。失礼します・・・」
受話器を置いた母はわたしを一瞥し、
「お風呂入ってらっしゃい」
と言い残してリビングを出て行った。
生乾きの髪をそのままにベットに倒れこんだわたしは携帯電話で谷川の番号にかけた。
『はい谷川です』
「あ、泉です。さっきはありがとうございました」
『いやいや、あれくらいどうってこと無いですよ』
「でもあわせてくれて助かりましたよ」
『正直内心びくびくしながら電話してたんですけどね』
「ホントにありがとうございました」
携帯電話をサイドボードに落とすとわたしは再度ベットに倒れこんだ。
体が一度バウンドし、沈み込む。同時にわたしの意識も沈み込んでいった。
土曜日。
通常のわたしは午前11時まで寝ている曜日だが今日は午前5時起床という奇跡を起こした。
すぐに服を脱ぎ、着替え、パンを食べ靴を履いたのが起床から10分後。
やけにすがすがしい。これが『早起きは3文の得』か・・・。
頭に7文字しかない状態でわたしは自転車に飛び乗り昨日の路地からまたルナモン探しをはじめた。
と言ってもルナモンどころか手がかりさえつかめない。
そりゃ『この辺で白い小さめの生き物見ませんでしたか?』と聞くわけにはいかないけど。
結局学校まで来てしまった。部活に打ち込む生徒の姿が見える。
「あれ・・?泉さんどうしたんですか?」
不意に後ろから声をかけられわたしは驚いて振り向いた。
友達、それも親友だと思っている林未神楽がいた。
「えへへ、探し物が声をかけてくれたと思ったんですよね」
わたしは表情がやわらかくなるのを感じた。いわゆる天然の娘だけどそこが大好き。
「部活?」
「はい。朝起きてお漬物たべてたら思い出しました」
胴衣姿で微笑を浮かべている様子からは想像も出来ないが剣道全国制覇をしたのは彼女だ。それより・・・
「ねぇ神楽、白くて小さい生き物見なかった?」
「はい。見ました」
わたしはさっきの数倍驚いた。
「どこ!?どこで!?」
「こっちですよ」
食い下がるわたしを手招きして比較的のんびりとした歩調で神楽が行く。わたしは自転車をそこにおいて後に続いた。そして―、
「かわいいですよね」
神楽が抱きしめてほお擦りをしていたのはウサギだった。
わたしは失望に首を絞められる。
くすぐったい、などの言葉を口にウサギを抱きしめる神楽に聞いてみた。
「ねぇ、ウサギのこと?だったら違うんだけど・・・」
すると神楽はえさを食べるウサギの頭をなでてから首を横に振って言った。
「ごめんなさい。あんまりかわいいから・・・」
そして急に目つきが変わった。背負っていた細長い袋から竹刀を抜くとウサギ小屋を出てプールの裏に進んでいった。
「あそこになにか白いものがいるんです」
竹刀の先で示した先には・・・・
「ルナモン!?」
わたしは全速力で駆け寄り抱きしめた。
「泉・・・」
ルナモンはわたしの名前を呼ぶと胸に顔をうずめて泣き出した。
目頭がじわりと熱くなるのを感じた。
ふと気がつくと神楽もルナモンもわたしのことを見ていた。
「泣いてるんだね」
神楽がわたしの顔を覗き込んで言った。わたしは急いで顔を拭く。
「泣いてないって・・・。ルナモンが大泣きするからわたしの顔まで濡れたの!」
それを聞いて二人はふきだしていた。顔が火照るのがよく分かった。
神楽は目を細めるとやがて立ち上がって袴の膝をはたいて立ち上がった。
「お探し物、見つかってよかったね」
そういい残すとそっと出て行った。柔剣道場に行ったんだろう。
わたしはしばらくそのままの状態で座り続けていた。
たぶん誰かに見られたら大騒ぎになっていただろう。でもその時のわたしたちはそんなことまったく気にしていなかった。
わたしたちが1週間ぶりに再会したその10日前の同じ時間。
ファスコモンが隙を覗っていた。積山はその後ろで全体の様子を確かめる。
ランクスモンが雄たけびを上げた。と、同時にファスコモンに猛然と飛び掛る。
機敏な動きでよけたファスコモンの後ろで金切り声を上げアスファルトが引き裂かれる。
そして・・・・・
高温の炎で焼かれ自ら光を放っていたポストの中の手紙が消し炭になったころ。 −実際にはほんの数分- 、ランクスモンは白い砂となっていた。
少し前。その砂=ランクスモンの右目は面白いくらい見開かれていた。
その前には太陽を背に大きな体格のデジモンが一体。
そしてその向こうに人間が一体。彼は押さえるようにしていた左手を右手から放した。
その下から黒地に金のラインの機械が現れる。
そしてそれは黒い光が漏れていた。
ランクスモンは自分の左半身を粉砕したデジモンがファスコモンの進化したポキュパモンだということを悟る寸前、消滅した。
積山は振り返り、そしてひざまずいてそこに倒れていた人間を助け起こした。小学生くらいだろうか。
「怪我はないか?」
立ち上がって頷いた小さな子どもの頭をなでて積山は微笑んだ。
「よかったな。でもな・・・このことは言うなよ?」
子どもは頷いて訊いた。
「お兄ちゃんはなんなの?」
「うん?おれは、な、・・・・・の味方だよ。2度とお前みたいに怖い思いをさせるわけにはいかねぇのさ・・・」
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