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71    第70話 「暦壁」
『 こんにちは和西高くん。 』
『   君はデジモンテイマー   』
『       加えて       』
『水の大賢人を名乗る資格がある』
デスクトップに表示された文字列を見て和西は呟いた。
「なんだこれ・・・」
デスクトップのウィンドゥには3色の卵が表示され、その下にこう記された。
『選ぶがいい。君のパートナーを』
ポインタが青い卵を指す。
『    Yes    or    Now   』
 
「やぁ、君が和西くん?ふ〜ん、おれはゴマモン。とりあえずよろしくね」
和西はじろじろとゴマモンを観察した。
大きな爪があるが好戦的、というわけではなさそうだ。
 
 
1人目は腕組みをして静かにうなずき、二人目は手を上げて挨拶する仕草、3人目は剣の柄に手をかけていた。4人目は両手を振っていた。
 
 
[黒い人影の背中から頭上にかけて白く輝く人影が抱きついていた。
黒い竜のような影が一緒に戦っている。『・・・ッ!』黒い影は手に持った槍のようなもので影を貫いた。
恐竜が爪で引き裂き、4つの影は溶けるように消えた。]
 
和西に向かって歩み寄る積山は無表情だ。積山は和西の前まで来ると、
「大丈夫ですか?怪我とかしませんでしたか?」
と丁寧な口調で話しかけた。
「はじめまして。ぼくは積山慎。銘は『闇の守護帝』です」
「ギルと呼んでくれればいい」
とぶっきらぼうな自己紹介した積山のパートナー、ブラックギルモン。
 
 
[右腰から凄まじいスピードで銃のようなものを抜いて次の瞬間角のある影と蒼い影とともに解けるように消えた]
 
氷の壁が半円を描いて和西達を包み込んだ。銃声が立て続けに聞こえ、氷を穿つ音が聞こえた。
「上!ここのはしごを使って!早く逃げないと、長くはもたないよ!」
彼は和西と目が合い、苦笑いをした。
「笑ってないで自己紹介する」
パートナーらしきデジモンに角で背中をつつかれて彼は、
「いたっ・・・。えっ?あぁ、・・・はじめまして辻鷹仁です」とだけ言った。
パートナーはため息をつくと
「オレはガブモン、仁のパートナー。よろしくな?」
と言って声を立てずに笑った。
 
 
[人影は蒼い影の素早い攻撃を軽々とよけると腰から剣を抜いて影の胴を薙いだ。
同時に恐竜影が口から炎を撃ちだし蒼い影に命中さた。そしてまた影が3つ同時に消えた。]
 
「なぁお前・・・」
嶋川はにらみつけた。
「オレはオレの仲間を傷つけようとする奴は絶対にゆるさねぇ。あいつを何度を攻撃したような・・」
嶋川はネオデビモンを蹴り飛ばした。
「よーするに・・・」
嶋川は炎撃刃を構えた。
「お前みたいのなんだよ!!」
そしてネオデビモンの顔面に突き刺しながら叫んだ。
「やんのか!!!!!オラァ!!!!!」
ネオデビモンは黒煙をあげて燃え上がり、白い砂になった。
 
 
[盾に銃でも仕込んであるらしい。そして髪の長い影と鳥の影も消えていた。]
 
作り笑いで顔を上げると少女は名乗った。
「あたしは」
体を落ち着かせて言った。
「あたしは谷川、谷川計。パートナーはホークモン。銘は・・『風の修験者』・・・」
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ずっと耳をふさいでいた谷川が倒れた。眼を見た積山が驚いてそばに座り、もう1度覗き込んだ。
瞳孔が透き通ったエメラルドグリーンに染まっていた。同時に谷川がうるさい、とつぶやいていたことも。
谷川はしばらく耳をふさいで横になっていたがハッと眼を開けるとよろめきながら立ち上がった。
金属質の音を響かせ槍が落ちると同時に回すようにして真上に盾を上げた。前部分が開き銃口が姿を現した。羽音以外の音が消える。
音の聞こえた正確な方角が分かった。盾の内部の引き金を引く。ロッドから手を離した。
重い音が3つ続き弾丸が凄まじいスピードで飛んでゆく。初弾、次弾が唸りをあげてはるか遠くを通り過ぎていった。
視線を前に戻したネオデビモンの顔面に次弾に続いて撃ち込まれた3発目の空気の銃弾が命中した。
 
 
「・・                死   ぬ   の   か   ?            ・・」
「・・・・ゴマモン・・・・」
「・・・・なんだい?・・」
「あそこまで一気にいけたら何とかなるかな・・・・」
「なにそれ・・・無理だろ・・」
弱々しく笑うと和西が聞いた。
「どっちが?」
ゴマモンが即答した。
「あそこまで一気に行くことに決まってるだろ?」
「死んでたまるか」
 
 
「デジタル未確認生命体対策組織第3部隊隊長二ノ宮涼美。彼はパートナーのファンビーモン。そして・・・・」
二ノ宮と名乗った女性は右手を突き出して言った。
「銘は『鋼の千計師』」
 
 
積山はいつもどおりの速さで校内を進み、教室の一番端に置かれた自分の机に座った。机が1つ多い。
「転校生ってやつだな」
ベランダにギルが降りてきた。
「みたいだね」
積山は中をのぞいた。ペンが1本だけ入っていた。
 
 
和西は携帯電話を握っていた。
停電に陥った暗い室内を落雷が一瞬照らす。
「・・・どうする?」
ゴマモンが机の上から聞いた。携帯電話から、
『繰り返します。・・・原子力発電所が占拠・・・・第・・・・隊。内部との連絡はとれない』
事務的な口調で繰り返されてる。
 
 
天羽はゆっくりと階段を上る。
薄く雲が張り始めた空の下眼下に街を走り抜けていく積山とその近くを追うギルが見える。
白い羽毛が舞い散った。
 
・・・・―
かつてのかけがえの無い人の前に戻ると積山は手を突いた。
本をひろいあげ抱き締める。
「あぁぁ・・・・・・・」
彼は声を震わせて泣いていた。
そして・・・・
 
 
「彼の眼なら直接前触れを見つけることが出来るかもしれない。もちろん私たちもできるかぎりサポートするし・・・」
「あの公園見て」
人だかりが出来ているのが見える。
「あれ?あれがどうしたの?」
「あの人だかりの中心に亀裂があるんだ。それに・・・人の様子もおかしい」
 
 
現れた偽者の積山、辻鷹、谷川が嶋川に迫る。
「あと2つ!」
振り向いて背後の敵を叩ききろうとした嶋川の動きが止まった。
身を縮めた谷川の姿が目に映る。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
嶋川が迷いを振り切った瞬間。
ナイフが腹部を貫き、その先端は背中から抜けた。鮮血が吹き荒れ、視界がぼやける。
返り血に染まった谷川は口に笑みを浮かべていた。
が、目はまったく笑っていない。
「・・・・バイバ〜イ」
 
 
それなりに豪華なホテルの一室のような部屋に少年が一人、鉄格子ごしに見えた。
「おっ、看守さん。なんかあったん?」
人畜無害な笑みを浮かべて彼は格子の向こうの男たちを見やった。
パソコンの前からはなれると彼はソファに腰掛けた。
「柳田、出ろ」
短い要請に彼、柳田将一は快く応じた。
「やっとか。外出んのは久々やなぁ」
そして続ける。
「コクワモンとかにも会えるんやろな」
 
 
残忍な笑みを浮かべるもう一人の自分を谷川が触れれば斬れるような視線で睨みつける。
「敵討ち。私もアグモンもあなたを倒すまでは絶対に戦いをやめない」
凄んだ谷川の声に数人がたじろいだ。
「敵討ち?バカみたいね。私は殺してもしなない。第一なんで敵を討つの?・・・同じ理由で私があなたたちを倒してもいい。そうは考えない?自分の戦いを正当化してるだけじゃないの?」
もう一人の谷川が無造作に吐き捨てた。
とたんに谷川はうつむいた。髪で表情は見えないが声は荒らげていた。
「あなたが殺した浩司は、そして私は・・・。戦いを肯定していない。正当化もしない・・・。ただ、あなただけは許せない・・・。許さない・・・!」
ロッドを引き、銃口を向ける。
「倒しても死なないなら・・・!死ぬまで殺す!!」
ロッドから手は離されていた。
 
 
 
谷川はゆっくりと彼に歩み寄った。
「・・・どうして・・・・?」
額の汗をぬぐうと嶋川は微笑んで見せた。
「悪かったな。勝手に死んじまって」
何か言おうとした谷川を遮ると嶋川は辺りを見回した。
「あいつらがいないな。やばい事になってるだろ?」
谷川も薄々感ずいていた。そして思った。
話は後回しだ。
バックから炎撃刃を出して差し出す。
「いってらっしゃい」
「帰りは早くなるぜ」
 
 
   もう引き返せない。選ばれたのだから。
 
 
「死んだ者をよみがえらせるなんてやっていい事かどうか分かるだろう!?」
ギルが怒鳴った。しかし積山は聞いているのだろうか。
「そ、そんなん考えすぎやろ?だって・・・。いくらなんでもアイツがそんな事するはず無い」
反論した柳田に二ノ宮が教えた。
「それが、するかもしれない状況なの。積山くんは自分で自分の大切な人を殺してる。しかも本当は敵だと思ってたデジモンで相当ショックだったはずだから・・・」
「分かってる。やらない。・・・それにできると分かったわけじゃないし。・・・分かってるんだよ」
積山は胸から下げた皮袋を握り締めて自嘲気味に言った。
「それに・・・。もし生き返らせても、その時彼女になんて言われるか分からないしね」
 
 
すきを突いた積山の蹴り込みがギルの腹部にめりこんだ。
「・・・・ごめん。でも・・・、もう後戻りできない・・・」
迷いと涙を振り払うと積山は司令塔展望台から出て行った。
 
 
「ほら、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんとお母さんのとこ行こうね」
メガドラモンが姿を消したころを見計らって2つの人影が現れた。
黒畑は小学校低学年ほどの子を連れてまったく人の気配のない大通りを歩いていった。
「黒畑のお姉ちゃん、疲れたよぉ」
その子は黒畑から手を離すと街路樹の根本に座り込んでしまった。
それを見かねたのか彼女の肩から茶色いデジモンが飛び降りて首をかしげた。
「すこし休憩しようね」
目を細めてその様子を見ていた黒畑は道路の上に何か落ちているのに気づいた。
「ロップモン、ちょっとその子見てて」
ロップモンと呼ばれたデジモンは抱きつかれたままフゴフゴと頷いた。
 
 
嶋川はリーダーに挿入し、読み込ませた。
「うわっ・・・」
とたんにグレイモンが紅く光りだす。
「グレイモン進化・・・・!」   
グレイモンの動きが一瞬で止まり、次の瞬間には動いていた。
「     メタルグレイモン      」
頭部は銀色の鋼鉄に覆われ、右腕は完全に機械化している。背部にはブースターが装備され、それが起動する。
噴射される炎はまるで翼のような形にも見えた。
 
 
「お前はだれだ。なんでおれの番号知ってるんだ?」
『警視庁の吉岡というものだ。君が出入りしている組織のリーダー、有川と幹部三名、数人の上級官を逮捕した。君の番号は和西から訊いた』
「逮捕だ!?なんでだ!」
『無意味に都市の攻撃を繰り返し、肝心の怪物退治もできない始末。それでついさっき逮捕状が下りたんだよ』
嶋川が反論する間もなく電話は切れた。
彼は混乱して立ち尽くした。
 
 
谷川は全てを知らなかった新しいテイマー、林未,柳田,黒畑に全てを話していた。
「これがすべて。今まであったこと、和西くんに聞いたことの全て。あたし達の戦いの全て」
 
 
座っていた積山は部屋に侵入してきたもう一人の自分を睨みつけた。
『ぼくには君が考えている事が手に取るように分かる。人を生き返させる。素晴らしい力だ』
『なにがいいたい?』
『分かってるはずだ。君は嶋川浩司をもっとも大切な存在としている谷川計を羨ましく思ってる。違いますか?自分の一番大切な存在をもう一度自分の手に取り戻したい。そうだろう?』
『・・・違う・・・・』
『違わない。君は自分のしたことを後悔し、いま悩んでいる。なぜなら・・・・、君はもう気づいているはずだ』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『そう。和西高が水の力を使って驚異的な脚力を持つように、辻鷹仁が氷の力を使い尋常ならぬ視力を持つように、そして嶋川浩司が炎の力による熱から高い反射能力を発揮するように。そう。闇の力を利用した能力が君にもある。それもただ闇から鎌を生み出すなんて単純なものじゃない』
もう一人の積山はこう言い放った。
『そうだ。闇の能力とは[生命の再構築]だ。術者の思い1つで能力を変更することも記憶を継続させることも思いのまま。・・・・・これを使わない手はないじゃないか・・・!!!』
『違う・・・。違う・・・・!』
『違わないね。君は能力を確信し実行に移すか移さないか、そこで迷っている。でもその迷いになんの利点がある?天羽裁がよみがえってなんの損がある?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・うぅぅ』
 
 
半泣きの顔で首を動かす彩華の肩を誰かが叩いた。
「どうしたんですか?」
車椅子に乗った若い男だった。年齢は・・・、18才くらいに見える。
彼は表情を緩めて彩華の髪をなでた。
「お願いがあるんだけど・・・、聞いてくれるかい?」
「いいですけど」
「救護室に連れて行って欲しいんだ」
「うん。分かった。お兄さん名前は?」
「僕?意藤歩。  君は?」
「あたしは積山彩華」
彼はコートのポケットに手を入れ、D-ギャザーを取り出し、きょとんとした目で見上げる彩華に差し出した。
「これ、デジヴァイスだよね・・。なんで?」
 
 
轟音が響き、積山彩華は身をすくめて空を見上げた。
飛行機がアメリカへ向け飛び立つ。
首を右から左へと限界まで動かしてそれを見送った彼女の右腕にはデジヴァイスが装着され、紋様が浮き上がっていた。
 
 
「デジヴァイスをつけてる右手から電気的な信号が出ている。・・・たぶん、脳とか全身の筋肉とかに・・・・・・・・・・・・作用してる」
積山・林未・時以外の全員が自分のデジヴァイスを見つめた。
「作用してるってどういう、こと・・?」
谷川が恐る恐る訊いた。
「つまり、体に作用している、というのは・・・、例えば仁の目の視力が上がるとか嶋川さんの反射神経が鋭くなる、とかですね」
「脳への作用ということは・・・もしかしたら恐怖感の抑制や闘争心か?心当たりがないでもない」
 
 
「まぁ・・・、平たく言えば監禁されて実験台にされたわね。そのときには組織も出来たてで研究所が半分暴走してたから」
彩華は不思議そうな顔で訊いた。
「でも、なんで二ノ宮さんは実験台にされたの?」
「目的は3つね。1つは人工的にテイマーをつくることへのデータ。もう1つは自然のテイマーそのもののデータ収集。最後に・・・人間強化の実験台」
後部座席に座った2人と3体が同時に声を出した。
 
 
積山は窓の外、白み始めた東の空を見つめた。
「流れが、変わるな・・・」
積山は無邪気に自分に甘えるリートモンの頭をなで、ギルに一度頷いて見せた。
「ほらよ」
D-ギャザーを投げ渡す。
積山はそれを受け止めると紅いプログラムカードを読み込ませた。
リートモンが光に包まれた。
積山とギルはお互いに黙ってそれを見ていた。
進化を終えたその姿を見て積山は微笑んだ。
「やっぱり完全体だったんだね」
ウィルドエンジェモンの翼が出たばかりの陽に照らせれて白く輝いた。
「   ごめんなさい」
 
 
ついさっきまで味方がいた空間に黄金の機械鳥がいた。
「オソイ」
クロスモンが瞬間移動をし、3体が新たに落とされる。
 
風が消え去ったとき、谷川はあたりを見回した。
自分のとなりや後ろは黒と青を基調としたカラーリングのサイボーグデジモンが整然と並んでいた。
『ヴァルキリモン、究極体に進化したみたいですね』
 
 
「[オリンピア]!!」
背のたけにして2メートルもない、デジモンがビルから飛び降り、その手の大剣でギガドラモンの腕を一刀両断にした。
「まかせて。究極体、思ったより悪くない」
声は黒畑のものに近い。
和西は、そのデジモンがロップモンと黒畑が進化したミネルヴァモンであることに気づいた。
髪は黒畑と同じく赤毛、しかし背に盾、右手に2メートル半はありそうな剣を持つ。
腰の後ろには黒畑が持っていた短剣が吊られていた。
 
 
「よし・・・・電気を!」
所長が指示をした。
大きな音がして、膨大な電力がムゲンドラモンの頭部に注がれる。
「君はどこから来た?」
『デジタルワールドから』
「君はなぜここに来た?」
『リアルワールドでの実験を行なうため』
「ロイヤルナイツがお前に指示をしたのか・・・!?」
『そうだ。ロイヤルナイツがお前達が“アンノウン”と呼ぶ擬似生命体のリアルワールドでのテストにおけるそれらの護衛を命じた』
「まさか・・・・・・、ロイヤルナイツが・・・・!」
 
 
 
「やってやるさ。見てろよ・・・・、積山」
「    アグモン進化     」
アンノウンの最前列全てが炎上した。
かけらも残らず高熱で消滅する。
炎撃刃を構える龍戦士は戦う。
「ウォーグレイモン」
X抗体特有のクリスタルを体の各部に見せるそのデジモンは嶋川とアグモンが進化した究極体だった。
眼は灼熱の炎の色をしている。
「おれには感情がない。でも笑うことはできる。君は・・・、かけがえのない“まぎれもない究極の力”を手に入れたんだな」
ウォーグレイモンの視界に一瞬谷川、そして仲間のシルエットが浮かんだ。
頷いたウォーグレイモンの顔を見て嶋川は満足そうに、このうえなく満足そうに言った。
「私は君になりたかった。・・・とても羨ましい。・・・君のその“究極の仲間”と“究極の力”さえあれば・・・・、奴に勝てる。未来は君のものになる」
 
 
 
 
 
一人だけ残されたかと思った和西は次の瞬間には一番の友人と隣りあわせで席に座った。
「長かった」
と、和西。
「短かった」
と、ゴマモン。
 
「いろんなことがあったよね」
 
和西は口を開いた。
「ゴマモン・・・、」

更新日時:
2007/11/05 
72    第71話 「決闘」
神原から手渡されたダンボールを見て二ノ宮はしばらく黙った。
「別に妙なもんは入ってねーよ」
彼女の様子を見て神原は一言付け加える。
「有川さんからだ。“全員”に渡してくれ」
「はぁ・・・」
「何?朝早いのに」
話し声で起きた谷川が顔を覗かせる。
「差し入れだよ。8時に朝飯だ」
そう言い残し神原は部屋を出て行く。
「なによこれ」
二ノ宮と谷川はお互いに顔を見合わせた。
 
 
 
9人が組織の戦闘服に身を包む。
 
黒畑・二ノ宮は長い髪を結ぶ。
 
9人が“コート”を羽織った。
 
林未は剣をコートの下に差す。その背中には右腕と同じ紋様の刺繍が入る。
有川から差し入れられたのは10種類の紋様が入ったコートだった。
彼は襟を正すとトレードマークであり遺品でもあるバンダナをいつもよりきつく締める。
 
谷川、二ノ宮、彩華、黒畑の4人はほぼ同時に髪をコートの上に出した。
 
嶋川は背中に炎撃刃をたすき掛けにすると振り向いた。
目が合った柳田はいつもどおりの笑顔で応える。
 
全員が準備を整えるのを待ち、和西は積山の分のコートをしっかりと背負った。
 
 
9人を出迎えたのはそれぞれのパートナーと時、有川だった。
その後ろには何十体ものダークドラモンとタイガーヴェスパモン、タンクドラモン、キャノンビーモン。
和西を含めた9人全員がパートナーと共に走り出した。
 
大地をダークドラモン、タンクドラモンが駆け、空をタイガーヴェスパモン、キャノンビーモンが飛ぶ。
 
5体のギガドラモンが辻鷹・ガブモンを先頭に進む部隊の前に迎撃に現れる。
辻鷹は究極体プログラムを取り出す。
氷の柱が立ち上がる。
「   ガブモン進化   !!」
それが砕け散り、そのなかから現れた蒼いデジモンが顔をゆっくりと上げた。
「メタルガルルモン」
右手を突き上げる。それが展開し、ガトリング砲がせりあがる。
「[ガルルガトリング]!!」
冷気弾が正確に撃ちこまれる。
一撃で消滅したギガドラモンを目前にメタルガルルモンは呟いた。
「よ・・し。いい感じだ」
 
 
戦闘は圧倒的な差で人間側が有利だった。
辻鷹に続いて和西・ゴマモンはネプトゥーンモンに進化し、
黒畑・ロップモンはミネルヴァモン、二ノ宮・ファンビーモンはタイガーヴェスパモンへと進化した。
谷川・ホークモン、嶋川・アグモンも初期からそれぞれヴァルキリモン・ウォーグレイモンXへと進化している。
 
 
すでにドームは半数以上破壊され、一際巨大なものの前にウォーグレイモン、ヴァルキリモン、彩華・チィリィンモン、林未・カラテンモンが集まっていた。
 
「落とすか・・・!?」
ウォーグレイモンが指を鳴らす。
ヴァルキリモンは腰から剣を抜いた。
「やるならあたしだって」
彩華は究極体プログラムを読み込ませる。
「    クダモン進化    」
閃光が煌き、真紅の騎馬騎士が姿を現した。
「スレイプモン」
騎馬の足を開くと腰を落として右腕のボウガンを構える。
「[ビフロスト]!!」
光の矢が撃ちだされドームに直撃する。
衝撃でゆれる地面にウォーグレイモンが両腕のドラモンキラーを突き立て、大地の力と共に引き抜き、頭上に掲げる。
炎が巻き上がり、巨大な火球が発生した。
「[ガイア・フォース]!!!!」
熱風と豪炎がドームを包む。
「[ファンリルソード]!」
相当なダメージを受けたそれを風と氷が斬り裂いた。
それまで黙って様子を見ていた林未はついに耐え切れずに崩れたドームの中に何かが動く気配を感じ、目を見張る。
「離れろ!中にいるぞ!」
すかさず究極体プログラムを起動する。
「    コテモン進化    」
植物のツルが柱を組み、それを叩ききってデジモンが繰り出す。
「メルクリモン!」
異常な大きさのデジモンに先手を打つべく、メルクリモンが迫る。
「[スピリッチャルエンチャント]!」
短刀の軌跡から黒い影が現れ、そのデジモンを絡めとった。
「オレに任せろ![ブリッツ・アーム]!」
黄金色のデジモンが真上から鉄拳を振り下ろす。
電撃がほとばしり、ドームの残骸が吹き飛んだ。
自分のとなりに着地したそのデジモンにメルクリモンがかすかに親しげに声をかけた。
「柳田だな?」
「今は“ライジンモン”」
「こだわるんだな」
ライジンモンはアーマーの奥の顔を笑顔にし、前を見据えた。
「倒せるか・・・?“ゴクモン”は手強いで?」
上半身まで姿を現したゴクモンを見上げ、メルクリモンは無言で頷いてみせる。
空気を吸い込む音が重く響く。
ゴクモンの右腕が無造作に振り下ろされた。
「[ギアスティンガー]!」
腕が弾かれ、一体のタイガーヴェスパモンが視界に入る。
ゴクモンとメルクリモンの間に割って入ったそのタイガーヴェスパモンは両手のビームランスを握りなおす。
「二ノ宮か?」
ウォーグレイモンが口を開いた。
タイガーヴェスパモンは軽く頷き、
「気をつけてね。リアライズが中途半端だけど・・・・・、強い」
すぐに剣を向けたヴァルキリモンの横でスレイプモンがボウガンで狙いをつけ、ウォーグレイモンは体を半身に構えた。
上半身だけという姿のゴクモンはゆっくりとした動きで体をひねって辺りを見回していたが、やがてその口が歪む。
「[蛇炎煉獄]」
 
たった一撃。
温度的にはウォーグレイモンのものにも劣る炎の攻撃がゴクモンの周囲を火の海に変えた。
ライジンモンたちは攻撃より一瞬早く反応し、直撃を避ける。
その攻撃は全員に同じ考えをよぎらせる事になった。
 
“ゴクモンが完全に現実化したらあっというまに世界が焼かれる”
 
 
「[デモンズ・シュナイダー]!」
 
初めに反撃に出たのはメルクリモンでもウォーグレイモンでもなかった。
赤い光がゴクモンの右腕を斬り落とす。
黒い翼を持ち、鎧に全身を包んだデジモンがゴクモンの後ろにいた。
その暗黒騎士を見てウォーグレイモンはそれが誰かすぐに分かった。
「積山だな・・・。いいところで出て来やがる」
ウォーグレイモンはすぐに行動に移った。
ドラモンキラーを構え、猛然と突進する。
「[ガイアフォース・ゼロ]!!!」
至近距離での直撃を狙った大技。
大爆発が起こり、酸素濃度が一気に下がる。
それが一瞬でもとに戻ったとき、ゴクモンの前部の装甲がすべて焼け崩れていた。
「[マッハスティンガーヴィクトリー]!」
「[セントランス]」
「[ビフロスト]!」
タイガーヴェスパモン、ヴァルキリモン、スレイプモンが同時に必殺の一撃を叩き込む。
ゴクモンは完全に破壊された腹部から後ろに倒れた。
その際、残った腕の鋭利なツメが3体に襲い掛かる。
「[マッドネスメリーゴーランド]!」
ゴクモンの攻撃がスレイプモンの鎧をかすった瞬間、岩石の柱が腕と大地を縫いつけた。
ミネルヴァモンが“オリンピア”を構えて立つ。
倒れたゴクモンの真上からライジンモンが全身に電気を放電させ、両腕に全身の電撃を集中させる。
「[エレクーゲル]!!」
渾身の叫びとともに振り下ろされた一撃がゴクモンの頭部をショートさせた。
 

更新日時:
2007/11/11 
73    第72話 ・ 最終話 「虚空」
タイガーヴェスパモンはミネルヴァモンに軽く耳打ちするとゴクモンに向かっていく。
ミネルヴァモンはスレイプモンに声をかけ、その背に飛び乗って走り去った。
入れ替わりに和西とシャウジンモンが駆けつける。
ウォーグレイモンは一度振り向くと小さな声で呟いた。
『遅いじゃないか?リーダー』
「待たせたね」
和西はゴクモンの上空で腕組みをして自分を見つめるカオスデュークモンに声をかけた。
「積山くん、どこにも行くなよ。   渡したいものがあるんだから」
和西は積山のコートを持ち上げて見せる。
そしてコートを背負いなおすと究極体プログラムを取り出した。
その場の全員が注視するなか、和西のD-ギャザーが変化する。
「         ゴマモン進化         」
轟音を上げ、和西とゴマモンを水柱が包む。
水柱が爆発し、霧の中から一体の究極体デジモンが姿を現した。
「ネプトゥーンモン」
彼は自分の周囲に波を創り上げ、それに乗る。
右腕に握られた降流杖ともう一本の槍を合わせる。
鋭い音を発した槍ごしにネプトゥーンモンは“獲物”を見据えた。
カオスデュークモンはすべてを察すると槍を真横に構えた。
 
2体の究極体へと進化した和西高と積山慎がゴクモンへと突進していく。
 
テイマーになった日から長い時間を経て、2人自身も“進化”していた。
 
 
黒畑・ロップモン    ミネルヴァモン
柳田・コクワモン      ライジンモン
林未・コテモン       メルクリモン
二ノ宮・ファンビーモン  タイガーヴェスパモン
彩華・クダモン       スレイプモン
谷川・ホークモン     ヴァルキリモン
嶋川・アグモン      ウォーグレイモン
全員が違和感を感じていた。
『自分達は戦いすぎている。戦いに慣れすぎている』
と。
 
 
ただ一人でギガドラモンを食い止めるメタルガルルモンは自分の限界が近づいている事を悟った。
「あとどれくらい持つ・・?」
『30分は持たせて見せる!』
後ろを振り向く。
ダークドラモンたちはすでに限界に達していた。
(任せて、って二ノ宮さんには言った。自分の言ったことにくらい責任をもつ)
ガトリング砲を突き出し、ミサイルポッドを展開する。
胸部ハッチ、背部バースト、ビーム砲がそれぞれ敵をロックした。
「これが・・・・!」
『最後の・・・!』
 
「[ガルルバースト]!!!!」
 
全身から放たれた全火力の光でメタルガルルモンの体が輝いて見えた。
 
ギガドラモンは強烈な冷気で凍りつき、ミサイルの爆裂がそれを粉々に砕いた。
変わり果てた通に辻鷹とガブモンが倒れていた。
「生まれて初めてこんなに疲れた・・・」
辻鷹が呟く。コートの前を開くとガブモンの背に寄りかかる。
「いま襲われたらひとたまりもないな」
同じように体力を消耗しきったガブモンが自分の周りを見渡す。
辻鷹は乾いた声で笑った。
「それはまぁ・・・・、ついてない、ってことじゃない?」
そして同時に目を見張った。
「まさかね・・・。僕達は相当ついてる・・・・、いや、がんばったみたいだ」
スレイプモンから飛び降りたミネルヴァモンに抱きかかえられ、辻鷹は安堵した。
 
 
 
壮大に破壊された街を見渡して二ノ宮は携帯電話で組織に連絡をしていた。
「ゴクモンを倒しました。でもエネルギー切れで退化してしまったみたいで・・・・」
『そうか。おつかれさまだったな。ダークドラモンやお前以外のタイガーヴェスパモンはすぐに帰ってきてしまったよ。やはりD-ギャザーのように身体に密着した仕組みのデジヴァイスが効果的みたいだ・・・』
「アンノウンの反応は?」
『リアルワールド上には一切ない。任務完了と言ってもいい状態だ。神原君はかなり悔しがっていたよ。“おれも戦いたかったー!!”ってな』
二ノ宮はそんな神原の様子を想像して笑みがこぼれた。
「お父さん、今度食事にでも行かない?」
『あぁ、楽しみにしているよ』
二ノ宮は携帯電話をしまうと街を見渡した。
平らになったせいか見渡しがいい。
(これから大変になりそうね)
彼女はそう思っていた。
 
 
和西はコートを下ろすと積山に差し出した。
「どうも」
短く礼をすると積山はそれを羽織った。
もし和西が手話を理解できたなら、裁が手の動きで
『似合う』
と伝えたのが分かっただろう。
「心配かけてすいません。もう大丈夫です」
初めて出会ったときよりも落ち着いた口調で積山が言った。
「いや、いいよ。これからもよろしく」
和西は頷いて見せた。
ゴマモンとギルはしてやった、というような顔で笑いあった。
 
 
辻鷹が黒畑に支えられてやってきた。
「体力ないねー」
ロップモンの言葉に、
「ははは・・・」
ガブモンが苦笑いをする。
 
「うわぁ、ひどい・・・」
彩華は焼き払われた街を見て絶句した。
「大丈夫や。これくらいすぐにもとに戻るで」
彼女のとなりに腰を下ろした柳田がすっきりと晴れた空を見上げて笑った。
コクワモンはずっと黙っている。
電池がきれかけなんだろう、クダモンはそう推測した。
彩華は一瞬目を見開いた。
「・・・すぐに戻るの?」
柳田はコクワモンを軽く叩きながら言った。
「いや、“必ず”戻る」
「そのとおりかもね」
駆け寄ってきた谷川が彩華にじゃれ付きながら言った。
 
 
 
次の日。
 
有川は豪華な部屋を用意して10組のテイマーを呼んだ。
早朝の召集に不服を言うものは一人もいなかったし、体調不良を訴えるものもまったくいなかった。
有川はそれぞれのパートナーに円を描いておかれたソファをすすめ、自分はその中心に立った。
「今日は何の話ですか?」
和西の問いに有川は小さく息をすって、口を開いた。
「君達には真っ先に伝えるべき話があった。ずっと黙っていた事を詫びたいと思う」
物音がまったくしない。
復興作業を行なうキャノンビーモンが一機、窓の外を通り過ぎた。
 
「もともと、テイマーは十人いた。彼らが全てを始めた。君達にある偉大な10人のテイマーの話をしよう」
 
有川は脇に抱えていたパソコンを開いた。
かつて、『辻鷹泉』が“もしもの時のために”と言って彼に預けたファイルを開く。
 
 
そこに表示された文章がプロジェクターによって壁面に映し出された。
それはかなり長いものだった。
 
 
 
 
<  “第一章”   END>

更新日時:
2007/11/17 
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