「はぁー、・・・あー・・・ーあ」
イスの背もたれに体を預ける所長はいつもは机の隅に飾られている写真を見つめていた。
小学生くらいの銀髪をツインテールにした女の子が所長と髪の長い女性の間ではちきれんばかりの笑顔で写っていた。
そして3人の頭上にはハグルモンとファンビーモンの姿も。
所長は悩んだときはいつもこの写真を眺める。
研究室にあるその机には10分に一度、研究員が“悩みの種”をもってやってくる。
「所長。やっぱムリッす」
その場にいる全員の口からため息が漏れた。
「なかなか上手くいかんなぁ」
完全体進化プログラムを完成させた研究所が次に目指したのは究極体への進化を可能にするプログラムカードだった。
進化を人工的に行なう方法の論理は以下のようになっている。
・進化するのに必要なデータ量をプログラムカードに圧縮したデータでまかなう。
・パートナーデジモンにとって精神的に必要不可欠なものはテイマーの意思や思いをつたえることによってカバーする。
・上記二つはデジヴァイスを中継してパートナーデジモンにロードされる。
今回の問題は1つめの論理だった。
進化に必要なデータ量。
先のギガシードラモンの推定データ量からもその莫大さは立証済みだった。
「ようするにプログラムカードではとても追いつかないデータ量だ、ということだな。なんとかしないとなぁ」
そう呟いたときだった。
所長は昔自分が研究していた事を思い出した。
「そうだ・・・!あれどこやったっけ」
机をひっくり返しそうな勢いで彼が探していたのは過去の実験データの資料だった。
組織が立ち上がったばかりの頃。
組織のトップはデジタルワールドへ行く方法や強化人間、人工テイマーの研究を推し進めていた。
「これだ」
文字通り机をひっくり返して見つけた3つのファイルにはそれぞれ、
“デジタライズに関する実験試料”
“No−03 神原拓斗”
“No−02 二ノ宮涼美”
と印刷されたラベルが貼り付けてあった。
しばらくファイルを研究員全員で見ていた所長は突如立ち上がった。
「デジタライズ化時の資料をかき集めろ!被験者のデータ容量をはじき出せ!」
組織が再編されて以来、研究所はもっとも騒がしくなった。
「[コールドフレイム]!!!」
右腕に集中させた蒼い炎を全身の力を込めて撃ちだす。
ブルーメラモンの渾身の一撃がムゲンドラモンの左腕のクローを破壊した。
全体の20分の1ほどにしかあたらない兵器の破壊で全体力を使い切ったブルーメラモンはもはや精神だけで進化を維持している状態にまで陥っていた。
「なにか弱点は?なにかないか!?」
ワーガルルモンが辻鷹に訊いた。
「・・・え」
「だめだ。使い物にならない」
ムゲンドラモンの攻撃はすべてシャウジンモンとキャノンビーモンが打ち消していたが、それが原因で戦えるデジモンはワーガルルモンだけだ。
彩華は車の中でただ震えていた。
戦いの重さを目の当たりにした恐怖よりも意藤が戦いを拒絶した理由を知ったことの驚きが上回っていた。
「ごめんなさい・・・」
そう呟いた彼女を誰かが優しく抱きしめた。
「大丈夫。私達は20・・・いえ、21の仲間だから。仲間がたくさんいるってすごく心強いでしょ?」
谷川はそう言って上着のポケットから2枚の紅いカードを取り出した。
一枚を差し出すともう一枚を自分のD-ギャザーに読み込ませる。
谷川の後ろを紅い鳥人・ガルダモンが飛び立った。
谷川の長い髪が風に踊らされ、車が揺れた。
その揺れが地響きによって続き、扉と谷川の間からメタルグレイモンに乗った嶋川が通り過ぎていくのが見えた。
「彩華ちゃんのお兄さんは来られない。でもその代わり私達は全員来たよ。一組足りないけどそれでも仲間だから」
谷川とは反対側のドアの窓から黒畑が身を乗り出して言った。
アンティラモン、メタリフェクワガーモン、そしてクダモンの進化したチィリンモンも現れ、9体の完全体がそろった。
電話でその様子を聞いた積山は卵から孵ったリートモンを頭に乗せたギルを手招きして頷いて見せた。
「黒畑さんに攻略法を伝えました。援軍の事も。・・・・でも大丈夫ですよ。みんなは」
そう言って電話をきると積山は窓の外、白み始めた東の空を見つめた。
「流れが、変わるな・・・」
積山は無邪気に自分に甘えるリートモンの頭をなで、ギルに一度頷いて見せた。
「ほらよ」
D-ギャザーを投げ渡す。
積山はそれを受け止めると紅いプログラムカードを読み込ませた。
どちらも所長がこっそりと渡してくれたものだ。
リートモンが光に包まれた。
積山とギルはお互いに黙ってそれを見ていた。
進化を終えたその姿を見て積山は微笑んだ。
「やっぱり完全体だったんだね」
ウィルドエンジェモンの翼が出たばかりの陽に照らせれて白く輝いた。
積山とギルを見て、ウィルドエンジェモンも微笑み返す。
「ごめんなさい」
積山は搾り出すようにそれだけ言うと床にひざをついた。
ウィルドエンジェモンとギルが彼の両脇を支える。
ギルがD-ギャザーを積山の右腕にはめた。
その瞬間D-ギャザーに光の線が走り、すこしずつ吸い込まれていった。
それは銀のラインとなって黒と金に輝くD-ギャザーを飾る。
「おれ達は3人で“闇の守護帝”だ。そうだろ?」
ギルの言葉に2人が頷く。
積山は和らかな表情で立ち上がった。
電話をかける。
「積山です。私達はまだ出てはいけないんですか?・・・・そうですか。 ・・・では裁の着替えを用意してくれませんか?前髪が邪魔そうにしているので・・・“黒いヘアピン”でも。目立たないやつをお願いします」
電話をきった積山にギルが言った。
「おれにまかせりゃいいだろ」
それを聞いた積山は首を横に振った。
「“飛ぶ鳥後を濁さず”って知ってるだろ?」
ギルはため息をつくとすぐにニヤッと笑って見せた。
「[ギガデストロイヤー]!!!」
凄まじい爆発音とともにメタルグレイモンの両胸からミサイル2発と煙が撃ちだされた。
初弾を物理的に驚異的な運動能力でよけ、右腕のメガドラモン・クロー、“メガハンド”の鋭利なツメをメタルグレイモンに撃ちだす。
その瞬間次弾が頭部に炸裂し、ムゲンドラモンの視界を一瞬奪った。
「[宝斧]」
アンティラモンがその隙に斧へと変化した両腕でリード線を叩き斬る。
威力の半減したそのツメをメタルグレイモンは左腕の一振りで脇にはじいた。
「[フルバースト]」
正確に狙いを定めたキャノンビーモンの全火力砲撃がムゲンドラモンの視覚センサーを打ち砕く。
メタルグレイモンの攻撃ですでにもろくなっていた強固な装甲がついに砕け散った。
「視界を奪う。その次は聴覚・武装を破壊する」
和西は積山の言葉を思い浮かべてそれぞれに指示をしていた。
「落とせそうや」
柳田がメタリフェクワガーモンを送り出して
言う。
カラテンモンの動きを見守っていた林未もかすかに頷いた。
と、そんな彼の様子を見た黒畑がその背中を叩いた。
「しっかり頷きなよ。これは私達のチームワークの勝利なんだから」
それぞれがそれぞれの必殺技を繰り出し、ピンポイントで関節などの装甲の薄い部分を破壊していく。
青空を背景に自分を見て微笑む黒畑や二ノ宮、その向こうで手を叩きあう柳田と彩華。
パートナーに手を振る谷川とその後ろに立つ嶋川。
並んで立つ辻鷹と和西。
そして積山。
それらは消滅せず、バラバラになって崩れ落ちたムゲンドラモンとパートナーデジモンたちを背に、朝日に照らされていた。
今日も一日が始まる。

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