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61    第60話 「集結」
普段のズボン、ベルトの上に白のワイシャツ姿で窓の外をただ眺めていた積山は開いた扉の方に気配を感じて振り返った。
そこに立っていた人物とデジモンを目にして彼は微笑んだ。
「お久しぶりですね」
和西は同じように笑いかけ、
「そうだな。久しぶり。元気だった?」
積山はギルと顔を見合わせ、頷いた。
「刑務所暮らしはいかがでしたか?」
「まぁ、悪くはなかったね。二ノ宮さんの昔の話も聞けたし」
和西は即答し、ベットの上に置かれたバスケットに目を止めた。
「・・・柳田くんがいろいろ教えてくれたよ。君のこと、天羽さんのこと、林未くんのこと、黒畑さんのこともね」
積山は卵をとりだすと布に包んでリュックに入れた。
和西とすれ違う寸前で立ち止まると口を開いた。
「これからしばらく再編された組織の施設で検査と監視を受けることになったよ。私もだいぶ疲れたしすこし休みたい・・・・。すぐに戻ってくるから・・・・・」
積山はデジヴァイスと断罪の槍を差し出した。
和西は自分のものとは違う形に変化したデジヴァイスを見つめた。
「浩司のものと同じ形か・・・」
彼はそれらを受け取りながら呟いた。
積山は言った。
「戻ってくるからそれまで預かっててください。・・・とくに槍はだいぶ汚れてしまった」
 
静かに立ち去っていく2つの後姿を見送ると和西は2つとも背中のリュックに仕舞った。
「あいつだいぶ強くなるんじゃないか?」
ゴマモンが和西を見上げて言った。
「そうかもね。かんじはすごく強くなってる気がする」
和西は感慨深げに言った。
 
 
研究所の廊下を数人が歩いていった。
「やれやれ、まさか刑務所に入れられるとは思わなかった」
所長が頭を掻いて言った。
「そうだね。でも私はうれしかった。すこしだけ・・」
二ノ宮は目を細めて見せた。
「和西くんにいろいろ話を聞いてもらって少し肩の荷が下りた気がする」
先頭を行く有川は無言で振り向いた。
神原は最後尾で首を鳴らして言う。
「あいつもなかなかリーダーの器ってワケか」
突き当たりの自動ドアをくぐり、ざっと見て100名ほどの隊員たちに迎え入れられた一行は顔を見合わせた。
有川は大声で指揮を始める。
「ただちに完全体進化プログラムを完成させろ!続けてそれの量産と―――究極体進化プログラムの研究だ。戦闘班は現場に急行して十闘神を援護だ!」
自らが信じてきた‘‘リーダー’’の復活にその場の全員が沸いた。
 
 
ビルの上から、組織の建物からシールズドラモンやワスプモンが連なって出て行くのを林未、シュリモン,時、ラブラモンが進化したドーベルモンが見ていた。
「やっと動き出したか」
口元だけだがかすかに笑みを浮かべて林未が言った。
「組織が動き出した。これからは本気で戦える。サポートも期待できるな」
時は訊いた。
「本気で戦うんですか?もし、今分かってる敵よりもさらに強い敵の存在があって、今の敵に自分の本気の力が通用しなかったら?恐怖を覚えませんか?」
林未は訊きかえした。
「要するに本気で戦うのは嫌なのか?・・・いいたいことはよく分かるんだが・・・」
不安そうな顔で頷いた時に林未は言った。
「名月のいうことはもっともかもしれないがおれは違うぞ?今本気で戦わなくて、もしそれが原因で死んだりしたら?そしたらいつ本気を出すんだ?」
滅多に見せない明るい表情で林未はシュリモンに飛び乗った。
「シュリモン、あそこ行こう。おれ達も本気で戦う。おれ達にできることがいまあるからな」
 
 
 
積山はギルと組織の建物の門をくぐった。
すぐにコマンドドラモンが出てきて彼の周りをガードした。
「有川さんの所へ連れて行ってくれるかい?」
「はっ」
 
すぐに廊下を案内され、積山は有川、二ノ宮と対面した。
積山は軽くお辞儀をした。
「どうも。お久しぶりです」
顔を上げさせた有川は渋い顔をして
「さすがに・・・、その・・・すまないね。一応体は休めた方がいいからなぁ」
口ごもった有川に一言断りを入れると二ノ宮は積山とギルの肩を叩いた。
「おつかれさま。あなたは本当はすこし休んだ方がちょうどいいのよ」
積山は表情を和らげ、頷いた。
そして口を開いた。
「和西くんに僕のデジヴァイスを預けてあります。自由に研究していただいてかまいません。あと、わからない事もいくつかあります」
 
・積山に蘇生術のメールを送ったのは誰か、
 
・なぜデジヴァイスが嶋川と積山のものだけ変化したのか
 
・そもそもアンノウンとはなにか
 
「あと・・・、卵はどうやれば孵るのか、ですね」
積山は肩をすくめて見せた。
会話をしながら歩いてきた一行は1つの扉の前で止まった。
「ここだよ」
有川はドアを開けて積山とギルを入れた。
 
そこはかつて柳田が軟禁されていた場所だった。
 
二ノ宮は積山とソファに腰掛けると言った。
「なにか欲しいものとか、とにかくなにかあったら呼んでね?わたしすぐ来るから」
その瞬間彼女の携帯電話が鳴った。前のような味気ない電子音ではなく、趣味のいい音楽だった。
「はい、二ノ宮、うん。うんわかった。それで・・・?・・・・・はい?」
表情を曇らせた。
「どうした?」
有川が訊いた。二ノ宮は難しい顔をして、積山の方を向いた。
「いま門に積山彩華、って名乗る女の子のテイマーが来てるらしいんだけど」
積山は落ち着き払って応じた。
「よく知ってますよ。通してください」
 
 
「ひさしぶりね。彩華ちゃん」
防護ヘルメットから血を流しながら倒れた隊員をよけるように歩くと彩華の正面に立った。
「二ノ宮のおねぇさんじゃないね?」
刺すような視線で二ノ宮を見上げる彩華はちらりと後ろを見た。
 

更新日時:
2007/10/16 
62    第62話 「嫌疑」
逆袈裟に斧で斬り上げる二ノ宮の斬撃から飛びのくことでかわした彩華は同時に数歩、瞬時に踏み込み、顔面に膝撃ちを叩き込んだ。
 
 
「ところでどーいう娘なの?」
「そう、ですね。家の道場では・・・、あと5年位したら勝てる人いなくなりますね・・・。私も年齢差で勝ってるような物ですから」
 
 
詰め所の壁に叩きつけられた二ノ宮は荒い息を繰り返しながらクダモンと彩華を睨みつけた。
「な〜るほどね。こうやって使うんだ」
彩華はたった今ハイキックを繰り出した右足を上げてひざを叩いた。
ひざに装飾の施された装甲板が巻かれているのが見える。
無表情のまま体を起こした二ノ宮の胸を電撃が射抜いた。
柳田は弓を手早く仕舞うと彩華の背を押して組織の建物の入り口に押し込んだ。
「お譲ちゃんテイマーやな。中で誰かに声かけろ。何とかしてくれるやろ」
外ではちょうどブレイドクワガーモンが偽者を仕留めたところだった。
 
 
組織の建物についたとたんに検査を受けた黒畑とロップモンは指定場所の扉を開いた。
一同を見回して黒畑はつぶやいた。
「急に召集がかかるから来てみたら・・・」
積山が軟禁されている部屋に11人と11体のデジモンが集まっていた。
そのうち、和西のすこし後で腰を下ろした嶋川は、
「やっとテイマーが出揃ったワケか」
そう言って笑みを浮かべた。
「まぁ、これで10組そろったわけだし、とりあえずは良しでいいんじゃない?」
ガブモンが頷いて見せた。発現の機会を奪われた辻鷹は口を何度か開いては閉じ、そして黙った。
かわりに彩華と雑談を交わしていた谷川が口を開いた。
「ようするに本当は意藤、って人が10人目だったんだね?」
「まっ、そーいうことになるんちゃう?」
柳田は同意しながらコクワモンから延びるプラグをコンセントに差し込んだ。
そんな様子を見ていた時はとなりで黙っている林未の肩をさわった。
「あの、あたし出たほうが・・・?」
林未は振り向いて、首を横に振った。
「話は聞いておいたほうがいい」
その声を聞きつけたゴマモンに促され、和西が口を開いた。
「そうだった。いくつか大事な話があるんだよ」
そう前置きし、彼は続けた。
「この部屋に来てもらう前に受けてもらった身体検査の結果が出るまでに話しておきたい。まずは・・・、これからの戦いについて」
二ノ宮が後を引き継いで話した。
「柳田君たちが見たデジモンたちのことなんだけど、それぞれ海底、大気圏外、それに地下2キロくらいの場所に逃げてる。さすがに追いかけられないんだけどね。・・・そうとう強いと思う。だからメガドラモンやアンノウンを徹底的に壊滅させる必要があるわね。・・・被害を最小限にするためにも」
「被害は最小限にします。純正のテイマーのほうが組織の隊員よりは強いということもありますから、私達はおのずと最前線で戦う事になります。もちろん時さんのように民間人のテイマーは自分の意思でいつでも前線を出入りしてもらう事にします」
積山が静かに言った。
嶋川は拳を鳴らすと、
「最前線か・・・!いいぜ?もう死なねぇよ。全部倒してやる」
その肩を軽く叩くと和西はメモ帳を取り出した。
「あとは・・・、そうだね。これまで戦ってきていくつか、なんというか『謎』が出てきてるんだよ」
積山は側からプリントを出し、となりに渡した。
渡された辻鷹がぶつぶつと読み上げた。
「“資料1、謎な点
・意藤さんにデジヴァイスを渡した30代くらいの男とはだれか
・そもそもテイマーになぜ特殊な能力を持つもの=私達がいるのか
・天羽達やメガドラモンとアンノウンはどういう関係か
・なぜアンノウンは私達の偽者を作ったか
・積山と嶋川のデジヴァイスが変化したのはなぜか
・デジモンはなぜ最近になって急激にリアライズの割合が増えたのか”―っおぐ!!!!!」
その瞬間辻鷹は脇に跳ね飛ばされた。
猛烈な威力をもって開いた扉から所長が右手にクリップボードの束を掴んで姿を現した。
「おふ?・・・まぁいいや、結果出たよ」
和西にそれらを渡すと所長は出て行った。
辻鷹は扉からできるだけ離れて座りなおした。
同時に女性陣が和西から自分のボードを奪い返した。
気を取り直した和西は自分のボードに挟まれたメモを見てため息をついた。
「今回集まってもらったのはこの検査が目的だったと言ってもいいんだ」
積山、林未以外の全員が彼を注視した。
「デジヴァイスをつけてる右手から電気的な信号が出ている。・・・たぶん、脳とか全身の筋肉とかに・・・・・・・・・・・・作用してる」
積山・林未・時以外の全員が自分のデジヴァイスを見つめた。
「作用してるってどういう、こと・・?」
谷川が恐る恐る訊いた。
「つまり、体に作用している、というのは・・・、例えば仁の目の視力が上がるとか嶋川さんの反射神経が鋭くなる、とかですね」
積山が自分の考えを打ち明けた。
続いて林未が客観的な物言いで言った。
「脳への作用ということは・・・もしかしたら恐怖感の抑制や闘争心か?心当たりがないでもない」
和西は頷いてメモを皆に見せた。
 
“D-ギャザーの電気信号が脳へ与える作用は恐怖や迷いを抑え、闘争心を向上させ、より戦闘に向いた精神状態に近づける”
 
「戦うためだけの存在になるかもしれない」
和西の小声が響いた。
 
 
 
積山とギルを残し、全員が立ち去った後。
最後に残った谷川・ホークモンと嶋川・アグモンもその場を後にした。
「悪いな。そういえばまだ謝ってなかった気がする。お前にだけは迷惑かける気は無かったんだが・・・」
嶋川はすれ違う寸前でそれだけ言った。
谷川は追いついてその肩を叩いた。
「そんなに迷惑かかってないもん」
彼女はホークモンからデジヴァイスを受け取るといつものようにそれを右腕につけた。
「“戦うための存在”になったら浩司やホークモンに止めてもらえばいいじゃない?」
嶋川は明るい表情になった。
「そうだな。同感だ。・・・大体俺達は“戦うための存在”なんかになったりはしない」
彼はそう言ってデジヴァイスをつけた。
それはすこし輝いて見えた。
 
 

更新日時:
2007/10/18 
63    第63話 「壊滅」
キャノンビーモン数十体の背部ミサイルが一斉に火を噴いた。
硝煙が舞い上がり、すぐに空に飲み込まれる。
 
海岸線にはタンクドラモンの部隊が並ぶ。
そのはるか上空の偵察仕様キャノンビーモンが敵の正確な位置を把握し、その数秒後には全部隊が情報を共有した。
「[ブラストガトリング]!!!!」
浜辺が一斉に輝き、弾丸が相手近くの海上を爆ぜた。
轟音が轟き、何十本も水柱が上がった。
その中心からさらに巨大な水柱が立ち上がり金色に輝く装甲を身につけた竜が宙に飛び上がった。
「目標を肉眼で確認!」
そのデジモンの口が開き、喉の奥が光った。
「[ギガシーデストロイヤー]!!!!」
爆音とともに巨大なミサイルが発射され、猛烈なスピードで部隊に迫る。
「[衝撃羽]!!」
「[ヘルファイアー]!!」
「[ホーミングレーザー]!!」
ミサイルの前に進む力が暴風と猛火に打ち消され、閃光がそれを焼き切り、誘爆、大爆発が立て続けに起こった。
空が一瞬紅くなり、爆風が海岸線のもの全てを揺さぶった。
 
「―っしゃ!」
柳田が拳で手のひらを叩いて歓喜の声を上げる。
その横で時が心配そうな顔で、
「あんなミサイルが街に落ちたら・・・・・。考えられません・・・」
と呟いていた。
 
コクワモンの進化したメタリフェクワガーモン
ラブラモンの進化したケルベロモン
コテモンの進化したカラテンモン
 
神原率いるキャノンビーモン20体、タンクドラモン10体の部隊は海底から姿を現せた『ギガシードラモン』の撃破のため、海岸線工事中の海岸に布陣していた。
林未、柳田、時の三人はその護衛で着いてきていたが、
 
「いや、正解だったな」
神原が額をさすりながら林未を見下ろした。
林未は紅い、進化プログラムの完成品を上着のポケットに入れると首を振った。
「いまのはかなりギリギリだ。防ぐのが精一杯だな」
ベンチから立ち上がると柳田は双眼鏡でギガシードラモンを観察し始めた。
「ははぁ、あれが究極体か・・・」
同じく双眼鏡でそれを見ていた神原はすぐに手にした通信機に向かって口を開いた。
「次にヤツがミサイルを吐き出した瞬間口に全攻撃を集結させろ!口の中でミサイルを破壊して倒す!」
雑音が一瞬入り、誰かが、
『了解!しかしさすがですね。いい作戦ですよ』
それを聞いた神原はこともなげに、
「だろう。前に積山から教わった」
『・・・・・・・・・・了解しました』
適度に部下をからかった神原は一度大きく息を吐いた。そして、
「なぁ、健助。なんで最近になってデジモンがこんなに出てくるようになったと思う?」
「知らん」
つれない返事を聞き、神原は再びため息をついた。
「なにかがおかしくなってる。そんな予感というか・・・、そんなものをお前は感じないか?」
林未は一度だけ神原を見上げ、すぐに背を向けた。
「それならおれにもよく分かる」
 
 
 
「[ギガシーデストロイヤー]!!!」
 
「攻撃・・・・・、開始」
 
 
 
林未も神原も黙って水平線の龍を見つめていた。
足に力が入らなくなった時を支えると柳田は林未を呼んで場所を交代した。
 
 
凄まじい砲撃が耳を麻痺させる。
 
 
無音の攻撃が続き、部隊の全面が閃光に包まれる。
 
 
 
大量の白い砂が海底へと沈んでいった。
 
 
 
 
「勝ったな・・・。一応」
「えぇやん。勝ったんやから。負けたんとちゃうで?」
林未と柳田の短い会話が聞こえた。
 
「勝ちは殺しで負けは死だ」
 
「そんなこと言うてたら・・・・・、『負ける』で」
 
 
 
「そうか。ご苦労だったね」
携帯電話で神原からの報告を聞いた有川は頷いた。
それを机の上に置くと目の前の20人ほどの人・・・、子供から大人まで、男女も年齢も様々だ。・・・・に目を向けた。
「君達も戦うんだな」
有川の声に全員が頷いた。
その様子をそばで眺めていた谷川、ホークモン・嶋川、アグモン・積山はずっと黙って話を聞いていた。
有川は一人一人の顔を見ながら、
「この戦いは常に危険や死と隣りあわせだ。できるだけ自退して欲しい」
と言った。が、一番前列の少年数人組みの一人が軽い口調で言った。
「だいじょうぶだよ。死んでも」
有川たちを含めた数人が目を見開いた。
「どういうことだい?」
「いや、死んでも大丈夫じゃん?ゲームみたいなもんだろ?」
「そんなことはないだろう」
「だってデジモンみたいなゲームのキャラみたいなのがゲームみたいに戦うんだぜ?死んでも復活できるだろ」
バカみたいなヤローだ・・・。壁にもたれかかった嶋川と入れ違いに谷川が勢いよく立ち上がってその少年に突進した。
「あのね!生き返れるわけ無いでしょ!?戦う事はそんな甘いもんじゃない!!」
しかし彼はまったくひるまずに、
「一応真剣にやるよ。でもリセットボタンかなにかあるんだろ?」
ついに谷川はその胸倉を掴んだ。
「あるか!!!」
「あるよ。知ってるぜ?そこの男とそのとなりのやつの彼女、生き返ったんだろ?」
その瞬間積山と嶋川が凍りついた。
少年は視線を落とした谷川の手を振り払うと乱暴に突き飛ばした。
「噂になってるんだよねぇ」
 
 
結局、『生き返れない』『ほぼ必ず痛い目を見る』ということを認識しているテイマー8人だけが採用された。
8人は一人ずつ、谷川に声をかけたり肩を軽く叩いたりした後、有川と握手をして部屋を出て行った。
「なあ、」
「あの、」
積山と嶋川が同時に声をかけようとした。
ややあってから積山は部屋を出ながら言った。
「君は正しい」
 
 
嶋川は谷川の肩を抱いて言った。
 
「悪りィ・・・」
 
 

更新日時:
2007/10/21 
64    第63話 「古傷」
ギガシードラモン撃破の情報はその日のうちに都内のテイマー全員に伝わった。
早い段階でその情報を聞いた二ノ宮と辻鷹は安心と同時に不安を感じた。
「直接対決じゃ勝てない敵、か・・・」
ガブモンが情報を聞いた後の第一声がこれだった。
 
ムゲンドラモンが起動した。
神原が運転する移動中の車の中で辻鷹はその言葉を思い出していた。
「いまからそんなヤツと戦うんだね」
となりに座っていた彩華が心配そうに訊いた。
「大丈夫?」
辻鷹ははっきりと頷いた。
「たしかに恐怖は感じないかな。でもなぁ、勝てるかどうか・・・。みんなは?」
そんな辻鷹の様子を見て和西は少し前に二ノ宮に聞いた話を思い出した。
「二ノ宮さんは結構慣れてるんだよ。こういう状況。本人は絶望慣れって呼んでた。大丈夫だよ」
それを聞いて助手席に座っていた二ノ宮は怪訝な顔をして振り向いた。
神原は肩をすくめて見せる。
「悪かったよ」
和西と、シートに体を沈めた二ノ宮とを見比べていたテリアモンは辻鷹とは逆のとなりに座る和西の服を引いた。
「なんの話?」
和西は顔を向けると、
「この前留置所でちょっとね」
と答え、正面の二ノ宮に訊いた。
「話してもいいだろう?」
本人は両肩をよせると小さく頷いた。
「・・・いいよ。私にとっては仲間以前に初めての親友だから隠し事なんてね」
了解を得た和西は話し始めた。
二ノ宮の過去の話を。
 
 
 
旧・二ノ宮邸
そう呼んでも差し支えがないほどの大きさの建物が涼美と所長、そして母親の家だった。
二ノ宮涼美が10歳の時までは彼女の生活は極普通のものだった。
ある日。
自分の部屋で一人で遊んでいた彼女はふと、自分の横に置かれたデジヴァイスに気がついた。
顔の高さまで持ち上げて見つめていた涼美はベルトで腕に巻いてみた。
皮膚が焼けるような痛みに一瞬顔をしかめた彼女は手のひらの紋様を不思議そうな目で見て、首をかしげた。
「はじめまして」
窓から差し込む日の光の中にファンビーモンがいた。
「あなた・・・・、なに?」
「デジモン。ファンビーモン。君の友達」
 
その時、開け放された扉の向こうから廊下をこちらに向かって歩いてくる音が聞こえてきた。
「わかってるな?」
「はい」
誰か分からない声が聞こえ、父親が返事をする。
スーツ姿の男が部屋の前を通り過ぎた。
そして戻ってきた。
部屋の扉が砕けるかと思うほど勢いよく開き、涼美を押しのけ、ファンビーモンを捕まえた。
そして・・・、涼美の右腕に気がついた。
 
すぐに涼美とファンビーモンを両脇からギッチリガードして車に乗り込んだ。
 
涼美の目には車に入る直前に見た近所の友達が遊ぶ様子がやけにはっきりと脳裏に焼きついていた。
 
 
 
 
「私はそれ以来16になるまで外の景色なんか見れなかった」
「どういうことですか?」
「まぁ・・・、平たく言えば監禁されて実験台にされたわね。そのときには組織も出来たてで研究所が半分暴走してたから」
彩華は不思議そうな顔で訊いた。
「でも、なんで二ノ宮さんは実験台にされたの?」
「目的は3つね。1つは人工的にテイマーをつくることへのデータ。もう1つは自然のテイマーそのもののデータ収集。最後に・・・人間強化の実験台」
後部座席に座った2人と3体が同時に声を出した。
「・・・はぁ?」
和西が補足をする。
「有川さんが組織を統一する前、初期の組織は人工的に量産したテイマーを特に強化したテイマーが率いる、というのを目指してたらしい」
二ノ宮がなにか呟いた。
「・・・ヒドイよ?毎日薬を打たれるし、体が自分の言うこときかなかったり・・・」
辻鷹たちはずっと黙って聞いていた。和西がポツリと、
「上の命令でその実験をやっていたのが今の所長なんだ。でもいまはもう仲直りの方向に向かってる」
と言葉を漏らした。
辻鷹は気になった事を神原に訊いていた。
「初期の組織がやろうとしていたことはどうなったんですか?」
「人工テイマー軍はコマンドドラモンとファンビーモンを人工的にリアライズさせる方法に成功してる。それに加えて二ノ宮からサンプリングしたデジヴァイスのデータをもとに擬似D-ユニオンを作る方法も実用に移されてそれでお茶が濁されてるな」
神原はポケットからのど飴を出して口に放り込んだ。
「強化人間の方もデジヴァイスから電気信号を出して対応する人間の体を活性化させる方法で1人だけ完成させてるな」
「その人はいまどうしてるんですか?」
神原はアメを噛み砕くと答えた。
「ん?そいつはなぁ。今とある国のとある場所で車を運転して2人のガキと2人の小娘と4体のデジモンを戦場まで輸送してる。・・・かもな」
「・・・・・・・・・・!」
驚いた表情のまま固まった辻鷹をルームミラーで見て、神原は息を吐いた。
「まぁオレも二ノ宮みたいな目にあったワケよ・・・っと!!」
寸断され、陥没した道路の手前で車が急停車する。車を飛び降りた神原のとなりに、それまで燃焼ガスで空を飛んできたメラモンが着地した。
「っとに危ねー!結構近いな!?」
ひび割れの様子からそう判断した彼のとなりでメラモンが声を出して笑った。
「あぁ、近いな。ざっと200メートルほど向こうだ」
メラモンの視線の先にはビルを上回る体躯で前進を続けるムゲンドラモンの姿があった。
神原は、和西たちに続いて車を降りたクダモンと彩華を引き止めた。
彼女を追い返した神原は一言だけ、
「ルーキーは後ろで見てろ」
と言い含め、懐から紅いプログラムカードを取り出した。
和西、辻鷹も次々とカードを取り出した。
「さて・・・、はじめようか」
メラモン、ゴマモン、ガブモンの体が輝き始める。
「メラモン進化!!!」
「ゴマモン進化!!!」
「ガブモン進化!!!」
「ファンビーモン進化!!!」
 
「    ブルーメラモン    」
「    シャウジンモン    」
「    ワーガルルモン    」
「    キャノンビーモン   」
ついに完全体に到達した3体の進化の輝きをムゲンドラモンの視覚センサーは見逃さなかった。
巨大な破壊マシーンが4体の完全体と4人のテイマーを見下ろした。
 
ワーガルルモンが辻鷹に振り向いた。
「勝てるか?」
「勝つだろ」
神原が至極当然といった顔で答えた。
「これからだ。積山くんもギルも天羽さんも必ず帰ってくる。組織も少しずつ再編されてる」
和西は一息にそう言い放つと、最後にこう付け足した。
「駒はもうすぐ出揃う」

更新日時:
2007/10/23 
65    第64話 「融合」
「はぁー、・・・あー・・・ーあ」
イスの背もたれに体を預ける所長はいつもは机の隅に飾られている写真を見つめていた。
小学生くらいの銀髪をツインテールにした女の子が所長と髪の長い女性の間ではちきれんばかりの笑顔で写っていた。
そして3人の頭上にはハグルモンとファンビーモンの姿も。
所長は悩んだときはいつもこの写真を眺める。
研究室にあるその机には10分に一度、研究員が“悩みの種”をもってやってくる。
「所長。やっぱムリッす」
その場にいる全員の口からため息が漏れた。
「なかなか上手くいかんなぁ」
 
完全体進化プログラムを完成させた研究所が次に目指したのは究極体への進化を可能にするプログラムカードだった。
 
 
進化を人工的に行なう方法の論理は以下のようになっている。
 
・進化するのに必要なデータ量をプログラムカードに圧縮したデータでまかなう。
・パートナーデジモンにとって精神的に必要不可欠なものはテイマーの意思や思いをつたえることによってカバーする。
・上記二つはデジヴァイスを中継してパートナーデジモンにロードされる。
 
今回の問題は1つめの論理だった。
進化に必要なデータ量。
先のギガシードラモンの推定データ量からもその莫大さは立証済みだった。
 
「ようするにプログラムカードではとても追いつかないデータ量だ、ということだな。なんとかしないとなぁ」
そう呟いたときだった。
所長は昔自分が研究していた事を思い出した。
「そうだ・・・!あれどこやったっけ」
机をひっくり返しそうな勢いで彼が探していたのは過去の実験データの資料だった。
 
組織が立ち上がったばかりの頃。
組織のトップはデジタルワールドへ行く方法や強化人間、人工テイマーの研究を推し進めていた。
 
「これだ」
文字通り机をひっくり返して見つけた3つのファイルにはそれぞれ、
“デジタライズに関する実験試料”
“No−03  神原拓斗”
“No−02  二ノ宮涼美”
と印刷されたラベルが貼り付けてあった。
しばらくファイルを研究員全員で見ていた所長は突如立ち上がった。
「デジタライズ化時の資料をかき集めろ!被験者のデータ容量をはじき出せ!」
組織が再編されて以来、研究所はもっとも騒がしくなった。
 
 
 
「[コールドフレイム]!!!」
右腕に集中させた蒼い炎を全身の力を込めて撃ちだす。
ブルーメラモンの渾身の一撃がムゲンドラモンの左腕のクローを破壊した。
全体の20分の1ほどにしかあたらない兵器の破壊で全体力を使い切ったブルーメラモンはもはや精神だけで進化を維持している状態にまで陥っていた。
「なにか弱点は?なにかないか!?」
ワーガルルモンが辻鷹に訊いた。
「・・・え」
「だめだ。使い物にならない」
ムゲンドラモンの攻撃はすべてシャウジンモンとキャノンビーモンが打ち消していたが、それが原因で戦えるデジモンはワーガルルモンだけだ。
彩華は車の中でただ震えていた。
戦いの重さを目の当たりにした恐怖よりも意藤が戦いを拒絶した理由を知ったことの驚きが上回っていた。
「ごめんなさい・・・」
そう呟いた彼女を誰かが優しく抱きしめた。
「大丈夫。私達は20・・・いえ、21の仲間だから。仲間がたくさんいるってすごく心強いでしょ?」
谷川はそう言って上着のポケットから2枚の紅いカードを取り出した。
一枚を差し出すともう一枚を自分のD-ギャザーに読み込ませる。
谷川の後ろを紅い鳥人・ガルダモンが飛び立った。
谷川の長い髪が風に踊らされ、車が揺れた。
その揺れが地響きによって続き、扉と谷川の間からメタルグレイモンに乗った嶋川が通り過ぎていくのが見えた。
「彩華ちゃんのお兄さんは来られない。でもその代わり私達は全員来たよ。一組足りないけどそれでも仲間だから」
谷川とは反対側のドアの窓から黒畑が身を乗り出して言った。
 
アンティラモン、メタリフェクワガーモン、そしてクダモンの進化したチィリンモンも現れ、9体の完全体がそろった。
 
 
電話でその様子を聞いた積山は卵から孵ったリートモンを頭に乗せたギルを手招きして頷いて見せた。
「黒畑さんに攻略法を伝えました。援軍の事も。・・・・でも大丈夫ですよ。みんなは」
そう言って電話をきると積山は窓の外、白み始めた東の空を見つめた。
「流れが、変わるな・・・」
積山は無邪気に自分に甘えるリートモンの頭をなで、ギルに一度頷いて見せた。
「ほらよ」
D-ギャザーを投げ渡す。
積山はそれを受け止めると紅いプログラムカードを読み込ませた。
どちらも所長がこっそりと渡してくれたものだ。
リートモンが光に包まれた。
積山とギルはお互いに黙ってそれを見ていた。
進化を終えたその姿を見て積山は微笑んだ。
「やっぱり完全体だったんだね」
ウィルドエンジェモンの翼が出たばかりの陽に照らせれて白く輝いた。
積山とギルを見て、ウィルドエンジェモンも微笑み返す。
「ごめんなさい」
積山は搾り出すようにそれだけ言うと床にひざをついた。
ウィルドエンジェモンとギルが彼の両脇を支える。
ギルがD-ギャザーを積山の右腕にはめた。
その瞬間D-ギャザーに光の線が走り、すこしずつ吸い込まれていった。
それは銀のラインとなって黒と金に輝くD-ギャザーを飾る。
「おれ達は3人で“闇の守護帝”だ。そうだろ?」
ギルの言葉に2人が頷く。
積山は和らかな表情で立ち上がった。
電話をかける。
「積山です。私達はまだ出てはいけないんですか?・・・・そうですか。  ・・・では裁の着替えを用意してくれませんか?前髪が邪魔そうにしているので・・・“黒いヘアピン”でも。目立たないやつをお願いします」 
電話をきった積山にギルが言った。
「おれにまかせりゃいいだろ」
それを聞いた積山は首を横に振った。
「“飛ぶ鳥後を濁さず”って知ってるだろ?」
ギルはため息をつくとすぐにニヤッと笑って見せた。
 
 
 
「[ギガデストロイヤー]!!!」
凄まじい爆発音とともにメタルグレイモンの両胸からミサイル2発と煙が撃ちだされた。
初弾を物理的に驚異的な運動能力でよけ、右腕のメガドラモン・クロー、“メガハンド”の鋭利なツメをメタルグレイモンに撃ちだす。
その瞬間次弾が頭部に炸裂し、ムゲンドラモンの視界を一瞬奪った。
「[宝斧]」
アンティラモンがその隙に斧へと変化した両腕でリード線を叩き斬る。
威力の半減したそのツメをメタルグレイモンは左腕の一振りで脇にはじいた。
「[フルバースト]」
正確に狙いを定めたキャノンビーモンの全火力砲撃がムゲンドラモンの視覚センサーを打ち砕く。
メタルグレイモンの攻撃ですでにもろくなっていた強固な装甲がついに砕け散った。
 
「視界を奪う。その次は聴覚・武装を破壊する」
 
和西は積山の言葉を思い浮かべてそれぞれに指示をしていた。
「落とせそうや」
柳田がメタリフェクワガーモンを送り出して
言う。
カラテンモンの動きを見守っていた林未もかすかに頷いた。
と、そんな彼の様子を見た黒畑がその背中を叩いた。
「しっかり頷きなよ。これは私達のチームワークの勝利なんだから」
 
それぞれがそれぞれの必殺技を繰り出し、ピンポイントで関節などの装甲の薄い部分を破壊していく。
 
青空を背景に自分を見て微笑む黒畑や二ノ宮、その向こうで手を叩きあう柳田と彩華。
パートナーに手を振る谷川とその後ろに立つ嶋川。
並んで立つ辻鷹と和西。
そして積山。
 
それらは消滅せず、バラバラになって崩れ落ちたムゲンドラモンとパートナーデジモンたちを背に、朝日に照らされていた。
 
 
今日も一日が始まる。

更新日時:
2007/10/25 
66    第65話 「測量」
「クロスモン、確認しました」
次々とはじき出される調査結果を聞き流していた式河はこの情報を聞いて立ち上がった。
組織最高幹部の一人である彼の命令は、
「キャノンビーモン部隊を迎撃に向かわせろ。二ノ宮を使う」
という内容だった。
 
自分の命令が遂行されつつあることを確認した式河は司令室を出てすぐに神原と顔をあわせることになった。
両手にそれぞれ書類とナイフの束と雑誌を抱える彼の姿を見て式河は眉を寄せた。
「・・・ずいぶん荷物が多いな。何か持とうか?」
式河は、書類を、と言いたいのをこらえた。
荷物をその場に下ろすと神原は普段と変わりない口調で口を開いた。
「そういえばウワサが流れてるんスよね。最近の組織の情報流出やら進化プログラムカードの横流しやら・・・」
神原は普段と変わらない口調のまま笑顔になった。
「式河さん、なんか知りませんかネ」
式河は腕を組んだ。
「それについては私も知りたいな。進化プログラムがテイマーに渡れば戦力の向上にもなるが・・・・。万が一アンノウンに渡って奴らに進化でもされるのは・・・・、面倒だ」
神原は雑誌を拾い上げるとそれを差し出す。
「そのとおりですよね。まぁオレは組織に裏切者でもいるんじゃないかとおもってたんスけど。  ・・・・・・今月のドラえもんの特集、面白いですよ」
雑誌を受け取りながら式河は言った。
「忘れたか?普通なら即死するはずだった交通事故で私を救ってくれたのがデジモンだということを」
書類を持ち上げながら神原が応えた。
「覚えてますよ。だからってあんたが裏切者じゃないって証拠にはなんねぇぜ?」
式河は雑誌を小脇に抱え、神原に背を向けて歩き出した。
「君こそ他人のあら探しなどガラではないだろう。・・・君こそなにを考えている・・?」
神原はなにも答えなかった。
 
 
 
次々と中庭から飛び立っていくキャノンビーモンの部隊を尻目に、積山・ギル・裁の3人はビルの間を縫うように走り抜けた。
苦しそうに息をする裁を気遣って、ギルが止まった。
座る所を見つけた積山がそこに座らせる。
「やっぱりずっと人間体のままってのはキツイんじゃないか?」
彼女の背中をさすりながらギルが言った。
「どうやら無理強いされてたときはそのキツサすらなかったようだ」
そう言った瞬間、自分への視線を感じて積山は振り向いた。
そして目を疑った。
「有川、・・・さん?」
組織の最高司令官がたった一人で立っていた。
彼は口元を微笑ませ、
「やってくれたね。彼女のために用意させたもの・・・・、さしずめ黒い髪留めあたりか。ピッキングで脱出するとはな」
有川は積山に小さなリュックを手渡した。
「彼女はしゃべれないそうだね」
積山は一度、裁を見下ろし、再度有川を見て頷いた。
「代償、か。君も物理的に寿命が縮まったそうじゃないか」
渡されたリュックを開くと中には、断罪の槍やD-ギャザーをはじめ、
「これは・・・、プログラムカードですか?」
銀色に赤と黒のラインが目立つ。見たことの無いものだ。
「今朝完成したばかりの“究極体進化プログラム”だ。原理はいままでと同じだが、1つだけ仕様が変わっている。ほかのカードと使い分けるといい」
積山はリュックを裁に渡すと断罪の槍を取り出した。
「私達を連れ戻しますか?・・・そもそも何故あなたがここにいるんです?」
有川は笑顔を見せ、言った。
「君達が脱走したと聞いて“散歩”に出かけたのさ。丸腰で歩き回らせるのも酷だと思ったし。・・・いや、いらぬ心配だったか」
進化プログラムを見せて積山が訊いた。
「このプログラムは二ノ宮さんたちには渡したんですか?」
「渡し損ねたよ。どうも気の早い娘だからな」
 
ただ雑談を続ける2人を見比べ、ギルは油断なく辺りに気を配った。
そして、裁=ウィルドエンジェモンを見ていて気づいた。
(そういえば・・・、こいつは完全体だったな。・・・・・・頼りにしていいんだろうかな)
ギルがそんなことを考えている目の前で裁はリュックを開けた。
水筒を見つけ、中の水をカップにすこし出す。
一応に匂いを確かめ、飲む。
おいしい、という顔でギルに水筒を差し出した。
水筒を受け取ったとき、積山が帰ってきた。
「有川さん今本部に帰ったよ。・・・本当に何しに来たんだ?普通・・・、ありえないな」
裁がリュックから出した本を受け取り、その題名を見て苦笑した。
『親子で学ぶ・手話入門』
「わざわざこんなものを・・・」
 
 
 
「そろそろね」
キャノンビーモンに取り付けられたカメラの映像を見ながら二ノ宮は頭につけたモバイルマイクで各隊員に指示した。
「なるべく散らばってください」
雲を抜け、青空しか見えない。
『涼美、敵の姿が見えない』
キャノンビーモンからの通信を聞いて二ノ宮は索敵班に敵の現在位置を訊いた。
「レーダーに反応がありません」
「反応が無いって・・・」
二ノ宮はため息をつき、キャノンビーモンにそれを伝えた。
 
 
「了解」
キャノンビーモンがそう答え、仲間に移動する、という内容の合図を通信しようとしたときだった。
 
 
「高速移動物体接近・・・!隊長!」
レーダー係の女性が悲鳴をあげ、直後彼女のキャノンビーモンが撃墜されたことが現場のキャノンビーモンから伝えられる。
声を上げて泣き出した彼女を気にかけつつ、二ノ宮はとっさに判断した。
(索敵仕様のキャノンビーモンは部隊のはるか上空からサーチする。つまり敵は大気圏ぎりぎりの位置から奇襲をかけた・・・!)
 
 
 
煙をあげ墜落を始めた索敵仕様キャノンビーモンを数体に救援に向かわせ、二ノ宮のキャノンビーモンは二ノ宮とまったく同じ判断をしていた。
「敵は上空!砲撃開始!!」
その瞬間キャノンビーモンのとなりでミサイルポットを展開した一体が叩き落される。
 
「な・・・・・・?」
 
ついさっきまで味方がいた空間に黄金の機械鳥がいた。
 
「オソイ」
 
クロスモンが瞬間移動をし、3体が新たに落とされる。
 
 
前線本部の誰もが絶望という言葉を脳裏に浮かべたときだった。
 
 
 
『神原部隊、現場に到着。二ノ宮部隊を救援・及びクロスモンを撃破する』
 
 
二ノ宮は顔を上げた。自分のキャノンビーモンはまだ飛んでいた。
 
そして数体、細身の見たことも無いデジモンが飛んでいた。
 
「これがあのデジモンの資料だ」
 
所長が薄いプラスチックのファイルを差し出した。
二ノ宮はそれを受け取り、開いた。
『究極体進化プログラムテスト対象、コマンドドラモン
進化後デジモンの名称・・・ダークドラモン』
 
 
ダークドラモンはキャノンビーモンのまわりを3体ずつで囲み、クロスモンの攻撃をガードした。
「[ダークロアー]!!」
右腕の生体エネルギー砲を構え、一体が撃ちはなった。
黄金の影が一瞬止まり、それをやすやすとよける。
しかし甲高い音が響き、クロスモンの動きが止まった。
その瞬間。
『やってくれ』
各ダークドラモンの通信機から神原の声が聞こえる。
「[ダークロアー]!!!」
全ダークドラモンが攻撃を繰り出す。
すべてがコンマ数秒にもみたない。
撃ち抜かれたクロスモンが消滅する。
白い砂が風にばら撒かれ、雲に吸い込まれた。
 
 

更新日時:
2007/10/28 
67    第66話 「天空」
クロスモンの動きを封じた一撃。
レーダーの範囲外から奇襲をかけることが可能なほどのスピードを誇るデジモン。
実弾はおろか粒子砲でも狙撃は不可能、のはずだった。
 
「任務完了です」
ダークドラモンのうち一体がとなりにいるデジモンに伝えた。
 
 
 
 
その数十分ほど前、
嶋川、谷川の2人は積山を探しに行ったアグモン、ホークモンと待ち合わせていた。
「来たな」
短くそう言うと嶋川が立ち上がった。
カフェオレを飲んでいた谷川もつられて立ち上がる。
アグモンとホークモンが並んで帰ってきたところだった。
ホークモンは途中から空中を滑空して谷川の目の前に着地する。
「神原さんに呼び出されてますよ」
ホークモンの言葉を聞いて谷川は露骨にいやそうな顔をして見せた。
「なんで?たまには休ませてよ。浩司じゃだめなの?」
「ダメみたいですね」
嶋川とアグモンは顔を見合わせて苦笑した。
「はいはい、やるべきことをやりたいんだろ?」
「そりゃそうだけどさ。なんであたしが呼び出されるのさ」
谷川はまだ膨れっ面をしていた。
 
 
組織の研究所、中庭までアクィラモンで一気に飛んだ。
谷川は出迎えた神原の部下を睨みつける。
「まともな用事なんでしょうね」
「もちろんです」
隊員はすまし顔で答えた。
ほどなく広い中庭に10人ほどの隊員と10体ほどのコマンドドラモン、1ダースほどの研究員に混じって所長の姿も見える。
そのゴタゴタの中に神原の姿を見つけ、谷川が大声を出して呼んだ。
整列を完了した隊員の前を走って横切り、谷川の前まで来た神原はその腕を引っ張り、列の最前列に無理やり立たせた。
「ちょっと!何のつもりよ!」
さっきから発言の機会がないホークモンを押しのけ、谷川がくってかかった。
その手にプログラムカードと書類を渡すと神原は書類の3行目を示した。
『究極体進化プログラム 初実戦』
「説明してるヒマないんだ。とりあえずそれ使ってみろ」
その時研究員が号令をかけた。
しかたないか?
谷川は一人ため息をつくと、ホークモンに促されカードを読み込ませた。
 
 
谷川のその時の心境を一言で表すと『驚き』だった。
カードを読み込ませたとたんに自分の周りを風が吹き荒れるのを感じた。
風は竜巻へと変化し、谷川とホークモンを包み込む。
(そういや台風の中心は風がないんだっけ)
漠然とそんなことを考えていた谷川は振り返った。
ホークモンがいた。
『どうやらいままでの・・・・、アクィラモンやガルダモンへの進化とは違うみたいです』
不自然に響いて聞こえる。
右手を見るとD-ギャザーが一瞬粒子化し、再構成され積山や嶋川のものと同じ形に変化した。
「やりますか・・・」
『それでこそ、です』
谷川はプログラムを読み込ませた。
風が完全に2人を包む。
谷川もホークモンも粒子化した。
 
 
風が消え去ったとき、谷川はあたりを見回した。
自分のとなりや後ろは黒と青を基調としたカラーリングのサイボーグデジモンが整然と並んでいた。
そこで急に自分の背がだいぶ高くなったことに気がついた谷川は自分の足元に目をやり、驚いた。
『ヴァルキリモン、究極体に進化したみたいですね』
自分の考えかもしれない、でも違う。
自分の考えじゃない。
 
混ざってる・・・?
 
意識が混ざってる。
頭を触ると見慣れた羽飾り、腰には剣。
背中には翼、右腕にはD-ギャザーといつもの盾。長い髪が背中に流してある。
神原はあたしの目の前まで来ると口を開いた。
「お前には今から二ノ宮の部隊の救援に向かってもらう。オレは前線本部で指揮をとる。とりあえず指示は現場についてからだ」
神原はヴァルキリモンの背中を見て軽く頷いて見せた。
「予想通りだ。飛べるんだろ?」
すでに数体の“ダークドラモン”が空に飛び立って行く。
ヴァルキリモンは翼を広げると羽ばたいてみた。
数十センチほど体が浮かび上がる。
ヴァルキリモンは一度鋭く息を吐くと強く羽ばたいた。
風が舞い、羽毛を散らせてヴァルキリモンはダークドラモンに続いた。
 
 
残された研究員たちは結果データの整理に追われる。
二ノ宮にそのことを伝えようとその場をあとにした所長は黙って空を見上げる神原に目を止めた。
「本部に行かなくていいのかね?」
神原ははっとした顔をして見せた。
「いけね!そうだったよ」
そんな様子の神原を見て所長も空を見上げた。
「そういえばしばらく空なんか眺めてなかったな。いやいや・・・、毎日のように戦っていたあの頃が懐かしい」
「そうだな。オレも少し懐かしい。・・・・・あぁ、谷川のヤロー、いい運動神経してやがるな・・・・」
2人はもう一度空を見上げ、すぐにそれぞれの目的地へと向かった。
 
 
「あたし今空を飛んでる・・・!風を斬って・・・・」
ヴァルキリモンは呟いた。
 
 
神原から指令が入ったのは現場に到着して間もなくだった。
「お前の能力は使えるな?敵はクロスモンっーデジモンだ。ただどうもブースターを装備して移動速度が数倍に跳ね上がってやがる。だがな、ブースターの音をお前なら聞き分ける事が出来る・・・!とにかく攻撃を当てて動きを一瞬でも止めてくれ。攻撃力ではこちらがはるかに上回ってる。勝てる」
神原の声を通信機ごしに聞いたヴァルキリモンは頷いた。
「分かった。やってみるよ」
通信機をダークドラモンに投げ返すとヴァルキリモンはロッドを引いて耳に全神経を集中させた。
ダークドラモンのブースターの音。
どれも単調で同じだ。
さらに集中する。
 
ゴ・・・ゥン・・・・ゴ・・・・ゥン
 
かすかに雑音交じりの音が聞こえる。
それは少しずつ大きくなっていた。
(ホント。速っやいねー・・・)
通過する場所は大体分かる。
あたしは仁とは違うよ。細かい仕事なんかやってられるもんか。
あたしにはあたしのやり方がある。
予想地点を中心に連射。
重い音と衝撃が右手に生まれる。
音からして第一撃、2撃は外れた。
でも・・・。
前の2発にひるんだクロスモンに最後の一撃が命中する。
ひるんだときにすでにかなりスピードが落ちていた。
この瞬間、クロスモンの体は急ブレーキにきしみ、悲鳴をあげる。
スピードメーターはゼロを示す・・・!
 
ヴァルキリモンは粒子砲がクロスモンを包むのを黙って見ていた。
 
 
1体のダークドラモンが任務完了の報告をヴァルキリモンに伝えるため、近づいた。

更新日時:
2007/10/29 
68    第67話 「言葉」
ヴァルキリモンから退化した翌日、
谷川もホークモンも極度の緊張と疲労のせいで眠り続けていた。
彼女たちとは反対に報告書の手伝いなどで徹夜の二ノ宮は自分の部屋に谷川とホークモンを寝かせていた。
 
神原の部隊も大半が同じようにダウンしたことから、究極体への進化はある程度の体力と精神力、そして“慣れ”が必要である。
研究所はそう結論付けた。
 
有川にそんな内容の報告をしてきたばかりの式河自身、それはもっともなことだと思っていた。
常識から考えてそうとうな真似をしている。
彼は究極体進化をそう考える。
しかし戦力的には一気に敵を壊滅させるに十分すぎるものだ。
 
そんなもの思いに耽っていた彼は角をこちらに曲がってくる人の気配に気がつかなかった。
「うわっ!」
柳田は思わず声を上げた。すぐに相手が誰か分かり、落ち着きを取り戻した彼は、
「危ないやん」
と一言文句を言って式河の表情を覗った。
コクワモンが柳田のズボンを引っ張ってそれを制した。
「いや、悪かった。考え事をしていてな。・・・これからなにかしにいくのか?」
式河の問いに柳田が簡単に答える。
「まぁな、ムゲンドラモンの思考回路がまだ生きとったゆぅ話やでこれから見に行こ思うてな」
そういえばムゲンドラモンはバラバラになったが消滅はしなかった。
なにか情報が聞き出せるかもしれない。
そもそも二ノ宮はそれが原因で徹夜をしていた。
「高と優美ちゃんがメガドラモン倒しに行ったけど?あいつら究極体プログラム持ってるんか?」
一瞬驚き、携帯電話を取り出した式河を見てコクワモンの目が大きくなった。
「教えてないのか?」
「しゃーないやん?今朝分かったんやし」
柳田とコクワモンが言葉を交えるのをよそに式河の携帯電話が和西につながる。
「    ・・和西くんか?今朝渡した究極体プログラムのことなんだが・・・」
 
 
 
「後にしてくれます!?」
崩れ落ちる瓦礫を飛んでよけながら和西が叫んだ。
ロップモンから進化した“プレイリモン”にまたがった黒畑が和西にとっさの提案をした。
「別々に逃げてみない!?」
「っ!  了解!分かった。僕らは右に逃げる!」
目前に迫る分かれ道。和西とシャウジンモンは瓦礫の山を右へ飛び越え、黒畑とプレイリモンは割れた道路を左へと曲がる。
蒼い機械龍・ギガドラモンが和西とシャウジンモンを追った。
「  ―ハッ!」
シャウジンモンは和西の頭上を飛び越え、壁を蹴った。
「[月牙斬]!!」
鋭利な刃がギガドラモンの腕を弾く。
衝撃に驚いたギガドラモンが少し距離をとる。
『なにをしているんだ!?』
「いま取り込んでます!何のようですか!?」
『究極体プログラムはなるべく使うな。リバウンドがひどいんだ。退化した翌日は筋肉痛と疲労で動けなくなる!』
和西は黙った。
実際には走り回り、飛び、シャウジンモンに指示を与えていたが。
「使うなって・・・・、  ― !」
ギガドラモンが両腕をこちらに向ける。
つまり・・・、砲塔の照準がシャウジンモンと和西に合う。
彼らの目が見開かれ、光る砲塔がそれに映る。
「[オリンピア]!!」
背のたけにして2メートルもない、デジモンがビルから飛び降り、その手の大剣でギガドラモンの腕を一刀両断にした。
「まかせて。究極体、思ったより悪くない」
声は黒畑のものに近い。
和西は、そのデジモンがロップモンと黒畑が進化したミネルヴァモンであることに気づいた。
髪は黒畑と同じく赤毛、しかし背に盾、右手に2メートル半はありそうな剣を持つ。
腰の後ろには黒畑が持っていた短剣が吊られていた。
「明日・・・・・」
そこまで言いかけて和西はやはりやめた。
そのかわり、
「まかせていいのか?」
と訊いた。
ミネルヴァモンは当然とでも言わんばかりに頷いた。
「まかせちゃって。あと―」
ギガドラモンの体当たりを左手だけで受け止め、続ける。
「  ―下がってたほうがいいよ?」
和西がシャウジンモンと姿を消したのを確認し、ミネルヴァモンは自分の何倍もあるギガドラモンに話しかけた。
「さぁ・・・、いい?」
ゆっくりと手を離す。
慌てた様子で離れ、威嚇するギガドラモンにゆっくりと大剣・オリンピアの剣先を向ける。
吼え声をあげ自分を噛み砕こうと迫るギガドラモン。
ミネルヴァモンはそれを見据えながらオリンピアを中腰に構える。
ギガドラモンが一際大きく吼えたとき、
オリンピアを天に突き上げ、頭上で回転させる。
「[マッドネスメリーゴーランド]!!」
渾身の力を込め、オリンピアを大地に打ち込む。
彼女を中心に土と岩石の柱が円を描いてせり上がり地を離れギガドラモンに襲い掛かる。
体を貫かれたギガドラモンを中心にそれらは巨大な円盤となって数秒回転し、爆発した。
 
 
100メートルほど離れた和西の髪にもパラパラと砂が少しかかった。
「すごい・・・」
ミネルヴァモンの攻撃力は今まで見てきた他のデジモンの攻撃とは比べ物にならなかった。
「あれが究極体・・・・」
初めて実際に目にした究極体に和西はただ圧倒されていた。
 
 
 
 
 
組織・地下実験室
 
「よし・・・・電気を!」
所長が指示をした。
大きな音がして、膨大な電力がムゲンドラモンの頭部に注がれる。
 
その場の全員が注視するなか、ムゲンドラモンの砕けた視覚センサーが赤く灯った。
「・・・・・・・・・・・!」
二ノ宮、神原が見守る中、所長が手元に設置されたマイクに向かい、口を開いた。
「私の声が聞こえるか?自分がなにか分かるか?」
『聴覚センサーに異常なし。私はムゲンドラモン』
間髪をいれず、となりのパソコンから声が流れた。
「よし・・・・、成功だ・・・」
所長が後ろの2人に頷いてみせる。そして、
「君はどこから来た?」
『デジタルワールドから』
「君はなぜここに来た?」
立て続けに行なわれた質問の答えを全員が聞き逃すまいと耳を澄ます。
 
『リアルワールドでの実験を行なうため』
 
広い室内に無感情な声が響く。
突然扉が開く音が全員を振り向かせる。
柳田・コクワモン、式河が所長たちのところへと進み出た。
「どういうことや?実験ってなんや!?」
柳田の関西弁にも動じず、ムゲンドラモンの思考回路は告げた。
『その情報にはロックがかかっている』
柳田の表情が変わる。
「どういうことや?お前の情報にロックをかけた奴がおるんか?」
『その存在の有無は否定できない』
柳田はコクワモンを振り払い、ムゲンドラモンの視覚センサーをめがねの奥の眼で睨みつけながら訊いた。
「それは・・・、誰や?」
どこまでも感情の無い声が答える。
『彼らは11体。デジタルワールド最強にして孤高の善なる騎士団』
研究員たちがざわめく。
式河と神原が同時に呟いた。
「“ロイヤルナイツ”・・・!?」
深刻な空気に、二ノ宮は不安げな表情を見せる。
所長はムゲンドラモンの思考回路に呼びかけた。
「ロイヤルナイツがお前に指示をしたのか・・・!?」
『そうだ。ロイヤルナイツがお前達が“アンノウン”と呼ぶ擬似生命体のリアルワールドでのテストにおけるそれらの護衛を命じた』
所長が机を叩いた。
拳の下には発電機の稼働スイッチがあった。
ムゲンドラモンの視覚センサーからゆっくりと消えていく赤い光から目をそらし、所長が呟いた。
「まさか・・・・・・、ロイヤルナイツが・・・・!」
神原も深刻な表情で目を瞑った。
 
 

更新日時:
2007/11/02 
69    第68話 「炎剣」
谷川は二ノ宮のベットの中で深い眠りについていた。
 
夢の中。
 
 
彼女は小柄だ。
普段、十人の中で一番背の高い嶋川と一緒にいるせいか、それはきわだっていた。
 
 
しかし夢の中の彼女は本当に小さな体躯だった。
年にして8歳か9歳か・・・、
その右手は母親の左手とつながれていた。
左を見上げると買い物の袋を提げた、すこし背の低い父親が見える。
3人に共通しているのは笑顔である、という点だった。
『きょうのばんごはんなぁに?』
そんな他愛もない会話。それでも3人とも楽しそうだった。
 
大きめな住宅の門をくぐり、玄関のカギを開け、中に入る。
そこで父親の顔から笑顔が消えた。
数人に携帯電話で電話をかけ、あとの2人に、
「しばらく動かないで」
と言い残して廊下の奥に消えていった。
つまり・・・、自分の部屋に入っていった。
 
『逃げろ・・・!!!』
 
父親の声に、谷川は仰天して外ではなく家の中に逃げ込んだ。
母親がそれを慌てて追う。
  
 
 
視界がぼやけ始めた。
 
 
そして2発の銃声。
『修験者。余計なことをしたな?さすがだがな。テイマーや我々をここまで調べ上げてその上次の世代に託そうとするとは・・・。』
黒い影はなにか丸いものを手から落とし、次の瞬間また銃声。なにかが砕ける音がした。
『き・・・・さま・・・・・』
『ふっ、お前たち人間の作るものは面白いな。この引き金とやらを引くだけか』
『はぁ・・・はぁ・・・・ぐッ・・・・』
『もう長くはあるまい』
 
おとうさん!おとうさん!おとうさん!!!!
 
『黙れ小娘。して修験者。言い残したいことがあれば聞いてやろう』
『・・・・・なに・・・・・!・・・・・』
『貴様らが最期に無様に何をほざくのか聞いてみたいのだ』
『・・・・・・・・・・・・』
『ないのか?つまらんな。死ね』
 
 
『・・・・・たのむ・・・。娘を・・・。
娘の命を・・・。この子を見逃してくれ・・・・・』
 
 
銃声は聞こえなかった。代わりに父親が倒れる。
 
あたしも。
 
 
 
「助けて・・・・・・  浩司・・・  ホークモン   」
 
 
いつかと同じだ。同じ?いつか・・・?
 
いつだっけ・・・・、こんな夢を見たのは・・・・。
 
 
気がつくとあたしは女の人に抱きしめられていた。
その人は母親じゃなかった。
でもこの感じは知っていた。
 
嶋川浩司に抱きしめられた事がある今なら。
 
周りはパトカーと2台の救急車に囲まれていた。
 
全然音が聞こえない。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんな世界に1つだけ音が聞こえた気がした。
 
 
「おい!!しっかりしろ!!おい!!」
体がどうしようもなく震えている。それに・・・、中身が全部氷にすりかわったみたいな冷たさ。
「・・・・ルーチェモン・・・・・」
そう。
奴は冷たかった。
氷を撃つ辻鷹とは対極の冷たさ。
「・・・・助けて・・・」
嶋川浩司が自分を抱きしめて叫んでいた。
「おれはここにいる!!ホークモンもだ!ついでにアグモンもいる!!心配するな!!お前が安心するまで絶対に離れない!!」
気が遠くなりそうな恐怖。
不意に嶋川が顔を重ねた。
 
 
震えが嘘のように止まった。
体の中の氷がすべて解け、涙が止まらなかった。
 
 
 
 
「いいのか?」
アグモンが訊いた。
「いい。・・・・おれは・・・・嘘つきだ」
究極体プログラムが発動する。
炎が踊り狂う。
 
嶋川は炎の中で振り向いた。
ダークドラモンが何体か身構える向こうに組織の建物が見える。
あの中にいる谷川を死んでも、いや“死なずに”守り通す。
ウィルドエンジェモンの砂の前で涙を流す積山の姿が思い浮かぶ。
守護帝の積山が全てをかけた“守る”ということ。
それをおれがやってやる。
キスをした瞬間、谷川は安堵の表情を浮かべ眠ってしまった。
彼女をベットに戻したとたん、アンノウンの大群が組織の建物を襲撃した。
「やってやるさ。見てろよ・・・・、積山」
 
 
「    アグモン進化     」
 
 
アンノウンの最前列全てが炎上した。
かけらも残らず高熱で消滅する。
炎撃刃を構える龍戦士は戦う。
 
「ウォーグレイモン」
 
X抗体特有のクリスタルを体の各部に見せるそのデジモンは嶋川とアグモンが進化した究極体だった。
眼は灼熱の炎の色をしている。
ウォーグレイモンは集中豪雨のような攻撃をすべて避けきる。
敵は炎上・切断され倒れる。
ダークドラモンが出る必要はまったく無かった。
 
 
ウォーグレイモンは戦いの中、アンノウン・嶋川と出会っていた。
嶋川が口を開いた。
「ついに究極の力まで手にしたか」
ウォーグレイモンはただ立っている。
嶋川は微笑んで見せた。
「おれには感情がない。でも笑うことはできる。君は・・・、かけがえのない“まぎれもない究極の力”を手に入れたんだな」
ウォーグレイモンの視界に一瞬谷川、そして仲間のシルエットが浮かんだ。
頷いたウォーグレイモンの顔を見て嶋川は満足そうに、このうえなく満足そうに言った。
「私は君になりたかった。・・・とても羨ましい。・・・君のその“究極の仲間”と“究極の力”さえあれば・・・・、奴に勝てる。未来は君のものになる」
 
 
ウォーグレイモンはただ見ていた。
 
自ら炎の中に倒れた嶋川浩司の姿が燃え尽きるのをただ見つめていた。
   

更新日時:
2007/11/02 
70    第69話 「夢現」
和西は文字通りの最前列席にいた。
目の前に並ぶ人々やデジモンの顔を一つ一つ眺めてみた。
(こんなにいるのか・・・・)
彼はデジモンを軸に繋がりあった人々を見回してそう思った。
 
 
劇場のように広く、2層式の会場にあわせて何百人もの人間とデジモンが集まっていた。
その中にはめずらしく林未・コテモンや積山・ギル・裁などの“行方不明者”も顔を並べている。
 
 
嶋川とアグモンがウォーグレイモンに進化した翌日に行なわれた大規模な会議。
嶋川はこの日、この会議に出席していた。
『谷川とは鍛え方が違うんだよ』
そう言った彼は顔を上げて座っていた。
黒畑まで元気だったがこれはおそらく“例の特殊能力”だろう。
その証拠に黒畑の眼がオレンジ色だった。
 
この2人を含めた会合の参加者はすべてテイマーか、組織に関係する人物で占められている。
 
議題は簡潔・明快なものだった。
 
『明日、全戦力の半分をもってアンノウン及び敵性勢力を排除する』
 
 
すでに初戦に参加する者とそのバックアップとして備えるものとに分かれはじめている。
ホールの2階部分からそれを見下ろす和西の目にその様子を遠巻きに眺めている柳田とコクワモンが止まった。
彼も和西の視線に気づいた。
 
何人もの人を掻き分け、一度デジモンに撥ねられかけながらやってきた柳田は会場に面して設置されたフェンスにもたれかかった。
「明日か・・・。おれらは全員参加するで。積山も含めておれに言いに来よった」
和西は少し複雑そうな表情を見せた。
柳田はそれを見逃さない。
「・・・どーした・・?」
「ぼくは・・・。たまに普通に学校通って・・・部活でハードル飛んで・・・・。そんな生活が良かった、って思うことがある。みんなも普通の生活がよかったんじゃないかって・・・」
柳田が何か言おうとしたときだった。
 
他の8組のテイマーが集まってきた。
 
 
「何話してるの?」
彩華が柳田に飛びついた。どうやら気が合うらしい。
「いやこいつがな、“学校行きたい”ってゆーてるんや」
和西の肩から数日振りに力が抜けた。
(なんでそうなる?)
 
すると二ノ宮が以外な反応を見せる。
「私は・・・、学校行きたいな。それで、自分の家に帰って家族に迎えられたい・・・・」
全員が自分の表情が和らぐのを感じていた。
「それが涼美の夢なんだね」
ファンビーモンが彼女を見上げて言う。
 
谷川は目をそらすといくらか小声で、
「あたしは今のままがいいな。涼美ちゃんには悪いけど・・・。でも今幸せだから」
ホークモンはそんな谷川の肩を優しく叩いた。
谷川は照れ隠しのように笑うと、
「仁は?なにか夢があるの?」
と訊いた。
 
不意打ちを食らった辻鷹は一瞬考え、答えた。
「僕達の戦いを後々まで残したい」
「まともなこと言ったな」
ガブモンはそう言い、辻鷹は苦笑いを漏らした。
 
コテモンに促されるままに林未がぼそっ、っと口を開く。
「おれは・・・、いろんなところを見て回りたい」
 
反対に嶋川は、
「オレはどっか静かな所で暮らすのも悪くねぇな」
と言い、アグモンは
「ありえねぇ」
と呟いた。
「なんでありえねぇんだよ」
 
積山はとくに深く考えず、
「ただ戦いが無くなればいい」
いつもと同じように腕組みをして言った。
 
柳田はまったく考えず、
「おれはな、家族に会ってみたいな。・・・顔・・・、分かれへんからな・・・」
彼の口調と表情は普段とは別人のようだった。
 
「ごめん。なんだか普通の将来の夢みたいなんだけど。わたしは・・、歌手になりたいな」
黒畑はそう言うとすぐに恥ずかしそうに笑い出した。
 
彩華は即答だった。
「あたしはお医者さんになる。・・・絶対」
彼女がテイマーになった理由とも言えるのだから。
 
それぞれが自分の夢を語り、お互いに喋りあっていた。
仲の良い友人同士そのものだ。
和西も夢と呼べそうなものが1つだけあった。
「みんなが死ぬところを見ないこと・・・・かもね」
 
 
考えてみれば不思議だった。
あの日のほんのちょっとしたことが自分の人生をここまで変えていたなんて。
 
 
1組、また1組と一階に降りていくなか、柳田は最後まで残って言った。
「なぁ和西。さっき言おうと思ったんやけどな」
「なに?」
和西は柳田のメガネの奥の瞳を見据える。
「おれらはな。もう普通の生活なんかどうでもええ。ただ、ただ生きてたい。それにな、今の状況だってそんな悪くない―、そう思ってる」
柳田の緊張がとけたようだ。
表情はいつものように明るく、優しいものになっていた。
「早よ寝て明日にそなえよう!」
 
一人だけ残されたかと思った和西は次の瞬間には一番の友人と隣りあわせで席に座った。
 
「長かった」
と、和西。
 
「短かった」
と、ゴマモン。
 
 
「いろんなことがあったよね」
 
 

更新日時:
2007/11/03 
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