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51    第50話 「条件」
二ノ宮は・・・・もう2日、寝ていない。
 
「えっと、エリア34地区、ドームに動きはありません。サーモグラフィも問題ありません」
ワスプモンに取り付けられたアンテナを中継して二ノ宮の報告が本部へ飛ぶ。
「二ノ宮さん、ノルマ達成です。任務完了を上官に報告します」
そう耳に届いた瞬間。
 
二ノ宮は自分の部屋のベットから飛び起きた。
「え?、え?」
たっぷり5分かかって自分の状況を把握した二ノ宮は時計を見て愕然とした。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
任務完了は嶋川くんの復活した日の次の日、午前7時。
現在時刻。午前9時。
「えっと・・・・」
まる一日+2時間。さすが。寝ると頭もよく働く。
しかしその瞬間彼女はベットから降りる羽目になる。
「゛各員へ、各地のドームが開き、内部から数体のアンノウンが出現したもよう。ただちに迎撃せよ″」
二ノ宮は何度か首を振ると頭から布団を被った。聞かなかった事にしよう。
2秒後・・・。
「できるわけないじゃない!」
寝間着を脱ぎ捨てるとジャケットに体を包む。
ブーツを履いて部屋を飛び出した瞬間所長が立っていた。
「これ持って行きなさい」
彼が手渡したのは紅く塗られたプログラム・プレートだった。2枚ある。
「なにこれ」
「新しい進化プログラムだ。データの圧縮に時間がかかった。まだ上層部には報告して無いが・・・・、持って行け。必ず役に立つ」
二ノ宮は絶交を続けている父親を見つめた。
「上層部に見せないといけないんじゃないの?」
所長は事も無げに娘がよく真似していた口癖を口にした。
「そんな法律はない」
二ノ宮は顔を背けると、行って来る、と言い残して走り去っていった。
 
途中でファンビーモンと合流した二ノ宮はまっすぐ自分の部隊の集合場所、中庭兼グランドに向かった。
すでにデジモンを進化させた30名ほどの部隊は整列して彼女の命令を待っていた。
二ノ宮は袖で目をぬぐうと一枚のプレートをD-ギャザーに読み込ませた。
まるで成長を早送りで見ているようだった。
ファンビーモンが輝き、膨張し、ワスプモンの形になり、さらに巨大化を続け、光の中から装甲板がせり上がる。
「    キャノンビーモン   」
ついに完全にまで到達したキャノンビーモンを前に何人かがざわめいた。
「いまから行きます。・・・よろしくお願いします」
二ノ宮は頭を下げた。隊員は全員自分より年上だ。
顔を上げると二ノ宮はキャノンビーモンに乗り、しっかりとつかまった。
「第2部隊、出動します」
合図と共にワスプモンの群れが空に飛び立った。
 
「やれやれ・・・・」
所長は首をさすりながら黒い空に吸い込まれていく部隊を見上げた。
向かいの扉から出てきた式川も見上げる。
「あの娘も成長、いや、進化したな。・・・空が暗い。降らなければいいが・・・・」
彼はそう呟くと廊下の角に姿を消した。
 
 
すでにドームの1つからは2メートルはある巨大な機械が蠢いていた。
それは例の公園に出現したものと同じだ。
辻鷹はコートを羽織るとビルの屋上、ガルルモンの上からリヴォルバタイプで狙った。
「・・・・無理かな」
逃げ惑う人に流れ弾、いや、流れ氷が当たるのは・・・・・、ダメだろう。
「オレが直接戦う。それじゃ不満か?」
ガルルモンが背中のブースターをガチャガチャ音をさせて提案した。
「やっぱりそうしようかなぁ」
銃をウエストバックに戻すとガルルモンから降りた。
意外そうな顔をしたガルルモンのわき腹を突くと辻鷹は上空を指差した。
「あれ、なんだろう・・・」
一筋の銀色の雲が流れていた。
よく見るとそれは無数の羽虫の様な機械で構成されていた。
ガルルモンも思わず呟いた。
「なんだあれは・・・・・!」
金属を蹴る音が何度も響き、非常階段から嶋川と谷川が飛び出した。
嶋川を見た辻鷹は反射的に口を開いた。
「あ!、本当に生きてるんだね。久しぶり」
2人は微笑むと、すぐに表情を切り替えた。
「仁、あれ、撃ち落せるか?」
嶋川が空の機械虫を示して言った。
「当てる自信はあるけど、ね。全部落とせずに仕返しされたらやだなぁ」
辻鷹は肩をすくめて見せた。
何度か頷き、納得した様子の谷川は言った。
「今、グレイモンとアクィラモンが下で様子を見てる。いつでも攻撃できるよ」
嶋川も頷いた。
「そうだ。積山も和西も二ノ宮も、あとあの変な関西弁野朗も林未もあてにならねぇからな。俺たちが戦うしかねぇだろ」
三人が強く頷いたときだった。
「誰が関西弁野朗や」
非常階段から柳田が顔を覗かせた。
「悪かったって」
嶋川は少しも悪びれずに答えた。
谷川が割って入った。
「まぁいいじゃない。私たちであいつらを全部壊そうよっ!」
柳田は手を叩いた。
「っしゃ!ブレイドクワガーモンがグレイモンと合流してる!全員で総攻撃や!」
辻鷹は頷くとガルルモンに下で待機するように言った。
そしてそのまま手すりから下の一体を狙い、撃った。
早くも凍り漬けになった一体をアクィラモンが頭部のツノで粉砕した。
「よーしっ!!」
谷川もすでにロッドの上がったボウガンを乱射、柳田は電撃の矢を立て続けに撃ちこみ、嶋川は剣を振って炎の塊を大量に降らせた。
柳田以外の3人が初めて見るデジモンが横切り、
「あれ!あれがブレイドクワガーモンや!」
柳田が指をさして言った。
コクワモンの進化したデジモン、ブレイ度クワガーモンは先端についた刃で立て続けに2機を葬り去る。
「やるじねーか!」
グレイモンはそう声をかけ、同時に背後にいた機械を尾で叩き潰した。
その真上、ビルの屋上で辻鷹の携帯電話が鳴る。
体を一通り探った末、足元に置かれていたそれを拾い上げると電話の相手は知らない人だった。
「チーム十闘神の方ですね?組織のオペレーターです。あなた方の防衛ラインを含む半径400メートルの避難が完了しました。引き続き防衛を続けてください。すぐに最高航空攻撃部隊が援護に参ります」
会話を終えると辻鷹は横に並ぶ全員に避難の完了、援軍が向かっているということを伝えた。
「最高航空攻撃部隊?なんやその舌噛みそうな部隊」
柳田が実際に一度舌を噛みながら言った。
谷川がクスクスと笑い、右のビルを指差した。
「さすがに仁の眼じゃ分かんないよね。ビルの向こうにいるよっ!」
彼女がそう言った時だった。
ビルの影から無数のワスプモンの群れが現れた。
「攻撃開始!」
二ノ宮の声と同時にキャノンビーモンの腹部、レールガンが火を噴き、ワスプモンの両腕で閃光が煌いた。
つぎつぎと打ち抜かれ消滅する機械は無言だった。
そして・・・・、
「任務完了・・・!」
稼働音を響かせホバリングする組織・最高航空攻撃部隊の目前には一機のアンノウンも残っていなかった。
 
「いいところだね」
積山は両手をジャケットのポケットに入れて辺りを見回した。
かつてデビモンたちと戦った原子力発電所。
その最上階の司令塔に積山はいた。
「組織の関係者、ってだけでこんな所にまで入れるなんてな」
ギルは2、3度首を振って目を細めた。
すこし小さく見える街で何度か光が点滅した。
「戦ってるね。・・・・嶋川も」
ギルは即座に理解した。
戦おうともせず、逃げようともせず、指示しようともしなかった。
そして嶋川浩司。
ギルはついに口を開いた。
「お前・・・!何をする気だ・・・!?」
積山は微笑んだ。
「何って?ギル。君は賢い。僕よりも。・・・・・ごめんね――」
彼がそう言った瞬間だった。ポケットから出された積山の手に握られていた粉がギルの視力と集中力を乱し、そのすきを突いた積山の蹴り込みがギルの腹部にめりこんだ。
「・・・・ごめん。でも・・・、もう後戻りできない・・・」
迷いと涙を振り払うと積山は司令塔展望台から出て行った。
 
 

更新日時:
2007/09/10 
52    第51話 「選択」
まったく同じ時間。
林未とシュリモンは3組のテイマーに囲まれていた。
林未が口を開いた。静かな口調だ。
「どいてくれるか?今仲間が戦ってるだろうからな」
3人のテイマーのうちの一人、イヤホンをつけた少年が言った。
「仲間?他にもテイマーがいるんだ。悪いけど通すわけには行かないんだよね」
「どういうことだ?」
シュリモンが訊いた。
彼はこう答えた。
「知らないのかい?他のテイマーを倒して
一番強い者を決める。・・・おもしろいゲームだろ?」
林未はあきれ返った。
「なんだそれは。何を言ってるんだ?」
どうやら本気らしい。彼は続けた。
「ゲームだって言ってるだろう?テイマーを倒してデジヴァイスを戦利品として奪う。まぁほとんど戦う前に降参してパートナーと逃げたやつばっかりだったな」
そう言った彼の手にはいつの間にかデジヴァイスが4つ、握られていた。
「それが戦利品か?ばかばかしい」
林未はため息をつくと背を向けた。その背に一人が呼びかける。
「まてよ。逃がさないよ?デジヴァイスか命、どちらか置いてけよ」
3人の後ろからそれぞれオーガモン、グラディモン、ソーサリモンが進み出た。
「馬鹿な・・・」
シュリモンが呟く。
「これで終わらせるッ!!!」
オーガモンが棍棒をシュリモンめがけて振り上げる。
全身の筋肉が盛り上がり、巨大な棍棒がシュリモンの頭に直撃する刹那、
「[峰撃ち・紅葉卸]!!!!!」
瞬間移動からの両腕の手裏剣を使った峰撃ち。
オーガモンとグラディモンがドサリと倒れた。完全に気絶。
「な・・・・・・・・?」
数秒たって状況を飲み込んだソーサリモンはとっさにテイマーの少女とシュリモンの間に割って入った。
茫然としてオーガモンの背中を見つめていた少年はいつの間にか前に来ていた林未に胸倉を掴まれてヒッ・・・、と声を上げた。
「お前、ゲームオーバーだな」
あまりにも冷たい彼の視線に少年は震え上がった。
 
「・・・。その戦利品のデジヴァイスは持ち主に返せ。戦いはゲームじゃない。分かったな?・・・・何も分からないようなら俺がゲームの相手をしてやる・・・!」
林未の脅しに3人と3体はカクカクと首を縦に振ると一目散に逃げていった。
そして彼はシュリモンの肩を叩いて言った。
「君が腕利きでよかったな」
シュリモンの覆面の奥の目が大きくなった。
 
シャッ・・・・・・
 
ドーム、それも今までに無い大きさ、直径だけでも40メートルはありそうだ。
それから数十本もの触手が円を描くように伸び、先端の鋭利な金属板がワスプモンをかすめる。
「いまのは近かった・・・。全体、触手の根本を砲撃!」
二ノ宮の指示に従い部隊がイソギンチャクのようなアンノウンを囲む。
腹部のエネルギー砲が火を噴いた。
爆発、炎上。
轟音と衝撃波が周囲のビルを砕き、煙が通りを包み込む。
そしてそれが晴れたときだった。
「!」
「ダメか・・・!」
離脱したキャノンビーモンの上で二ノ宮は目を見張った。
まったく無傷のドームが開き、中から一体飛び出した。
煙を吹き飛ばし一瞬でキャノンビーモンの前まで上昇した相手はいきなり両腕からミサイルを撃ち込んだ。
その間2秒。
上空で爆発音が轟き、煙の中から地上に向かって二ノ宮とファンビーモンが、上空にはドームから現れた敵・メガドラモンがそれぞれ抜け出した。
爆発音に反応して空を見上げたグレイモンの耳に風を斬る音が届き、シュリモンが二ノ宮とファンビーモンを空中で捕まえ和西のとなりに着地した。
様子を目で追っていた和西はシュリモンからファンビーモンを受け取り、礼を言った。
「いや、礼はいい。それよりもここは退いたほうがよいという健助殿よりの伝言を預かってきた」
林未の名を聞いた辻鷹は柵から身を乗り出して下を見下ろした。
すでにグレイモンたちがこちらを見上げて待っていた。そばに林未が立っているのが見える。
次に彼は空を見上げた。
メガドラモンが両腕から無数のミサイルを撃ちだす所だった。
「確かにあれは分が悪そうだよ。どうする?」
柳田、嶋川、谷川がそろって首を横に振った。
それを見た和西は何度か頷いて見せた。
「よし。逃げよう。林未くんの言うとおりだ」
 
アクィラモンに全員がしがみついた。
なんとか足にしがみつけそうだと確信した和西は振り向いた。
落下音と爆音、そして物が崩れ落ちる音が辺りを包み込んでいく。
「今に見てろよ」
すこし見通しの良くなった街を睨みつけると和西はアクィラモンの足につかまった。
 
 
 
「ほら、もう大丈夫だよ。お姉ちゃんとお母さんのとこ行こうね」
メガドラモンが姿を消したころを見計らって2つの人影が現れた。
黒畑は小学校低学年ほどの子を連れてまったく人の気配のない大通りを歩いていった。
「お姉ちゃん、疲れたよぉ」
その子は黒畑から手を離すと街路樹の根本に座り込んでしまった。
それを見かねたのか彼女の肩から茶色いデジモンが飛び降りて首をかしげた。
「すこし休憩しようね」
目を細めてその様子を見ていた黒畑は道路の上に何か落ちているのに気づいた。
「ロップモン、ちょっとその子見てて」
ロップモンと呼ばれたデジモンは抱きつかれたままフゴフゴと頷いた。
 
道の真ん中に落ちていたそれは紅いプログラムカードだった。
「なんだろうこれ。誰かが落としたのかな」
裏返した面に文字が刻印されていた。
[極秘  進化プログラム  試作品]
一瞬考え、彼女はそれをズボンのポケットに入れた。
 
再び手を引いて歩き出した黒畑は言った。
「避難所、もうすぐだと思うよ。きっとお母さん待ってるからね」
ロップモンも頷いて見せた。
黒畑の右腕にはデジヴァイスが付けられ、手の甲には紋様が浮かび上がっていた。

更新日時:
2007/09/17 
53    第52話 「構造」
「んのヤロー・・・!」
嶋川が舌打ちを漏らした。
完全に避難の完了した街は街灯の明かりすら見えない。
街の様子を調べに来ていた彼はその作業の途中巨大な人影に遭遇したのだった。
「でかい図体してるくせにちょこまかとすばしっこい!」
ベルトに付けられたホルダーからプログラムカードを抜き出し、読み込ませた。
「アグモン進化!!」
嶋川の背後でアグモンが光だし、進化しながらテイマーの頭上を飛び越え前に躍り出た。
「      グレイモン      」
雄たけびをあげ、そのまま巨大な火炎弾を立て続けに3発撃ち出した。
足元のコンクリートが砕けるほどの反動で繰り出された攻撃は電柱の上で様子を覗っていた相手に右腕一本で弾き、消し飛ばした。
そしてその姿が消える。
「[宝斧(バオフー)]」
自身の目を疑うグレイモンの背後で静かな声が響いた。
「な!?        ――ガッ・・!!!」
その影は背後を振り向いたグレイモンの首を右腕で屋上に押さえつけた。
「無駄な抵抗はよしなさい。私のテイマーの話を聞いてもらいたいのです」
グレイモンは月の逆光で姿のよく見えない相手の顔を睨みつけた。
「テメェ・・・、何者だ!?」
歯軋りをするグレイモンの顔にもう一筋の細い影が差し込んだ。
「私のパートナー、アンティラモン。ごめんなさいね。でも手荒な真似はしてほしくなかったから」
黒畑は手でアンティラモンにグレイモンを解放するよう促した。
右腕を振り払ったグレイモンは嶋川の脇に戻った。
「どうだ?勝てそうか?」
嶋川が耳打ちのつもりでささやいた。
「だめだ。全然歯が立たない」
グレイモンは頭を振る。
黒畑が口を開いた。
「まずは・・・、これを」
差し出されたのは紅いプログラムカードだった。
「なんだこれ。どこで手に入れた?」
嶋川はグレイモンに進化させるカードなら知っていた。デザインはまったくといっていいほど同じだ。
「拾ったの。ここからすこし離れたところの道路でね。避難所の近くだからすぐ分かると思う」
カードを受け取った嶋川の眼を見上げると彼女は続けた。
「ここ最近世界中でデジモンが比較的頻繁に現れるようになった。でもここは特に激しい戦いをしている。前会ったテイマーがそう言ってた」
グレイモンもアンティラモンも無言で2人のやり取りとお互いの様子をじっと見ていた。
黒畑はアンティラモンの腕に座ると言った。
「ところで・・・、この前の戦い。一体どういうつもり?」
「どの戦いだ?」
「この前、公園でテイマー同士、それも多分、10人いる仲間どうしで戦ってたじゃない!」
「ちょっと待て、あれはなぁ・・・・」
嶋川が訂正をこころみたが黒畑の発言がそれを跳ね飛ばした。
「わたしは仲間と戦うような人間もそのパートナーも仲間とは思わない。     私は土の剣闘姫。黒畑優美」
その言葉が耳に届いたときにはアンティラモンの姿は電柱の上を飛んで姿を消したところだった。
嶋川とグレイモンは反射的に屋上の端に駆け寄った。
「あ”〜、しまった・・・。なんかスゲェこじれちまったな」
「生き返って早々ご苦労さんだな」
嶋川は何度か頷くと右手のプログラムカードを裏返したりして観察した。
「極秘、プログラムカードの試作品か」
月明かりに浮かび上がった文字を眺めていた嶋川はフェンスにもたれかかって顔の前でカードを何度か回転させ、その様子を眺めていた。
そして気づいた。
「なんだ・・・?あれ・・・」
 
 
・・・同じ頃
狭い寮の一室で谷川は窓を全開にして抜け出した。
「体小さいのも得かもね。じゃぁ、行くよ。アクィラモン」
 
 
・・・同じ頃
広い会議室で地図とにらめっこをしていた和西は手元で走らせていたボールペンからインクが漏れ出したのに気づいた。
「えっ・・?」
インクは机の上を伝い、1つの書類にしみを作った。
「うわっ・・・やば、ていうか・・・縁起悪い、な」
書類にはある人物の情報が書かれ、その名前の部分に紅いインクが染み込む。
書類の名前は、
『闇の守護帝・積山慎に関する報告書』
 
 
・・・同じ頃
組織が設けてくれた一室で、
柳田が真剣な表情でパソコンに向かっていた。
なれた手つきでタイピングを続ける彼は深くため息をついた。
「悪いな。これでお前は止まるしかなくなる」
エンターキーを叩くと彼はパソコンの前を離れた。
画面では何かが送信されていた。
「終わったのかい?」
自分の体から伸びたプラグをコンセントから引き抜くとコクワモンが話しかけた。
「あぁ、ほんまに手間かかる・・・。メシでも食いにいきたいんやけどついて来てくれへんか?」
連れ立って2つの影が部屋から出て行った。
 
 
・・・同じ頃、
発電所内、中でももっとも広い場所に積山がいた。
「これが・・・・・・・・・・」
積山は自分の右腕を眺めた。
紋様に亀裂が入り、服もところどころ血で染まっていた。
 
発電所の展望室、そのソファにギルが縛り付けられていた。
薬が効いているのか、そもそもデジモンに催眠薬が効くのか・・・・。
それでもギルはピクリとも動かなかった。
鎖とロープでつながれ、毛布をかけられたそのそばの床に一枚、写真が落ちていた。
 
 
 

更新日時:
2007/09/19 
54    第53話 「生死」
辻鷹が羽織るジーンズの裾が風にあおられて踊っていた。
「さっきのはなんだかわかるか?」
真下からの質問に彼は首を横に振って答えた。
「さぁ?よく分からないけど嫌な予感がする」
ガルルモンは真上からの返事に同意した。
「たしかに。・・・で、どうする?一番乗りしちまったが」
辻鷹自身、自分から入っていこうとは到底考えない。発電所が一瞬光った。
「いや・・・、ほんとにここ入るの?」
 
 
発電所の前で辻鷹が尻込みしているころ。
「行かなくていいの?」
コテモンが林未の背中を突いた。
「それはまぁ、行くけどさ」
小さな仏壇の前で座っている彼にコテモンが言った。
「この前から訊いてみようと思ったんだ。後悔してたりするのか?」
林未は顔をコテモンのほうに向けはぁ?、と訊きかえした。
「だから、本当は健助がテイマーになるはずじゃなかっただろ?」
「そりゃそうだけどねぇちゃんも母さんも関係ない。別に後悔してるとかそんなんじゃないよ」
「そんならいいんだけどさ」
林未は頷くと上着のポケットからカードを取り出し、読み込ませた。
「コテモン進化!!!」
「バッ、バカ!静かにしろ!」
「・・・・・シュリモン」
窓から飛び出るとシュリモンは林未の体に腕を巻きつけて固定した。
「む、参る!」
シュリモンは身軽に屋根の上を飛び越えて行った。
「積山か?」
不意に林未が呟いた。
「積山殿がどうかしたのか?」
林未は一言、勘だ、と答えた。
「どうもあの雰囲気は似てるきがする。ひょっとしたら・・・・」
彼はかすかに見える発電所を見つめた。
「あいつ、あそこにいるのか?」
 
 
地響きをたて、グレイモンが大通りを走っていた。
「いい!スカッとするな!」
グレイモンは歓喜の声を上げている。
その頭の上に嶋川が座っていた。
「あんまり首動かすな。落とすんじゃねぇぞ。・・・・?、谷川か」
平行するように高度を下げたアクィラモンの上から谷川が叫んだ。
「あれ、なんだと思う!?相当やばそうだけど!!」
嶋川も叫び返す。
「知らん!それよりお前、これなんか分かるか!?」
嶋川の左手に握られた紅いカードを見た谷川は首を振った。
「知らなーい!!使ってみれば!?」
「それもそうか・・・・」
嶋川はリーダーに挿入し、読み込ませた。
「うわっ・・・」
とたんにグレイモンが紅く光りだす。
「グレイモン進化・・・・!」   
グレイモンの動きが一瞬で止まり、次の瞬間には動いていた。
「     メタルグレイモン      」
頭部は銀色の鋼鉄に覆われ、右腕は完全に機械化している。背部にはブースターが装備され、それが起動する。
噴射される炎はまるで翼のような形にも見えた。
「おおおぉぉぉ!!!飛んでるじゃねぇか!!」
メタルグレイモンは空に飛び上がった。
「なんだ?それは!」
ビルの上をシュリモンと林未がやって来て訊いた。
「メタルグレイモン!おれのパートナーだ!」
嶋川が勝ち誇ったように言った。
「そうだ!多分相当強いだろうぜ。・・・だから後ろのアイツはおれ達が相手してやる!」
メタルグレイモンは急旋回して右腕の鋼鉄のカギヅメがメガドラモンに叩きつけられた。
リード線によって引き戻されたカギヅメを曲げ伸ばししてメタルグレイモンはビルに着地した。
「お前微妙に邪魔だ。まってろ」
嶋川を下ろすとメタルグレイモンは嶋川と同時にアクィラモン達に向かって叫んだ。
「大丈夫だっつーの!行け!」
アクィラモンの上で谷川は苦笑すると頷いた。
 
「さて・・・、さっさと・・!?」
メガドラモンの両腕からミサイルが撃ちだされ、メタルグレイモンに直撃したかに見えた。
命中まであと10数メートルの所で切断され落下、爆発、炎上。
ほとんど無音で近くのビルの屋上に着地したアンティラモンが言った。
「優美の頼みだ。助太刀を許して欲しい」
メタルグレイモンはアンティラモンを一瞥すると答えた。
「好きにしろ」
「了解。好きにする。[宝斧]」
地面に撃墜されていたメガドラモンにアンティラモンの両腕が強烈に叩き込まれる寸前、メガドラモンは攻撃をすり抜け、アンティラモンの背後をとった。
「ふむ・・・。速い」
「感心してる場合か!!」
メタルグレイモンの胸部が開き、ミサイルが発射された。メガドラモンの背中に命中する。
背中から煙をあげたメガドラモンがメタルグレイモンを見上げ、睨みつけた。
その瞬間。
メガドラモンが消滅する。通りにトラック数台分の白い砂を残して。
ちょうどメタルグレイモンの真下に着地したアンティラモンが言った。
「油断大敵。[宝斧]」
すぐとなりのビル、 ― 嶋川と黒畑のいるビルの屋上に飛び上がるとアンティラモンは退化し、ロップモンに戻った。
「大丈夫?ケガとかしなかった?」
ロップモンを抱きしめて訊いた黒畑に嶋川は声をかけた。
「あのさ、さっきの話だけどな・・・」
発言の途中で嶋川の携帯電話が鳴った。
だよこんなときに・・・。しぶしぶ電話に出た嶋川の耳に柳田の声が飛び込んできた。
『あほかお前!なに負けとるんや!』
「はぁ!?おれが負けるだと!?いつの話だよ!」
『いまや!メガドラモン生きとるやないか!』
「知るか」
通話を一方的に断ち切ると嶋川は黒畑に再び話しかけた。
「いや、ごめん。だからさっきの・・・」
再び携帯電話が鳴る。通話を始めると同時に嶋川は怒鳴った。
「何度もかけてくるんじゃねぇよ!メガドラモンくらいお前らで何とかしろ!!」
『君は嶋川浩司くんだね?』
嶋川は自分の目が見開かれるのを感じた。そしてこう思った。
ってゆうかコイツだれ?なんでおれの番号知ってんだ?
「お前はだれだ。なんでおれの番号知ってるんだ?」
『警視庁の吉岡というものだ。君が出入りしている組織のリーダー、有川と幹部三名、数人の上級官を逮捕した。君の番号は和西から訊いた』
「逮捕だ!?なんでだ!」
『無意味に都市の攻撃を繰り返し、肝心の怪物退治もできない始末。それでついさっき逮捕状が下りたんだよ』
「ふざけるな。何が無意味に、だ。知ったような口で」
『まぁその辺はあとで聞く。逮捕状が下りたのはリーダーの有川、幹部の式河、神原、秋山、それと上級官の二ノ宮涼美、和西高の6名だ。積山慎は知ってるね?彼も検討中だ』
「おい、ちょっと」
嶋川の発言に覆いかぶさるように吉岡と名乗った刑事は言った。
『それから、明日より自衛隊を中心とする部隊でここ中心を飛び回る怪物の退治をする。君達はただちに立ち退きなさい。いいね?』
嶋川が反論する間もなく電話は切れた。
彼は混乱して立ち尽くした。

更新日時:
2007/09/21 
55    第54話 「取引」
ボールペンのインク漏れによりダメになった書類を書き直していた和西の耳に複数の足音が聞こえてきた。
「?、なんだ?」
ゴマモンが机の下にもぐりこんだ瞬間、和西の向かいの扉が勢いよく開かれ、背広姿の男が数人入ってきた。
「なんですか?関係者以外は立ち入り禁止です」
二ノ宮がその一団を呼び止めた。
「あぁ、君が二ノ宮涼美だな。業務上過失致死の容疑で君と幹部の有川、神原、式河、秋山を逮捕する」
唖然とする二ノ宮の両手に手錠がかけられた瞬間、和西は思い出した。
「そういえばそうだったけどさ・・・」
徐々に混乱が波のように体を駆け巡るのを感じた。
「和西高くんだね。君や・・・、あー、君の友達も建造物等損壊罪と銃刀法違反だ」
「えっと、君の友達って?」
訊き返した和西を見下ろして刑事が答えた。
「リストに載ってるのは首謀者の君、参謀の積山慎、他、二ノ宮涼美、の3名だ。嶋川浩司はすでに死亡したからリストからは削除されてるな」
その瞬間和西は机の下に右腕を突っ込み、携帯電話でメールを打った。
「積山慎?あいつに建造物壊せると思うんですか?なにかの間違いでしょう」
一方、メールの文面はこうだった。
[コウジ、二ノ宮さんとぼくは逮捕されることになった。早く積山くんを見つけてください。組織は丸ごと潰されそうだからなにかいい手はないか考えてくれると思う。彼は逮捕予定者のリストにのってるからかくまってあげて欲しい。あと、君と谷川、林未くん、仁、柳田くんは逮捕されないらしい。でもできるだけとんでもない真似は控えてくれ]
送信、履歴の削除。
「まぁいいか。分かりました。応じますよ。応りゃいいんでしょ?」
携帯電話をゴマモンに持たせると和西は立ち上がった。両肩を掴まれて部屋から連れ出される。
一部始終を机の隙間からのぞき見ていたゴマモンとファンビーモンはその場にいた組織の隊員の背に隠されて窓から脱出した。
「なんかやばいな。どうする?」
「とりあえず嶋川浩司の所へ行こう」
ファンビーモンはゴマモンを背に乗せると飛び立った。
 
 
そして、すでに2体ものメガドラモンを撃破した嶋川とメタルグレイモンは強行突破、発電所の展望台に向かった。
「よし、待ってろよ」
メタルグレイモンに言い残すと嶋川は展望台に侵入した。
そしてすぐに縛られたギルを見つけた。
「お前どうした!?何があった!?」
そう問いつつも彼はすでに察しがついていた。
「っそ!」
炎撃刃で鎖やベルトを焼ききると担ぎ上げた。
 
さっきのメールが本当なのは間違いない。だからこそ状況は楽観できない。
 
嶋川はそう考えていた。
「メタルグレイモン!アクィラモンと谷川と辻鷹に上からできるだけ早く積山を見つけるように言え!」
メタルグレイモンは頷き、急降下した。ほどなくアクィラモンが谷川と辻鷹を乗せて雲に入る直前で旋回した。
「いた!その下のすこし広くなってるとこ!」
風に乗って谷川の声が届き、嶋川のもとにやって来た林未とシュリモンが先立って降りていった。
「!?なんだあれは・・」
思わずつぶやいた林未の目に映ったのは血の海だった。
コンクリートの地面には細い焼け焦げが魔方陣のように広がり、そのうえを血が新たな模様を染めこんでいた。
薄明かりに目が慣れてきた林未ともとから目が慣れやすい辻鷹、ガルルモンは愕然とした。あとからやって来た嶋川たちもやがてそれに気づいた。
「お前・・・」
嶋川は無意識に口を開いていた。
全員の見つめる先には一際大きな血溜まりがあり、積山が倒れていた。
それに覆いかぶさるように倒れていた天羽がゆっくりと顔を上げた。
「あ・・・・、う・・・・・・・・・・・」
何か言おうと口を開いているのを谷川が支えた。
「なんで?どうして・・・?」
「・・・・私を、生き返らせようとした・・・みたいです」
辻鷹も林未も、それどころか天羽や嶋川の身に起こった事を知る者はうっすらと予感していたことだった。
天羽は苦しげに微笑むと言った。
「本当に賢い方ですが・・、心は弱いみたい・・・・。道を・・・・踏み外す事になる」
すでに半身は砕けて砂になっていきながらも彼女は呟いた。
「もっとついていてあげたかった・・・・・・・」
その体に一瞬力が入り、すぐに抜けた。同時に体が崩れ去り、谷川の膝の上に銀色をした大きな卵が転がり落ちた。
それを胸に抱きかかえると谷川は額をこすりつけて抱きしめた。
「おい・・・、積山、積山!」
嶋川は積山の胸に耳を押し付けて頷いた。
「よし・・・、まだ生きてる。いそいで運ぶぞ」
「ちょっとまて、どこにだ?」
ガルルモンが訊いた。嶋川はアクィラモンを指差し、
「まずアクィラモンに積山を乗せる。それから新藤、って医者がいたな。あのオッサンに見せる」
アクィラモンは頷くと限界まで姿勢を低くとった。
「そうと決まれば早くしたほうがいい」
積山の体に止血のため全員の上着を巻きつけ、その上からベルトで固定した。
メタルグレイモンに辻鷹、ガブモン、林未、コテモン、ギルを背負った嶋川が乗る。
「急いで!」
卵をしっかりと抱きしめて谷川がアクィラモンをせかした。
 
 
 
「それで積山くんの具合はどうなの?」
ガラス越しに二ノ宮が林未に訊いた。
「今のところは奇跡的に生きてる、といったところか・・・。出血多量で死に掛けてたらしい」
ガラス越しに答えた林未の返答に二ノ宮は何度か頷き、ため息をついた。
「そっか・・・。私達がちゃんと接してあげてれば良かったのかな・・・」
ガラス越しにその気持ちを察した林未は首を振った。
「いまさら言っても仕方ない。それはこれからの課題にするべきだ」
二ノ宮はガラス越しに微笑んだ。
刑務所の面会室。積山が血まみれで見つかってから2日後。
やっと許された面会は当然ながらガラスを挟んだものだった。
「いつになったら出られるんだ?」
「さぁ?」
今度は林未がため息をつく番だった。
「できるだけ早く戻って来いよ。もちろんリーダーも一緒に」
二ノ宮は出て行こうとする林未に言った。
「多分、・・・・出るのには時間がかかると思う。私達上層部を押さえれば戦う権利は自衛隊とかに移る。私が思うにはそれが狙いよ。私達テイマーに手を出させない気ね」
林未は一度だけ振り向き、頷くと出て行った。
入れ替わりに看守が入ってきて言った。
「二ノ宮涼美、面会終了だ」
「はいはい。分かってますよーだ」
 
 
谷川と嶋川、ホークモンとアグモンは病室の1つにいた。
「ずっとうなされてるね」
谷川はじっと椅子に腰掛けたまま言った。
「そうだな・・・」
嶋川は同意し、積山のベットの横の机に置かれたバスケットに目をやった。
毛布に包まれた卵を指差すと彼は誰ともなしに訊いた。
「あれは、なんだろうな」
谷川はあいまいな返事を返した。
「わかんない。でも・・・・・・・」
嶋川はそこまで聞くと遮った。
「もういい。・・・卵を見たらなんていうかな」
アグモンは訊いた。
「誰が?」
それを聞き、嶋川は苦笑して答えた。
「そうだな。いろんなヤツだな。強いて言えば」
 
 
 
 
 

更新日時:
2007/09/23 
56    第55話 「失踪」
真っ暗だった。横も前も後ろも上も下も何も見えない。
それは闇の世界と言うのがふさわしい所だった。
急に、何の前触れもなく世界の中心に光がさした。
それはやがて少しずつ広がり、ぼんやりとした風景が見えた。
ベンチに人が一人座っていた。 すぐに誰かがやってきた。
『ごめんなさい。待たせましたか?』
謝った一人を見上げるともう一人はゆっくりと立ち上がって言った。
『・・・楽しみにしてたから・・早く来た』
2人の声は少し響いて聞こえた。
後から来た1人は、じゃあ出かけよう。そいってバスに乗り込んだ。
もう1人も後に続いた。
イスに並んで腰掛けた二人は何か話していた。
よく見えないが二人とも楽しそうだ。
やがてバスが止まり、降りた2人は本屋に入った。
1人は文庫本のコーナーに立ち、もう一人はその脇で分厚い本を手に取った。
しばらくして、2人は本屋から出てきた。
1人はしっかりと分厚い本の入った紙袋を抱きしめていた。
その後雑貨屋をのぞいたりゲームセンターで写真をとったりした後、2人は少し大きな雑貨屋に入った。
2人は宝石コーナーに行った。
一人は興味深げに石の御利益のかかれた紙を見ていた。
1人は、目の前で紙を見ているもう1人のとなりの壁にかかっている石の産地の書かれた世界地図を眺めていた。
紙を見ていた1人は石と革のポーチと鎖を二つずつ手に取るとレジへ向かった。
もう1人は『ぼくが払う』と言った。
結局首を横に振り続けた1人はポーチに石を入れると鎖を通して自分の首にかけた。
そして同じようにもう一人の首にかけた。
かけられた1人はお礼を言った。
もう1人は肩ぐらいまである髪の毛を後ろに流すと微笑んだ。 世界が急に暗くなり、今度は白と赤が見えた。
赤は白い体を貫き、もう一方は黒と金のグリップに吸い込まれていた。
 
そのグリップを握っているのは紛れもない。
積山慎の手だった。
目線があがり、細い息をする白い顔が一瞬見え、世界が溶けるようになくなった・・・。
 
再び黒い世界が広がり、その中に部屋が見えた。
それは少し前の事だった。嶋川が生き返ったその数日後・・・・・・・
 
 
『お前は・・・・・!』
『こんにちは。なかなか天気が優れませんね』
座っていた積山は部屋に侵入してきたもう一人の自分を睨みつけた。
『ぼくには君が考えている事が手に取るように分かる。人を生き返させる。素晴らしい力だ』
『なにがいいたい?』
『分かってるはずだ。君は嶋川浩司をもっとも大切な存在としている谷川計を羨ましく思ってる。違いますか?自分の一番大切な存在をもう一度自分の手に取り戻したい。そうだろう?』
『・・・違う・・・・』
『違わない。君は自分のしたことを後悔し、いま悩んでいる。なぜなら・・・・、君はもう気づいているはずだ』
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
『そう。和西高が水の力を使って驚異的な脚力を持つように、辻鷹仁が氷の力を使い尋常ならぬ視力を持つように、そして嶋川浩司が炎の力による熱から高い反射能力を発揮するように。そう。闇の力を利用した能力が君にもある。それもただ闇から鎌を生み出すなんて単純なものじゃない』
もう一人の積山はこう言い放った。
『そうだ。闇の能力とは[生命の再構築]だ。術者の思い1つで能力を変更することも記憶を継続させることも思いのまま。・・・・・これを使わない手はないじゃないか・・・!!!』
『違う・・・。違う・・・・!』
『違わないね。君は能力を確信し実行に移すか移さないか、そこで迷っている。でもその迷いになんの利点がある?天羽裁がよみがえってなんの損がある?』
『・・・・・・・・・・・・・・・・うぅぅ』
『君がどう動くか、そこまでぼくは干渉しない。ただ・・・・・・方法を教えてやろう・・・・・・』
 
 
荒い呼吸を繰り返す積山の額の汗をぬぐうと谷川は全てを知らなかった新しいテイマー、林未,柳田,黒畑に全てを話していた。
「これがすべて。今まであったこと、和西くんに聞いたことの全て。あたし達の戦いの全て」
 
 
世界は再び闇に戻った。透明であり不透明な世界で積山は思った。
そうか・・・・、ぼくはぼく自身の心と偽者に負けたのか・・・・・。
遠くのほうで声が聞こえた。
「いつも積山さんはやさしくていい人で。あたし達が危ない目にあわないように組織の作戦も一つ一つ確認してくれてたんだ。・・・優しすぎるんだよ。天羽さんのときも作戦考えるときも・・。必死で大切なものを守ろうとして・・・それで何かを失って。天羽さんの時は守りたいものと失ったものが同じだった。だからそれだけ辛かったと思う。そういうところが『闇の守護帝』なのかな・・・」
 
積山は微笑んだ。守護帝?それどころかぼくは破滅の帝王だ。大切なものをいくつもとり逃して自分で壊して・・・・。
『そうやってすぐにそんなこと言う』
和西の声だ。
『そうだ。お前そうやって自分の心まで壊すつもりか・・・?』
この面倒臭そうな言い方はギルか・・・。
なんかいろいろ迷惑かけたみたいだ。それこそ裁に笑われてしまう。彼女をそういう風に笑わせたくない。
そうだった。
 
ごめん。
 
 
 
急に起き上がった積山は谷川、ホークモン,林未、コテモン,柳田、コクワモン,そして知らない女の子と茶色いデジモンを順に眺めた。
そして急いでナースコールを押した谷川を無視しつつ隣の文机に目をやった彼はそこに置かれた卵に目が釘付けになった。
扉が勢いよく開かれ、嶋川、アグモン,辻鷹、ガブモン,医者が飛び込んできた。
口々に声をかける中、谷川はバスケットから卵を取り出し、積山に手渡した。
「・・・・・!!、ごめん、上手くいえない!」
谷川は顔を背けた。嶋川が代わりに言った。
「もう二度とこいつを泣かせないでくれ」
積山は卵をバスケットに戻して扉のほうを見た。人だかりに阻まれていたが積山にはよく分かっていた。
「ギル、謝りたい。私のところにきてくれないか。許して欲しい」
ギルは部屋に入ると首を振った。
「いや、めんどくさい。あれぐらいで怒ってたらお前のパートナーなんかやってらんねーよ。おれに謝る前に謝る相手がいるだろ?」
照れくさそうに言うとギルは部屋に入ってきて訊いた。
「それよりも、だ。お前に話しておく必要があるな」
 
和西たちが逮捕されたこと。そして・・・・、どうやら自分達がマークされていること。
 
話を聞いた積山はいつもの思案顔で呟いた。
「私の意見でもいいのか?」
全員が頷いた。
「和西くんは君に相談するようにいい残して自分が犠牲になって捕まったんだ」
辻鷹の顔を見て積山も頷いた。
「それなら・・・、しばらく身を隠そう。それでいて自衛隊の戦いを見物する。その上で彼らが太刀打ちできないということを自覚したころに参戦する。ともかくマークされているということはボロを出すのを狙っている可能性がある。その上で黒畑さんを中心に各地に散らばった組織の人間や他のテイマーをかき集めるんだ」
「つまり下手に動いてつかまったら連中の思う壺だからじっくりと様子見しながら戦力を集めよう、てことか」
ギルが頷いた。内心パートナーとの会話がこんなに大切なものだと初めて自覚していた。

更新日時:
2007/09/26 
57    第56話 「系列」
「これでいくつめの朝?」
和西は向かいに座った二ノ宮に訊いた。
「さぁ?」
鉄格子の向こうからの返事を聞き、和西は周囲に誰もいないか確かめた。
「・・・あのさ、みんな逃げてくれたかな?」
「わかんない。もし積山くんに何かあったとしても柳田くんたちは自分で気づいたかもしれない」
和西は頷いた。
「組織だけで十分相手はできていた。なのにその上層部や重要人物を捕まえて動けなくした。その上でテイマーを片端から捕まえ始めた、ってことは・・・」
「テイマーの抹殺・・・?」
二ノ宮はそう言ってすぐに首を何度か振った。
「ありえないかな。正直国も通常の兵器でメガドラモンを倒すのは無理だって分かってるはず。なのに対抗することができる勢力を自分から潰すかしら?」
ため息をつくと和西はそのまま後ろの布団に倒れこんだ。
「さっぱりわからない。何がしたいんだ?」
 
 
「何がしたいのかさっぱりわからない」
積山は自分のベットの周りに集まった人に向かって言った。
全員例外なく小さな荷物を持ち、帽子と上着を身に着けていた。
「たしかに分からない。戦車なんかでメガドラモンは落とせない」
辻鷹が思案顔で指摘した。嶋川は待ちくたびれたように口を開く。
「あのさ、もういいだろ?昨日の夜もメガドラモンが暴れてな。あれは戦ってるようにはとても見えなかったぞ」
それを聞いた積山は頷いた。
「デジモンが何体も組んでやっと倒せるんだからね。とにかく谷川さんと黒畑さん、仁は街の周辺で待機。メガドラモンと戦い始めたら軽く手伝って欲しい。残りは他のテイマーをできるだけかきあつめるんだ」
最初に出て行ったのは林未だった。彼はコテモンを先に出すと一度だけ振り向いて初めて笑顔を見せた。
「積山くん。和西くんがいない今、ぼくは君を頼りにしている。できることがあったらなんでも言ってくれ」
積山も笑い返し、頷いてみせる。
その後を追うかのように黒畑とロップモンが出て行き、それに続いて谷川と嶋川、ホークモンとアグモンが去っていった。
辻鷹は腰の銃を叩いて、大丈夫。そういい残してガブモンと部屋を出た。
最後に柳田が満面の笑みを浮かべ、
「そんじゃな。お大事に!」
コクワモンと共に姿を消した。
 
ギルと二人きりになった積山は卵の入ったバスケットを持ち上げて下を覗き込んだ。
紅いプログラムカードと小さなメモが添えてある。
ベットに身を沈め、メモを開いた。
『完全体に進化できるものです。預かっていてください。 Y、K』
「なるほど」
積山はカードの裏面の刻印を眺め、それをベルトのポーチに入れた。
そしてパートナーに訊いた。
「ギル、本当に許してくれるのか?」
ギルは当然だろう、という顔で頷いた。
積山は安堵の表情を浮かべると卵を抱きしめた。
「ごめん。でも本当にうれしい」
そんなテイマーの様子を見てギルは胸をなでおろした。
今朝、随分説得したのだ。
積山は卵に触るのを拒絶していた。
しかし今はすべてを終えたような表情で眠っている。
「久しぶりにいい顔になったな」
ギルはベットの脇に置かれた机に卵の入ったバスケットを置くとテレビをつけた。
 
 
戦車が砲弾を撃ち込む様子が鮮明に見えた。
 
 
グレイモンのそれと比べればたいしたことの無い砲撃音を聞き流しながら嶋川は街を横切った。
「やれやれ、和西たちに面会、って無理なのか?」
アグモンは当然のように頷いた。
「そりゃ無事に帰るのは無理かもな」
確かに和西や二ノ宮の仲間だと言えばまぁ事実上捕まるだろうな。
嶋川はそう予想を立てていた。
「そういうわけだ」
彼は肩から下げたバックの中にいるゴマモンに話しかけた。
ゴマモンはバックから顔を覗かせると残念そうに言った。
「そっか、やっぱ無理かぁ・・・!どうするかな」
それまでずっと黙って後をついてきていた谷川が口を開いた。
「とりあえず・・・、あたし達の勝利条件は1、和西くんと涼美ちゃんを釈放させること、2、組織の再結成を認めさせること、の二つ?」
「あとできれば、あいつらの口出しを禁止させたいしな。それに最後の1人を探す必要もある」
嶋川は追加するとため息をついた。
「上手くいくかね」
「でも上手くいかすのがベストだよ」
谷川は肩をすくめて見せる。立ち止まると腰のベルトに1つだけついたポーチからプログラムカードを取り出すと読み込ませた。
進化を始めたホークモンの前で谷川は明るい表情で言った。
「あたし達はしばらく黒畑ちゃんと一緒に他のテイマーにコンタクトとってみる」
「おれ達はそうだな。しばらく林未と柳田みたくあいつらの監視とかやってみる。・・・ありゃ見てらんねーけどな」
嶋川は握手をするとコートを羽織った。
「じゃ、お互い」
「そうだな。がんばれよ。お前らも」
谷川は頬を赤らめて何か言ったが戦車の砲撃音がそれをかき消した。
 
 
「なぜだ?あれはなんだ!?何故なにも通じない?」
軍服姿の男が絶句した。
狭い戦車の操縦席からファインダー越しにメガドラモンが鉄甲弾を無造作に翼から引き抜き投げ捨てた。
「こ・・・・、後退だ・・・・。後退!早く!!」
指揮官が狂ったように叫び、左腕の銃口を向けるメガドラモンを驚愕の目で凝視する。
鈍重な戦車が数台ジリジリと後退を始める。メガドラモンがミサイルを放とうとした瞬間、
メタルグレイモンが真上からミサイルを撃ち込み、メガドラモンを撃ち落した。
 
戦車を捨て、逃げ出す人々をビルの上から見ていた嶋川・辻鷹・ガブモン・林未・コテモンはそれぞれ顔を見合わせた。
「まったく・・・。最初からおれ達に任せとけばいいのにな」
嶋川が双眼鏡を覗きながらとなりの辻鷹に言った。
「そうだね。どうやら戦車じゃメガドラモンは堕とせないみたいだ」
眼で潰れた戦車を見つめていた辻鷹は返事を返した。
林未はそんな2人に背を向けるとコテモンと階段を下りていった。
「またな」
嶋川の呼びかけに林未は後ろを振り返って答えた。
「あぁ。またな」
何十もある階段を淡々と下りていく。
残り十数段ほどで彼は走っていく柳田とコクワモンを見つけた。
「奇遇やな」
「そうだな。どうした?」
柳田は林未を見上げて言った。
「逃げ遅れたみたいな女の子がおったんや。知らんか?」
「知らない」
「・・・・・・・・・さいで」
柳田に返事を返すと林未は辺りを見回した。
ちょうど誰か、と何か、がビルの間から姿を現したところだった。
 
 
 

更新日時:
2007/10/02 
58    第57話 「剣士」
その女の子は一応警戒しているらしく、何度も首を動かしている。
「おっ、ラッキ。  おーい!!ちょっと待ってくれー!!」
出し抜けに大声で呼び止められ、振り向いた彼女は連れの犬のような影とともにビルの向こうに姿を消した。
「あれ?」
柳田は一瞬あっけにとられ、すぐに追いかけた。
「待ってってゆーてるやろ!」
「・・・まて。お前がそうやって大声で呼び止めるからだろう。おれが変わりに行ってくる」
コクワモンと不服そうな柳田を後に残し、林未とコテモンは急いで後を追った。
以外にもビルの影でうずくまっていたので彼はできるだけ意識した口調で話しかけた。
「驚かせてすいません。この辺りにはあまりいないほうが・・・・、?」
ひざをついて顔を覗き込んだ林未は驚いた。
「前にあったことあるな?」
顔を上げたその娘は同じような表情を見せた。
 
「確かムシャモンというデジモンと戦ったときに助けた。時、という名前だ」
柳田への説明をそこそこに林未は首の後ろをかいた。
「はぁ・・・、どうしようか・・・」
いごこちが悪そうな顔で肩をせまくしている時を見て、コテモンはつぶやいた。
「よりにもよってこの娘までテイマーになるなんてね」
その頭の真上でラブラモンが口を開いた。
「よろしくね」
コテモンはため息をついた。
「こちらこそ・・・・」
見かねた柳田が口を挟んむ。
「まぁええやん。自分でどうこうできるもんでもないやろうし」
林未は若干睨みつけて言った。
「自分の意思でテイマーになることもあるだろう」
それを聞いたコクワモンは無い眉をひそめた。
「どういうことだい?」
「少なくともおれは自分からテイマーになる道を選んだ」
遠くのほうで悲鳴が聞こえる。たまに退却、とか逃げろ、という言葉が聞き取れる。
柳田はその場に腰を下ろすと林未を見上げた。
「どういうことや。話してくれへんか」
林未は柳田を睨みつけると言った。
「いいだろう。話してやる」
 
 
 
――数年前。林未家の借りるアパートの一室。
制服姿の少女が玄関から歩いて数歩の位置にある二段ベットまで歩いてきた。
「健助!起きなさい!遅刻するわよ!」
布団から顔をのぞかせた林未健助は目をこすってなにかもごもごと口を動かした。
「もう・・・。ほーら、寝ぼけないの!」
「はいはい・・・・。おはよ」
さっさと着替えた健助は朝食をとった。
 
林未がまだ小学生の頃。彼には姉がいた。そして・・・、テイマーだった。
 
「コテモンもご飯食べちゃってよ」
「はいはい・・・・」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その夜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・!」
オーガモンの強烈な撲殺目的の攻撃を機敏な動きでかわし、その腕を『草薙丸』で断ち切る。
「[紅葉卸]!!!」
背後からプログラムなしで進化したシュリモンがオーガモンに連続攻撃を叩き込んだ。
彼女は一瞬で砂にされたオーガモンに背を向けると刀を鞘に戻し、切れた頬の血をぬぐった。
 
林未キョウ。中学3年生。『木の魔術師』、パートナーは・・・・、コテモン。
 
彼女は部活から帰るとすぐにシャワーで汗を流す。
ある日、健助はテーブルに置かれたD-ギャザーを興味本位で触っているうちに姉を真似て右腕にはめた。
 
ドクン・・・!
 
心臓が跳ね上がり、血液が荒れ狂い、全身に深緑のアザが広がり、一瞬で消えた。
健助は急に怖くなり、D-ギャザーをもとのところに戻した。
 
 
確か・・・・・。この後コテモンがデジモンが現れたことを告げ、ねぇさんはすぐに服を着て、草薙丸を掴んで、
・・・・D-ギャザーをはめて部屋を出て行った・・・・。
 
おれは今夜も疲れ果てて帰ってくるに違いないねぇさんとコテモンのために救急箱を用意し、夕食をつくろうとニンジンと包丁を手にした・・・。
 
 
ねぇさんが死んだのはその夜だった。
シュリモンがガーゴモンというデジモンを追っていったときだろう。
 
 
おれが覚えてるのはそのまま置かれた救急箱、作りかけのチャーハン。ねぇさんが脱ぎ散らかし、片付けるのはおれの仕事だった。
シュリモンはその上に座って泣いていた。ねぇさんがいつも髪をとめるのに使っていたバンダナの前で泣いていた。
「ケンスケ殿。申し訳ない。力不足だったばっかりに・・・」
おれはシュリモンに前から訊いてみたかったことを聞いてみた。
「なぁ、ねぇさんはなんで戦ってたんだ?」
 
シュリモンがなんて答えたか。実はあまりよく覚えてない。でもこれだけは覚えている。
ねぇさんが何故戦っていたかは関係ない。ねぇさんの敵を討つため、そしてねぇさんが戦い続けたその意思を継ぐ。
 
「シュリモン。今日からおれがお前のテイマーだ。おれがねぇさんの代わりになるか分からない、けど・・・・」
林未健助は急に視線をそらして言った。
「戦いたい。自信あるんだ・・」
 
 
 
林未は口を閉じた。
「わかったか?・・・・気は済んだだろう・・・」
コテモンが代弁し、林未の肩を叩いた。
難しい顔をして考えをめぐらせ始めた柳田に一言謝ると林未はコテモンを連れて数歩歩く。
やがて止まり、ため息をついた。
「時さん、だったな。お母さん、いるだろ?帰ったほうがいい」
柳田も深いため息をついて言った。
「悪かった。・・・おれが悪かった・・」
それまで黙って話を聞いていた時が口を開く。
「私は父がどういう世界で死んだのか知りたかった。そしてテイマーになった・・・。私は健助さんと同じ立場に私もいると思ってます。気持ちなら・・・・だれよりも分かります」
肩をおろすと林未は振り向いて微笑んだ。
「・・・・ありがとう」
「ええ。こちらこそ。私もラブラモンのテイマーです。しばらくお手伝いしたいんです。前ムシャモンから守ってくれた恩返しもしたいですしね」
林未はあらためて手を差し出すと訊いた。
「あんた、名前なんていうんだ?」
時は差し出された手をにぎって答えた。
「時 。トキ ナツキです」
そう名乗り、彼女は笑顔を見せた。
 

更新日時:
2007/10/04 
59    第58話 「鏡面」
何度も進撃と撤退を繰り返し、そのたびに数台の戦闘兵器を破壊された連合軍は度重なる体力と戦力の浪費に苦しんでいた。
負傷者も多く、死亡した者も数名いるはずだった。
しかし決まって巨大な機械龍が現れ、メガドラモンを倒して消える、という事を繰り返した。
その結果、殉職者はゼロ。
結論として、戦車等の戦力やミサイルによる迎撃は無意味であり、即急に刑務所の組織の重要人物の釈放及び組織の再建を行なうべきである。
 
避難所にほど近い自衛隊の本部で一人の男がノートパソコンに向かってレポートを作成していた。
実際に戦車隊を指揮していた彼はメガドラモンには何の兵器も通じないことを身にしみて知っていた。しかし・・・、
「いや、まだだ」
デリートキーを叩いた。文章が消える。
 
 
 
男が再度報告書の作成に乗り出したとき、ほとんど仮設の集落状態で人が入り乱れる避難所で積山の妹、彩華は人の波に飲み込まれていた。
「あぁん、もう!」
脱出に成功した彼女は外から人ごみを見回した。
「土井藤さんどこ行ったの!?」
半泣きの顔で首を動かす彩華の肩を誰かが叩いた。
「どうしたんですか?」
車椅子に乗った若い男だった。年齢は・・・、18才くらいに見える。
彼は表情を緩めて彩華の髪をなでた。
「お願いがあるんだけど・・・、聞いてくれるかい?」
「いいですけど」
「じゃあ、車イスを動かしてくれないかな。バッテリーが無くなって僕一人では動けないんだよ」
だいぶ重い車イスを押しながら彩華は行き先を訊いた。
「救護室に連れて行って欲しいんだ」
「うん。分かった。お兄さん名前は?」
「僕?意藤歩。君は?」
「あたしは積山彩華」
とりとめのない話をしながらしばらく歩きまわり、救護室の場所を訊いた二人は途方にくれた。
場所を訊かれた女性は、
「あぁ、救護室なら昨日なくなったんだよ。お薬とかが無くなったり大変だったみたいだからねぇ」
と教えてくれたからだ。
 
 
「はい」
彩華はお茶の缶を差し出した。
礼を言ってそれを受け取り、一口飲んだ意藤はため息をついた。
「まいったな・・・」
2人は小高い場所にあるひとけのない国道の道路わきにいた。
一度正面、はるか遠くのほうで爆煙が上がった。
車椅子のとなりにペタンと腰を下ろした彩華はふと思い出したように口を開いた。
「誰にも秘密なんだけどね、あたしのお兄ちゃんあそこにいるんだよ」
意藤はしばらく考え、
「お兄さんは自衛隊かなにかに入ってるのかい?」
彩華は首を横に振り、
「お兄ちゃんはね、デジモンテイマー」
と、答えた。意藤は微笑み、そうか、と言った。
「なら僕も誰にもないしょの秘密を教えてあげよう」
彼はコートのポケットに手を入れ、D-ギャザーを取り出し、きょとんとした目で見上げる彩華に差し出した。
「これ、デジヴァイスだよね・・。なんで?」
意藤は背もたれにもたれかかると口を開いた。
「僕の目が見えなかったころの話なんだが・・・・
 
 
病室、それもすこし広い個室にベットがあった。
意藤はそれに横たわり、酸素マスクをつけていた。
なにも見えないが外で遊ぶ子供の声や廊下の看護婦の声がよく聞こえた。
不意にドアが開き、ブーツ特有の足音が迫ってきた。
「誰ですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
その人物は意藤の右腕になにか冷たいものを乗せた。
「だれですか?これはなんですか?」
意藤の再度の問いかけを無視し、その人物は口を開いた。
「意藤・・・、歩くんだね?」
「あなただれですか?看護婦を呼びますよ!?」
「君にデジヴァイスを渡すために私はここに来た。それを腕にはめれば君はテイマーとして戦うことになるだろう」
意藤は体温になじんできたデジヴァイスを投げ捨てた。
「変な冗談ですね。そもそもここは面会謝絶のはずです。出て行ってもらえますか?」
声からして中年手前くらい、その男はおもむろにこう言った。
「君が戦い続けることで君の病気が治るとしたら・・・?」
「なに・・・!?」
男は続けた。
 
 
「デジヴァイスを受け取る代償に君の目を治してやろう」
 
 
「・・・・・・それで・・?」
意藤はほとんど残っている缶を見つめながら、うながされるままに続けた。
「次の瞬間には僕は上半身を起こして辺りを見回した。・・・そう。見回したんだ。男は姿を消していたしそのデジヴァイスは文机の上にあった。・・・僕は目が見えるようになっていた」
彩華は自分の手の中のデジヴァイス   ―銀色の上に白とグレーのラインの入ったD-ギャザー   を見つめ、訊いた。
「意藤さんはデジヴァイス、つけなかったんですか?」
「まぁね。戦って誰か、何かを傷つけた結果病気が治ってもそんなもの何の価値もない、って思ったからね。・・・・・というか病気なのに戦えるわけ無いだろ?」
「そっか・・・・・、じゃあもう1つ訊いてもいい?・・・病気ってなに?」
意藤はお茶を飲み干すと笑顔になって言った。
「トップシークレットかな。・・・そろそろ帰ろうか」
 
 
その頃、
病室に残ったままの積山はギルに訊いた。
「まだ動いてはいけないのか?」
「当たり前だ。20箇所以上の切り傷と10箇所以上の骨折・・・。動こうと考えるほうがおかしいだろ」
当然そうに答えたギルに積山は携帯電話を差し出した。
「あの夜、届いたものだ」
受け取ったギルは画面に映ったメールの題名を目にした瞬間凍りついた。
『闇の能力に関する考察
生命蘇生術の発現・実行・発動条件』
「・・・それを見たとき・・・、私はそれにすがるしかなかった」
ギルは携帯電話を押し返すと訊いた。
「差出人は?誰だ・・・・。何故こんな内容のメールを送れる・・・!?」
「分からない。おそらくはパソコンからだ。・・・現に私はそのメールのとおりに実行して・・・・・」
積山は口を閉じ、卵をなでた。
しばらく考えていたギルは表情を険しくした。
「そのメールには『血の代償』のことが書かれてなかったな」
生命蘇生のあとに起こる体の異変を積山とギルは血の代償と呼んでいた。
積山は全身の傷がうずくのを感じながら言った。
「ああ。そのとおりだ。・・・私ははめられた、ということになるな」
積山とギルの脳裏に何人もの知り合いの顔が浮かんでは消えた。
 
「裏切り者か・・・、敵か、あきらかに敵意をもった『だれか』がいるはずだ」
 

更新日時:
2007/10/11 
60    第59話 「知略」
すでに太陽は地平線の下にあった。
暗闇の中に一箇所、明かりの群れが見える。
避難所として開放された体育館だった。
その看護室のベットで積山彩華は寝息をたてている。
意藤はその髪を優しくなで、毛布をかける。と、突然の足音に気づいて振り向いた。
仕切りの切れ目から現れた男女2人と目が合った意藤は微笑んだ。
「どうも、歩くん。すまなかったね」
男が意藤に謝った。それに首を横に振って応えた彼は安堵のため息をつき、
「こちらこそすいませんでした。まさかバッテリーが上がってしまうなんて考えもしませんでしたから・・・」
女は何度か頭を下げると鞄から封筒を取り出した。
「アメリカ行きの飛行機の券です。明日には発たないと・・・」
それを聞いた意藤はバツの悪そうな顔をして言った。
「・・・実は迷子の女の子がいるんだ。お願いなんだけど保護者の方、探してくれないかな・・・。土井藤、という男性なんだ」
男は特徴をメモすると言った。
「見つからなくても昼過ぎごろには出発です。・・・あなたは一刻の猶予も・・・、無いのですから」
意藤は笑顔を見せ、
「分かってる」
とだけ言った。
 
彩華は毛布に包まって目を見開いた。
涙が止まらなかった。
『トップシークレットかな』
意藤の言葉が耳に残っていた。
 
 
林未とコテモン、時とラブラモンは暗闇に包まれた路地に身を隠して一際大きなドームを監視していた。
「またメガドラモンでしょうか・・・?」
「今のところはなんとも言えないな。ドームの大きさが出てくるデジモンの大きさに比例するのか分からないからな」
時の心配そうな小声に林未の小声が返事を返した。
ラブラモンに抱きついた時を横目で見ると林未は自分の上着を肩にかけた。
「大丈夫ですよ!?風邪引いちゃいます・・」
驚いた時に林未は一言、
「ねーさんみたいなこと言うな。鍛え方が違うのかもしれないだろ」
 
 
その様子を離れたところから見ていた柳田とコクワモンは顔を見合わせた。
「さしいれ・・・、持ってきたんだけど・・・ね」
「そ、そやな・・。今あそこ行ったら切り殺されそうやな・・・」
2人はそのまま10分ほど立ち尽くしていた。
柳田が『今ここに来た』風の声をかけようとした瞬間だった。
ドームが開いた。
地面が揺さぶられ、長大な黒い影が勢いよく飛び出し、凄まじい叫びをあげながら空を飛んでいった。
林未は携帯電話を取り出し、
「ドームが割れた!中から異常に大きなデジモンが飛び出して海の方向に飛んでいった!」
嶋川に報告していた。
舌打ちをすると柳田がプログラムを読み込ませた。
進化したブレイドクワガーモンに飛び乗ると林未たちに、
「おれらであいつ追う!」
「死ぬなよ!」
林未が叫び返した。
柳田は軽く頷くと飛び去っていった。
 
敵が海に飛び込み、壮大な水柱が生まれるのが見えた東の方向が白みはじめていた。
「・・・・・・・・・」
振り向いた柳田の視界に薄明かりに照らされ始めた街にそびえるドームが2つ、せりあがり、まるで塔のようになった。
 
 
 
かすかに寝息を立てていた二ノ宮の耳に金属が当たる大きな音が届いた。
体を起こした彼女に制服姿の男が扉を開いて言った。
「二ノ宮涼美。釈放だ。でろ」
二ノ宮は表情を和らげると立ち上がって訊いた。
「ずいぶん・・・・・、『早い』ですね?」
警備員はこれ以上ないほど苦々しげな顔をして彼女を連れて行った。
その様子を眺めていた和西は自分の扉の向こうにも人の気配が現れたのを感じて笑顔になった。
「お前もだ。でろ!」
「まってたよ!」
和西は喜び勇んで立ち上がった。
 
2人は留置所の巨大な門を出ると警備員が言った。
「2度と来るなよ」
2人は声をそろえて答えた。
「もちろん」
 
太陽はすでに一番高い位置を越していた。
 
 
 
轟音が響き、積山彩華は身をすくめて空を見上げた。
飛行機がアメリカへ向け飛び立つところだった。
首を右から左へと限界まで動かしてそれを見送った彼女の右腕にはデジヴァイスが装着され、紋様が浮き上がっていた。
 
 
[数時間前]
2人は無言でコンクリートの台の上に座り、一緒に遅い朝食をとっていた。
彩華は昨日自分が聞いてしまったことを話した。
すると、意藤は自分の病気のことをすべて話した。
「治らないの?」
「今の医学じゃ無理みたいだね」
「・・・・・・・・」
彩華の頭は意藤のことでいっぱいになっていた。いろいろな話を聞いて混乱している自分が分かる。
「・・・あたしお医者さんになるよ。意藤さんの病気を治したい」
意藤は普段の表情でただ車イスに座っていた。
「ありがとう」
彼は自分のほうに向かって歩み寄る2人に手を振りながら言った。
「本当にありがとう。彩華ちゃんは僕にとっての初めての友達だし、やっぱりうれしいな」
「もう行っちゃうの?」
「あぁ、そうみたいだね。お別れかな・・・」
彩華は意藤の正面に立って訊いた。
「デジヴァイス、あたしが使ってもいい?」
意藤は即座に首を横に振ろうとはしなかった。
代わりに以外そうな顔で彼女を見ている。
「願掛け・・・・かな、意藤さんの。それにおにいちゃんやギルの手伝いだってしたい」
彩華は微笑むと言った。
「あたしって世話焼きなのかもね」
 
 
 
空港のロビーに下りた彩華は肩に白いデジモンを乗せていた。70cmはありそうな胴体のそのデジモンは彼女の耳もとで言った。
「これからどうするわけ?」
彩華は携帯電話を取り出すと積山慎にかけた。
「とりあえずお兄ちゃんに会いたい」
なかなかつながらないのでそれをあきらめ、意藤にもらったお金を計算してバス停に向かった。
「でも自分から戦いたいなんて物好きだね」
彩華の表情が変わった。
「そうかもね」
真剣な顔で頷くとパートナーデジモンを抱きしめて頬をこすりつけた。
「がんばろうね。クダモン」
クダモンと呼ばれたデジモンはまるで『まかせなさい』とでも言うように頷いて見せた。

更新日時:
2007/10/12 
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