窓の下に座った嶋川はもう2時間もその状態だった。
彼の見た目はあまり深く考えないように見えるが、その実積山や二ノ宮同様事態を重く見ていた。
「柄にも無い、といいたいところだな」
屋根から飛び降りたアグモンは嶋川のとなりに座った。と同時に嶋川が立ち上がる。
「二ノ宮のとこ行こう。話聞く」
部屋を横切ると壁にかかったジャケットと炎撃刃の入ったスポーツバックを引っつかんだと思うと階段を下りていった。
「やぁれやれ」
残されたアグモンは一人呟くととなりの屋根に飛び移りテイマーの後を追い始めた。
嶋川はウォークマンで音楽を聴きながら本屋やゲームセンターをのぞきながら街を歩いていた。
途中で何度か後ろの気配を覗う。
やがて彼は少しずつ人気の無い場所へと向かった。
その真上をアグモンが、しばらく遅れてもう1つの影が嶋川を追う。
数十メートル進んで大通りをそれるとビルの裏が続く細い道に入った。
室外機の排出音の中を嶋川の靴音が響く。
それが20回ほど聞こえたときだった。
比較的おとなしい靴音が混じり始めた。嶋川は足を止めると顔だけ後ろに向けて靴音の主を睨みつけた。
「お前、尾行には向かないな」
谷川は意外そうな顔をすると肩をすくめて見せた。
「そうかもね。今度からは直接話しかけるよ。タイミング測りかねただけなんだけどね」
いい終えてしばらくするとバツの悪そうな顔をしてゴメンと謝った。
「まぁいい。気にするな。・・・・・・もっともお前に尾行されてもうれしくもなんとも無い」
嶋川は完全に振り返って続けた。
「むしろ迷惑だ。偽者」
谷川はあきれた顔をして見せたがすぐにその表情をかなぐり捨てた。
「まいったな。こんなに早くばれるとは」
嶋川もつまらなそうな表情をかなぐり捨て、
「あたりまえだ。積山はつぶれちまってるし辻鷹はあてにならない、和西はやる気ない、林未は連絡が取れないとくれば・・・・」
彼は呟きながらバックから剣を抜いた。
「おれがしっかりしなきゃな」
谷川の偽者は微動出せずにただ立っていた。しかしその顔に2つの影がさす。
ちらりと後ろを見た嶋川の目に積山と辻鷹が立っていた。
谷川と辻鷹、積山達の偽者が嶋川を囲むように立ち、背中から大振りのナイフを抜いた。
「3人がかりなら何とかなると思ってるのか?」
「お前の相棒はいまごろお前の偽者と戦ってるころだな」
嶋川は鞘を投げ捨てると炎撃刃を構えた。
「そうか。なら心配ないな。あいつなら喜んでおれの顔を殴るだろう」
そう言った彼の眼が紅く染まる。
世界がゆっくりと進み、それでも速い積山のハイキックが首筋を狙うのが見え、嶋川は腕で弾いた。その反動を利用し、ナイフを突き刺そうとしていた辻鷹の顔面を蹴り飛ばす。
急激に時間が戻り辻鷹と積山の体が両側の壁に叩きつけられた。
嶋川は再び剣を構えなおすと目の前の3体を見回して言った。
「問題ない。お前らはおれ一人で十分だ」
積山の偽者はすぐに飛び起きてナイフを躍らせ、投げつけた。
嶋川は剣で弾き飛ばす、しかし隙が生まれわき腹に一撃。痛みを感じたときには積山の脚撃が右肩を襲った。
「軸足、もらった!」
嶋川は左腕の剣を横に振り、積山の右足を切断、そのまま真上に切り結んだ。脚から肩にかけて斬り裂かれた相手は倒れる。
「あと2つ!」
振り向いて背後の敵を叩ききろうとした嶋川の動きが止まった。
身を縮めた谷川の姿が目に映る。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
嶋川が迷いを振り切った瞬間。
ナイフが腹部を貫き、その先端は背中から抜けた。鮮血が吹き荒れ、視界がぼやける。
返り血に染まった谷川は口に笑みを浮かべていた。が、目はまったく笑っていない。
盛大な音をあげ炎撃刃が落ちた。
その頃、その真上の屋根ではアグモンともう一人の嶋川が立っていた。
「わざわざお前がくるとはな。わかるぜ?偽者だろ」
嶋川の偽者は黙ったままだ。風がジャケットをたなびかせる。
「嶋川浩司はもう死んだだろう。そして私はお前を殺しこの世で唯一の嶋川浩司になる」
相手はナイフを抜くとアグモンに向けた。
「そうか。そりゃ・・・・残念だったな!!」
アグモンは突進し猛烈な斬撃を加える。風が裂かれ唸りを上げ、偽者の胸をえぐる。
彼は自分の胸を見下ろし、アグモンは右腕を引き抜いて慌てて距離をとる。
「これが・・・・・、どうした?」
胸が再生し、破れた服の向こうに肌がうかがえる。
そしてその次の瞬間するどい踏み込みからくる横薙ぎのナイフがアグモンの首をかすめた。
アグモンはとっさに左腕ではらい、目の前の頭を殴り飛ばした。
体は3メートルほど宙を舞い、金属の屋根に倒れた。すぐに体勢を立て直しナイフを拾い上げる。
顔に当てた左手の奥で目が再生する。
「私は死なない。そして、お前だけが死ぬ」
アグモンは歯軋りをした。
正直、きつそうだ。
どうやら相手は『能力』を持っていないようだ。つまり浩司の身体能力そのものでヤツは戦っている。
それだけなら勝算があった。しかしヤツの再生能力は尋常じゃない。積山の偽者と構造が同じなら腕を切り落としても平然としてるだろう。
ナイフの斬撃をよけ続けながらアグモンは必死に頭を働かせた。
なにか弱点は・・・?どこかを破壊すれば倒れるのか?しかし半端な攻撃じゃ無理だ。たしかにさっきオレはヤツの頭を破壊した。
しかし再生された。
「・・・・死なないってのも得なもんだな・・・!」
急に斬撃が収まる。偽者は距離をとって向かい合った。
「・・・得なものだろうか・・・・」
アグモンは面食らった。相手は続ける。
「私は戦うために生まれた。もしお前のいうとおり死なないのなら私は永遠に戦い続けなければならない。違うか?」
「知るか・・・。オレが知ると思うか?」
「嶋川浩司。私は彼が羨ましい。彼にはこれから先にある自分に理想がある。私にはない、だから私こそが彼になる」
アグモンは首を振ると言った。
「オレがさせると思うか?」
「止めていたな。お前と嶋川浩司の関係、それも私にはない。彼にあって私にないものがたくさんある」
彼はそう呟くとナイフを投げ捨てた。アグモンの体に力が入る。
「すこし・・・しゃべりすぎた。この勝負、預けたぞ」
そして背を向けると屋根から飛び降りてしまった。
「な・・・!おい!」
アグモンが屋根の縁から下を見下ろした。
嶋川の偽者が人の波に入っていくのが辛うじて見えた。
「・・・・・・嫌になって、帰っちまった」
そしてすぐにアグモンもアーケードと屋根を伝って地面に降りた。
たまにはいいか・・・。そう考え直したアグモンは振り向くと同時に立ちすくんだ。
組織の人間が数人作業していた。担架になにかが乗せられ運ばれていく。
二ノ宮とファンビーモンが見ていた。
「な・・・・、なにが、あった?なにがあった!?」
アグモンが怒鳴る。二ノ宮は足元に落ちていた血まみれの炎撃刃を持ち上げると答えた。
「なんとか・・・・生きてると思う」
血の気が引くのを自分でも感じたアグモンは毛のこすれる音を聞きつけ上を見上げた。
ガルルモンがほとんど無音で屋根伝いに降りてきた。
ライフルを背負った辻鷹が飛び降り、軽く首を振って二ノ宮に言った。
「積山くんのは一応打ち抜いたけどそのまま人ごみのなかに逃げられた。他のは逃げられたよ。どうする?」
二ノ宮は自分はこのまま病院まで付き添うと告げ、アグモンにどうするか訊いた。
言うまでもなく担架の後を追う。
残された辻鷹はガルルモンと顔を見合わせ、彼は電話をかけた。
「もしもし。辻鷹仁と申します。谷川計さんを・・・・お願いします」

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