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41    第40話 「布告」
和西はかなり久しぶりに校門を通った。
彼はかなり久しぶりに体操服の袖に手を通す。
彼はかなり久しぶりに運動場に出て行った。
なにもかもが久しぶりに思えたが実際は2、3日学校を休んだだけに過ぎない。
彼の通う中学と私立中学は近い所にある。
そのせいか部活の交流が盛んだ。
ほぼ毎週行なわれるこの交流の様子を見るとも無しに眺めていた和西は自分を呼ばれているのに気がつき我に帰る。
「どうしたの?最近学校も来ないし、なんだか心ここにあらず、って感じだよね」
黒畑がスポーツドリンクを1本飲み干した後話しかけてきたようだ。
「本当に、そうかもしれないね」
和西は日陰に座る。黒畑もならう。
そういえば谷川さんは私立だっけ、
彼は急に思い出し、訊ねてみた。
「あのさ、1年に谷川計、って娘、いるよね」
とたんに黒畑は眉をひそめた。
「谷川?聞いた事あるけど・・・、いじめられっ子だよ?最近なにかと授業さぼるし・・・。彼氏もいるとか噂があったりしてね。両親もいないらしいし、浮いてる娘ね」
彼女のストレートな意見に和西はたじろいだ。
「そ、そうなんだ・・」
「そ。そうなんです。・・・で?なんでそんなこと訊くの?」
黒畑が追求を始めた。ゴマモンに会ってから和西はこういうときの受け流し方には慣れていた。
「それはね。昨日街で見かけたからなんでかな、とか気になったからだよ。名札まであったし」
彼の説明に黒畑は生返事をし、ペットボトルをぺしゃんこにすると追求の対象を変えた。
「じゃぁ、君はなんで街にいたの?」
和西は困惑した。そう切り返されるなんて・・・。
「なにかあったの?嫌な目にあったの?大変なことになってたりするの?」
全部正解。和西は心の中で答えた。
「わたしにできる事とかある?相談してくれてもいいよ?」
気持ちは痛いほどうれしいんだけどね。またも心の中で返事を返すと和西はやっと口を開いた。
「だいじょうぶだよ。たいした問題じゃない」
彼は言い切ると木の下から抜け出し、練習に加わった。運動場を外周する。
たいした問題、だけど・・・・。
この瞬間和西は戦うことへの迷いを振り切ったつもりだった。
 
 
組織の地下会議場。
広々とした空間が電子キーでロックされた閉鎖空間のなかで大人たちが怒鳴りあいとも取れる会議を行なっていた。
奥に程近い場所に神原、積山、二ノ宮が座って様子を見守っていた。とはいっても見守っていたのは二ノ宮だけだが。
「たまによ、思うんだけどよ。オッサンってガキみてぇだな」
神原が感慨深げに呟いた。その後ろでメラモンが喉を鳴らして笑う。
議題はデジタル生命体侵略に対してどのような姿勢をとるか、ということだ。
「だから!攻撃が始まってからじゃおそいんだと言っているんだ!!」
「ふざけるな!だからといって都民全員を非難だと?東京に現れると思っているのか?だいたい侵略などと・・・ガセネタではないのかね?」
発言が発言を呼び、それはまたたく間に暴言へと変化していく。
「さっさと避難させればいいのによぉ」
「リスクが怖いんでしょうね」
神原がうなり、積山が呟いた。
「どういうことだ?」
「ようするにもし避難させたとして侵略がなかったときの保証や賠償、その他もろもろの責任、つまりリスクを負うのがいやなんでしょうね」
積山があっさりと答えた。二ノ宮はすこし驚いた表情を見せ、やがて目を細めた。
「世の中ってそんなものよ」
二ノ宮はクスクスと笑うと手元の資料を読みふけり始めた。
「伊達に苦労してねぇな、お前ら」
神原は2人を見比べるとイスにもたれかかって目を閉じた。どうやら論議も体力切れに差し掛かったらしい。
 
会議場を出た積山とギルに白衣の男が数人声をかけた。
「なんですか?」
チラリと横目でギルを見た彼は向き合った。
「ウィルドエンジェモンの死骸がなくなっていました。君だね?」
「はい。そうです」
積山はあっさりと、冷静そのもののいつもの口調で白状した。
しかしギルには大事な人を死骸と呼び捨てられた彼の怒りが目に見えていた。
「では死骸を引き渡しなさい」
「遠慮します」
「引き渡しなさい。研究し、侵略に備える」
「拒否します」
「君の意見は聞かない。渡せ。もはや君には何の価値もないだろう」
積山は無言だった。
しかし散々愚弄した男は一撃で気を失っていた。
「・・・・なんの価値も・・・・ない・・・?」
積山は背を向けるとエレベータに乗り込んだ。
ゆれのまったく無いなかで積山は壁に額をついた。
「価値ならある。絶対に・・・・誰にも・・・・渡さない・・・」
ギルはただ立っているのさえ辛かった。なんと声をかけていいか分からない。
積山はもう戦う気になれなかった。断罪の槍を見るのも嫌になっていた。激しい自己嫌悪の毎日・・・。
「だいじょうぶか?」
扉が閉まる寸前乗り込んだ嶋川が訊いた。
谷川、ホークモン、アグモンが続いて乗り込む。
「だいじょうぶ?別にどこも悪くないですよ」
積山は相手に見向きもせずに言った。
その様子を見て肩をすくめた嶋川は口を開いた。
「独り言言ってるな、とでも思ってくれればいいんだが・・・。おれはな。今まで一度も自分が戦う事を肯定した覚えは無い。ましてや正当化なんかする気もない。・・・・お前をなぐさめてやりたい。・・・・・・・・・、独り言終わり」
嶋川はすぐに階層のボタンを押した。
開いた扉から谷川たちを押し出すと一度だけ振り向き、出て行った。 
 
 
「悪いな。こんな微妙な所で降りちまって。オレンジでいいか?」
嶋川は3人に脇の自販機で飲み物を買いながら言った。
出てきた缶を渡しながら呟いた。
「どうもあーいう空気は苦手なんだよ」
取り繕った苦笑を浮かべ、嶋川は窓の外を眺めた。
谷川は自分の手の中のブラックコーヒーに目を落とした。
 
積山はフードを深く被り、建物を出た。少し、早足だった。
 
 
小高い丘。林未はとくになにも用事が無い日は都会には珍しいこの場所に来る事にしている。今日は・・・丸腰だ。
「めずらしいね。草薙丸を置いてくるなんて」
林未はほとんど上の空で返事を返した。
「・・・まぁ、ね」
すっかり碧の葉が茂る桜の木の木陰で林未とレインコートで変装したコテモンが空を見上げる。
「おやおや・・・」
不意に話しかけられ、コテモンはさり気無く林未の後ろに身を隠した。
老人が一人、立っていた。簡単な作業着に身を包んで頭には薄く汚れた帽子が乗っていた。
「君みたいな娘が昔、そこに同じように座って空を見とった・・・」
「・・・・・・・・」
「その娘も君みたいに小さな連れがいてな。髪の長い娘だったが・・・」
「・・・・・・・・」
林未は老人の説明を黙って聞いていた。
「ま、年寄りの話はそこまでだ。のんびりしてればいいよ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
林未は横になりながら呟いた。
老人が去って、コテモンが訊いた。
「どうしたんだ?」
「いや・・・、まぁ。ちょっとね」
お茶を濁した彼に何を聞いても無駄だ、ということをコテモンはよく知っていた。
林未は少し前のことを思い出していた。
大事な人がいなくなって、急に自分が強くなったこと。そして血と桜。
 
 
信念、決意。
復讐、憎悪。
破壊、破滅。
 
 
7人と7体。それぞれが宣戦、布告。
 
 

更新日時:
2007/11/05 
42    第41話 「決壊」
辻鷹は谷川と会っていた。そばにガブモンとホークモンが誰も立ち聞きしていないか注意を払う。
「で?どうしてよんだの?」
「そりゃね、仁はいっつも組織の会議に出ないからね」
辻鷹が軽く肩をすくめた。
「だって、ね。あの雰囲気は好きじゃないから」
「わかるよ。この前なんか慎さんが癇癪起こしたから・・・。でね、この前・・・・」
谷川が簡単に説明した。そして、
「ホークモン、進化だよ」
プログラムを読み込ませた。
「ホークモン進化」
「       アクィラモン      」
狭いビルの隙間でアクィラモンが谷川を乗せた。
「ほら・・・」
ガブモンと辻鷹に手を貸し引っ張りあげる。
「羽引っこ抜いちゃダメだよ?じゃ、飛んで!」
暴風が一箇所で巻き上がり紅い巨体が飛び上がる。
一気にかなりの高度をとったアクィラモンの上で辻鷹は眼を発動させ、辺りを見回した。
「どう?」
 
 
・・・2日前、二ノ宮の部屋。
蒼いライトで照らされた水槽を眺めていた谷川に二ノ宮が声をかけた。
「なに?」
「あのね。これ極秘、って言われてるんだけど・・・。実は侵略の前触れ、見つからないの」
谷川とホークモンは顔を見合わせ、
「見つからないって?衛星とかで探して前触れの手がかりを見つけたって言ってたじゃないですか」
二ノ宮はノートパソコンを立ち上げ2人に見せた。街が赤く塗りつぶされている。
「赤いとこの範囲だけなぜか衛星の画像データとか、とにかく全部ダメになってるのよ」
二ノ宮はパソコンをしまうとシャツにかかった髪を直して言った。
「そこでね。仁くんと計ちゃんでタッグを組んで欲しいの」
 
「彼の眼なら直接前触れを見つけることが出来るかもしれない。もちろん私たちもできるかぎりサポートするし・・・」
 
 
そして現在。
「どう?見つかった?」
谷川の長い髪の毛を払いのけ辻鷹は忙しく首を動かす。
「とくには・・・。あっ!百円玉だ!」
「まじめにやれよな」
ガブモンが露骨にムッとした表情を見せる。
「悪かったって・・・・。あっ!!」
「おまえいい加減にしろ」
「ちがうよ!アクィラモン!あっち!」
「わかりませんよ!計、どの方角?」
「北、住宅街のほう」
アクィラモンは重心を右に移し細かい家がびっしりとならぶ住宅地に向かう。
「ここがなに?今度は五百円玉でも見つけたの?」
「違う。あの公園見て」
人だかりが出来ているのが見える。
「あれ?あれがどうしたの?」
「あの人だかりの中心に亀裂があるんだ。それに・・・人の様子もおかしい」
 
 
いったん降りた谷川たちは公園に近寄った。軽く覗いてみる。ただ人々が立っている。
「やだ・・・まだいるわね」
「だれかしら・・・警察呼んだほうがいいのかしらね」
近所の住民らしき中年の女性が会話をしていた。
「あのう・・、あの人たちいつからいるんですか?」
「そうねぇ、5日くらい前ねぇ」
「警察には言ったんですか?」
「ええ。でも近寄ったとたん逃げちゃうのよね」
「そうですか・・・」
「お嬢ちゃん、近寄っちゃダメよ」
「わかりました。ありがとうございます」
谷川と辻鷹は頭を下げると公園を半周して中を覗いた。
「ダメって言われたし、近寄らずにここから見てみるか」
辻鷹は眼で一人一人の顔を眺めた。
「うわっ、なんだあれ・・・。人形みたいだ」
「そう・・・。よし」
谷川は辻鷹のポケットに手を差し込んで携帯電話をとりだした。
「なに?なにするの?」
「腕利きな人呼ぶの」
谷川は2回電話をかけると礼を言って返した。
20分ほどして嶋川、積山がやってきた。
「一応ギルたちには身を隠してもらってます」
積山が軽く後ろを指差し、腕組みをして公園をのぞいた。
「はぁ、あれですか」
嶋川も同じようにのぞき、
「確かに様子が変だな」
辻鷹は後ろから3人を見回し、
「ははぁ、腕利き、ね」
嶋川は谷川を見下ろすと、
「で?どうするんだ?」
谷川は単純明快に答えた。
「あの人たちに直接話しに行こう」
「了解。わかりました」
積山、嶋川が同意した。
谷川を先頭に4人が公園に足を踏み入れた。
「おい!そこの!なんだお前らは」
嶋川が攻撃的な口調で声をかける。
「そうかもうきずいたかデジモンをしたがわせる人間」
一息にまったく感情のない声が公園に響く。
「あなたたちは何者です?何故デジモンを知ってるんです?」
積山が落ち着いた、そしてそれ故に威圧のある口調で訊ねた。
「しるひつようはないなぜならむいみだからだ」
その瞬間ざっと10人の人影のうち4つが姿を変えた。ドロリと解けるような変化を終えた4体はそれぞれ谷川、積山、嶋川、辻鷹の姿になった。
「なんだ?」
「あたしの姿に・・・!?」
辻鷹と谷川が思わず声をあげる。
その一瞬に1体が同じ姿の者、積山に襲い掛かった。
「全個体、計4体の声紋をデータ化、表面データを解析、完了」
積山の偽者がオリジナルとまったく同じ声で言った。
積山は相手を受け流すと1回転してかかとを首筋に打ち込む。
ボクリ、と嫌な音が響く。
しかし通常なら首の骨が折れるほどの一撃を受けた相手は素早い動きで積山の軸足を打ちはらった。
バランスを崩し、倒れた積山の真上に逆立ちした偽者は顔面への膝打ちを狙う。
積山は両足を凄まじい勢いで蹴り上げ応戦した。その先は相手の腹部に吸い込まれる。
吹き飛ばされた体が地面に倒れると同時に蹴りの勢いを利用して積山が後転して立ち上がった。
辻鷹の偽者が言った。
「人間にこれほどの者がいるとはな。本人の実力だけではあるまい」
「その特殊なデジタル・デバイス。大変興味深い。しかし、お前たちが死んだ後、ゆっくりと拝見しよう」
谷川の偽者が本物なら絶対にしないような残忍な笑みを浮かべる。
4つの影がそれぞれのオリジナルへと迫りくる。
 
 
その時、研究所で二ノ宮はメイン画面を睨みつけていた。
「いいか?ここが谷川さんから連絡があった公園だ」
所長が棒で示す。
「この地点をサーモグラフィーで見ると、こうなる」
とたんに画面が緑一色になった。
「どういうこと?」
「つまりな、公園を中心に少しずつ温度が下がってるんだ。谷川さんには退くように連絡を入れた。神原くんの部隊も向かってる」
所長は中心が青くなりだした画面を見て、そして振り向いた。
「ワスプモンなら追いつける。これ以上は危険だ。お前も谷川さんのところに行け」
最後にこう付け足した。
「もうそこは戦場かもしれない」
 
 
デスグラウモンの巨体が地割れの周りの人間をなぎ倒す。
すぐに溶けてなくなったそれに見向きもせずにデスグラウモンは地割れを覗き込み、不意打ちを受け倒れた。
「くっ・・・」
パートナーの様子に気を取られた積山に偽者の上段蹴りが襲い掛かる。右腕で弾いたが肘に激痛が走った。その隙を逃さない偽者の蹴りが腹に撃ち込まれた。
「お前を殺しぼく自身が積山慎になる」
偽者が、もう一人の積山慎ががら空きの首を粉砕すべく右足を蹴り上げ、振り下ろす。
その瞬間彼の右足が吹き飛んだ。膝から下だけが宙を舞い、消え去る。
「なっ・・・?」
凄まじい形相で偽者が目の前を睨みつけた。
「間違えたらどうしようか、そう考えないところがオレの長所であり最大の短所だな」
細かい装飾の施されたナイフを手に、神原が立っていた。

更新日時:
2007/08/01 
43    第42話 「内乱」
細かい装飾の施されたナイフを手に、神原が仁王立ちで対峙する。
「そっくりだな。積山慎の偽者よぉ」
テイマーの後ろに身を置いたメラモンがこぶしを鳴らして口元をほころばせる。
「ほぅ・・・。すこしは出来るみたいだな」
積山の偽者は軽く身を退くと睨み続けながら言った。
神原は腰に手を当てると軽く肩をすくめて見せる。
「まぁな。丸腰の積山になら勝つ自信あるね・・・―!」
そう言うと同時に神原のナイフが空を裂く。
相手は完全にそれを見切り、姿勢を低くとる。
頭上のナイフを再生した右足で蹴り上げた。
神原は最初の一撃が外れた瞬間すでにそれを放していた。
偽者がそれを蹴り飛ばし公園の端まで飛んでいく。
ちょうどナイフが砂場に刺さった瞬間、神原は右腰に吊られたナイフシースの塊から逆手で一本引き抜く。
半身に体を戻した偽者の腹部めがけ、回転で勢いをつけた神原のナイフが突き刺された。
「っ・・・・・・・・・!」
体から力が抜けた偽者を見下ろして神原が呟いた。
「肉を切らせて骨を絶ってみたよ」
そのまま蹴り飛ばしナイフを引き抜く。表面にはなにも残っていない。血すらついていなかった。
「残念だな」
ぐしゃりと倒れていた偽者は体を起こしてそして呟いた。
「ぼく達が逃げとはね」
「あ?逃げられると思ってんのか?」
メラモンが指を鳴らす。
火の粉が飛び散り、神原と偽者に降りかかる。
「あつっ!!バカヤロ・・・!」
神原はいつものように反応したが偽者は微動だしない。頬にちいさなやけどができ、消えた。
その瞬間鋼鉄が地割れから無数に飛び出し、4体の偽者もろとも地割れを囲い込む。
「しまった・・。マジで逃げかよ」
神原が呻き、メラモンが炎を浴びせた。
偽者の猛攻から解放された4人それぞれのパートナーも攻撃を加えたがすべて吸収されたかのように無効化される。
「くそう!」
罵声を上げて神原がシェルターを蹴り飛ばす。
音はなく、神原はブーツの上から足を押さえうずくまった。
「・・・・あの、神原さん。だいじょうぶですか?」
二ノ宮が横に立って訊いた。
「・・・マジ硬てぇ」
呻いた神原から視線を移すと二ノ宮はすこし身を退いて、見事なハイキックを撃ち込んだ。
ガン、という音がしてブーツが裂ける音が続く。
反動で倒れた二ノ宮は目の前の巨大な物体を見上げた。ブーツから覗く足は銀色の鈍い光を放っていた。
「ぜんぜんダメね。すごい硬い」
彼女は髪の毛をかきあげると携帯電話を取り出すと電話を始めた。
 
辻鷹は座ったままギルと話す積山の横に立った。ガブモンがギルを連れて水を飲みにいく。
しばらくして辻鷹がポツリとつぶやいた。
「何者だと思う?」
積山もしばらくだまっていて、やがて口を開いた。
「二ノ宮さんがさっき教えてくれたよ。組織のデータベースに人間に変身できるデジモンのデータはたった1体しかない」
辻鷹はすぐにその1体を思いつき、そして何も言わなかった。
「・・・そうなんだ。じゃあさっきあれ、デジモンかな」
積山は辻鷹の話を聞いていなかった。
タイヤの重低音を響かせる組織の車両がやってきて公園の周りを鉄板で覆っていく。ライトの光が一瞬積山の顔を舐め、通り過ぎる。
思いあたる節がなかった訳ではなかった。今思えば前兆ともとれる行動を彼女はしていた。彼女は。
瞳孔を自在に操る辻鷹には急に暗くなったなかでも積山の表情がよく分かった。でも途中で見るのをやめた。
「ぼくはね。デジモン、ってなにか分からなくなってしまった・・・・」
彼はそう呟くと辻鷹に背を向けてしまった。
 
二ノ宮はブーツを履きかえると設営されたテントに入った。
夕方を少しすぎた時間なので照明がすこし目にきつい。
すれ違う人に適当に声をかけて奥に進む。
奥で指示をしていた中年の男と軽く敬礼を交わすと二ノ宮は4分割された画面を覗き込んだ。
リアルタイムの作業風景とさっきのシェルターを映し出すそれを横目に二ノ宮は右の画面を指して訊いた。
「これはなんですか?」
「現在公園全体を覆って中を見られないようにしてます。一応公園の大幅な整備と電気水道その他いろいろの一括工事を行なうということにしています」
「はぁ・・・・、そうですか」
二ノ宮の視線の先、画面の中で愛想の良い顔をし、ヘルメット男が描かれた看板が立てられていた。
「うまいでしょう?部下の自信作です」
「・・・・・・・・そうですね」
やんわりと聞き流し、そっとテントを抜け出した二ノ宮に谷川とホークモンが声をかけた。
「どうしたの?」
ホークモンは軽く肩をすくめ、
「いや、気のせいかもしれませんがなにか変な気がするんだ」
谷川はホークモンを抱き上げ、すこし首をかしげて
「最近なんか変なのよね。なんというか・・・、怖くない、っていうのかな」
「怖くない?」
訊き返した二ノ宮に谷川はかるく頷いて、
「怖くないっていうのは戦うときのこと。昔のあたしだったら絶対足がすくんで動けなくなってた戦いがいっぱいあったけど・・・・」
「たしかに精神的に強化されてる気がしないでもないな」
神原が急に現れ、話に割り込んだ。
「いつのまに聞いてたんですか?」
「さっきから聞いてたんです。それはそうとたしかに異常だな。谷川、お前なんか一目散に逃げそうなのにな」
「なに?それ。・・・・まっ、いいか。気のせいだよね?」
谷川はさっぱりと話を打ち切ると向こうに行ってしまった。
その背中を眺めていた神原は不意に呟いた。
「デジヴァイス、かもな」
「どういうことですか?」
彼は二ノ宮の右手のD-ギャザーを小突き、
「これのおかげでお前たちは妙な力を付けた。それと同じように闘争本能みたいな感じのものが・・・・・・・」
神原は途中まで言いかけ、口を閉じた。
しばらく思案していた彼は首を振ると、
「あー・・・、まぁそのうち所長さんにでも聞いてみるか」
勝手に話をやめ、テントに戻っていった。
しかし
二ノ宮は動かなかった。目の前にそびえる鋼鉄のドームを眺める。
笑えない事に彼女は自分の目の前にありえないようなものがそびえていてもまったく動じなくなってしまっていた。
「でもね」
考えていた事が自然に口に出る。
和西くん達まで私のようになるのは抵抗がある。
普通に暮らしてくれればそれでいいのに。
けれども彼女はすぐに思いを振り払った。
もう引き返せない。選ばれたのだから。
 

更新日時:
2007/08/13 
44    第43話 「傷跡」
窓の下に座った嶋川はもう2時間もその状態だった。
彼の見た目はあまり深く考えないように見えるが、その実積山や二ノ宮同様事態を重く見ていた。
「柄にも無い、といいたいところだな」
屋根から飛び降りたアグモンは嶋川のとなりに座った。と同時に嶋川が立ち上がる。
「二ノ宮のとこ行こう。話聞く」
部屋を横切ると壁にかかったジャケットと炎撃刃の入ったスポーツバックを引っつかんだと思うと階段を下りていった。
「やぁれやれ」
残されたアグモンは一人呟くととなりの屋根に飛び移りテイマーの後を追い始めた。
 
 
嶋川はウォークマンで音楽を聴きながら本屋やゲームセンターをのぞきながら街を歩いていた。
途中で何度か後ろの気配を覗う。
やがて彼は少しずつ人気の無い場所へと向かった。
その真上をアグモンが、しばらく遅れてもう1つの影が嶋川を追う。
数十メートル進んで大通りをそれるとビルの裏が続く細い道に入った。
室外機の排出音の中を嶋川の靴音が響く。
それが20回ほど聞こえたときだった。
比較的おとなしい靴音が混じり始めた。嶋川は足を止めると顔だけ後ろに向けて靴音の主を睨みつけた。
「お前、尾行には向かないな」
谷川は意外そうな顔をすると肩をすくめて見せた。
「そうかもね。今度からは直接話しかけるよ。タイミング測りかねただけなんだけどね」
いい終えてしばらくするとバツの悪そうな顔をしてゴメンと謝った。
「まぁいい。気にするな。・・・・・・もっともお前に尾行されてもうれしくもなんとも無い」
嶋川は完全に振り返って続けた。
「むしろ迷惑だ。偽者」
谷川はあきれた顔をして見せたがすぐにその表情をかなぐり捨てた。
「まいったな。こんなに早くばれるとは」
嶋川もつまらなそうな表情をかなぐり捨て、
「あたりまえだ。積山はつぶれちまってるし辻鷹はあてにならない、和西はやる気ない、林未は連絡が取れないとくれば・・・・」
彼は呟きながらバックから剣を抜いた。
「おれがしっかりしなきゃな」
谷川の偽者は微動出せずにただ立っていた。しかしその顔に2つの影がさす。
ちらりと後ろを見た嶋川の目に積山と辻鷹が立っていた。
谷川と辻鷹、積山達の偽者が嶋川を囲むように立ち、背中から大振りのナイフを抜いた。
「3人がかりなら何とかなると思ってるのか?」
「お前の相棒はいまごろお前の偽者と戦ってるころだな」
嶋川は鞘を投げ捨てると炎撃刃を構えた。
「そうか。なら心配ないな。あいつなら喜んでおれの顔を殴るだろう」
そう言った彼の眼が紅く染まる。
世界がゆっくりと進み、それでも速い積山のハイキックが首筋を狙うのが見え、嶋川は腕で弾いた。その反動を利用し、ナイフを突き刺そうとしていた辻鷹の顔面を蹴り飛ばす。
急激に時間が戻り辻鷹と積山の体が両側の壁に叩きつけられた。
嶋川は再び剣を構えなおすと目の前の3体を見回して言った。
「問題ない。お前らはおれ一人で十分だ」
積山の偽者はすぐに飛び起きてナイフを躍らせ、投げつけた。
嶋川は剣で弾き飛ばす、しかし隙が生まれわき腹に一撃。痛みを感じたときには積山の脚撃が右肩を襲った。
「軸足、もらった!」
嶋川は左腕の剣を横に振り、積山の右足を切断、そのまま真上に切り結んだ。脚から肩にかけて斬り裂かれた相手は倒れる。
「あと2つ!」
振り向いて背後の敵を叩ききろうとした嶋川の動きが止まった。
身を縮めた谷川の姿が目に映る。
「・・・・・・・・・・・・・・・!!」
嶋川が迷いを振り切った瞬間。
ナイフが腹部を貫き、その先端は背中から抜けた。鮮血が吹き荒れ、視界がぼやける。
返り血に染まった谷川は口に笑みを浮かべていた。が、目はまったく笑っていない。
 
盛大な音をあげ炎撃刃が落ちた。
 
 
その頃、その真上の屋根ではアグモンともう一人の嶋川が立っていた。
「わざわざお前がくるとはな。わかるぜ?偽者だろ」
嶋川の偽者は黙ったままだ。風がジャケットをたなびかせる。
「嶋川浩司はもう死んだだろう。そして私はお前を殺しこの世で唯一の嶋川浩司になる」
相手はナイフを抜くとアグモンに向けた。
「そうか。そりゃ・・・・残念だったな!!」
アグモンは突進し猛烈な斬撃を加える。風が裂かれ唸りを上げ、偽者の胸をえぐる。
彼は自分の胸を見下ろし、アグモンは右腕を引き抜いて慌てて距離をとる。
「これが・・・・・、どうした?」
胸が再生し、破れた服の向こうに肌がうかがえる。
そしてその次の瞬間するどい踏み込みからくる横薙ぎのナイフがアグモンの首をかすめた。
アグモンはとっさに左腕ではらい、目の前の頭を殴り飛ばした。
体は3メートルほど宙を舞い、金属の屋根に倒れた。すぐに体勢を立て直しナイフを拾い上げる。
顔に当てた左手の奥で目が再生する。
「私は死なない。そして、お前だけが死ぬ」
アグモンは歯軋りをした。
正直、きつそうだ。
どうやら相手は『能力』を持っていないようだ。つまり浩司の身体能力そのものでヤツは戦っている。
それだけなら勝算があった。しかしヤツの再生能力は尋常じゃない。積山の偽者と構造が同じなら腕を切り落としても平然としてるだろう。
ナイフの斬撃をよけ続けながらアグモンは必死に頭を働かせた。
なにか弱点は・・・?どこかを破壊すれば倒れるのか?しかし半端な攻撃じゃ無理だ。たしかにさっきオレはヤツの頭を破壊した。
しかし再生された。
「・・・・死なないってのも得なもんだな・・・!」
急に斬撃が収まる。偽者は距離をとって向かい合った。
「・・・得なものだろうか・・・・」
アグモンは面食らった。相手は続ける。
「私は戦うために生まれた。もしお前のいうとおり死なないのなら私は永遠に戦い続けなければならない。違うか?」
「知るか・・・。オレが知ると思うか?」
「嶋川浩司。私は彼が羨ましい。彼にはこれから先にある自分に理想がある。私にはない、だから私こそが彼になる」
アグモンは首を振ると言った。
「オレがさせると思うか?」
「止めていたな。お前と嶋川浩司の関係、それも私にはない。彼にあって私にないものがたくさんある」
彼はそう呟くとナイフを投げ捨てた。アグモンの体に力が入る。
「すこし・・・しゃべりすぎた。この勝負、預けたぞ」
そして背を向けると屋根から飛び降りてしまった。
「な・・・!おい!」
アグモンが屋根の縁から下を見下ろした。
嶋川の偽者が人の波に入っていくのが辛うじて見えた。
「・・・・・・嫌になって、帰っちまった」
そしてすぐにアグモンもアーケードと屋根を伝って地面に降りた。
たまにはいいか・・・。そう考え直したアグモンは振り向くと同時に立ちすくんだ。
組織の人間が数人作業していた。担架になにかが乗せられ運ばれていく。
二ノ宮とファンビーモンが見ていた。
「な・・・・、なにが、あった?なにがあった!?」
アグモンが怒鳴る。二ノ宮は足元に落ちていた血まみれの炎撃刃を持ち上げると答えた。
「なんとか・・・・生きてると思う」
血の気が引くのを自分でも感じたアグモンは毛のこすれる音を聞きつけ上を見上げた。
ガルルモンがほとんど無音で屋根伝いに降りてきた。
ライフルを背負った辻鷹が飛び降り、軽く首を振って二ノ宮に言った。
「積山くんのは一応打ち抜いたけどそのまま人ごみのなかに逃げられた。他のは逃げられたよ。どうする?」
二ノ宮は自分はこのまま病院まで付き添うと告げ、アグモンにどうするか訊いた。
言うまでもなく担架の後を追う。
残された辻鷹はガルルモンと顔を見合わせ、彼は電話をかけた。
「もしもし。辻鷹仁と申します。谷川計さんを・・・・お願いします」
 

更新日時:
2007/08/17 
45    第44話 「結束」
救急車のけたたましいサイレンは応急処置室にいた新藤の耳にも聞こえた。
数分前に二ノ宮から連絡があり、彼は大学病院で治療を担当することになった。やがて患者が運ばれたという連絡を受けた彼は術着で部屋に入る。
その瞬間和西たちが到着した。林未と谷川以外は全員そろっている。
「はじまったか・・・」
和西は頭上の使用中と書かれたランプを睨みつけた。
「いつかはこういうときが来ると思ってたがな」
ガブモンが手すりにアゴを乗せて呟いた。続ける。
「おれたちの中からいつ怪我人がでてもおかしくはなかった」
全員がだまった時だった。騒々しい靴音が近づき、角から谷川計が姿を現した。
 
手術室の空気は重い。
「さがって!!」
若い医師が両手の電気ショックを押し付けた。
嶋川の体が跳ね上がる。室内の全員の視線が脇の画面に吸い寄せられる。
緑色の直線が表示されていた。
「もう一度・・・。もう一度!準備!」
看護士が動き回り再び機械が作動する。
「さがって!!」
そして同じ事が繰り返される。
新藤はもう一度、と呟いた彼の肩に手を置いた。首を横に振る。
「もうだめだ。彼はがんばった」
それを聞いた瞬間若い医師は新藤の術着をつかんだ。
「あきらめられるか!」
「彼は最期まで戦った。よくやってくれたんだ」
新藤の言葉に彼はついに怒鳴った。
「よくやってくれた!?こいつはずっと戦いたくもないのに戦ったんだぞ!その挙句こんな目にあわされたんだぞ!!」
すぐにその若い医師は引き剥がされた。彼はすぐに体に入っていた力を抜いた。部屋を出る間際に捨て台詞を残して姿を消した。
「親父、こんなガキが戦ってるんだぞ。戦わされている。それでいいのかよ」
と。
 
 
面会が許されたのはその3時間後だった。
 
 
積山はビニールシートをくぐりぬけて部屋の外に出た。
数人が泣き叫ぶ声がビニールごしに震えて聞こえる。
辻鷹が慌ててビニールから這い出てきた。
「どうしたの?」
積山とギルはほぼ同時に振り向いた。積山は、
「別に。もう帰る」
と答えた。再び背を向ける。
しばらく嗚咽だけが流れる。不意に積山が口を開いた。
「・・・僕の一番大切な人がどんどん目の前から消えていく・・・」
辻鷹はなにも言えなかった。変わりに部屋から抜け出した和西が訊いた。
「それで?ぼくたちはこれからどうするのがベストだと思う?」
積山はかるく首を振り、
「まとめ役は、リーダーは君だ」
和西は動じずに、
「そして相談役は君だ」
2人は短い会話を終えた。積山は部屋を覗いた。ベットにしがみついた谷川や壁に顔をついて震えるアグモンが辛うじて見える。
彼は答えた。
「報復。奴らを見つけ嶋川の敵討ちをする。・・・谷川さんやアグモンは黙ってないだろうからね。もちろん全員に参加義務がある」
 
そしてその2時間後。
小さなアパートに5人の人影が訪れた。よく見るとその周辺に6体のデジモンが隠れていた。
チャイムに反応して扉を開けた林未は和西、谷川まで顔を認識すると扉を閉めようとした。
その瞬間積山が靴を挟み、手を差し入れチェーンを外して開け放った。
「話しがあるんだよ。聞いて欲しいんだけどな」
林未は若干睨みつけた表情で首を横に振った。
「お願いします・・・。力、貸してください・・」
消え入るように呟いた谷川を無言で見下ろすとよく見ていないと分からないくらいの肯定をした。ドアを開けて中に招き入れる。
ほとんど壁が見えない。二ノ宮の部屋と正反対だ。
部屋の上から下までびっしりとタンスやクローゼット、カラーボックスに埋め尽くされ、部屋自体はまったく散らかっていない。
ベランダ脇には小さな仏壇が設置され、2組の写真と花が置いてあった。チリ1つついていない。
無理してあまり広くない部屋に全員が座った。
「力を貸せ、というのは?」
腕組みをした林未が訊き、和西が説明に応じた。
「嶋川は知ってるだろ。今朝殺された。・・・敵討ちがしたい」
林未はため息をつくと言った。
「君達ですればいいじゃないか」
そして、
「まぁ、少しくらいなら」
と続けた。
しばらく静寂が訪れ、やがて笑いに変わった。
「素直じゃないわね」
二ノ宮が口元を覆って笑いながら言った。
林未は刀を棚から取り上げると軽く笑い、そして真剣な表情を取り戻した。
「で?殺ったのは誰だ?デジモン、だろうね。特徴は?」
「例のデジタル生命体の仲間だと思うよ。特徴としてはぼくと谷川さん、仁、嶋川と同じ姿をしてる」
積山の返答に彼は首をかしげた。
「同じ姿?変装、というのとは違うのか」
「変装というより変身ね。声や容姿までそっくり」
二ノ宮が補足する。和西が慌てて付け足した。
「あとね、重要なんだけどあいつら死なないんだよ」
林未は脇のコテモンと顔を見合わせた。
「死なない?だから嶋川が不覚をとったのか?」
辻鷹は何度か首を振り、
「たぶんそうじゃないと思う。嶋川くんは反射神経が格段に上がる能力をもってるからそう簡単には・・・。他の理由?」
ひとりごとのようなことを言った。
「まぁいい。善は急げだ」
林未はそう言うとすぐに出て行こうとした。
「ちょっと待ってくれないか?」
積山が引きとめ、林未は向かいに座った。
「作戦があるんだ」
 
その頃、
組織の幹部会議室に8つの影があった。
「嶋川浩司が今朝11時28分に息を引き取りましたよ」
水のマーク、秋山が書類をめくりながら報告した。
「は?これからって時になんであいつが死ぬんだ?」
神原が意外そうな顔で唸った。
「なにを言ってるんだ君は。しかし十闘神からこんなに早く脱落者が出るとはな」
雷マーク、式河が思案顔で呟いた。
秋山は口元に微笑みを浮かべてやりとりを聞いていた。そして発言した。
「柳田将一を釈放しませんか?」
その場の全員が黙った。
「将一を釈放する?」
神原が大きく息を吐いた。
「いかん。彼は二ノ宮涼美や神原、お前とは違う」
有川は首を振ると机に手を突いた。
「まったく。先代はなに考えてたんだか。俺はともかく林未や柳田、なにより二ノ宮が可哀想な話だ・・・」
神原は窓の縁にもたれかかって呟いた。
それそれのパートナーは後ろに控えている。とくにメラモンは床が焦げるのでレンガ製の靴を履いていた。
「柳田くんは精神鑑定をしたあと釈放しよう。しかし・・・・、一人死んだか」
顔を上げた有川は一人一人の目を見て言った。
「二ノ宮涼美によるとどうやら彼らはあだ討ちをするそうだ。全面的に協力しろ。彼らのあだ討ちは我々の作戦完了につながる」
3人はそれぞれ返事をし、部屋を出て行った。
 
 
そして・・・・・・、
 
地下討論場よりも更に下。
隔絶されたルートが延び、その先は鋼鉄の扉に続いていた。
それなりに豪華なホテルの一室のような部屋に少年が一人、鉄格子ごしに見えた。
「おっ、看守さん。なんかあったん?」
人畜無害な笑みを浮かべて彼は格子の向こうの男たちを見やった。
パソコンの前からはなれると彼はソファに腰掛けた。
「柳田、出ろ」
短い要請に彼、柳田将一は快く応じた。
「やっとか。外出んのは久々やなぁ」
そして続ける。
「コクワモンとかにも会えるんやろな」
 

更新日時:
2007/08/21 
46    第45話 「謁見」
超高層ビルの間を縫うように緑の影が飛び交った。
あまりのスピードに分身したようにも見える動きでシュリモンが相手を探して飛び回っている。
テイマーとの合流地点にあたるビルの真上で彼は5メートルほど落下し、着地する。
「見当たらないか。ならここからはじめよう」
林未は携帯電話を取り出すと二ノ宮につないだ。
 
「了解」
二ノ宮はもう1つ、無線機を取り出し、通信を始めた。
「そっちの準備どう?」
 
「準備完了みたい。さっき連絡があったから」
和西とゴマモンはサングラスをかけてビーチパラソルの下にいた。
その視線は太陽に注がれている。
通信機のスイッチを入れるとゴマモンは自分の階層7つ下にいる二ノ宮に連絡を入れた。
 
二ノ宮は耳から通信機を放すと後ろに座っていた積山に報告した。
「そうですか。林未君にはその場で待機、いつでも動けるように伝えよう」
積山は無線を取り出し交信を始めた。
「谷川さん、そろそろ始めてください」
 
「了解・・・、!」
無線を危うく取り落としかけた谷川は空にいた。
もう自分が何メートルのところにいるのかさっぱり分からない。
アクィラモンの足には大きな機械が固定されていた。
日傘のしたで谷川は目の前のアクィラモンにベルトで固定されたスイッチを入れた。
 
「きたわね」
二ノ宮はキーボードを操作し画面に映し出された都市の映像を拡大した。
黒いめがねをかけた辻鷹が画面を覗き込む。
 
積山の作戦。
それは、まずシュリモンが待機するエリアを中心にアクィラモンで上空に上がった谷川がリアルタイムで映像を撮影、和西はその作業が敵に悟られないようアクィラモンを太陽の中に誘導、林未は連絡の中継を行い、辻鷹、二ノ宮、積山とそれぞれのパートナーが画像を拡大して目標を探す。
発見しだいシュリモンが追跡をし、和西とゴマモン、谷川とアクィラモンが即、現場に急行する。
全員の能力をフルに活用した作戦だった。
 
「いた」
辻鷹が目の前の画面を指差して呟いた。
即座に二ノ宮が林未、和西、谷川に連絡を入れた。
 
「だいじょうぶだよ」
谷川は振り向くとアグモンを抱きしめた。
「信じて。必ず勝つから」
そして彼女は前を向く。
急降下を始めたアクィラモンのすぐ下を和西がゴマモンを抱えて立っていた。
数秒後に自分の真上を通り過ぎる瞬間、数十メートルも飛び上がり、アクィラモンに飛び乗る。
「よっ・・・・し!乗れた。あとどれくらいで着ける!?」
ゴマモンがアクィラモンに訊いた。
「すぐだ。しっかりつかまって!」
そう答えたアクィラモンは滑空するとビル街の1つに降りた。
 
ガルルモンで移動した辻鷹と二ノ宮はビルの影から様子を覗った。
「いた?」
「いた」
短い会話を終えると二ノ宮はその場から姿を消した。
辻鷹はライフルに組み替えた銃から伸びた紐を腕に巻きつけて固定、構えた。
金属照準器で狙いを定め、連続で8発撃った。
一瞬で氷が3つの影を飲み込み、動きを封じた。
その瞬間二ノ宮が脇から飛び出し氷に両手をかざした。
右手の紋様が光り、氷は金属特有の光沢を放ち始めた。
「しばらく・・・苦しいだろうけど我慢してね」
二ノ宮は金属の山を後にすると上を見上げてシュリモンの位置を確認する。
ライフルを背負うと辻鷹はガルルモンにまたがった。
 
シュリモンはアクィラモンが空を斜めに滑空するのを横目で確認すると下を覗き続けた。
積山、辻鷹、嶋川が立っていた。
そして彼の体は硬直した。
背後を覗ったシュリモンの視界にナイフを構えた谷川が映る。
「何時の間に・・・。何故此処にいるとすぐに分かった」
谷川の顔は無表情にシュリモンを見下ろしていたが、やがて口を開いた。
「お前は今のうちに倒しておこう。隠密活動に優れているようだな」
その瞬間谷川の胸から黒い刀身が姿を現す。
林未は次の瞬間には背から刀を抜いていた。
すぐに起き上がった谷川は右回し蹴りを繰り出した。が、膝から下は遠心力で飛んでいった。
刀を顔の前で持っていた林未は問いかけた。
「どこを斬れば死ぬ?」
シュリモンが両腕の手裏剣で挟み打ちにした。
すでに再生した右足で片方の手裏剣を蹴り上げた谷川の偽者は次の斬撃を飛び越えた。
詰め寄った彼女は林未の頬を斬りつけた。
しかし即座に叩き斬られる。
眉をひそめた彼女の視線は林未の頬に注がれていた。
「悪いな。切り傷くらいなら3秒で治るんだよ」
林未は悪びれずにそう言うと背を向けた。
シュリモンが飛び上がり、背中に手を回す。
「[草薙]ィ!!」
巨大な手裏剣がコンクリートに埋め込まれる。
限界まで体をひねった状態の積山は手裏剣の下から這い出すと辺りを見回した。
「なるほど」
林未は刀を鞘に戻すと肩をすくめて返事をした。
「読みがいいな。時間かせぎ、ってやつだよ」
谷川の後ろに二ノ宮、ファンビーモン。積山、ギル。
さらに和西、谷川、ゴマモンがアクィラモンに乗って現れた。
辻鷹がガルルモンの上から事も無げに言った。
「わるいけど君の仲間は固めさせてもらった」
アクィラモンから飛び降りた和西は降流杖を構えて解説する。
「斬り刻んでも死なないなら、徹底的に動きを封じればよかった。加えて密閉空間。そう長くはもたない」
偽者の谷川がはじめて笑った。
「ほんとにそうかな・・?確かに、呼吸をする相手には効果が高そうだね」
その瞬間偽者の半身が吹き飛んだ。
瞬時に再生した右目で谷川を見つけたもう一人の谷川は微笑んだ。
「なるほどね。何でわかったの?」
積山が腕組みをしたまま答えた。
「ナイフの跡から推測した身長、靴跡、その他。いろいろ証拠はありましたからね」
「敵討ち。私もアグモンもあなたを倒すまでは絶対に戦いをやめない」
凄んだ谷川の声に数人がたじろいだ。
「敵討ち?バカみたいね。私は殺してもしなない。第一なんで敵を討つの?・・・同じ理由で私があなたたちを倒してもいい。そうは考えない?自分の戦いを正当化してるだけじゃないの?」
もう一人の谷川が無造作に吐き捨てた。
とたんに谷川はうつむいた。髪で表情は見えないが声は荒らげていた。
「あなたが殺した浩司は、そして私は・・・。戦いを肯定していない。正当化もしない・・・。ただ、あなただけは許さない・・・!」
ロッドを引き、銃口を向ける。
「倒しても死なないなら・・・!死ぬまで殺す!!」
ロッドから手は離されていた。
 
引き金はすでに壊れそうなほどに握られていた。
 

更新日時:
2007/08/25 
47    第46話 「劫火」
低く、重く、そして切なくも聞こえる銃撃音がビル街に響いた。
ただ、ロッドを引く音、引き金を引く音、風が充填される音が風に乗り、かすかな嗚咽を混じらせて空へと吸い込まれていった。
跡形もなく粉砕されたコンクリートの壁の前に谷川の姿はない。
血の跡すらない自分の偽者の死に場所を谷川は見つめていた。
敵はとった。何故自分がここまで怒り狂っていたのかやっと思い出した。
うつむいた視線の先にはボヤボヤに映った自分の武器があった。
急激にボウガンの反動に耐えていた体が悲鳴をあげ始めた。
そのまま崩れるように倒れた。
そこで谷川の意識は薄らいでいった。
 
「敵討ち、終わったな」
林未が沈んだ口調で呟いた。
巨大な手裏剣を背負うとシュリモンは斜め前に立った彼を見下ろして頷いた。
 
 
その瞬間。
 
 
ビルが真っ二つに割れ、崩壊を始めた。
「なんだ!?こんどはなんだよ!?」
轟音と砂煙を上げ崩れるビルの上で和西はやっと状況を飲み込んだ。
「まずいッ!」
ゴマモンを空中でキャッチすると和西は足元の本・屋上を蹴り、となりのビルに飛び移った。
いそいで全員の様子を確認する。
二ノ宮はワスプモンに抱きかかえられていたし、辻鷹はとっくに避難したガルルモンの上でライフルを構えている。
積山は右腕から伸びた大鎌でギルと空中へ逃れ、林未はシュリモンにしがみついていた。
「!」
しまった・・・!谷川さんは!?和西は目を凝らして砂煙の中を睨んだ。
「アクィラモンが攻撃された!退化したホークモンが・・・・・・」
辻鷹が文字通り目を見開いて声を上げた。若干悲鳴に近い。
もう迷ってる場合じゃない。一瞬ベットに横たわる嶋川の姿が頭をかすめる。
「急げ!!助けるんだ!!!・・・・・」
 
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
谷川はうっすらと意識を取り戻した。
ぼんやりと白い世界が見える。
誰かがすすり泣いていた。
「・・・・・・・    ・・・・  ・・    ・・・・・・」
その人はなにか会話をするとその気配が移動するのが分かった。
なにかが顔を覗き込んでいるんだろうか。黒い世界に変わった。
「こ・・・・は?・・・・か、・・・・・がを・・た・・・・。ま・・によく・・・・いに・・・てね。およ・・・・んにな・・・て・・れ・・・・・ら・・・・・・・・・この子も嬉しかったろうにね」
黒い世界はぐしゃぐしゃになり、やがて消えた。
 
 
「!」
完全に意識を取り戻した谷川はベットから跳ね起きた。とたんに痛みに顔をしかめてベットに倒れる。
傷む部分を押さえてみた。額、胸、腹、右の足、左手。それぞれに分厚く包帯が巻かれていた。
「気がついたのか」
となりのベットからホークモンの声が聞こえた。
ゆっくりと首を動かした谷川の目にホークモンの状態がよく見えた。
包帯は少しだが羽が部分的に切断されていた。
「どう・・・したの・・・?」
ホークモンは肩をすくめ、同時に痛みで首をすくめると答えた。
「計が気絶したあと何者かに攻撃を受けました。ビルごとばらばらにされるところだったんですが。ご覧のとおり羽が数枚持ってかれただけですんで、危なかった」
谷川が何か言いかけた時、ドアが遠慮がちに開き、二ノ宮が顔を覗かせた。
ファンビーモンが後に続き、ドアを閉める。
喋ろうとし、言いよどむ二ノ宮の左手に包帯が巻かれていた。
「それ・・・どうしたの?」
二ノ宮は左手を後ろに隠すと説明を始めた。
 
 
それはもう2日も前のことだった。
 
「急げ!!助けるんだ!!!」
和西はビルから飛び降り、瓦礫の山に駆け寄った。
舌打ちをすると林未は刀を抜くと隙間に差し込んで瓦礫をどかし始めた。
積山の右腕から黒い霧が発生し、鎌が4本出現して瓦礫を挟み、持ち上げ、下を確認する。
「だめだ・・・。ここじゃない」
ワスプモン、ガルルモンがコンクリートの塊を立てて掘り進み、歓声をあげた。
「仁!いたぞ!ここ、ここだ!」
谷川とホークモンが折り重なるように倒れていた。
二ノ宮とワスプモンが運び出した様子を見て一旦安堵した積山はゆっくりと倒れ始めた柱に気づいた。
「あぶない!」
二ノ宮、ワスプモンを突き飛ばすと積山は砂埃の中に消えた。
「!」
「危なくつぶれる所だった・・・」
体から砂埃を払い落とすと積山はため息をついた。
「はぁ・・・。いまさらなんですけど、でもビルを一撃で真っ二つなんて」
ギルは内心胸をなでおろしながら不服そうに言った。
「一撃で瓦礫になら進化さえすればおれにもできるぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
 
 
二ノ宮は左手を見せて、
「突き飛ばされたからこれですんだようなものね」
と独り言を言った。
「えっと・・・。もう2日もたってるんですか?」
谷川が訊いた。
「まぁ、そうだけど。うなされてたんだよ?」
自分の睡眠時間に驚きを隠せない谷川に、ついに二ノ宮は打ち明けた。
「あの・・・起きていきなりなんだけど」
そう前置きすると二ノ宮は伝えた。
「嶋川くんの御遺体、明日正式に火葬することになったから」
 
 
「やっと終わったんか」
柳田は不服を録音したような口調で呟くと背伸びをするように体を伸ばした。
「はー・・・・!」
息を吐くと彼は自動で開いたドアから外に出た。黒光りする体をもったデジモンが駆け寄って話しかけた。
「久しぶりだなぁ。何年ぶりなのかなぁ」
柳田も笑顔になって飛びついた。
「ほんまに久しぶりや。元気そうやな!コクワモン」
コクワモンと呼ばれたそのデジモンは再会の喜びを噛み締めているようだった。
やがてエレベーターのドアが開き、白を基調にした組織の本部に出た。
特に気にする様子もなく柳田とコクワモンはガラスの自動ドアをくぐろうとし、立っていた男に止められた。
「柳田将一とコクワモンだな?」
「ほやけど?だないしたんや」
柳田は好意的としかとれない態度で応じた。
「出て行く許可は下りてるはずやで」
「・・・・・・・・・・・・」
彼の言葉に二の句が継げない男は手を離した。
「また来る」
短く言い残すと柳田は外に出た。
「久しぶりの空だねぇ」
コクワモンは空を見上げて呟いた。
柳田は何度も軽く頷き、門を目指して歩き始めた。
「とりあえず和西っつーヤツのとこ行くで」
やることが山積みやんか。柳田は苦笑すると門を抜けた。
 
 
 

更新日時:
2007/08/27 
48    第47話 「権力」
シャツを着る。その上に制服を羽織り、鞄をたすき掛けにして部屋を出る。
階段を下りながらポケットに手を入れ、小さな革袋から伸びる鎖を首にかけ、制服の胸に隠す。
鞄から断罪の槍の入ったホルダーを取り出すとシャツの上にベルトを巻いて固定した。
「行ってきます」
誰もいない家に向かって呟くと積山は門をくぐった。
 
今日は比較的遅く家を出たせいか教室に着くころには始業のベルがあと何分で鳴るか、という時間だった。
そういえばもう一週間は来てないな。やれやれ。
積山は心の中でため息をつくと一番端にある自分の席に向かった。
内部に圧入されたプリントを引きずり出して整理を始めるとすぐに手元が暗いことに反応せざるを得なくなった。
「なにか?」
横目で見上げると学級委員の2人が立っていた。
「ずいぶん久しぶりじゃないか?今まで何してた?一週間も連絡無しなんて」
ずいぶんと高圧的な態度だ。
「天羽さんが行方不明になったの。積山くんが1週間欠席し始めた次の日にね」
積山はプリントの山をあきらめると立ち上がって向き合った。2人がたじろく。
「どういうことです?それとぼくになんの関係が?」
最初に話しかけてきたほうがトゲのある口調で言った。
「タイミングよすぎるんだよ。なにか知ってるんじゃないか!?」
それを聞いて積山は何度か首を振るとため息をついた。
確かに殺したのはぼくだ・・・。
もう一人が決め付けたように言った。
「なんだかいやに仲がいいと思ったら・・・。こんなことになってねぇ」
積山が反論しようとした時だった。
始業のベルが鳴り響き、担任教師が入ってきた。目があってしまった積山は慌ててそらしたがすぐに呼ばれた。
「久しぶりだな。なんだ?なにか言われたか?」
「いえ。なにも」
即答した積山を見遣ると担任は着いて来るように言った。
廊下を無言で歩く途中、遅刻したんだろうか、辻鷹とすれ違った。
肩をすくめて見せた積山に彼はすれ違いざまにこう言った。
「がんばってね」
なにをがんばればいいのか漠然と考え始めた積山は担任教師が校長室、と書かれた扉をノックするのを眺めていた。
 
「・・・ですから、家庭内行事です」
「じゃあ何で連絡がなかったんだ?」
教頭が繰り出す続けざまの質問にどう答えたらいいものか積山の頭はフルに活動していた。
なんにせよ嘘をつく。それも上手く。より現実的な嘘を。
「・・・まぁいい。君の不登校は今に始まった事ではないからな」
教頭はついに聞き出すのをあきらめたらしい。
今日何度目かのため息をついた積山に違う質問が投げかけられた。
「天羽裁の事なんだが。君何か知らないかね?」
よく知っている。しかしこれも答えるわけには行かない。
「さぁ・・・。どうしたんですか?」
「行方不明なんだよ。それももう一週間になる。ご両親に連絡が取れないから不審に思って家を訪ねたんだが・・・」
教頭の探るような視線を無視すると積山は促した。
「なかったよ。空き家だった。どう考えてもおかしい」
「・・・・・・・・」
確かに。天羽=ウィルドエンジェモンはデジモンだ。架空の親や戸籍、転校手続きはどうしたんだろう。
裏で手を引いていた者がいるのか・・・?
「君、付き合ってたそうだね。親しかったそうじゃないか。・・・・この一週間、君はどこで何をしてた?」
なるほど。教頭はどうやら彼女の失踪にぼくが関係していると・・・・・、
当てたらしい。
その瞬間だった。
ノックと同時に扉が開き、学生が一人、乱入した。
「いやぁ、校長室どこにあるんか迷ってしもうた」
関西弁を流暢にしゃべる学生の乱入は会話を完全に中断した。
「柳田、時間よりまだ10分も前だろう」
教頭がたしなめた。
「ごめんな。外で待ってる」
「いや、もういい。手続きは終わってる。積山と一緒に教室に行きなさい」
柳田と呼ばれた学生は積山を眺めると愛想のいい顔をして行こか、と話しかけた。
 
「えらい雰囲気悪かったな。どないしたん?」
柳田はとなりを黙って歩く積山に話しかけた。
「べつに、ちょっと面倒起こしただけだ」
積山が答えた。柳田は苦笑し、何度か頷いた。そして自己紹介する。
「おれな。柳田将一。お前と同じクラスに転校してきたんや。よろしくな」
自己紹介をしようと口を開きかけた積山をさえぎると柳田は続けた。
「お前積山慎やな。噂、聞いた」
窓の外を眺めて笑顔になるとさらに続ける。
「えぇ天気やな。おれ、今日はもう用ないから帰るだけなんや。お前どうや?サボらへんか?・・・なぁ、闇の守護帝さん」
積山は驚いた。
「君はいったい・・・」
柳田はずっとポケットに突っ込んでいた右手を見せた。腕もまくる。
黒い紋様とD-ギャザーを見せて彼は自己紹介を締めくくった。
「雷の豪弓士、特別なデジモンテイマーだ。この辺に詳しくないからなぁ。案内してほしいんや。例えば・・・・、和西くんの家とかな」
積山は口元だけ笑うと言った。
「おもしろいね。案内しようか」
2人はそのまま来た道を戻り、下駄箱へと向かった。
しかしわずか5歩で止まった。
「積山!」
担任がそこで止まっているように、と全身で合図しながらやってきた。
「お前にお客さんが来てるぞ」
積山は一瞬のうちにいろいろな知り合いの顔を脳裏に浮かべた。そして、
「はぁ?」
と無意識に口にしていた。
 
来客用の玄関に神原と二ノ宮が立っていた。
「よぉ」
神原が軽く挨拶する。積山はやっと理解した。
「どうもすいません。先生方」
二ノ宮が丁寧な言葉遣いで礼を言った。
「どちら様でしょうか?」
校長が訊いた。
「失礼しました。私積山慎の従姉妹の二ノ宮涼美です」
頭を下げて名乗った二ノ宮を見て校長はただ、はぁ、とかそうですか、としか言わなかった。
「今日親類の葬式なんですが・・・。急に積山くんにも出ていただこうと思いまして・・・。こうしてお迎えに上がりました」
いつもの口調とは対極の言葉遣いで神原が説明した。
「本当かね?」
教頭が胡散臭そうに2人を見ながら積山に訊いた。
「はい。2人とも親戚です」
積山は即答する。
「そうか」
教頭は引き下がった。
「じゃあ行きましょうね。慎くん」
二ノ宮は微笑むとお辞儀をして玄関を出て行った。
 
 
「なんでオレが積山をお迎えに上がらなきゃなんねぇんだよ!」
神原が先ほどまでの態度をかなぐり捨て、助手席で叫んだ。
ハンドルを握る二ノ宮は目を見開いていた。
「あれが中学校かぁ・・・」
後部座席に座った柳田と顔を見合わた積山が話しかけた。
「どうもすいませんでしたね」
二ノ宮は軽く首を横に振り、
「別に。でもまさか嶋川くんのお葬式、忘れてた訳じゃないでしょう?」
積山は頷き、そしてつぶやいた。
「なんとなく、出たくなかったから」
「分からないでもないけどね」
あいずちを打ち、二ノ宮は運転に戻る。代わりに神原の携帯電話が鳴り、彼は通話をはじめ、やがて終えた。
「おい、二ノ宮」
「はい?なんですか?」
二ノ宮はいつにも増してめんどくさそうな顔をして見せた上司に返事を返した。
「例の公園に行け。ドームが割れてなにか出てきたらしい」
 
 
 

更新日時:
2007/08/28 
49    第48話 「豪炎」
「もう大丈夫なのか?」
ホークモンはバックの中から谷川を見上げた。
彼女はまだ頭の包帯が取れていないが特別に仮退院の許可が降りたのだった。
「うん。いつまでも寝てらんないよ」
「まだ3日・・・」
養生期間が短すぎる。ホークモンはそう思っていた。
「お葬式なんて嘘みたいだよね」
制服姿の谷川はポツリと呟くとうつむいてしまった。
 
 
「!!」
振り上げられた鉄板のようなものが車を串刺しにし、強靭な力がそれを投げ飛ばした。
車が破壊された瞬間脱出した4人は地面を転がり、地面への激突の衝撃を受け流す。
一番最初に起き上がった柳田は振り向き、めちゃくちゃになった車とジャングルジムを見て叫んだ。
「なにすんねん!誰の車やと思ってるんや!!」
積山はそれを聞き逃しながら断罪の槍をかまえた。
数メートル先でこちらを覗っているのはまるでロボット、いや、そのものだろうか。
神原はしばらく無言で相手を見ていたが、やがて口を開いた。
「作業員と周辺住民を優先して全員退避させろ。速急にだ!!」
「は、はい!」
二ノ宮は即座に背を向けて作業員の誘導を始めた。
「さぁて、援軍が来るまで俺たちだけでここをあれを押さえる。いくぞ・・・!」
ナイフを抜くと神原は後ろの二人に左右に広がるように手で合図した。
『あれ』は楕円形の胴体から4本の細いコードのような腕が伸び、その先は銀色に輝く鉄板に見える足のようなものに繋がっていた。
胴体から飛び出した円柱がまるで頭のように左右に回転した。
「なんなんやこいつは?」
柳田がポケットからD-ギャザーとほとんど同じくらいの大きさのものを出す。
左の手首にベルトで取り付けると腕ごと掲げた。
「冠婚葬祭や。急いでんねん ― 」
バチッ、と地を叩くような音が響き、左腕と直角に一本の電気の棒が現れた。
左腕の機械を軽く触った柳田はそのまま相手に腕を向けた。
引いた右手と左手の間に電撃の矢が現れた。
それはまるで弓のようだった。
「 ― 悪・・・思うなや」
右手を離すと一瞬で閃光がひらめき、すこし遅れて放電による独特の音が響いた。
柳田が腕を下ろすとほぼ同時に相手が崩れ落ちる。
左手の機械の放電を止めると柳田は覗き込むようにして相手を見、そして言った。
「なんや、あっけないなぁ」
そう言った瞬間地面に大きく開いた亀裂から何かが飛び出してきて言った。
「たしかにこんなんじゃ相手にならなかったみたいね」
もう一人の二ノ宮が笑顔で斬鉄の手斧をかまえた。
 
 
「御遺体を火葬いたします」
司会者が静かな口調で伝えた。
谷川は数人の喪服姿の人に混ざって棺について行った。
「お別れでございます」
司会者がそう言うと同時に棺は自動式の台車に乗せられ狭く暗い部屋、火葬場に入れられていった。
谷川は自分の偽者を倒して以来一度も泣いていなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして・・・・・・・・・・・・・・、
棺に火が放たれた。
谷川はゆっくりとソファに座った。
ボスン、とホークモンの入ったバックをとなりに置くとやっと泣いた。
「もっと一緒にいたかった・・・・」
ホークモンはただ自分の無力さを感じることしか出来なかった。
嶋川の周りは炎に囲まれる。右腕に付けられたD-ギャザーが輝きはじめた。
 
 
「さすが、やるわね」
2人目の二ノ宮が感嘆した。
神原、積山、柳田、そして本物の二ノ宮の息はまったく上がった様子はない。
しかし驚いていた。
神原、積山を中心に追い詰めていくが相手の戦闘能力は異常だった。
いくらなんでも強すぎる。本物の二ノ宮でさえここまでは強くない。
「たかが一人に時間取られてたまるかよ」
神原が再びナイフをかまえた。
柳田、二ノ宮はしきりに後ろを振り返る。
援軍はまだだろうか。
積山は偽二ノ宮のことはあまり危惧していなかった。しかしこの前封じた以外の偽者やさっきの機械のような仲間がまた現れたら・・・・厄介だ。
そこまで考えたときだった。
「・・・!」
彼は体の具合が悪い、としか言いようが無い状態に陥った。
しかし体か?
体の具合が悪いのとはすこし違う。調子が狂った?
具合が悪い、というときの症状に何1つ該当しない異変にたまらず積山は倒れた。
右手から黒く細い波があふれ出し、ひとりでに流れて積山の周りを動き回る。
 
黒い線で出来たそれは魔法陣に見えなくも無かった。
場の異様さに身動きの取れない神原の目の前でその魔方陣は中心に吸い込まれるようにして消えた。
「な・・・!?」
わけが分からない、という声を出した神原の前で積山は平然と立ち上がって額を押さえた。
「!」
状況を忘れ立ちすくんでいた柳田の首を何かがかすった。
「ちゃんと死んでくれないと困るんだけどな」
ナイフを手の上で振り回して遊びながら林未がいつもと同じ口調で言った。
その後ろからもう一人、鉄の棒を下げた和西が現れた。
「うわっ・・。冗談きついなぁ・・・」
柳田は苦笑しながら後ずさりを始めた。
「関西メガネ!頭下げろ!!」
反射的に振り向いた柳田の横顔すれすれにナイフが飛び、林未の胸に深々と突き刺さった。
林未は無言でそれを引き抜き、しげしげと眺めた。
「いいナイフだな。どこで手に入れた?・・・・いや、どの世界で手に入れた?」
神原は腰の後ろに手を回し、もう一本抜きはなった。
「企業秘密だよ」
悪びれずにそう答えた神原自身も分かっていた。
和西、林未、二ノ宮の偽者。こちらは自分と積山と柳田、二ノ宮。
少々分が悪い。
神原が舌打ちをした瞬間だった。
「援軍到着だ!!」
白い服を着た人間が戦場と化した公園に飛び込んできた。
 
 
その少し前、
「火葬が終わりました」
司会者の言葉を聞いて谷川の体がビクリ、と震えた。
呼吸がひとりでに荒くなる。
しん、と静まり返った室内に異常に大きな騒音が響き渡った。
音源が火葬のための小部屋に通じる金属の扉だという事実は伝言ゲームのように部屋の全員に伝播し、悲鳴やざわめきが波紋のように広がった。
すっかり怯えきった司会者が恐る恐る自動ドアの開閉スイッチを押す。
「・・・せ・・!・・・・・しやがれっての!!」
扉が開くにつれ怒鳴り声が漏れ出す。
もう二度と聞けないと思っていた声に谷川の目が見開かれた。
「酸欠で死ぬかと思ったぞ!!なんだよここは!?出せっつてんだよ!!」
死に装束姿の嶋川がドアから飛び出して深呼吸をした。
「くぁ〜、死ぬかと思った・・」
谷川はゆっくりと彼に歩み寄った。
「・・・どうして・・・・?」
額の汗をぬぐうと嶋川は微笑んで見せた。
「悪かったな。勝手に死んじまって」
何か言おうとした谷川を遮ると嶋川は辺りを見回した。
「あいつらがいないな。やばい事になってるだろ?」
谷川も薄々感ずいていた。そして思った。
話は後回しだ。
バックから炎撃刃を出して差し出す。
「いってらっしゃい」
「帰りは早くなるぜ」
嶋川はそのままの格好で部屋を出て行った。
 
 
 

更新日時:
2007/09/01 
50    第49話 「限界」
「げっ!!!ついに化けて出やがった!!!」
神原があきれと驚きとを含んだ声を上げた。
「違うっての。正真正銘生きてるよ!」
嶋川は死に装束の帯に差していた剣を抜いた。
「援軍に来た。組織のやつらも出来るだけかき集めたぞ」
彼はそう告げるとその場の3人に言った。
「悪ぃ。でもどうしても・・・谷川は斬れなかった」
それを聞いた瞬間神原が吹き出した。
「そうか・・・!お前あいつに殺られたんだな!?なるほどなぁ。どうりで簡単に負けたと思ったよ」
嶋川ははっとした。言わなきゃよかった・・・。
「くそ・・・。しまった・・・」
自己嫌悪に陥った彼の肩に二ノ宮が呼びかけた。
「ほら!謝らなきゃいけない相手がいっぱいいるでしょ!?さっさと倒しちゃおうよ」
その瞬間公園を囲むようにストライクドラモンとワスプモンが数体ずつ現れた。
そして・・・。アグモンも。
嶋川は手招きした。アグモンも手招きする。
お互いに同じだけ歩み寄ったパートナーは同時に言った。
「お前・・・・、こんなだったっけ」
そしてお互いに笑った。すでに戦闘が始まっている中、笑った。
「なんかよ、一度死んでみると違って見えるな」
アグモンは鼻で笑い、言った。
「もう死ぬんじゃねぇぞ!」
「分かってるよ。当分やめとく。・・・・割とほっとくんだな。おれ、生き返ったんだぜ・・・?」
嶋川は答える瞬間右から襲いかかってきた和西のダミーを叩き斬った。
アグモンは彼を見もせずに言った。
「バーカ、触れないでやってんだよみんな!感謝するんだな!」
「はっ・・・!そうか。まぁありがたいな」
見開かれた眼が紅蓮に染まる。
とたんに彼は凄まじいスピードで相手を斬り刻んだ。
「速・・・・!!!その能力・・・!」
呻くように吐き捨てた和西の偽者は泥のように崩れ落ちた。
大剣を軽々と振り回し、前にかまえた嶋川は納得したように呟いた。
「あいつの言ったとおりだ。倒し続ければ止められる」
そして彼は足元に脱ぎ捨てられた二ノ宮の上着から進化プログラムを抜き取った。
D-ギャザーに読み込ませようとした彼は気づいた。
形が少し違う。
「これ、すげぇな」
デジヴァイスの上部は若干変化し、プログラムを入れるためのリーダーがついていた。
「はっ、こいつも進化したか」
リーダーにプログラムを挿入しながら彼はもう気づいていた。
能力が段違いに上がっていた。
「行くぞ・・・!グレイモン」
巨体とともに嶋川は次の相手に立ちはだかった。
 
 
日が暮れた頃。
ホークモン、谷川が人払いされ静まり返った葬儀場の椅子に腰掛けていた。
それぞれ微笑んでいた。
谷川が呟いた。
「私ね。今日夢みたいなことがあったんだ・・・」
その声自体は小さいが周りに何の音もないので大きく聞こえた。
「浩司が生き返って、死に装束のまま出てっちゃった。・・・無神経だよね」
ホークモンは悲しげに笑う谷川の声を聞いていた。
そして扉の向こうに誰かが来たのに気がついた。谷川の眼は碧い。
彼女自体全身の神経を総動員して誰かが部屋に来る足音を聞き逃すまいとしていた。
扉が静かに開く。
「悪かったな。無神経で」
嶋川はアグモンを連れて谷川たちの前まで歩いてきて言った。
「なんか知らねぇけど生き返っちゃったよ」
谷川はムッとした顔で言った。
「あのね!簡単に生き返っていいとでも思ってるわけ?」
嶋川はにやりと笑って答えた。
「ダメだったのか?」
それを聞いた谷川は何度も首を横に振った。
「全然ダメじゃない。・・・ありがと」
抱きついてきた谷川に嶋川は返した。
「どういたしまして。もう2度とやらねぇけどな」
「うん。もうどこにも行かないでね。約束だよ?一緒にいてよ・・・」
 
 
組織の白を基調とした廊下。
「仲ええやんやろうなぁ」
柳田が目を細めて言った。
「あれほど仲のいい人、見たこと無いわよ」
二ノ宮が楽しそうに言った。
コクワモンと並んで歩いていた柳田が不意に口を開いた。
「でも納得はいかん。そうやろ?なんでアイツは生き返ったか」
二ノ宮は一瞬驚いた表情を見せた。
「積山くん並みに頭回りそうね。ご名答」
コクワモンが落ち着いた口調で言った。
「たぶん二ノ宮さんは嶋川くんの蘇生と積山くんに何か接点がある、と見てるんだね」
二ノ宮は頷いた。彼女の代わりにファンビーモンが訊いた。
「なぜそれに思いあたった?」
柳田は事も無げに答えた。
「本人、2人から聞いた。ほとんど積山の推測や。俺はなんも考えてへん」
二ノ宮は急に黙った。
「どないしたん?」
立ち止まった彼女に振り向いた柳田に二ノ宮は言った。
「やっぱり、と思って。積山くんならすぐにその可能性に気づくとは思ったけど・・・・」
 
積山は締め切られた部屋の中でギルに言った。
「僕の能力はあれだけじゃないかもしれない。人をよみがえさせる力があるのかもしれない・・・」
 
二ノ宮は思いつめた表情で続けた。
「こんなに早く、十分な情報がない間に積山くんがなにかしないか・・・。私、それが心配で・・・・」
 
「死んだ者をよみがえらせるなんてやっていい事かどうか分かるだろう!?」
ギルが怒鳴った。しかし積山は聞いているのだろうか。
 
「そ、そんなん考えすぎやろ?だって・・・。いくらなんでもアイツがそんな事するはず無い」
反論した柳田に二ノ宮が教えた。
「それが、するかもしれない状況なの。積山くんは自分で自分の大切な人を殺してるの。しかも本当は敵だと思ってたデジモンで相当ショックだったはずだから・・・」
 
「分かってる。やらない。・・・それにできると分かったわけじゃないし。分かってるんだよ」
積山は胸から下げた皮袋を握り締めて自嘲気味に言った。
「それに・・・。もし生き返らせても、その時彼女になんて言われるか分からないしね」
 
柳田はしばらく一言もしゃべらず黙っていた。やがて口を開く。
「アイツに初めて会ったときな。相当疲れきったように見えた。まさかそんなことがあったんか・・・」
 
ギルは訊いてみた。
「なぁ、谷川が羨ましいか?」
積山は頷いた。
「そうだね。羨ましい。一番大切な人に再会できたんだからね。本当は人が簡単に生き返るなんてあっちゃいけないと思う。でも本人や本人を大切に思ってた人達にとってはとてもうれしいことには違いない。・・・・そうだろう?」
ギルは頷くしかなかった。
 

更新日時:
2007/09/18 
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