細かい装飾の施されたナイフを手に、神原が仁王立ちで対峙する。
「そっくりだな。積山慎の偽者よぉ」
テイマーの後ろに身を置いたメラモンがこぶしを鳴らして口元をほころばせる。
「ほぅ・・・。すこしは出来るみたいだな」
積山の偽者は軽く身を退くと睨み続けながら言った。
神原は腰に手を当てると軽く肩をすくめて見せる。
「まぁな。丸腰の積山になら勝つ自信あるね・・・―!」
そう言うと同時に神原のナイフが空を裂く。
相手は完全にそれを見切り、姿勢を低くとる。
頭上のナイフを再生した右足で蹴り上げた。
神原は最初の一撃が外れた瞬間すでにそれを放していた。
偽者がそれを蹴り飛ばし公園の端まで飛んでいく。
ちょうどナイフが砂場に刺さった瞬間、神原は右腰に吊られたナイフシースの塊から逆手で一本引き抜く。
半身に体を戻した偽者の腹部めがけ、回転で勢いをつけた神原のナイフが突き刺された。
「っ・・・・・・・・・!」
体から力が抜けた偽者を見下ろして神原が呟いた。
「肉を切らせて骨を絶ってみたよ」
そのまま蹴り飛ばしナイフを引き抜く。表面にはなにも残っていない。血すらついていなかった。
「残念だな」
ぐしゃりと倒れていた偽者は体を起こしてそして呟いた。
「ぼく達が逃げとはね」
「あ?逃げられると思ってんのか?」
メラモンが指を鳴らす。
火の粉が飛び散り、神原と偽者に降りかかる。
「あつっ!!バカヤロ・・・!」
神原はいつものように反応したが偽者は微動だしない。頬にちいさなやけどができ、消えた。
その瞬間鋼鉄が地割れから無数に飛び出し、4体の偽者もろとも地割れを囲い込む。
「しまった・・。マジで逃げかよ」
神原が呻き、メラモンが炎を浴びせた。
偽者の猛攻から解放された4人それぞれのパートナーも攻撃を加えたがすべて吸収されたかのように無効化される。
「くそう!」
罵声を上げて神原がシェルターを蹴り飛ばす。
音はなく、神原はブーツの上から足を押さえうずくまった。
「・・・・あの、神原さん。だいじょうぶですか?」
二ノ宮が横に立って訊いた。
「・・・マジ硬てぇ」
呻いた神原から視線を移すと二ノ宮はすこし身を退いて、見事なハイキックを撃ち込んだ。
ガン、という音がしてブーツが裂ける音が続く。
反動で倒れた二ノ宮は目の前の巨大な物体を見上げた。ブーツから覗く足は銀色の鈍い光を放っていた。
「ぜんぜんダメね。すごい硬い」
彼女は髪の毛をかきあげると携帯電話を取り出すと電話を始めた。
辻鷹は座ったままギルと話す積山の横に立った。ガブモンがギルを連れて水を飲みにいく。
しばらくして辻鷹がポツリとつぶやいた。
「何者だと思う?」
積山もしばらくだまっていて、やがて口を開いた。
「二ノ宮さんがさっき教えてくれたよ。組織のデータベースに人間に変身できるデジモンのデータはたった1体しかない」
辻鷹はすぐにその1体を思いつき、そして何も言わなかった。
「・・・そうなんだ。じゃあさっきあれ、デジモンかな」
積山は辻鷹の話を聞いていなかった。
タイヤの重低音を響かせる組織の車両がやってきて公園の周りを鉄板で覆っていく。ライトの光が一瞬積山の顔を舐め、通り過ぎる。
思いあたる節がなかった訳ではなかった。今思えば前兆ともとれる行動を彼女はしていた。彼女は。
瞳孔を自在に操る辻鷹には急に暗くなったなかでも積山の表情がよく分かった。でも途中で見るのをやめた。
「ぼくはね。デジモン、ってなにか分からなくなってしまった・・・・」
彼はそう呟くと辻鷹に背を向けてしまった。
二ノ宮はブーツを履きかえると設営されたテントに入った。
夕方を少しすぎた時間なので照明がすこし目にきつい。
すれ違う人に適当に声をかけて奥に進む。
奥で指示をしていた中年の男と軽く敬礼を交わすと二ノ宮は4分割された画面を覗き込んだ。
リアルタイムの作業風景とさっきのシェルターを映し出すそれを横目に二ノ宮は右の画面を指して訊いた。
「これはなんですか?」
「現在公園全体を覆って中を見られないようにしてます。一応公園の大幅な整備と電気水道その他いろいろの一括工事を行なうということにしています」
「はぁ・・・・、そうですか」
二ノ宮の視線の先、画面の中で愛想の良い顔をし、ヘルメット男が描かれた看板が立てられていた。
「うまいでしょう?部下の自信作です」
「・・・・・・・・そうですね」
やんわりと聞き流し、そっとテントを抜け出した二ノ宮に谷川とホークモンが声をかけた。
「どうしたの?」
ホークモンは軽く肩をすくめ、
「いや、気のせいかもしれませんがなにか変な気がするんだ」
谷川はホークモンを抱き上げ、すこし首をかしげて
「最近なんか変なのよね。なんというか・・・、怖くない、っていうのかな」
「怖くない?」
訊き返した二ノ宮に谷川はかるく頷いて、
「怖くないっていうのは戦うときのこと。昔のあたしだったら絶対足がすくんで動けなくなってた戦いがいっぱいあったけど・・・・」
「たしかに精神的に強化されてる気がしないでもないな」
神原が急に現れ、話に割り込んだ。
「いつのまに聞いてたんですか?」
「さっきから聞いてたんです。それはそうとたしかに異常だな。谷川、お前なんか一目散に逃げそうなのにな」
「なに?それ。・・・・まっ、いいか。気のせいだよね?」
谷川はさっぱりと話を打ち切ると向こうに行ってしまった。
その背中を眺めていた神原は不意に呟いた。
「デジヴァイス、かもな」
「どういうことですか?」
彼は二ノ宮の右手のD-ギャザーを小突き、
「これのおかげでお前たちは妙な力を付けた。それと同じように闘争本能みたいな感じのものが・・・・・・・」
神原は途中まで言いかけ、口を閉じた。
しばらく思案していた彼は首を振ると、
「あー・・・、まぁそのうち所長さんにでも聞いてみるか」
勝手に話をやめ、テントに戻っていった。
しかし
二ノ宮は動かなかった。目の前にそびえる鋼鉄のドームを眺める。
笑えない事に彼女は自分の目の前にありえないようなものがそびえていてもまったく動じなくなってしまっていた。
「でもね」
考えていた事が自然に口に出る。
和西くん達まで私のようになるのは抵抗がある。
普通に暮らしてくれればそれでいいのに。
けれども彼女はすぐに思いを振り払った。
もう引き返せない。選ばれたのだから。
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