和西は文字通りの最前列席にいた。
目の前に並ぶ人々やデジモンの顔を一つ一つ眺めてみた。
(こんなにいるのか・・・・)
彼はデジモンを軸に繋がりあった人々を見回してそう思った。
劇場のように広く、2層式の会場にあわせて何百人もの人間とデジモンが集まっていた。
その中にはめずらしく林未・コテモンや積山・ギル・裁などの“行方不明者”も顔を並べている。
嶋川とアグモンがウォーグレイモンに進化した翌日に行なわれた大規模な会議。
嶋川はこの日、この会議に出席していた。
『谷川とは鍛え方が違うんだよ』
そう言った彼は顔を上げて座っていた。
黒畑まで元気だったがこれはおそらく“例の特殊能力”だろう。
その証拠に黒畑の眼がオレンジ色だった。
この2人を含めた会合の参加者はすべてテイマーか、組織に関係する人物で占められている。
議題は簡潔・明快なものだった。
『明日、全戦力の半分をもってアンノウン及び敵性勢力を排除する』
すでに初戦に参加する者とそのバックアップとして備えるものとに分かれはじめている。
ホールの2階部分からそれを見下ろす和西の目にその様子を遠巻きに眺めている柳田とコクワモンが止まった。
彼も和西の視線に気づいた。
何人もの人を掻き分け、一度デジモンに撥ねられかけながらやってきた柳田は会場に面して設置されたフェンスにもたれかかった。
「明日か・・・。おれらは全員参加するで。積山も含めておれに言いに来よった」
和西は少し複雑そうな表情を見せた。
柳田はそれを見逃さない。
「・・・どーした・・?」
「ぼくは・・・。たまに普通に学校通って・・・部活でハードル飛んで・・・・。そんな生活が良かった、って思うことがある。みんなも普通の生活がよかったんじゃないかって・・・」
柳田が何か言おうとしたときだった。
他の8組のテイマーが集まってきた。
「何話してるの?」
彩華が柳田に飛びついた。どうやら気が合うらしい。
「いやこいつがな、“学校行きたい”ってゆーてるんや」
和西の肩から数日振りに力が抜けた。
(なんでそうなる?)
すると二ノ宮が以外な反応を見せる。
「私は・・・、学校行きたいな。それで、自分の家に帰って家族に迎えられたい・・・・」
全員が自分の表情が和らぐのを感じていた。
「それが涼美の夢なんだね」
ファンビーモンが彼女を見上げて言う。
谷川は目をそらすといくらか小声で、
「あたしは今のままがいいな。涼美ちゃんには悪いけど・・・。でも今幸せだから」
ホークモンはそんな谷川の肩を優しく叩いた。
谷川は照れ隠しのように笑うと、
「仁は?なにか夢があるの?」
と訊いた。
不意打ちを食らった辻鷹は一瞬考え、答えた。
「僕達の戦いを後々まで残したい」
「まともなこと言ったな」
ガブモンはそう言い、辻鷹は苦笑いを漏らした。
コテモンに促されるままに林未がぼそっ、っと口を開く。
「おれは・・・、いろんなところを見て回りたい」
反対に嶋川は、
「オレはどっか静かな所で暮らすのも悪くねぇな」
と言い、アグモンは
「ありえねぇ」
と呟いた。
「なんでありえねぇんだよ」
積山はとくに深く考えず、
「ただ戦いが無くなればいい」
いつもと同じように腕組みをして言った。
柳田はまったく考えず、
「おれはな、家族に会ってみたいな。・・・顔・・・、分かれへんからな・・・」
彼の口調と表情は普段とは別人のようだった。
「ごめん。なんだか普通の将来の夢みたいなんだけど。わたしは・・、歌手になりたいな」
黒畑はそう言うとすぐに恥ずかしそうに笑い出した。
彩華は即答だった。
「あたしはお医者さんになる。・・・絶対」
彼女がテイマーになった理由とも言えるのだから。
それぞれが自分の夢を語り、お互いに喋りあっていた。
仲の良い友人同士そのものだ。
和西も夢と呼べそうなものが1つだけあった。
「みんなが死ぬところを見ないこと・・・・かもね」
考えてみれば不思議だった。
あの日のほんのちょっとしたことが自分の人生をここまで変えていたなんて。
1組、また1組と一階に降りていくなか、柳田は最後まで残って言った。
「なぁ和西。さっき言おうと思ったんやけどな」
「なに?」
和西は柳田のメガネの奥の瞳を見据える。
「おれらはな。もう普通の生活なんかどうでもええ。ただ、ただ生きてたい。それにな、今の状況だってそんな悪くない―、そう思ってる」
柳田の緊張がとけたようだ。
表情はいつものように明るく、優しいものになっていた。
「早よ寝て明日にそなえよう!」
一人だけ残されたかと思った和西は次の瞬間には一番の友人と隣りあわせで席に座った。
「長かった」
と、和西。
「短かった」
と、ゴマモン。
「いろんなことがあったよね」
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