谷川は二ノ宮のベットの中で深い眠りについていた。
夢の中。
彼女は小柄だ。
普段、十人の中で一番背の高い嶋川と一緒にいるせいか、それはきわだっていた。
しかし夢の中の彼女は本当に小さな体躯だった。
年にして8歳か9歳か・・・、
その右手は母親の左手とつながれていた。
左を見上げると買い物の袋を提げた、すこし背の低い父親が見える。
3人に共通しているのは笑顔である、という点だった。
『きょうのばんごはんなぁに?』
そんな他愛もない会話。それでも3人とも楽しそうだった。
大きめな住宅の門をくぐり、玄関のカギを開け、中に入る。
そこで父親の顔から笑顔が消えた。
数人に携帯電話で電話をかけ、あとの2人に、
「しばらく動かないで」
と言い残して廊下の奥に消えていった。
つまり・・・、自分の部屋に入っていった。
『逃げろ・・・!!!』
父親の声に、谷川は仰天して外ではなく家の中に逃げ込んだ。
母親がそれを慌てて追う。
視界がぼやけ始めた。
そして2発の銃声。
『修験者。余計なことをしたな?さすがだがな。テイマーや我々をここまで調べ上げてその上次の世代に託そうとするとは・・・。』
黒い影はなにか丸いものを手から落とし、次の瞬間また銃声。なにかが砕ける音がした。
『き・・・・さま・・・・・』
『ふっ、お前たち人間の作るものは面白いな。この引き金とやらを引くだけか』
『はぁ・・・はぁ・・・・ぐッ・・・・』
『もう長くはあるまい』
おとうさん!おとうさん!おとうさん!!!!
『黙れ小娘。して修験者。言い残したいことがあれば聞いてやろう』
『・・・・・なに・・・・・!・・・・・』
『貴様らが最期に無様に何をほざくのか聞いてみたいのだ』
『・・・・・・・・・・・・』
『ないのか?つまらんな。死ね』
『・・・・・たのむ・・・。娘を・・・。
娘の命を・・・。この子を見逃してくれ・・・・・』
銃声は聞こえなかった。代わりに父親が倒れる。
あたしも。
「助けて・・・・・・ 浩司・・・ ホークモン 」
いつかと同じだ。同じ?いつか・・・?
いつだっけ・・・・、こんな夢を見たのは・・・・。
気がつくとあたしは女の人に抱きしめられていた。
その人は母親じゃなかった。
でもこの感じは知っていた。
嶋川浩司に抱きしめられた事がある今なら。
周りはパトカーと2台の救急車に囲まれていた。
全然音が聞こえない。
「・・・・・・・・・・・・・」
そんな世界に1つだけ音が聞こえた気がした。
「おい!!しっかりしろ!!おい!!」
体がどうしようもなく震えている。それに・・・、中身が全部氷にすりかわったみたいな冷たさ。
「・・・・ルーチェモン・・・・・」
そう。
奴は冷たかった。
氷を撃つ辻鷹とは対極の冷たさ。
「・・・・助けて・・・」
嶋川浩司が自分を抱きしめて叫んでいた。
「おれはここにいる!!ホークモンもだ!ついでにアグモンもいる!!心配するな!!お前が安心するまで絶対に離れない!!」
気が遠くなりそうな恐怖。
不意に嶋川が顔を重ねた。
震えが嘘のように止まった。
体の中の氷がすべて解け、涙が止まらなかった。
「いいのか?」
アグモンが訊いた。
「いい。・・・・おれは・・・・嘘つきだ」
究極体プログラムが発動する。
炎が踊り狂う。
嶋川は炎の中で振り向いた。
ダークドラモンが何体か身構える向こうに組織の建物が見える。
あの中にいる谷川を死んでも、いや“死なずに”守り通す。
ウィルドエンジェモンの砂の前で涙を流す積山の姿が思い浮かぶ。
守護帝の積山が全てをかけた“守る”ということ。
それをおれがやってやる。
キスをした瞬間、谷川は安堵の表情を浮かべ眠ってしまった。
彼女をベットに戻したとたん、アンノウンの大群が組織の建物を襲撃した。
「やってやるさ。見てろよ・・・・、積山」
「 アグモン進化 」
アンノウンの最前列全てが炎上した。
かけらも残らず高熱で消滅する。
炎撃刃を構える龍戦士は戦う。
「ウォーグレイモン」
X抗体特有のクリスタルを体の各部に見せるそのデジモンは嶋川とアグモンが進化した究極体だった。
眼は灼熱の炎の色をしている。
ウォーグレイモンは集中豪雨のような攻撃をすべて避けきる。
敵は炎上・切断され倒れる。
ダークドラモンが出る必要はまったく無かった。
ウォーグレイモンは戦いの中、アンノウン・嶋川と出会っていた。
嶋川が口を開いた。
「ついに究極の力まで手にしたか」
ウォーグレイモンはただ立っている。
嶋川は微笑んで見せた。
「おれには感情がない。でも笑うことはできる。君は・・・、かけがえのない“まぎれもない究極の力”を手に入れたんだな」
ウォーグレイモンの視界に一瞬谷川、そして仲間のシルエットが浮かんだ。
頷いたウォーグレイモンの顔を見て嶋川は満足そうに、このうえなく満足そうに言った。
「私は君になりたかった。・・・とても羨ましい。・・・君のその“究極の仲間”と“究極の力”さえあれば・・・・、奴に勝てる。未来は君のものになる」
ウォーグレイモンはただ見ていた。
自ら炎の中に倒れた嶋川浩司の姿が燃え尽きるのをただ見つめていた。
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