ドラゴンズバレーを発って一日が経った。
ウォーグレイモンXへの進化を維持したまま移動を続けていた嶋川とアグモン。
メタルガルルモンXへの進化を維持したまま移動を続けていた辻鷹とガブモン。
二体の究極体の横顔を、二度目の朝日が照らす。
『西に進むべきでしょう』
“賢者の塔”を出る際、見送りに出たエンシェントワイズモンはそう告げた。
あの時、嶋川は意味が分からなかった。 聞いてもエンシェントワイズモンは無表情に彼を見つめるばかりだったからだ。
しかし、今なら大体分かる。
「西にオレたちが戦ってきた理由がある・・、のか」
「なにか言ったかい!?」
併走するメタルガルルモンが聞き返した。
ウォーグレイモンは首を横に振って言い返した。
「いいや! なにも言ってねぇよ!! それより休憩でもしたらどうだ!?」
「バテた?」
「誰に何言ってるか分かってるか?」
草原を覆いつくしていた背の低い草を踏みつけ、二体が着陸した。
「どうしたんだい? これ以上ないほどらしくないじゃない」
人間の状態に戻った辻鷹は、ガブモンのツノに水筒を引っ掛けた。
「いや、飲まない」 「・・そ」
嶋川はコートの背中に手をもぐりこませると、ベルトにいくつかポーチのうちひとつから何か取り出した。
「ガイオウモンからちょっと預かっていてな。今のうちに渡しておこうと思った」
「なに?」 「その前に、だ。 右目を閉じろ」
そのとたん、辻鷹の動きが止まった。
「 いつから? 気づいてた・・? 」
「 ちょうど三日前だ 」
嶋川は、黒い布と黒い鉄板とで出来た眼帯を差し出した。
「 ガイオウモンとの訓練中にやっちまったらしいな。 全然、見えないのか。 その左眼は 」
辻鷹はただ黙って頷くだけだった。
ため息をつき、嶋川はアグモンと顔を見合わせる。
「支障はないか? まぁガイオウモンに圧勝するくらいだし大丈夫なんだろーけどな・・」
「・・・大丈夫だ、それだけは。距離感も前より掴めるようになったくらいだし、ちゃんと“眼”も発動する。 左目はなにも見えないけど、右目はよく見える」
辻鷹は眼帯を受け取ると、左眼に被せて紐で固定した。
「ありがとう、ガイオウモン素直じゃないと思ってたら・・、やっぱり素直じゃないね」
「まったくだ。自分で渡せばいいのにな」
それを聞いた瞬間、辻鷹は苦笑した。続いてガブモンが笑い、つられて嶋川、アグモンも笑った。
ひとしきり笑い、嶋川は辻鷹に訊いてみた。
「怖くないのか? 片目が見えないなんて、想像つかねぇけどな」
「平気だよ。片目くらい。 もっと大事なものを無くしちゃった人だっているしさ。 たとえば・・・君だね」
一瞬目を丸くした嶋川はため息をついて、首の後ろをかいた。
「ざまねぇんだよなぁ。まったく。 泣きまくったなんざ・・・何年ぶりか」
「・・・・・。おたがい、死なないようにがんばろうね」
「まったくだ」
純白のマントをたなびかせるオメガモンは、水面のように滑らかな床に着地した。
広い空間にただ0と1が壁のようなものを形成して丸い室内を形作っている。
かつてデュナスモンがイグドラシルに謁見した際に指定された場所だ。
自分の主人が自分を呼び出したことをオメガモンは楽観視していなかった。
「さて・・、何用なのか・・」
緊張を解くことも周囲を見渡すことも無く、オメガモンは膝をついた姿勢で待機し続けた。
『東方の剣士』が姿を消し、捜索・粛清の任を受けたアルフォースブイドラモンは恐らく返り討ちにあったのだろう。
アルファモン、デュークモン、クレニアムモン、ドゥフトモンはイグドラシルを裏切り、粛清に向かったロードナイトモンは倒されマグナモンも行方知れず。
デュナスモンまでも倒され、ロイヤルナイツで残っているのはこのオメガモンだけだ。
―イグドラシルは私にテイマーとやらの粛清の命を下すに違いない。
オメガモンの思考が結論を見出したと同時に、目の前に無数の0と1が集まり、両手サイズの石版を実体化させた。
「指令です。 リヴァイアモンを復活させ、その足でテイマーを殲滅しなさい。邪魔者はすべて消しなさい」
イグドラシルの声だけが響き、オメガモンは最大限の敬意を持って恭しく礼をした。
「邪魔者とは?」
「裏切り者の5名、ブレイブナイツ、ドラゴンズバレーのマスター・ババモン、マスター・ガイオウモン、マスター・ヴィクトリーグレイモン、賢者の塔のエンシェントワイズモン」
ドラゴンズバレーの師弟三体も、とは・・。 やっかいな相手だ。
「仰せのままに、我が主よ」
再度一礼し、オメガモンはイグドラシルの前から立ち去った。
空間に開いた歪みのような裂け目から、オメガモンが飛び出した。
荒れ果てた岩場が延々と続くイグドラシルのエリアを見るともなしに見つめながら、オメガモンはまず、考えた。
「誰から消すか・・」
テイマーに私怨はない。 ドラゴンズバレーは、こういうのも何だが・・、少々厄介だろう。
―やはり、私は奴から先に仕留めたい・・!
ロイヤルナイツ一の策士にして細身の剣を操る聖騎士。
イグドラシルの一の騎士の座をイオに奪われたのは・・・、あの女騎士の策謀能力の影響も大きいはずだ。
「エウロパとイオから排除するとしよう。 粛清の剣慣らしに丁度いい・・」
メタルエンパイアの地表を覆っていた建物や金属の扉、舗装された道路。
そのほとんどが今、原型を留めていなかった。
次々と切り裂かれたデクスドルグレモンやデクスドルゴラモンの体やその一部が、地面に激突する際その真下に建造物を潰してしまったからだ。
数日間に渡って戦い続けてもなお、空を覆う敵の数は多い。
今飛んでいる数よりも多い数を倒したカオスデュークモンは、平然と空中に静止していた。
鎧に煤汚れ一つついていないことからも、カオスデュークモンの圧倒的な力が垣間見える。
しかし、鎧兜の奥の表情はあまりかんばしくなかった。
「くっ・・・・ こんな時に・・・・」
呼吸も荒い。
『無理すんな! 一旦退こう!』
内側からギルが怒鳴る。 積山も内側から言い返した。
『気持ちだけでいい・・! 私はまだ・・!』
『いい加減にして・・・! お願いです! ・・一度退いてください・・。これ以上慎のつらそうな息遣いを聞きたくない・・』
とうとう悲痛な声でウィルドエンジェモンが嘆願した。
「・・・・」
カオスデュークモンは槍を一閃、周囲の敵を一瞬で倒し、結界を通り抜け外に出た。
閉じ込められ続けるデクスドルグレモン、デクスドルゴラモンの群れを横目に、カオスデュークモンは草地の上、木陰の下に着地した。
進化を解いた瞬間、積山がその場に座り込む。
肩をささえるギルは神妙な面持ちで呟いた。
「もう十分だろう? オレたちはよく戦った・・。 もう行こう」
「『セイント・エデン』はこのまま発動させておきます。 閉じ込めたままにしておけます! 早く皆さんの所へ・・」
二体のパートナーに代わる代わる説得され、積山も首を縦に振った。
「・・・もう・・、時間が・・、無い・・・。 いくつか考えたことも伝えておきたい・・」
積山は立ち上がり、ギルの手を借りて“ハニエル”の台座に乗った。
「クズハモンの話が本当なら・・和西くんたちは西を目指している可能性が高い」
大量のデクスドルグレモン、デクスドルゴラモンを封じ込めた『セイント・エデン』が形作る巨大なドームを背に、“ハニエル”が、積山とギルが西を目指す。
時を同じくして、オメガモンは北の海上にいた。
外海と内陸側の海を隔てるように、長大な石畳が海面下に沈んだ小島のように続いていた。
複雑かつ繊細な彫刻が彫られた石畳のタイルの上を飛行すること数十分、オメガモンはやがて一枚の他とは違った模様の彫られた石畳にたどり着いた。
両手のひらを広げたほどの円盤型のくぼみがある。
オメガモンはそのくぼみに、イグドラシルから預けられた石版をはめこんだ。
「まずは・・・これでいい。 主よ・・! これより―--」
「 正義の名の下に賊を断罪粛清致します・・! 」
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