二ノ宮は休憩室のソファから崩れるようにして床に倒れた。2日間徹夜を続けてのデスグラウモンの事件の処理がやっと終わったのだ。ファンビーモンがあわてて二ノ宮の脇に降り立って顔を覗き込んだ。
「だいじょうぶか涼美!」
「だめ・・・。頭痛い・・・目が回るし・・・・・。おなか減った・・・」
結局二ノ宮の管轄の空戦部隊を中心にガス爆発でトラックを吹き飛ばし、それを運んで事故に見せかける、という視覚的操作と情報的な操作、撹乱の記録と始末書を書き上げたのだった。
「うぅ・・・。体痛い・・・」
「ほら若いんだからしっかりする!」
いつの間にかやってきた所長は呻く二ノ宮を抱き上げるとハグルモンが押してきた台車に乗せると部屋に連れて行きベッドに寝かせた。
「ほら、寝ろ。睡眠不足は美容に悪いぞ。科学的に」
「ん」
所長はポケットからお茶のボトルを出すとサイドテーブルに置いた。
「ほら、・・・・よければ飲んでくれ。じゃおやすみ、な」
「ん、・・・・・おやすみ、 ・・・・・ おとうさん」
ドアのところまで歩いていた所長は一度台車にけつまずいて駆け寄った。
「!いま何て言った!?」
「・・・なんでもない・・よ」
「・・・・・・そう、か・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・、おとうさんはなんでテイマーなの?」
「・・・おとうさん、て呼んでくれるのか」
二ノ宮は体を起こすとサイドテーブルのボトルを開けて一口飲んだ。
「お茶のお礼だよ。今日だけ。」
所長はすこし笑うと、
「そうか・・・。そうか!うん・・・じゃあおやすみ」
そう言って部屋を出て行こうとした。
「ナゼテイマーニナッタカコタエテナイゾ」
ハグルモンが道をふさぎ言った。
「おっ・・・そうだった。涼美。わたしは・・・・・」
そこまで言って所長はすこし考えこう続けた。
「なんでテイマーになっているのかわからん。でもな、今最高にうれしい。テイマーになって申し訳ないと思ったことは何回もある。けどな、いやだったと思ったことは一回も無い。暗い気持ちや嫌な気持ちにはもちろんなったことはあるけど今な、ハグルモンと出会っていろんな人やデジモンと会ってたくさん戦って変なもん作ってうまいもん食って。・・・・・・あと20秒ほどだけ、それでもお前におとうさんと呼んでもらって・・・。最高に幸せだ」
二ノ宮はそれを聞いて5年ぶりに心のそこからにっこりと笑った。
「このまま時間がとまればいい。生まれてはじめてそう思ってる」
「・・・・ごめんね。やっぱり、抵抗があるから。でもかならず。かならずおとうさんのこと普通にお父さんって呼ぶから」
「あと3秒か・・・」
「おやすみ涼美」
「ん、おやすみ。お父さん」
時計の針がカチャリと音を立てて12時を指した。
そしてデスグラウモンの戦いから3日後。まだ夜。
谷川は寮のベットでうなされていた。
谷川は昔の夢を見ていた。自分の両親が生きていたころのあの時の夢。
『二ノ宮くんに積山くん。意藤さん。それに辻鷹くん。よく来てくれたね』
『谷川、お前がわざわざ呼んだんだ。なにかあったのか?』
『いや、その、ここのところやつらの動きが派手なんですよ。向こうの世界での動きがね』
『なるほど。それでわたしたちは何をすればいい?』
『向こうで直に情報を集めてほしい』
『よし。では私と意藤とで行こう』
『おれや辻鷹が呼ばれたのは?』
『二ノ宮さんと辻鷹さんには早めに有川くんに例の組織を』
『わかった』
『あいよ。了解』
『しかし・・・。みなさん注意して行動してください。すでに黒畑くん、林未さんがやつらの手にかかっています。場合によってはぼくたちを殲滅するかもしれません』
『子供たちも危ない、と?』
『やつらが継承の仕組みを知ってるかはわかりません』
『そうか・・・。しかし根絶やしにされる訳にはいかないぞ?』
『とりあえず子供たちの安全が第一ですね。浩司くんと優美ちゃんはすでに保護して引き取り先も見つかってますが・・・』
『それも確かに大切です。しかし自分のことも考えてください。本当はこんな言い方したくないんですが子供たちが倒れてもぼくたちさえいれば継承をすることも可能です。でもぼくたちが倒れた後子供たちが襲われれば・・・・・』
『・・・・・』
『・・・・・なるほど。いいたいことは分かった。両立させればいいのだろう?』
『そのとおりです。くれぐれも注意しください。ぼくはすこしでもはやく資料を完成させます』
『わかった。それはお前の船体撤去だ』
『いやだ二ノ宮くん“専売特許”でしょ!?』
『つっこむなよ意藤』
私は机の下から出るとその場にいた全員の顔が面白いように驚きを浮かべた。いや、引きつった・・・?
けれども父はすぐに笑顔になって私を抱き上げ、抱きしめて言った。
『ほぉら、計。またこのいたずらっ子が、お父さんの部屋でかくれんぼしちゃだめだろ?』
きれいに肩の位置で切りそろえられた髪を大きな手がなでる。
視界がぼやけ始めた。
そして2発の銃声。
『修験者。余計なことをしたな?さすがだがな。テイマーや我々をここまで調べ上げてその上次の世代に託そうとするとは・・・。』
黒い影はなにか丸いものを手から落とし、次の瞬間また銃声。なにかが砕ける音がした。
『き・・・・さま・・・・・』
『ふっ、お前たち人間の作るものは面白いな。この引き金とやらを引くだけか』
『はぁ・・・はぁ・・・・ぐッ・・・・』
『もう長くはあるまい』
おとうさん!おとうさん!おとうさん!!!!
『黙れ小娘。して修験者。言い残したいことがあれば聞いてやろう』
『・・・・・なに・・・・・!・・・・・』
『貴様らが最期に無様に何をほざくのか聞いてみたいのだ』
『・・・・・・・・・・・・』
『ないのか?つまらんな。死ね』
『・・・・・たのむ・・・。娘を・・・。
娘の命を・・・。この子を見逃してくれ・・・・・』
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
谷川は飛び起きた。汗に濡れた肌にパジャマと長い髪の毛がへばりついている。
「谷川!うるさい!はやくねなさいよ!すこしは周りのこと考えなさいグズ!」
扉の向こうから寮でくらす他の生徒の罵声が聞こえる。
荒い息をくりかえして谷川は両手で顔を覆った。
いまのは・・・・・・・・・!?
谷川は必死に思い出そうとした。しかし父親の手の感触しか頭の中に浮かんでこなかった。
「お父さん・・・・・」
谷川は布団を頭からかぶって
泣きはじめた。
頭のなかで机の下から見た大人の影がいくつか揺らいでいた。

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