12畳ほどの部屋は四方カーテンがかかり、薄暗かった。
窓のすぐ脇に置かれたベッドの上で、積山慎はゆっくりと体を起こす。
時計は5時ちょうどを表示していた。
ベッドから出ると積山はカーテンを引く。
最後に机の脇の窓をすべて開けた。
積山は窓の外には興味なさげだった。
やがて彼は朝食をとりに部屋を出て行った。
朝食を終え、積山は机の前に座った。
時計は9:28。
特にやることもなく空の雲を見つめる。
彼はため息をつくと壁にかかっていた黒いジャンパーを羽織り、階段を下りた。
階段を下りるとすぐに、稽古着に身を包んだ中年の男が積山に声をかけた。
「若先生!朝っぱらからへんな顔せんでくださいよ」
「・・・土井藤さん。今日もお願いします。ぼくは新藤さんとこに行ってきます」
土井藤はため息をつくと積山に言った。
「若先生、1日1回は言わせてもらいますが・・・学校いこうとか考えてくれんでしょうか・・・」
積山はゆっくりと首を振る。
そして少し考えて言った。
「父さんが知ったらどう言うか・・・土井藤さん、分かりますか?」
土井藤は玄関で靴を履く積山に後ろから答えた。
「さぁ?分かりませんよ」
積山は靴を履き終えると引き戸に手をかけて振り向いた。
「ありがと」
「また道場顔出してください。門下も待っとりますから」
土井藤が言った。積山は静かにうなずくと外に出て戸を閉めた。
「おにいちゃん!おでかけ?」
妹の彩華が洗濯物を干しながら言った。積山はうなずくと
「新藤先生のとこに行ってくる」
と答えた。
門をくぐると積山は路地裏への細い道に入っていった。
ほどなく少し古い住宅地に出た。
5分ほど歩いて郵便配達のバイクしかすれ違わないほど人通りの少ない道を積山は歩いていく。
だいぶ歩いた彼の左目視界ぎりぎりに赤い陰が映った。
後ろに身を引いて下がった積山の腹を赤い毛がかすめていく。
体勢を直した積山の目の前にかなり大きな狼のような生き物が躍り出た。
右目がえぐれているのが見える。
「な・・・おまえは・・・」
なんだ、と言おうとした積山は狼をよけ、同時に急な重心移動で体勢を崩した。
立ち上がった積山の頬を鉤爪がかする。
一瞬、その爪と学生服からのびる握りこぶしと重なるのを感じた。
ふらつく積山の腹を狼が後ろ足で強烈に蹴り上げた。
「くっ・・ぁ・・・」
目を閉じた積山は朦朧とする意識の状態で何かに寄りかかった。
狼の足が視界から消え、学生ズボンの足だけが積山の脳裏に映る。
「ゲホッ・・ゴボッ・・ハァ・・・・・」
大量の血混じりの唾を吐き、積山は倒れ、身を縮めた。
自分を見下ろす狼がある上級生と重なる。積山は微笑み、涙が切られた頬を伝った。
狼は口をあけて牙を積山に突き立てようとした。
そのとき
白い霧が発生し、黒い竜が狼を吹き飛ばして一緒にゴミ捨て場に突っ込んだ。
黒い竜と赤い狼は互いに上になったり下になったり転がりまわる。
積山は少しずつ体を起こした。
薄らいできていた意識の中で狼が黒い竜の上になり、右足を高く上げた。
赤い爪が鈍い光を放つ。
積山の目が見開かれた。
彼は無意識に立ち上がり、駆け出す。
しかし数メートル進んだところで積山の目の前に白い霧が現れ、彼は驚いて動きを止めた。
空中で静止する霧から何か、手のひらに収まるくらいの大きさの物が手の上に落ちた。
続いて長い棒のようなものが続く。
積山は地面に先が当たる直前にそれをつかみ、槍の形になったそれを両手で握ると狼のわき腹に突き立てた。
悲鳴をあげた狼の下にいた黒い竜は積山を見上げてニヤリと笑う。
「やるじゃねぇか」
そして、狙いをつけるそぶりも無く右手をただ力をこめて前に突き出した。
積山からは狼の背中から少しだけはみ出した竜の爪の先が三つ、見えた。
叫びと唸りの混ざったような声を出しながら狼の体にひびが入り始める。
それを見た黒い竜は狼のしたから這い出すと膝をついて腹部をさする積山の横に立った。
狼は苦しげに唸ると2人の目の前で白い砂になって消えてしまった。
「大丈夫か?」
「まぁね・・・。口切っただけみたいだ」
「それですんだお前はたいしたもんだよ」
積山は黒い竜を見上げた。
「お前は?いったい・・・」
と聞いた。
「ブラックギルモン。・・・て名前なんだがなにぶん長いだろ、ギルって呼んでくれればいい」
積山とギルは肩を貸し合って帰路についた。
「どっ・・・どうしたんですか・・・?!若先生!誰にやられたんですか?」
「ていうかそのへんな顔した恐竜みたいのは!?」
土井藤と彩華の質問攻めに積山とギルは顔を見合わせると、
「彩華、土井藤さん・・・ぼくは、・・・まぁいいか・・・、人間とは何もしてないんだけど・・。とりあえず部屋に来てください。彩華も」
積山はギルの背中を押しながら言った。
「ケガの手当てでもしながら話すから」
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