すでに太陽は地平線の下にあった。
暗闇の中に一箇所、明かりの群れが見える。
避難所として開放された体育館だった。
その看護室のベットで積山彩華は寝息をたてている。
意藤はその髪を優しくなで、毛布をかける。と、突然の足音に気づいて振り向いた。
仕切りの切れ目から現れた男女2人と目が合った意藤は微笑んだ。
「どうも、歩くん。すまなかったね」
男が意藤に謝った。それに首を横に振って応えた彼は安堵のため息をつき、
「こちらこそすいませんでした。まさかバッテリーが上がってしまうなんて考えもしませんでしたから・・・」
女は何度か頭を下げると鞄から封筒を取り出した。
「アメリカ行きの飛行機の券です。明日には発たないと・・・」
それを聞いた意藤はバツの悪そうな顔をして言った。
「・・・実は迷子の女の子がいるんだ。お願いなんだけど保護者の方、探してくれないかな・・・。土井藤、という男性なんだ」
男は特徴をメモすると言った。
「見つからなくても昼過ぎごろには出発です。・・・あなたは一刻の猶予も・・・、無いのですから」
意藤は笑顔を見せ、
「分かってる」
とだけ言った。
彩華は毛布に包まって目を見開いた。
涙が止まらなかった。
『トップシークレットかな』
意藤の言葉が耳に残っていた。
林未とコテモン、時とラブラモンは暗闇に包まれた路地に身を隠して一際大きなドームを監視していた。
「またメガドラモンでしょうか・・・?」
「今のところはなんとも言えないな。ドームの大きさが出てくるデジモンの大きさに比例するのか分からないからな」
時の心配そうな小声に林未の小声が返事を返した。
ラブラモンに抱きついた時を横目で見ると林未は自分の上着を肩にかけた。
「大丈夫ですよ!?風邪引いちゃいます・・」
驚いた時に林未は一言、
「ねーさんみたいなこと言うな。鍛え方が違うのかもしれないだろ」
その様子を離れたところから見ていた柳田とコクワモンは顔を見合わせた。
「さしいれ・・・、持ってきたんだけど・・・ね」
「そ、そやな・・。今あそこ行ったら切り殺されそうやな・・・」
2人はそのまま10分ほど立ち尽くしていた。
柳田が『今ここに来た』風の声をかけようとした瞬間だった。
ドームが開いた。
地面が揺さぶられ、長大な黒い影が勢いよく飛び出し、凄まじい叫びをあげながら空を飛んでいった。
林未は携帯電話を取り出し、
「ドームが割れた!中から異常に大きなデジモンが飛び出して海の方向に飛んでいった!」
嶋川に報告していた。
舌打ちをすると柳田がプログラムを読み込ませた。
進化したブレイドクワガーモンに飛び乗ると林未たちに、
「おれらであいつ追う!」
「死ぬなよ!」
林未が叫び返した。
柳田は軽く頷くと飛び去っていった。
敵が海に飛び込み、壮大な水柱が生まれるのが見えた東の方向が白みはじめていた。
「・・・・・・・・・」
振り向いた柳田の視界に薄明かりに照らされ始めた街にそびえるドームが2つ、せりあがり、まるで塔のようになった。
かすかに寝息を立てていた二ノ宮の耳に金属が当たる大きな音が届いた。
体を起こした彼女に制服姿の男が扉を開いて言った。
「二ノ宮涼美。釈放だ。でろ」
二ノ宮は表情を和らげると立ち上がって訊いた。
「ずいぶん・・・・・、『早い』ですね?」
警備員はこれ以上ないほど苦々しげな顔をして彼女を連れて行った。
その様子を眺めていた和西は自分の扉の向こうにも人の気配が現れたのを感じて笑顔になった。
「お前もだ。でろ!」
「まってたよ!」
和西は喜び勇んで立ち上がった。
2人は留置所の巨大な門を出ると警備員が言った。
「2度と来るなよ」
2人は声をそろえて答えた。
「もちろん」
太陽はすでに一番高い位置を越していた。
轟音が響き、積山彩華は身をすくめて空を見上げた。
飛行機がアメリカへ向け飛び立つところだった。
首を右から左へと限界まで動かしてそれを見送った彼女の右腕にはデジヴァイスが装着され、紋様が浮き上がっていた。
[数時間前]
2人は無言でコンクリートの台の上に座り、一緒に遅い朝食をとっていた。
彩華は昨日自分が聞いてしまったことを話した。
すると、意藤は自分の病気のことをすべて話した。
「治らないの?」
「今の医学じゃ無理みたいだね」
「・・・・・・・・」
彩華の頭は意藤のことでいっぱいになっていた。いろいろな話を聞いて混乱している自分が分かる。
「・・・あたしお医者さんになるよ。意藤さんの病気を治したい」
意藤は普段の表情でただ車イスに座っていた。
「ありがとう」
彼は自分のほうに向かって歩み寄る2人に手を振りながら言った。
「本当にありがとう。彩華ちゃんは僕にとっての初めての友達だし、やっぱりうれしいな」
「もう行っちゃうの?」
「あぁ、そうみたいだね。お別れかな・・・」
彩華は意藤の正面に立って訊いた。
「デジヴァイス、あたしが使ってもいい?」
意藤は即座に首を横に振ろうとはしなかった。
代わりに以外そうな顔で彼女を見ている。
「願掛け・・・・かな、意藤さんの。それにおにいちゃんやギルの手伝いだってしたい」
彩華は微笑むと言った。
「あたしって世話焼きなのかもね」
空港のロビーに下りた彩華は肩に白いデジモンを乗せていた。70cmはありそうな胴体のそのデジモンは彼女の耳もとで言った。
「これからどうするわけ?」
彩華は携帯電話を取り出すと積山慎にかけた。
「とりあえずお兄ちゃんに会いたい」
なかなかつながらないのでそれをあきらめ、意藤にもらったお金を計算してバス停に向かった。
「でも自分から戦いたいなんて物好きだね」
彩華の表情が変わった。
「そうかもね」
真剣な顔で頷くとパートナーデジモンを抱きしめて頬をこすりつけた。
「がんばろうね。クダモン」
クダモンと呼ばれたデジモンはまるで『まかせなさい』とでも言うように頷いて見せた。
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