黒畑は右手に小さな花束を持って白い引き戸を叩いた。
返事はない。
彼はそんなことはとっくに承知していたらしく、それを開き、中に入った。
清潔を心がけるべき病室はその精神にのっとって白い室内として黒畑を迎えた。
白一色の部屋の窓際に置かれたベッドに和西が横たわっている。
彼の青みがかった黒髪は戦うときとはまたちがった乱れかたをして枕に投げ出されていた。
「退院を拒否しているそうじゃないか。お前らしくもない」
黒畑はそう言い、文机に花束をそっと載せた。
いままでずっと目を閉じて知らぬ存せぬを決め込んでいた和西はゆっくりとまぶたをあげ、黒畑をみつめ、言った。
「・・・お前こそ花束なんからしくないじゃないかい?」
それを聞いた黒畑は含み笑いをし、口を開いた。
「いつまでこうしている気だ?お前は重要な戦力だ」
そう告げた黒畑をみつめる和西の目が大きくなった。
「なんだって?おれが重要な戦力・・?」
体を起こし、すがるように訊き返した和西を見下ろして黒畑ははっきりとくり返してみせる。
「ああ、辻鷹泉という女が他の連中を説得して回った。『確かに彼は暴走しちゃうかもしれません。でも和西さんは強い。それ以前に仲間です』・・・とな」
視線を自らの両手に落とした和西の肩を叩き、黒畑は続けた。
「期待に応えろ。応えて見せろ。お前にはそれだけのちからがある。ちがうか?」
顔をあげた和西は一度だけ、しかししっかりと頷いて見せた。
「ちがうかだって?ちがわないはずないだろう」
和西はベットから降りるとロッカーのなかから服を引きづり出した。
「本日退院だ」
同じころ、
大学の研究所。
谷川と二ノ宮は間に6メートルほど幅のある会議用の机をはさんで向かい合っていた。
「およびだしとは?」
二ノ宮がさきに口を開いた。
そうは言ったものの、内容などとっくに察しはついている。
魔王との戦いに関する作戦が議題なら他の者もいるはずだ。
とくに嶋川和葉は絶対に欠かすことが出来ない。
つまり議題はそれ以外に絞られる。
そんな見当をつけていた二ノ宮を目の前にして、谷川は簡潔に用件を告げた。
「戦力の増強をしたいのですが」
やはりな。
二ノ宮は腹の奥でうなずいた。
前回のデーモン戦では勝利を物に出来た。
しかしそれはあまりにも紙一重なものであり、また、デーモンも未完成な体の状態だった。
つまり、百パーセント本気の魔王には到底敵わないであろうことをこの男は、そしてもしかしたら嶋川和葉や他の者も気づいているのではないだろうか。
「それは考えていた」
二ノ宮はひとまずこう切り出した。
そして、一瞬で会話を組み立て、順を追って口にする。
「意藤も黒畑も完全体に進化できるようになった。エンジェウーモンとインセキモンだ。どちらも確かな実力を持っている」
予想通り、谷川の反応はよかった。
ここからさらに畳み掛ける。
「さらに、デジヴァイスを強化したい。全世界のエンジニアに呼びかけてプログラムを組むのを手伝ってもらった。なかにはかなり真剣に取り組んでくれた者もいてね」
『ゴッド』と名乗ったエンジニアの文章を思い浮かべながら二ノ宮は続けた。
「プログラムは組んだ。デジヴァイスにはもともと内部情報が定められた一線を超えた時、物理材料をとりこんで変化する構造がある」
「例えば初めてデジヴァイスをつけたとき」
単色だったデジヴァイスにラインが入る様子なら鮮明に記憶していた。
谷川はそれを思い浮かべながら訊いた。
「それは分かります。しかしその一線を超えるにはどうすればいいんですか?」
二ノ宮は腕組みをし、軽く息を吐いて谷川を正面から見据えた。
「知らん」
「それはないですよ」
わたしはがっくりとイスに腰を戻した。
研究所には今そろっているだけの『テイマー』が全員そろっていた。
ひとまずデジヴァイスのアップロードはしたものの、肝心なところが分からないのでは話にならない。
「なんか実感ないですね」
神楽はなんの屈託もない笑顔で言った。対照的に二ノ宮の顔から笑顔が少しずつ消えていく。
その瞬間、アラームが鳴り響いた。
今度こそ、二ノ宮の顔から笑顔が消し飛んだ。
「魔王が来た・・・」
その言葉はその場の全員を黙らせるには十分な意味を持っていた。
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