「いくらか・・・、よくなっているようだな」
リアライズを完了したバルバモンは指輪で表面の大半を覆われた長い指を曲げ伸ばしし、微笑んだ。
リアライズ中、こまめに移動したのが良かったのだろう。
バルバモンは一度も戦うことなくリアライズをほぼ完了していた。
たった一部、主に戦闘に使う杖だけがまだ、未完成だ。
「まぁよい」
バルバモンは口髭を撫で付けた。
この儂の知略と闇の力があればこの世界などすでに手中にある。
彼はそう考えていた。
そこになんの誤算もない。
七大魔王、強欲を司り、狡猾な策士であるバルバモンに現時点で誤算などあるはずもなかった。
足音が響き、それを正面から迎え撃つ体勢で彼は咳払いをする。
「まずは一人か」
駆けつけた意藤とダルクモンを見下ろし、バルバモンは指を鳴らした。
バルバモンの指が鳴る音が空気を震わせる。
その乱れた空気を燃え盛る炎が焦がす。
炎は火柱となって空に打ち上げられた。
「あれか、思いのほか見つけやすい」
まったく同じ時間に、まったく同じことを一人の人間と一体デジモンが呟いた。
その一人は積山だった。
車の助手席から身を乗り出し、火柱を肉眼で眺める。
「あぁ、やっぱりこんできましたよ、先生」
ハンドルを握る土井藤が舌打ちを漏らした。
「そうだな。ここでいい。とりあえず離れていろ。下手をすれば死ぬ」
ビクリと震えた土井藤の肩を、なんの臆面もなくそう言った積山が叩いた。
「まぁ、またあとで迎えに来てくれ」
そう言い残し、彼はファスコモンを伴い車内から姿を消し、すぐに路地に入って見えなくなった。
熱風に顔を舐められた意藤はしばらく体が動かなかった。
まずい、酸素がなくなった・・・!
炎の裂け目をみつけて脱出しようとした瞬間、彼女の首を長い指が挟んだ。
じわじわと首を締め上げながらバルバモンは顎鬚を撫でた。
「ふぅむ・・・、欲しい・・・」
意藤は一瞬硬直し、すぐに指を引き剥がしにかかった。
もがく彼女を見下ろし、バルバモンは一言だけ付け加えた。
「そして・・・・惜しい」
同時に指にかけられていた力が大きくなり、意藤は息を詰まらせる。
喉が圧迫され、空気を吸うことも吐く事もできない。
頚動脈が押さえられ、血の鼓動が頭痛として彼女を支配した。
完全に炎に閉じ込められた意藤と、その首を絞めるバルバモンにすこしでも近づこうとダルクモンは必死に攻撃を繰り返していた。
「くそう!通せ!通せ!!」
半身を焼きながら殺到するダルクモンは、背後に強烈な気配を感じて振り向いた。
しかし何もいない。
油断なく辺りを見渡したダルクモンは自分の足元に落ちているランプに気がついた。
自分に向かって抜かれた2本目の剣をつきつけられ、ランプは声を上げる。
「おー、マテマテマテ。壊しちゃダメダヨ、お嬢ちゃん」
一瞬口元を引きつらせたダルクモンはひと思いに叩き割るべく剣を振り上げた。
「そうあせるナ。まぁ聞け。ランプを撫でてくれたらお嬢ちゃんのテイマーを助けてあげてもいいヨ」
その言葉を聞いたとたん、ダルクモンの動きが止まった。
「どういうことだ?」
「さぁ?見てのお楽しみダヨ」
ランプの中から笑い声が聞こえる。
むっとしたものの、ダルクモンはしゃがんでランプを撫でてみた。
とたんにランプが震えだし、その口を塞いでいた“栓”が快い音を響かせて吹き飛んだ。
「だぁ!何年ぶりかネェ!外ハ!」
頭にターバンを載せ、筋骨隆々とした体の大男が現れた。
ダルクモンは地面に座り込んだまま一部始終を見つめ、動けなくなっていた。
「お前は・・・?」
腕組みをし、ダルクモンを見下ろす男は名乗った。
「アイ・アム・ランプモン!出してくれた者の望みをかなえるランプの魔人でアル!」
「・・・・・」
状況を忘れて座り込んだままのダルクモンに顔を近づけ、ランプモンは訊いた。
「貴女の望みはなんデスカ?」
ダルクモンは立ち上がり、もうたくさんだ、とでもいわんばかりの口調で言った。
「つまらない・・・!妙な事を言うな!できるなら私のテイマーを救ってくれ!」
ランプモンは応えた。
「心得ました。ご主人様」
言うなり、彼の頭上のターバンが伸びる。
ランプモンがその先端に触れた瞬間、それは一振りの蒼い剣に変化した。
「これぞ我が主人の願いを叶える奥義、『ファントムタ〜バン』、でアル」
彼はその剣を振り上げ、炎の柱の前に立った。
「ハァッ!!」
気合もろとも振り下ろされた剣が炎に触れた瞬間、柱が瞬時に打ち消された。
「な・・・」
驚きを隠せないダルクモンを気にもかけず、内心は同じように驚いているであろうバルバモンの前に立ちはだかった。
「・・・ランプモン、か。久しいな」
「バルバモンこそ数十年見ないうちに一段と老けたネ」
油断のない目で見つめるバルバモンと一瞬も目を離さずに、ランプモンは右手に握り締めていた剣をバルバモンに投げつけた。
自分に剣が刺さらない為には、どうしても邪魔になる人間を放り出さなければならない。
また、強欲なバルバモンのことだ。ダルクモンを閉め出し、テイマーだけを手元においた状況から例え生きていなくとも自分のものにしたいだろう。
バルバモンが自分で自分の持ち物に傷をつけることなどまずありえない。
もしバルバモンがテイマーを盾にしてもターバンの力で剣を捕まえる自信は十分にある。
ランプモンはそう判断し、剣を投げつけた。
案の定、バルバモンはとっさにテイマーを投げ捨て、彼女は自力でわきに逃げ出す。
すでに宙に投げられたターバンは飛んでいく剣を捕まえ、返す刃でバルバモンに迫る。
同時にランプモンは腰の短剣を逆手で抜き、突撃を始めた。
バルバモンはそれらを見定めると迷わずマントをひるがえし、姿を消した。
同士討ち寸前でランプモンも煙とともに消える。
意藤を介抱していたダルクモンはランプに駆け寄った。
「いやー、ヨカッタヨカッタ。バルバモンの気配は無くなったヨ!」
分けが分からない、という顔をするダルクモンに、ランプの声は続けた。
「ワタシはネ、一日一回、可能な限り願いを叶えるのヨ。だから一回願いを叶えたら消えちゃうのネ」
首をさすりながらやってきた意藤は訊いた。
「もしかして同士討ちになる前に体が消えるのを計算に入れてわざとバルバモンを逃げさせた?」
「まぁ、そんなトコカナ」
ランプは言う。
「君たちに戦い方を教えてあげるヨ。強くしてヤル」
ランプは意藤とダルクモンを交互に見、声高に笑った。
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