「そうか・・・、サクヤモンガ・・・」
窓の隙間から体だけだしたランプモンは呻くように言った。
「バイスタンダーは3つの大きな勢力のどれにも該当しない。故に犠牲はつきもの、か・・・」
サクヤモンが倒れたことを伝えにきたカオスモンの表情は読めない。
「インペリアルドラモンはすべてを承知の上で我々にデジタルワールドの未来を託したのダ・・・」
「サクヤモンだってそれは分かっている!インペリアルドラモンは七大魔王を抑えるためロイヤルナイツを組織し、それに均衡を持たせるためテイマーの仕組みを作った・・・」
カオスモンの言葉にランプモンは憤りを露にした。
「それでも意藤達はそれを知らない!それでも戦い続けることが・・・!」
ランプモンの太い腕がカオスモンの首を掴む。
「あの若い人間達はなにも知らナイ・・・・!ただ、ただ!大きな存在の上で踊り狂ってイル!大切なものを失ってもダ!!」
カオスモンはランプモンの言葉を黙って聞いていた。
ランプモンは外見からは想像もつかないほどに優しい。
彼はそれを十分に知っていたからだ。
「・・・分かっている。しかしそれは彼らの運命だ・・・」
カオスモンはとうに呼吸をあきらめていた。
細い首を握り締め、ランプモンは喚く。
「魔王を倒しても騎士団を倒しても・・・、その上の存在がいることをテイマー達は知らない・・!」
「ああ、あまりにも話が重大すぎる。持ちこたえられるか・・・分からないだろう・・?」
慎重に言葉を選んだ上でのカオスモンの言葉はランプモンを激怒させた。
「騎士を倒すことがどういうことか忘れたカ!!騎士団の4人は人間ダゾ!!!あいつらに人殺しをさせるのは持ちこたえられないほどの重大な話ではないのカ!!!」
そもそもランプモンはバイスタンダーの計画そのものに反対だった。魔王を倒し、騎士団を倒し、さらにその上、デジタルワールドの“頂点に立つ者”を倒す。
その役目をテイマーに担わせる。
彼はこの計画に反対だった。
ランプモンはカオスモンを突き放すと窓の隙間から意藤の部屋に戻ってしまった。
残されたカオスモンはたった一人でしばらく佇んでいた。
その様子を気配で感じていたランプモンは目の前で寝息を立てる意藤を黙って見下ろした。
「何故こんな幼い命が闘う・・・?デジタルワールドの身勝手に振り回される・・・?」
肩を落とし、ランプモンは煙に戻った。
ランプに入る瞬間、振り向くとカオスモンは窓の向こうから姿を消していた。
ランプモンは煙になった瞬間、胸のなかの大事なものを落としてしまったような錯覚に包まれた。
「・・・・」
意藤は額をおさえ、かなり微妙な表情でうつむいた。
彼女はたった今ベッドから身体を起こしたところだったのだが、奇妙な感覚がその頭を悩ませていた。
「違和感があるノカ」
驚いてあたりを見回した意藤の視界にランプモンがいた。
となりでパタモンが申し訳なさそうに、
「いや・・・、ごめんね。なんか逆らえなくてさ・・・」
と口ごもって乾いた笑いを浮かべた。
意藤は頬を染め、ランプモンに噛み付く。
「お前・・・!ずっとこの部屋にいたのか・・?私が寝てるのに?」
ランプモンはそれには答えず、身を乗り出して意藤の額を人差し指で押さえた。
「違和感あるカ?」
意藤は声を荒らげて指を払った。
「ええ!少し目覚めが悪いわ!」
ベットから抜け出すとランプモンの出所であるランプを拾い上げた。
「今度忍び込んだら壊してやる!」
ランプモンはそれも無視し、再度意藤に向き直った。
「右手を貸してクレ」
憮然とした表情で右手を差し出した意藤の手の甲にランプモンは指を当てた。
その触れた場所から白銀の光が走り、輝く。
それはしばらく光を放ち続け、それが消えたとき意藤の手の甲に紋様が刻み込まれていた。
「これは・・!?」
意藤は驚きを表し、呆然となった。
「我々がしてやれる最後から“2つ目”のことダ」
ランプモンは背筋を伸ばし、意藤に向き直る。
「よいカ、テイマーよ。その紋様を誇りに思え。それは闘うことを決意したお前に贈る我々の魂をこめた聖なる者の証である!」
圧倒される意藤を見下ろし、ランプモンは言った。
「闘うんだナ・・・・。お前は・・・、『光の粛清者』として・・・」
ランプモンは苦いものでも吐き出すかのようにそう言い、視線を落とした。
その瞬間轟音を上げて天井が崩れ去った。
意藤は悲鳴を上げ、その場にうずくまる。
ランプモンのターバンが広がり、意藤とパタモンを包み込んだ。
すべてを腐食させる魔爪、『ナザルネイル』を掲げ、リリスモンが微笑んでいた。
「久しいわね・・・!ランプモン!」
体を半分だけむけ、ランプモンはリリスモンを見上げた。
「あぁ、そうだナ」
リリスモンはランプモンが凄まじい威圧で自分を睨みつけているのに気づき、表情を険しくした。
「あら・・・・、らしくないわね・・・!強大な力を持って生まれながら闘う事を拒否し続けてきたあなたがそんな目をするとは・・」
ランプモンはターバンを剣に変化させ、意藤を背にかばった。
「決まってイル。私はもう逃げなイ」
今日は風が強い。
しかもやけに不吉な雰囲気の風だった。
意藤は空を見上げ、しばらくしてランプモンを見下ろす。
「そう、」
ランプモンはどこか誇らしげな表情で腕組みをしていた。
「試してミナ。そして、うまく使エ」
彼はそう言うと脇に退いた。
「お前達の力を試ス。闘う気があるのなら・・・、逃げろ、そして・・・」
意藤はダルクモンのほうに振り向き、顔を戻して頷いた。
ランプモンは一瞬で飛び上がってかなりの高度をかせぎ、リリスモンに剣を振り下ろす。
リリスモンは木の葉のような身のこなしでそれをよけ、左手の鉄扇でランプモンの首を狙う。
瞬間的に煙に戻り、同時に体を形成したランプモンの体は前後反対になっていた。
「どぅぉおらぁ!」
気合もろとも振り下ろした剣を右手の魔爪で受け止め、リリスモンは実に不思議そうな顔をした。
「お前は変わったな。なんのために闘っておる・・?」
瞬間的に距離をとり、腐敗した剣を投げ捨てランプモンは言った。
「テイマーを用なしにするためダ」
「ほぅ・・・」
自分の体を貫くリリスモンの右腕を見下ろし、ランプモンは目を閉じた。
闘うべきではない。
闘わずに死ねたらそれに越したことはないのだヨ、光の粛清者。
「・・・残念だったナ」
リリスモンは動かなかった。
「私の弟子がお前の動きを見ていたはずダ。お前は瞬間移動が得意だったな」
消滅する寸前、ランプモンは満足げに言った。
「お前が攻略される日は近イ」
リリスモンは崩れた部屋を見下ろした。
さっきいた人間がいない。
リリスモンは舌打ちを漏らすとその場にゲートを開いた。
リリスモンがそれにすいこまれた数秒後・・・・。
壁際に意藤がもたれかかった様子で姿を現した。
ほとんど無意識に自分の右手の甲を触る。
彼女の右腕が吸い込まれるように消え、見えなくなった。
『闘う気があるのなら・・・・、逃げろ。そして・・・・リリスモンを私の代わりに倒してくれ』
意藤は両手で顔を覆った。
何もない空間を水滴が伝い、膝に模様を作った。
そして・・・
全員が臨戦態勢のまま、2年もの月日が過ぎた。
わたしは高校に進学し、神楽は同じ高校だ。
意藤さんは高校を卒業後、中学を中退した和葉とともに大学で魔王の監視を続けている。
二ノ宮さんは2人と一緒に江原教授のもとで研究を続けていた。
谷川さんは高校には進学したものの魔王、つまりデーモンやバルバモンのデータ解析を続けている。
黒畑さんは他にテイマーがいないかゴツモンと各地をまわり続けている。
積山さんは高校を卒業した後、道場を継いだ。
わたしと神楽はその日、花束を持って和西の見舞いに来た。
すっかり痩せた姿を見ても神楽は笑顔を見せた。
でも部屋を出たとたん泣いた。
胸のアザは3本に増えていた。
意藤さんが『姿を消す』能力を得た日から、わたし達は不思議な力が体に現れた。
紋様とともに。
積山は黒い霧を発生させ、剣を実体化させることができるようになった。
黒畑はいくら走り続けても決して体力がそこをつく事がなかった。
神楽は草花の命と引き換えに怪我を治す力を得た。
和西は脚の筋力を一時的に増大させた。
谷川は遠くの物音を聞き分ける事が出来るようになった。
和葉は反射神経が強化された。
二ノ宮は意図的に自分の体を金属化させることができた。
意藤は自分の周囲の光を捻じ曲げ、姿を消すことが出来るようになっていた。
そして、わたしはどんなに遠くのものでも見分ける事ができる。
戦うべき相手はまだたくさんいる。正直、わたしには自信がない。
魔王はあと3体。騎士が13体。
しかもそのうち4人は人間。
ランプモンが倒されてからの2年間、わたしはいつ人間と戦うことになるのかこわくてしかたなかった。
見舞いを終え、二ノ宮のもとへ向かう途中、わたしは女子中学生とすれ違った。
「でさぁ、毎日ひまなんだよねぇー」
「そうそう・・・。おんなじことばっかやってさ、やんなるよ」
複雑な心境のわたしを気にするはずもなく、彼女達は角を曲がって見えなくなった。
途中で立ち止まり、振り返ったまま立ち尽くしているわたしの様子を見て神楽が心配そうに声をかけてきた。
振り返り、わたしは答えた。
「ごめん、もう、だいじょうぶだよ」
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