ドアの隙間から漏れ出る話を聞きながらラブラモンは背後で同じように立ち聞きしていた名月に言った。
「こりゃとんでもない話になってるね」
「うん・・、そうだね」
そう返した名月はそれとはまた別のことを考えていた。
デジタルワールドに行ってしまうのはどうしても心配だった。
とくに・・・、林未や、別の意味で彩華は。
上の空になっていた名月は急に開いたドアに驚き、同時にドアを開けた人物と完璧に目が合っていた。
「あ・・・」
「あーあ・・・」
ラブラモンがぼさっと呟く。
「何をしている?」
林未健助が普段と変わりない無表情な表情で名月とラブラモンを見下ろしていた。
「あっ、いえ、その・・・」
口ごもる彼女を脇によせると出口を塞がれていた面々が外に流れ出た。
「じゃ!また明日!」
「また明日来るねー!」
柳田と彩華が明るい声で病室に残った二人に呼びかけた。
しかし返事は・・・、ない。
その代わりにイオが和西と積山を呼び止めた。
「ガニメデとエウロパを連れてきてくれないか・・?頼む」
むっつりとした表情でギルが問い返す。
「すんなりついてくるとは思えないんだが」
和西は二人が自分に向かってくるのを想像し嫌気がさした。
かなり骨が折れそうだ。
物理的に。
ギルの発言を聞いたイオは自分のジャケットから彫り物入りの板を取り出し、ペンを借りてなにか文字を書き込んだ。
それを和西に手渡す。
見たことのない文字を眺める和西にイオが言った。
「それを渡してくれ」
「・・・分かった」
和西はコートの胸ポケットにそれを仕舞うと積山・辻鷹と示し合わせ廊下を横切って姿を消した。
ギル、裁、ガブモンがそれを追う。
その様子を目で追いながら名月は林未の顔色を覗いながら訊ねた。
「あの・・・、なんであんなに簡単に信用したんですか?」
「二人が話したことに嘘がない。信用するしかなかった」
「そうですか」
ほとんど身動きしなかった林未はコテモンを部屋から引き釣りだし、廊下を進ませた。
髪をかきあげ、コテモンを見送っていた林未は不意に名月と目をあわせた。
「明日、ひまか?」
突然の問いに反射てきに頷く。
「・・・花見にでも行くか。この前の埋め合わせだ」
そんなやりとりを聞いていたコテモンとラブラモンは顔を見合わせた。
「よかったね」
「本当。見なよ、うれしそうな顔だねぇ」
ひとしきり笑顔を見せたコテモンはすこしうつむいて呟いた。
「今のうち、だからね」
「ええ、そうね」
ラブラモンは二人を尻目に頷いた。
二ノ宮とファンビーモンは向かいから歩いてくる神原とメラモンを見据えながらそのままの歩調で歩いていた。
すれ違う瞬間二人の足が止まる。メラモンの足が2歩送れて止まった。
「よぉ、リアルタイムで見せてもらった」
「そうですか。・・・どう思いました?」
一瞬以外そうな顔を見せた神原はすぐに答えた。
「お前なら知っているだろう?デジタルワールドに行く方法がすでに完成していることを」
無言のまま頷く二ノ宮を見下ろし、神原は続ける。
「“全ての原因はデジタルワールドの争い”だと分かってはいる。そしてそれを何とかしないとこの世界が危ない。・・・それでも行くのか?」
最後の一言を聞いて二ノ宮は含み笑いを浮かべた。
「神原さんでもそんなことを言うんですね」
呆れ顔で言い返そうとした神原を押し黙らせ、二ノ宮が口を開いた。
「私は今まで学校に通うのが夢でした。でも・・、いつまでも過ぎた時間にこだわるのに疲れてしまったんです」
「お前・・・・」
神原は何かいいかけ、話すべき言葉を選び始めた。
その気配を感じながらも二ノ宮はさらに言葉を続ける。
「私は先生になりたい。でもそのためには時間が必要なんです。それ以前に・・・、私達テイマーが戦う必要のない世界が必要なんです・・!」
「行くのか?」
「行きますよ」
二ノ宮は黙り、神原もまた、しばらく黙り、口を開いた。
「帰ってくるか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「さぁ」
神原は少しずつ小さくなっていく二ノ宮の背中を見送り、やがてその背が廊下の角に消えたとき、彼は支えがなくなったようにその場に膝をついた。
休憩所に入った瞬間どさりと体をソファに投げ出した谷川は大きなあくびを一つすると向かいに着地したホークモンに訊いた。
「前から気にはなってたんだけどさ、デジタルワールドってどんなところ?」
ホークモンが口を開きかけた瞬間、自販機が缶コーヒーを吐き出す音が部屋に響く。
「?あぁ、悪い」
そうはいったもののまったく悪びれる様子のない嶋川はコーヒーを手にその隣に座った。
「俺も気になってんだよ。どういう世界なんだ?」
ホークモンは二人の視線をかわすとアグモンを見つめた。
見られていることに気づいたアグモンは緑茶の空き缶を握りつぶすと大きく首を横に振って見せた。
それを見たホークモンは向き直り、肩をすくめてみせる。
「どうも・・・、よく覚えていないんですよ」
「なんで?」
谷川の素朴な質問に一瞬たじろきながらホークモンは苦しげに一言、言った。
「私は覚えてませんけどイオとかカリストとか・・、訊くあてはいくつかあるでしょう?」
そうだ。
嶋川は考え直した。
彼自身聞きたいことは山のようにあったがそれもすべて明日には分かる。
和西や積山が上手くやってくれればの話だが。
それもそうか、という顔をした谷川は座りなおすと今度は嶋川に訊いた。
「みんなデジタルワールドに行くって気をつめてるけどさ、どうやって行くの?」
「―――まずは・・・、お父さんが昔研究していた資料ね。それから積山くんがひとつ、重要な発見をしたわ」
話が筒抜けになっていたらしく、二ノ宮が説明しながら谷川の隣に腰掛けた。
続いて入ってきた柳田が抱えていたファイルを嶋川に手渡す。
「これが所長さんのレポートや。それから積山の話によると・・・、デュナスモンは校舎の屋上付近で文字通り消えたらしい」
嶋川がひざの上で広げていたファイルを数ページめくり、柳田はその中のページを一つ、指で叩いた。
「デジタルワールドに行く方法を成立させるにはひとつだけ空いた穴をふさがなあかん。その穴が“ゲート”と呼ばれるもんや。デジタルワールドとこの世界をつないでる筒の入り口にあたるもんやと思ってくれたらええと思う」
柳田に続けるように二ノ宮が説明をする。
「デュナスモンが消えたのは恐らくそこにゲートがあって、デジタルワールドに引き返したんじゃないかって積山くんは考えてる」
「どうしてそれに思い至ったんだい?」
メガログラウモンの上から下を見渡しながら辻鷹が訊いた。
その背後で腕を組んで立っていた積山は他の者にも聞こえるような大きさの声で答えた。
「最初にイオに出会ったときにすこし頭をかすめただけなんですが・・、かつて私達の親がテイマーとして戦っていた時にデーモンと戦ったことがありましたよね」
彼の隣でしっかりと手すりにつかまりながら和西は頷いて見せた。
「ひょっとしてデーモンと戦ったのが僕たちの中学だったのかい?」
「ええ、ロの字型に中庭を囲んだ中学なんてあそこくらいですからね。そこで、デーモンがリアライズした際に無理やりゲートを開いてリアライズをした、ということでしたね」
「つまり・・・、無理にこじ開けたゲートがまだ残っていると?」
シャウジンモンが自分の考えを口にした。
積山はそれを肯定し、続けた。
「学校がデジタルワールドの境界線になっていると考えています」
「いたよ。当然かもしれないけどこっちに気づいてる」
眼を見開き、辻鷹が他の者に告げた。
「大丈夫です」
静かに剣を抜いたウィルドエンジェモンを片手で制し、積山は振り向いて和西に頷いて見せた。
「よし・・、行くか」
ガニメデとエウロパの2人を油断無く見つめ続ける辻鷹の肩を軽く叩き、和西は上を向いた。
「メガログラウモン!降りてくれないか!?」
「大丈夫なんだろうな。迎撃なんてごめんだぜ?」
「お前なら無理なく回避できる。彼女もついてる」
積山がいい含めた。だが彼自身ギルが怖気づいているとは微塵にも考えていない。
他の者も神経を張り詰めてはいたものの怖気づいてなどいなかった。
「行くぞ」
再度和西が言い放ち、メガログラウモンがゆっくりと着地した。
予想通り、ガニメデがクレニアムモンに姿を変えてエウロパと和西達の間に立ちふさがる。
「戦うつもりなんかないんだ!イオから預かり物がある!」
メガログラウモンから難なく飛び降りると和西はコートのポケットから彫刻の施された板を差し出した。
クレニアムモンの様子を観察していた積山はほんの一瞬、しかし確かにクレニアムモンの目に変化があったのを見逃さなかった。
「大丈夫そうだね」
「いえ・・、もうすこし様子を見たほうがいいと思います」
辻鷹のほっとしたような言葉に積山の真剣な声が被さる。
一方、和西の正面まで来たエウロパはひったくるようにして板をとると機敏な動きで下がり、そう遠くない位置で止まって表面の文字を追った。
そう時間をかけずにすべてを読み、エウロパは和西を見た。
「確かにイオの文字だ。・・・“信じるとおりに生きろ”と書いてあった・・・」
肩を抱きかかえられて地面に降り立った積山は数歩近寄って口を開いた。
「イオにあなたたちを連れてきて欲しいと頼まれました。一緒に来てくれますか?」
背後に立つガニメデと顔を見合わせ、エウロパは頷いた。
「応じます。イオとカリストを含む私たちの安全を保証してくれるのなら」
「手荒なまねだけはやめてくれるかい?」
必要なことを2,3訊きながら和西はそれとは別のことを考えていた。
今朝見たカリストの従順振りやこの二人の素直さはどこから来ているものなんだろう・・・。
イオにそうさせるだけの能力があるから。
和西の頭はそう結論をつけていた。
組織が会議をする際、和西は十闘神のリーダーとして出席をする。
いつの間にかみんなが和西を中心にチームを形作っていた。
しかしそれを自覚する度、和西は心臓が抜け落ちるような奇妙な感覚に襲われていた。
自分は積山くんほど賢く、冷静ではない。
自分は林未くんほど思慮深くはない。
自分は仁ほど気が利かない。
自分は柳田くんみたいにムードメーカーではない。
自分は嶋川くんや谷川さんほど強い絆を作れるかわからない。
自分は二ノ宮さんほど経験をつんではいない。
自分は黒畑さんほど優しくはない。
自分は彩華ちゃんほど強い芯を持ってはいない。
そうではないか、和西はいつもそう考えていた。
自分が十闘神のリーダーとしていることに違和感を感じていた。
イオとカリストの間に確かに強い信頼関係があることに和西は真っ先に気づいていた。
自分と仲間にあんな絆が作れるのだろうか。
和西はこの数日、ずっとそれを考えていた。
ガニメデとエウロパを連れて帰ったあと、全員が帰宅するのを見送ると和西はひどい孤独感に押しつぶされそうになった。
そんな彼がふと顔を上げたとき。
ゴマモンがいた。
「何か悩み事か?」
「ああ、ちょっとね」
和西は微笑むと立ち上がった。
強い絆なら僕ももっていた。
パートナーデジモンとの絆を見つけた和西はいつもよりも軽い足取りで部屋を出た。
その後をゴマモンが元気よく追いかける。
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