再会を果たしたイオ・カリストとエウロパ・ガニメデは一瞬だけ、しかしはっきりと喜びの表情を浮かべた。
だがすぐに互いに目をそらし、こちらに向き直る。
こんなときくらい素直に喜べばいいじゃないか。
そう思いはしたものの、アグモンはそれを胸にしまいこんだ。
と同時に気づく。
この4人も自分と同じように無理に思いを胸にしまいこんだんじゃないだろうか、と。
話を円滑に始めるために、いや、事を円滑に行うためにそれが染み付いてるのかもしれない。
アグモンは考えをめぐらせているうちに、自分が実に深く考えていることに気づいた。
一種の現実逃避だな。
そこまで考え、アグモンは目の前の話に集中することにした。
「じゃあ、話を始めよう」
昨日よりいくらか表情の柔らかいイオがはじめに切り出した。
10組のテイマー全員が押しかけた病室はそれでもすこし場所に余裕がある。
ベッドとイス、ベンチ、ソファまでもを総動員して合わせて20名近くの人だかりと10体を超えるデジモンがロイヤルナイツの4人を囲んだ。
その中心でイオが手始めに手で示す。
「まずは、おれの仲間だ。ガニメデ、エウロパ、カリスト。4人ともロイヤルナイツだ」
それに対し、和西が順に十闘神のメンバーを一人一人紹介する。
しばらく時間がかかったが、それを終えるとすぐに和西が質問を浴びせた。
「前から気になっていたんだけど、騎士みたいなデジモン、あれはなんなんだ?」
無愛想に窓の外を眺めていたガニメデが答える。
「あれはなに、もない。あれは聖騎士。俺たち自身だ」
「ロイヤルナイツには13人の騎士が所属している。そのうちあたしたちは“プロトコル”っていうもので騎士に姿を変えるのさ」
カリストが補足した。
イオはその二人に頷いて、再度向き直った。
「カリストは『デュークモン』に、ガニメデは『ドゥフトモン』に、ガニメデは『クレニアムモン』にそれぞれ姿を変える。ちなみにおれは、『アルファモン』に、な」
「“プロトコル”、か」
ガニメデに劣らず無愛想な林未が一人呟いた。
炎撃刃を腰の後ろに吊った嶋川は一言、自分の質問を切り出し、言った。
「それもいいんだが・・、デジタルワールドにはどうやって行く?」
エウロパのフードの下の顔がすこし、笑顔に変わった。
「見当はついているのではないのですか?『闇の守護帝さん』?」
それまで目を閉じ、黙ってやりとりを訊いていた積山はゆっくりと目を開き、微笑み返す。
「屋上のタンク付近。恐らくはデーモンとの戦いが原因でゲートが開いたのでは?」
「さすがだな。ご名答だ」
積山の推測を聞いた瞬間、イオがそれを肯定した。
「そのとおりだ。デーモンが無理にゲートをこじ開けた影響で一箇所、抜け穴が出来てしまった」
「それは僕たちにも使える?」
「おれたちも一応は人間だ。通れるはず。それよりも・・・、問題がある。イグドラシルはリアルワールドとデジタルワールドに抜け穴が繋がったことを良く思ってはいない。だからそれを塞ぐことを考えていた」
ベッドに腰掛けていた二ノ宮が立ち上がって訊きかえした。
「問題がある、ってことは抜け穴がふさがりかけているの?」
互いに顔を見合わせ、ロイヤルナイツは頷いた。
「残念だが。もう2ヶ月ももたないだろう」
「えっ・・?」
イオの言葉に数人が唖然とした。
「あ――・・、つまり、“2ヶ月”を切ると帰れない?」
おずおずと和西が聞き返す。
誤解を招いたと気づいたカリストが慌てて付け加えた。
「大丈夫だよ!デジタルワールドのものをリアルワールドに移すのはワケない。それはそこの人が一番よく分かってる」
そう言ってカリストは所長を見た。
彼は二ノ宮をしばらく見つめ、そしてカリストを見て頷いた。
「・・・そのとおりだ・・。私はそれを専門に研究していた・・」
「気にしないでいいわ。もう大丈夫」
二ノ宮は気をもむ父親の肩を優しく手をかける。
「とにかく・・、今すぐに調査班を送る。話が本当なら時間がない。そうだろう?」
そういい残して所長は扉の向こうに姿を消した。
彼を見送ると辻鷹はいつになく深刻な顔で言った。
「でもさ、話が本当ならもうあまり時間がないんじゃないかな」
それを聞いた林未は軽く頷く。
「そのとおりだな。それぞれ親や親しい人に告げるなり・・・、いろいろ準備しておいたほうがいいだろう」
言い終わると立ち上がり、扉に手をかけた林未を見て数人が驚き、さらに数人が引きとめようとした。
「悪いが大事な約束がある。積山、後でおれにも話を聞かせてくれ」
横目で様子を見ていた積山は座ったまま林未に向き直った。
「分かってますよ。では・・、またあとで」
「ああ、お先に」
そう言うと彼はコテモンを連れ、姿を消す。同時に扉がぴしゃりと閉じた。
残された数名はそれぞれ顔を見合わせた。
場の空気がそれなりに落ち着きを取り戻し始めた矢先、谷川が突如立ち上がる。
「よっし、あたしも帰る!浩司行くよ!」
「は?こらこらこらこら・・・」
そでを掴まれイスから引きずり下ろされそうになった嶋川は力任せに自分を掴む腕を振り払う。
「なんだよ。俺はまだ・・・」
しかし谷川の目を見て彼は黙り、頷いた。
「分かったよ。アグモン、行くぞ」
そのとき、それまで黙っていた和西がイスを蹴飛ばして立ち上がった。
「分かってるよ。今日はここまでだ。いいね?イオも。積山君も」
行動に反して落ち着いた声色の和西を見上げ、積山もイオもほぼ同時にうなずいた。
病院の自動ドアを通りながら嶋川は自分の数歩前を歩く谷川を呼び止めた。
「で?どうするつもりだよ。これから」
「そーだね・・・、ひとつ、つきあって欲しいな。あんまりいいところじゃないけどさ」
谷川は最初から考えていたらしく、続いてこう提案した。
「うちのお墓に行こうよ。今年はまだお墓参り行ってないからさ」
一瞬怪訝な顔を見せた嶋川だがすぐに頷き、彼女の隣に立って歩く。
「お前はデジタルワールドのことどう思ってるんだ?」
「そりゃ・・・・。?」
反論するときのような口調で嶋川に向き直った谷川は急に口を噤んだ。
「なに?」
「なんだ?」
谷川も嶋川も話しを打ち切り、周囲の様子を覗う。
奇妙な感じが二人の背筋を駆け上ってきたからだ。
それぞれの顔や手に緊張の様子が浮かび上がる。
周囲を行く人々が鬱陶しそうに二人をよけて進んでいく。
「久しぶりだな。この感じは。デジモンか?」
「さぁ・・?どうかな」
そう言い返すと谷川は一度目を強く閉じ、見開いた。
とたんに猛烈な数の音が彼女の耳に流し込まれた。
それにひるむことなく一つ一つを吟味していく。
とたんに谷川の形相が変わった。
ロビーを飛び出し、外から病院を見渡す。
そして、雲の向こうからこちらを見下ろす黒い影に気づいた。
辻鷹がここにいれば・・・、
彼ならデクスドルグレモンがすでに二人のテイマーと2体のパートナーに狙いを定めていることを容易に確認できただろう。
だが嶋川の行動も速かった。
真っ先に腰のホルダーから進化プログラムを抜き取り、デジヴァイスに装填した。
「アグモン進化・・・!!!」
「 メタルグレイモン 」
その巨体が突然現れ、病院の中、外を問わずに人々がパニックに陥った。
下の騒がしさを無視し、メタルグレイモンは背中のブーストを限界まで開いて迎撃する。
始終を見ていたデクスドルグレモンの動きは速かった。
一見鈍重そうな巨体を滑空させ、鋭い角で斬りかかる。
メタルグレイモンの首を魔獣竜の角が抉り取るその瞬間、ガルダモンがそれを蹴り上げた。
発達した翼を巧みに操り、追撃、猛攻撃を加える。
距離をとってその場に浮かび、デクスドルグレモンは怒りの咆哮を上げた。
メタルグレイモン、ガルダモンは互いに目を合わせ、再びデクスドルグレモンを見上げた。
「あいつはなんだ?鬱陶しい・・・」
メタルグレイモンが口にしたとおりの表情で呻いた。
「早めに倒してしまうにこしたことはないね。でも・・・、結構強いんじゃないかな?」
ガルダモンはそう呟くと右手を天に掲げた。
まるで古代人が造ったような太く、頑強そうな槍が一振り、その手に現れる。
デクスドルグレモンが再度吼えた瞬間、メタルグレイモンとガルダモンが別の方向から回り込んでデクスドルグレモンに襲い掛かった。
引き手に構えていた右腕を突き出すと鋭利な爪がワイヤーを引きながらデクスドルグレモンに降りかかる。
それをよけたと同時に背後をガルダモンに取られた。
「[グレート・スピリット]!!」
手にした槍が猛烈な速さ、強烈な力を帯びてデクスドルゴラモンの体を捉える。
雄たけびを上げ、地表に向かって落下していくデクスドルグレモンを追ってガルダモン、メタルグレイモンも急降下に入る。
デクスドルグレモンはすでに半身が消滅しており、地表に激突する20秒もまえには完全に消えていた。
追って急降下してきたガルダモン、メタルグレイモンは一度空中で静止し、パートナーの前に降り立つ。
死闘を繰り広げ、生還したパートナーを嶋川、谷川が迎えた。
「思ったよりかかったね。大丈夫だった?」
「いままで戦った中で・・・そうだな。8本の指に入るな」
メタルグレイモンは自分の両手を見下ろして言った。
その回答にしばらく笑うと、嶋川は携帯電話を取り出して和西にかけた。
「・・、よぅ、和西、見てたか?」
『ああ、途中まではね!早く来てくれよ!』
「あ?てめぇ何言ってやがる?」
『君こそなに言ってるのさ!こっちには――――』
「―――10体はいるっていうのに!!」
和西はシャウジンモンとメタリフェクワガーモンがタッグを組んで戦う様子をすがる思いで見つめながら嶋川に叫び返した。
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