猛烈な勢いで風が抜ける轟音に両耳を挟まれながらネプトゥーンモンは繰り返される光の点滅で形作られたゲートを落ちていった。
背後をカオスデュークモンが続く。
やがて二人の行動は落下から上昇に切り替わった。
「デジタルワールドに・・・、入った・・・!?」
「そのようですね・・。抜けますよ!」
天地が逆さまになった違和感に感覚を揺さぶられたネプトゥーンモンは自分の目の前に迫り来るデュナスモンの一撃に凍りついた。
その瞬間ウォーグレイモンがデュナスモンに体当たりを食らわし、間に入る。
「ぼさっとしてんじゃねえ!!」
雄叫びを上げ、デュナスモンの上半身に向けて炎撃刃を振り下ろす。
しかしその重い一撃はコンクリートの足場を粉々に粉砕しただけに過ぎなかった。
デュナスモンは両腕を胸の前で交差させた状態でかなりの高さまで急上昇し、言った。
「全員そろったようだな。楽しい時間の始まりだぞ・・!?[ドラゴンズロアー]!!!!」
交差された両腕が開かれ、握られていた拳が開くと同時にその手のひらから強烈な光が放たれた。
2筋の光はカオスデュークモンの盾をかすめ、そこにあった建物をこなごなに粉砕する。
「しまった!ゲートに走れ!戻れなくなるぞ!!」
アルファモンが全員に向かって叫び、それを聞いた何人かは急いでゲートに走った。
その時、
ゲートを囲む建物が消し飛んだ。
残された瓦礫を踏み砕き、ざっと見ても50は超える騎士の軍団が整然と立ち並んでいた。
その先頭に立っていた騎士、エックス抗体を体内に持つナイトモンが背中の大剣を抜き、胸の前に掲げて宣言した。
「テイマー十名、及びイグドラシルの命に背くロイヤルナイツ4名!我ら『ブレイブナイツ』がその命いただく、覚悟されるがいい!」
大剣を軽々と振るい、ネプトゥーンモン達を示してナイトモンが声を張り上げた。
「かかれぃ!!!」
その瞬間控えていたナイトモンが全員それぞれに剣を抜いて構え、次々と突進を始めた。
一方、アルファモンたちが騎士団の正面に出てそれぞれ剣を構える。
真っ向から剣を振り下ろしたナイトモンXの剣を受け止めたアルファモンが問う。
「騎士団長!誰の指図を受けた!?」
「もはや貴方の知る必要のないことです!」
「お前達はかつての仲間だ。できれば倒したくない!」
ナイトモンの説得を続けるアルファモンの背後では彼の仲間、新しい仲間がその問答を黙って、しかしいつでも戦える構えで聞いていた。
騎士団長はアルファモンと一瞬も眼を離さなかった。
「その甘さが命を危険にさらすと教えたはずだ。愚かな子だったが今でもそうなのか?イオよ」
そう諭したナイトモンはアルファモンの剣を跳ね上げると間合いを取って立った。
「我々はロードナイトモンの指図でお前とお前の仲間を倒しに来たのだ」
その言葉に反応し、荒野に散らばって戦っていたナイトモン達が団長の背後に集結した。
身構えていたネプトゥーンモン達も雰囲気の変化に手に握った武器を下ろした。
団長は剣を腰の鞘に戻し、その代わりに背中の大剣を抜き放った。
他のナイトモンもそれにならい、団長のものよりは小振りだがそれでも身長よりも巨大な大剣を抜く。
「若造、手伝え。すべてを話してやろう。デュナスモンを倒した後にな」
驚いたのはデュナスモンのみではなかった。
持ちかけられたアルファモンすらすぐに動く事は出来なかった。
団長は頑丈な鎧を感じさせない身のこなしで飛び上がり、デュナスモンに斬りかかる。
わずかな動きでそれをよけたデュナスモンは向き合った一瞬にナイトモンに言った。
「どういうつもりだ?“勇敢なる騎士団”団長よ」
落下し、着地直後に立ち上がって剣を構えたナイトモンは答えた。
「その名に恥じぬ戦いを望むゆえの選択だ」
デュナスモンは顔を背け、しかし視線だけは外さずに呟いた。
「これだけの騎士を相手に・・・、残念だが私ひとりではどうしようもない」
「すぐにでも倒しに行ってやるさ」
そう言ってデュークモンはデュナスモンを見据えた。
強い風が吹き、荒野を薄く覆っていた砂が巻き上げられる。
「できるかな?」
そういい残しデュナスモンは砂嵐のなかに消え、砂嵐が消えたときにはその姿はどこにも見えなくなっていた。
完全に日が暮れ、事情を聞くことにした和西たちとナイトモンたちはひとまずその場で焚き火を炊いた。
「この辺はよく陥没したりするので・・・。暗いうちは動かないほうがいいんですよ」
額当てに赤いラインの入ったナイトモンはそう説明し、背中から盾を下ろした。
他のナイトモンも自分の盾を下ろす。
最初に積山に話しかけたナイトモンはさっき下ろした盾を地面に置き、その上に球状の物体――、木で出来ているように見える――‐を積んだ。
そばにかがんだナイトモンが手首同士を打ちつけ、火をつける様子を興味深げに眺めていた積山は質問をした。
「ブレイブナイツって何ですか?」
3枚の盾を組み合わせて火を簡単ながら覆い隠す作業を続けるナイトモンのうち、一人が顔を上げた。
「『ブレイブナイツ』。イグドラシルに従うロイヤルナイツ、その手助けをし、ブレイブナイツの名に恥じない戦いを続ける。・・・そんなところだ」
赤いラインの入ったナイトモンは仲間の説明を黙って聞いていたがやがて積山の正面に立って言った。
「悪いな。まだ警戒している者も多いものだから。気を悪くしないでくれ」
積山はギル、裁といっしょに固まってその場に腰を下ろした。
周囲に気を配るパートナー達にそっと耳打ちをする。
「二人ともあまり気にしないほうがいいですよ」
「・・、そうか?」
半疑な表情を浮かべるギルと裁を見かね、積山は何人かのナイトモンを指差して見せた。
直立不動で頭だけが何度か動く様子が覗える。
「見張りか?」
ギルはそれを見てもすぐには納得しなかった。
そこにきて積山もようやくあきらめた。
「・・、じゃあ、頼むよ」
はじめて目の前で見る“テイマーとパートナーのやりとり”を興味深げにみていたナイトモンは自分は“ムードゥリー”という愛称で呼ばれている、と自己紹介をした。
ムードゥリーと名乗った額に赤いラインが入ったナイトモンは急に立ち上がって再び積山たちを見た。
「悪い、召集がかかった。・・・・?お前たちも呼ばれているぞ」
積山は自分のパートナーを引き連れ、ブレイブナイツ団長、X抗体を持つナイトモンのもとに向かった。
すでに何人かテイマーも集まっており、そのなかにロイヤルナイツの4人も混じっている。
ナイトモンXと並んで座っていたイオは自分の仲間を手前に座らせてもらえるようナイトモンに頼んだ。
ナイトモンはすぐに応じ、彼の部下のナイトモンたちは団長が口を開く前には後ろに引いていた。
だいたい会議参加者が腰を落ち着けたころを見計らってイオは団長にあらためて向き直った。
「状況はどうなっている?」
ブレイブナイツの団長は頷き、答える。
「お前達がリアルワールドに向かってすぐ、“東方の剣士”が身を隠した」
話が始まって間もないのに知らない言葉が飛び出したので彩華は思わず訊き返した。
「すいません、“東方の剣士”ってなんですか?」
「あたしらのほかにもう一人、人間のロイヤルナイツがいるのさ。細身の剣を肌身離さず持ち歩いて大陸中央の谷を警護している・・・とは聞いたことがある、けどさ」
カリストは言葉を続けるにしたがってイオのほうを見た。
「まぁそんなところだな。役目が役目だけにオレも実際に会話したことがない」
イオはカリストの肩を軽く叩き、話を続けた。
「それで?“東方の剣士”はどうなったんだ?イグドラシルが黙認しないだろう」
団長は肩をすくめて見せた。
「そのとおりだ。ロイヤルナイツの一体が探しにいったらしいが・・・、定期的に行なっていた連絡があるとき、途絶えた。恐らくは返り討ちにあったか・・・それとも」
和西はそこで言葉を切ったナイトモンに話の続きを促した。
「それとも・・・、なんですか?」
「いや、このところ究極体ばかりを狙うデジモンが出ている。ロイヤルナイツがそんなものに負けることがあるのか分からないが・・。事実が分かっていない」
「なら、その“東方の剣士”がその究極体ばかりを狙うデジモンに倒された可能性はないか?」
今まで話を聞いているようには見えなかった林未が深い緑の眼をかすかに覗かせる。
騎士団長は林未のほうを見て、頷いた。
「それもありうるだろう」
その時・・、
周囲を警戒していたナイトモンは地面がかすかに揺れているのを感じ取った。
しかし自分よりもずっと背後にいるナイトモンや召集された者達は気づいていない。
状況の異常さにナイトモンは顔をしかめ、薄い闇のなかを目を凝らした。
次の瞬間、見張りに従事していた彼の体は太い鎖に封じられていた。
2メートルはある巨漢であるナイトモンを遥かに上回る小山のような巨体。
しかし全身を闇で覆われ、夜の暗闇に溶け込んでいた。
巨大な漆黒の翼が数枚見え、ナイトモンは自分がこの翼にしてやられたことに気がついた。
「てっ!敵襲!!!――がッ!」
一瞬で鎖に潰され、0と1の配列がばらばらに分解されて夜空に散る。
見張りのナイトモンの最期の叫びを聞いてそれぞれに臨戦態勢をとったブレイブナイツ、テイマー達、ロイヤルナイツ。
血よりも赤い眼にロイヤルナイツを写し、第四番目・怠惰を司る七大魔王が吼えた。
ベルフェモンの巨大な右腕がブレイブナイツを直撃する。
「ふふふふふ・・・、そうだ・・。邪魔は排除せねばなるまい」
夜空に姿を見せたばかりのデータの月を背に、ロードナイトモンは戦場を優越的な視線で見下ろしていた。
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