ベルフェモンの移動速度は凄まじかった。
巨大な翼が連続して羽ばたくことでその巨体からは想像もつかないスピードで飛行する。
後続のカオスデュークモンは翼で勢いよく大気を叩き、ベルフェモンの真上に躍り出た。
「だいぶ飛んだな・・・。そろそろケリつけたほうがいいんじゃないか?」
「分かっていますよ。そのつもりです」
カオスデュークモンはデュークモンとミネルヴァモンの位置を瞬時に把握すると右腕に装備された槍、“バルムンク”を頭上に掲げる。
「[デモンズ・ディザスター]」
100メートルはあるかという血のような色がベルフェモンを寸断した。
傍から見れば、赤い扇が夜空に一瞬はためいたように見えただろう。
ベルフェモンは高い山々が連なる荒れた大地に墜落した。
やっと止まることができたカオスデュークモンはそっと背後を覗う。
今さっき越えてきた樹海がはてもなく続いていた。
「いきなり、やっかいなことになりましたね」
カオスデュークモンは小さなため息をつくと下に横たわるベルフェモンを見つめた。
背中に目立った傷はなく、毛皮が若干焦げている程度だった。
介抱されたミネルヴァモンや、落下の直前離脱したデュークモンが手で合図を送っているのが見える。
それに従ったカオスデュークモンはそのまま岩陰に姿を消した。
進化を解いた積山は岩陰からベルフェモンの様子を覗う。
ある程度距離をおいたはずなのにその体は圧倒的な存在感を示していた。
「ものすごい防御力でしたね」
積山は右腕を触りながら言った。
「痛むんですか?」
黒畑が心配そうに覗き込む。
彼女自身、ミネルヴァモンで飛び掛った際、大剣が弾かれた瞬間は腕がへし折れるかと思っていた。
「いや、毛皮を切り裂くだけでもたいしたもんだったよ」
カリストが若干落胆しているようにも聞こえる声で言った。
「究極体を倒す、とか言ってやがったな。やっぱりこいつが究極体狩りをしてたみたいだ」
ギルはベルフェモンの呼吸音から顔をそむけ、あからさまにいやそうな顔をしてみせる。
注意深く様子を覗いながら積山が呟いた。
「ともかく・・・、今のうちになにか考えておかないと・・・」
一方、
地面すれすれをロードナイトモンが縫うように疾走する。
それを真上から見ていたメタルガルルモンは背面に装備されたミサイルを片端から撃ち込んだ。
ロードナイトモンはすべてをよけ、帯剣で弾き、盾で受け流した。
一通りの攻撃が終わった瞬間、予想以上のスピードでロードナイトモンが突っ込んできた。
「そんなものがこの私に当たると思っているのかね?」
右腕に装備された攻防一体の盾、“パイルバンカー”を脇にかまえる。
その瞬間をヴァルキリモンが見逃すはずが無かった。
「頭下げて!!」
構造上不可能なことを要求され、とっさにメタルガルルモンはブーストを停止させ重力に身を任せた。
ヴァルキリモンの至近距離の射撃がロードナイトモンの盾を上に弾く。
その瞬間盾の前部が猛烈な勢いでせり上がり、強烈な衝撃波が真上の薄雲を吹き飛ばした。
「なんて威力だ・・」
茫然とするメタルガルルモンの隣にヴァルキリモンが、遅れてウォーグレイモンが
着地する。
「あのねー、もうちょっと接近戦慣れしといたほうがいいんじゃない?」
「・・・そうだね。確かに今のは危なかった」
「どっちにしてもあいつは手加減してやがる。それが気にいらねぇ」
空の雲を一瞬で消し飛ばす威力、そして瞬間的な移動。
ロードナイトモンは目に見える敵に関しては間合いなど関係ない。
しかしそれ自体はウォーグレイモンには関係のないことだった。
「・・・その顔・・・、突っ込んでってぶった斬ろう・・・とか考えてる?」
「・・止めるな」
「いやいや止めるから」
メタルガルルモンは剣を抜くウォーグレイモンを見て内心効果ないだろうな、と思った。
「お前はちょっと黙ってろ」
やっぱりな、メタルガルルモンは一歩退くと右腕の粒子砲をかまえた。
「いつでもいいよ。バックはまかせて」
「浩司がしきりなよ」
右腕の盾のロッドを引き充填した空気弾がいつでも撃てる状態にする。
そして剣を抜いたヴァルキリモンはウォーグレイモンに言った。
ウォーグレイモンは右に並ぶ二人を見て、再び前に視線を戻した。
ロードナイトモンが動くことなく様子を覗っている。
「よし・・・、計は右だ。仁は左から飛び道具でけん制しろ。オレが仕留める」
「オッケー、なるべく気をつけて」
「分かった。左からでいいんだよね?」
「いくぞっ!!」
ウォーグレイモンの一声と同時にメタルガルルモンとヴァルキリモンが左右から弾丸を撃ち込んだ。
「これで当たりゃー苦労しないよねー・・・」
メタルガルルモンのときと同じく一瞬で間合いを詰められ、ヴァルキリモンは舌打ちをした。
「お前達はあのエウロパと行動をともにしていただろう。戦略の立て方を学ぶべきではなかったのかね?」
無表情な冷たさは仮面をつけていることだけの影響ではないらしい。
しかしそれを目の前にしてもヴァルキリモンは微動だしなかった。
それにロードナイトモンが気づいた瞬間、
凄まじい衝撃がロードナイトモンの背を襲った。
驚いて背を見たロードナイトモンは自分の体を覆う鎧に突き刺さったドラモンキラーを見て後に飛びのいた。
応戦に十分な距離をとってドラモンキラーを引き抜く。
その瞬間ドラモンキラーが爆発した。
よろめいたロードナイトモンにウォーグレイモンが炎撃刃を振り下ろす。
致命傷を受けて動けなくなったロードナイトモンを3人が見下ろす。
「戦略の立て方ならけっこういいもの見てきてるんですよね」
メタルガルルモンは自分に飛んできたもう片方のドラモンキラーから大型のミサイルを外して足のミサイルポッドに戻す。
二人で遠距離攻撃をしかけ、ロードナイトモンが動いた瞬間にヴァルキリモンとメタルガルルモン両方に向かってミサイル付のドラモンキラーを打ち込む。
あたりさえすればメタルガルルモンが遠隔操作で爆発させ、その間にブースト全開で懐に飛び込んだウォーグレイモンが倒す。
「意外にも戦いなれちゃってるでしょ?」
ヴァルキリモンが静かに呟く。
ロードナイトモンは微笑むと言った。
「お前達は・・・、誰に歯向かっているのか・・分かっているのかね?」
「だいたいな」
ウォーグレイモンがつっけんどんに答えた。
ロードナイトモンはその答えに声を上げて笑う。
「戦略など役に立つものか・・!あのお方はおろかイグドラシルにも勝てまい!」
3人の顔に緊張が走った。
「あのお方だと?誰だ!?」
「“神”なのだよ!あのお方は!お前達はいずれその足元に・・・・!」
その瞬間ロードナイトモンが0と1に消えた。
怒りの声を上げて剣をその場に突き立てたウォーグレイモンはその場に乱暴に座った。
「ふざけるなよ肝心なとこで消滅しやがった・・・!」
「・・・そんなに強い攻撃したっけ・・?」
ヴァルキリモンがウォーグレイモンに顔を覗き込む。
「いや、武器を斬り落として手足を攻撃した。動きを封じるだけのはずだったのに!」
それを聞いたメタルガルルモンは驚いた。
「おかしいだろう!?なんであの程度の攻撃で・・・。それならドラモンキラーの一撃で倒れていたはずだ!なのにロードナイトモンはピンピンしてたじゃないか?」
「だからふざけるなって言ってんだよ。どうなってんだ!?」
ウォーグレイモンは右手で顔の半分を覆った。
三体はそれぞれ進化を解いた。
ウォーグレイモンの状態と同じ体勢のまま座り込んでいる嶋川の肩に谷川が手を置く。
「ねぇ、“神”ってなんだと思う?」
「イグドラシルじゃないみたいだ」
ガブモンが意見を言った。
アグモンは立ち上がるとガブモンのほうを向く。
「イグドラシル?イオとかの親玉だろ?あれよりも上の存在・・・か?」
言いたいだけ言ってある程度理性が戻ってきたらしい。
嶋川は髪をかきあげると呟いた。
「結構その場の流れでこっちに来ちまったな」
谷川、辻鷹は互いに顔を見合わせた。
「ほら、さっさとみんなのトコ帰ろ!」
「そうそう。いつまでもらしくないですよ」
両側から引き上げられて嶋川は立ち上がった。
他の顔が自分に向いているのに気づいて照れくさそうに笑って見せた。
「わりぃ。まぁ過ぎたことだしな。ところで――」
嶋川はくるりと一回転して首筋を撫でる。
「どっち行きゃ帰れるんだ?」
「はぁ?・・・ったく」
呆れ顔で周囲を見渡した谷川もすぐに黙る。
「あれぇ?」
「“あれぇ?”じゃないですよ!」
「ホークモンだって分かんないでしょー!?」
「えっと・・、あのさ、なんで僕に訊かないの?」
「お前に聞いても無駄だと思ってたんだがな」
なんとか会話に潜り込んだ辻鷹にアグモンが冷たい返事を返す。
「・・・うっ」
「言い返せないところを見ると方向知らないんだな」
ガブモンは辻鷹からできるだけ自然に目をそらすと周囲を見渡した。
メタルガルルモンによって撃ちこまれたミサイル、火器の類が大きなクレーターをいくつも造り、地形を変貌させていた。
ロードナイトモンの攻撃が山をひとつ抉り取っている。
特にこの2つが原因で方向が分からなくなっていた。
「交番どこ?」
「あるわけねぇだろ」
谷川が呟き、嶋川が唸った。
岩があちこちに剥き出しになっている荒野に和西が座っていた。
和西はベルフェモンが飛んでいった方向に、ゴマモンは間逆のロードナイトモンが飛んでいった方向に視線を漂わせている。
「心配だなぁ」
「心配ないよ」
ゴマモンと和西がほぼ同時に相手に言った。
「心配なん分かるけど話聞こうや・・・」
柳田が小声で小突く。
手でまったく気にしていないことを伝えるとブレイブナイツの団長、ナイトモンXは話を続けた。
「ですから最近は各地で異常な天候や災害が起こっているんです」
「なんでなんですか?」
二ノ宮が訊ねた。
「分かりません。ただ何か災害が起こること自体稀だったんです。それなのにこの一年ほど急に、それも頻繁に起こるようになりました」
話に興味がもてなくなった林未はコテモンをその場に残して瓦礫の中に入っていった。
話に興味はあっても難しい話になりつつあり理解できなかった彩華と、最初から抜け出すタイミングを見計らっていた柳田が後を追う。
「あー・・・、おれらさ、式河追ってこっちに来たのにさ」
柳田が背中をそらせて言った。
「将一君だって分かってるよね」
瓦礫に足を踏み入れながら彩華が呟いた。 表情は険悪そのものだ。
「そりゃー分かってるって。分かっとるけどな・・・」
デジタルワールドに入ってすぐでも式河の姿はどこにもなかった。
最悪の場合まで想像してるな。
柳田は自分の数歩前を進んで行く少女の後ろ頭を眺めながら思った。
ほどなく林未の後ろ頭が見え、柳田が親しげに声をかけた。
柳田と林未の間柄が親しい以外の何者でもない以上、親しげに聞こえるのは不思議がない。
林未は腰の刀を抜いて瓦礫のふちにしゃがんでいた。
「どーしたん?」
深刻の“し”の字もない柳田が林未の背中に言った。
「静かにしろ。よく聞いてみるんだ」
彩華は地面に手をつくとふちの向こうをのぞいた。
底が見えないほど深く溝が出来ている。
彩華とクダモンは思わず身を乗り出した。
と、
「うわっ!」
林未に背中を掴まれ、引き戻されて砂地の上にしりもちをつく。
浮かんだむっとした表情は林未の無愛想な顔を見た瞬間消え去った。
「ご・・、ごめん、なさい・・・」
完全に反省した彩華の言葉を最後に、数秒間沈黙が続いた。
しばらくして柳田がはっとして顔をあげた。
「なんの・・・音や・・?」
何かがずれるような重低音がかすかに聞こえる。
「こすれてる・・・?」
クダモンはそう呟いて身震いをし、彩華の肩にしがみつく。
突然林未が立ち上がった。
刀を鞘に戻すと柳田と彩華を反転させて背中を押す。
「走れ!音が大きくなっている!」
「えっ?」
「なに?・・・おいまさか!!」
音の原因に気づいた柳田の表情から笑顔が消えた。
「嬢ちゃん!クダモンを進化させろ!!」
「え!?」
「早く!」
林未に背を押されながらコートのポケットを探り、完全体進化プログラムを取り出した。
「クダモン!いい!?」
デジヴァイスに読み込ませ、彩華はクダモンを宙に投げた。
「クダモン進化!!」
「 チィリンモン 」
完全体に進化したクダモンは彩華たちの目前に着地すると体を伏せて全員が乗るのを待った。
「早くみんなのところへ!」
「分かった」
空を飛んでいけばほとんどすぐだった。
チィリンモンが飛んでくるのを見つけていた和西たちは一箇所に集まって着地を待っている。
「二ノ宮!キャノンビーモンに全員を乗せろ!!コテモン!」
林未はある程度の高さまで待って飛び降りるとデジヴァイスに完全体進化プログラムを読み込ませる。
二ノ宮も殺気だった様子にプログラムを取り出した。
「どうしたの?そんなの慌てて」
キャノンビーモンにナイトモンをよじ登らせながら二ノ宮が訊いた瞬間だった。
彼女の視界が揺れた。
一瞬何が起こったのか分からなかった彼女はすぐに自分もキャノンビーモンの足に乗る。
リアルワールドの常識では考えられないほどの地震。
イオも表情を一変させ、アルファモンに姿を変えてエウロパ、ガニメデ、その場にいたナイトモン2体を抱き上げて飛び上がった。
キャノンビーモンの巨体にナイトモンがしがみつき、それらは空に飛び上がった。
「ひえぇ・・・危なかったな・・」
柳田はブレイドクワガーモンの上から次々と生まれる地割れを信じられないというような表情で見ていた。
彼の後ろでブレイドクワガーモンの外殻につかまっていた和西はつい1分前に自分が座っていた岩が地割れに飲み込まれるのを見て言葉を失う。
その場にとどまるのは無理だという結論に達した和西たちは近場の街に向かうことにした。
崩れ去った大地は途中でプッツリと切れ、その境界から先はのどかな草原が広がっている。
その平和な風景を見ているうちに彩華はふと思い立ってブレイドクワガーモンに平行するようチィリンモンに頼んだ。
ブレイドクワガーモンに近づいてきたのを見て柳田は不思議そうな顔をした。
「なんや?」
「あ、いえ、その・・・、林未さんって実はいい人なんですね」
彩華の言葉を選んだ口調とその内容を聞いて柳田は笑った。
「前から気になってたんやけどさ、言葉づかいなんとかならへん?」
「そうだよ。僕も前に二ノ宮さんに言われたんだ・・。“仲間なんだから変な気つかわないで”ってね」
柳田と和西にそう言われ、彩華はやっと笑顔を取り戻した。
「うん、ありがと!」
和西も笑顔を見せると、顔を空に向けた。
カラテンモンが月を背に飛んでいる。
それを見上げながら和西は言った。
「確かにぱっと見た感じ怖いとか思ったりするかもしれない」
僕だって何度もそう思った。
和西はそう呟きを挟んでから続けた。
「でも誰よりも周囲のことを考えていると思う。積山くんとは少し違うんだ・・・。健助は・・・、なんていうのかな」
「そうね・・」
すこし前から会話を聞いていた二ノ宮が言った。
「“現実を見ている”・・、そんな感じかしらね」
カラテンモンの背の上で正面を見ていた林未は薄闇のなかに小さな明かりがいくつも灯っているのを見つけた。
「街が見えたぞ。もう少ししがみついてられるか?」
急に話しかけられ、気にかけられたナイトモンは慌てて返事を返した。
「そうか」
林未は腰の刀に触れ、その後無意識に額のバンダナを撫でた。
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