「なにか・・・、食い物を・・・!」
「はいはい・・」
ギルが“もう死ぬ”と明言してからずっと、ロップモンとの間でこのやりとりが繰り返されていた。
月明かりの中、ベルフェモンを見張っていたカリストが黒畑を手招きする。
「え・・、なんですか?」
「いーから。ちょっと代われって」
黒畑は軽く後ろを振り返った。
積山は裁の服が汚れないように自分のコートを着せて座らせていた。
彼自身は草地に直接腰を下ろしてこれからどうするか思案せているようだ。
難しい顔のまま黙り込んでいる積山の右腕を裁が優しくさすっている。
そこまで見て黒畑はため息をついた。
「・・?なにさ」
カリストが黒畑の顔を覗き込む。
「ううん、なんでもない、です」
「じゃさっさと代われって」
黒畑はさっきまでカリストが座っていた岩の上に座りこんだ。
「わたしは直接は座れないなぁ」
反射的にベルフェモンに応戦したことを何故か後悔していた黒畑はその思いを振り払った。
カリストはギルとロップモンの前を横切り、積山の正面に立つ。
「なんですか?」
「食えるもの探してくる。あんなこと言ってるし、あいつも連れてくぞ。いいだろ?」
積山は立ち上がると見張りについた。
「お願いしますよ。ギルがそろそろうるさくなってきましたし」
「あ、そうですか」
黒畑はロップモンを抱き上げてカリストの後に続いた。
カリストは黒畑が後ろについてくるのを確認し、ややあって再度振り向いた。
「セキヤマ、だったっけ?」
それまで黙ってベルフェモンを見つめていた積山は振り向く。
「何ですか?」
「一人で大丈夫か?」
「さっきは向こうのペースに巻き込まれただけのこと。もう負けませんよ」
ピシャリとそう言った積山は再び見張りに戻った。
一瞬気圧されたカリストはすぐに微笑んで頷いた。
「そっか、そうだよな。・・じゃ、行ってくるよ」
「行ってきますね」
黒畑も軽く頷いて見せ、カリストの後を追う。
その後姿が見えなくなるまで見送っていた積山はゆっくりと背後の岩に寄りかかった。
「・・・あまり時間がない・・」
積山はコートを貰ったときに付いてきた手袋を外した。
右手の袖を肩までたくし上げると積山は自分の右腕をしばらく見つめた。
紋様から広がった幾何学模様のようにも見える痣が右腕を覆っている。
「お前にはあとどれくらいの時間があるんだ?」
「新藤先生の話では・・・、和西さんの進行具合の例を考えて、数ヶ月ほどですね」
積山は冷静に言ってのけた。
自分があと数ヶ月しかもたないと。
裁は今までと同じように、なにもできなくて手を握ることしか出来なかった。
「で?そうすんだ?残りの時間どうする。お前は」
「まずはあれでしょう。ベルフェモンを倒します」
積山は言ってからしばらく考えこんだ。
「あと・・・、できれば和西くんに恩返しを、なんて考えてます」
「そーかい。そんじゃ、さっさと倒したほうがいいんじゃないか?」
ギルがそう言った瞬間、ギル自身の腹から低い音が鳴り響いた。
「腹が減っては戦はできない!」
積山は笑いながら呟いた。
「やばい・・。夜が明けたぞ・・」
左手に連なる山々の境から輝く太陽が現れた。
谷川はそれを見て思わず手を叩く。
「そっか!あっちが東だ!」
「・・・だから?」
「・・・・・・・・・・・」
草原地帯を横切っていた嶋川たちの影が少しずつ長く伸びる。
鮮やかな緑が一面に広がり、見渡す限りの草原が広がっていた。
ブーツの底から感じる地面は硬く、しかし適度に湿っている。
「痛てて・・」
唯一長ズボンを履いていない谷川は1時間ほど前から・・、つまり草原に入ってから頻繁にそう呟いていた。
とうとう、見かねた嶋川が立ち止まる。
「あかるくなった事だし、そろそろ飛ぶか」
「誰が?」
辻鷹が内心答えを予想しながら訊く。
「もちろんお前らだろ」
アグモンがさも当然、と言ってのける。
進化を終えたメタルガルルモンによじ登り谷川が言った。
「つかまるところいっぱいあるもんね」
彼女の両腕は取っ手をしっかりと握る。
「よし、行け!」
「分かった!しっかりつかまっててよ!」
ブーストを開き、メタルガルルモンが飛び立つ。
数メートルほどあがったときだった。
嶋川たちの目の前に青い水平線が広がる。
大きな湖だった。
鏡のような水面に光が反射し、まるで巨大な光源があるようにも見える。
そのほとりに建物がいくつか密集していた。
「見て!あれ!」
「よかった、とりあえずなにか話が聞けるんじゃないか?」
メタルガルルモンも思わず拳を握る。
少しずつ大きくなっていく集落を見つめながらホークモンが呟いた。
「これがデジタルワールドなんだね」
「・・・?、ホークモンは覚えてないの?」
思わず訊き返した谷川を見上げ、ホークモンが頷く。
「アグモンもガブモンもギルも・・・みんな覚えてない。でもウィルドエンジェモンは覚えてるみたい」
「そうなのか」
嶋川が首をかしげる。
「ならやっぱりおかしいな。アグモンには前にも言ったがなんで覚えてないんだ?」
メタルガルルモンは自分の上でやりとりされる会話を聞き流しながら“眼”を発動した。
集落には大きな骨を背負った金色のデジモンや山高帽を被った細身のデジモンがなにか作業をしているのが見える。
“眼”を発動しなくてもそれなりの大きさに見えるまで近づいた。
「もうすぐだよ」
「ん?そうか。分かった」
着陸態勢に入り始めたメタルガルルモンの上で嶋川は無意識に身構えた。
ヤシャモンやノヘモンたちが次々と出てきては手に持った武器を構える。
「まってー!撃たないでー!・・・頼むから!」
メタルガルルモンが身振り手振りその他を駆使して自分達に危害を加える気がないことを伝える。
谷川に狙いをつけていた一体のノヘモンが思わず弓を下ろした。
「驚いたな。まさか・・・人間、話に聞くロイヤルナイツ、――ですか?」
後半から言葉遣いを慎重に選びながらノヘモンは仲間に武器を下ろすよう指示した。
「あたしたちはロイヤルナイツじゃありません。えっとですね、旅の者?です」
メタルガルルモンから降り、谷川がノヘモンに軽く頭を下げて挨拶をする。
どうやらノヘモンは“おじぎ”を知っていたらしい。
肩のカラスだけがおじぎを返し、案山子のような体が握手を求めた。
谷川の手を握りながらノヘモンは言った。
「すいませんでした。最近物騒なもので・・・」
握手を求められた嶋川はそれに応じながら訊いた。
「なにか作業していたんだろう?邪魔をしてすまなかったな」
「それは気にしないでくれ。荷物をまとめるだけだから」
ヤシャモンは軽く背後に立ち並ぶ建物を見つめる。
「なにかあんのか?」
アグモンがいやな予感に顔をしかめる。
「ここの所地震続きでいつ湖が集落を飲み込むか・・・。とりあえずドラゴンズバレーに身を寄せることにしたのです」
集落の長らしいウィザーモンが前に出てきて答えた。
「ドラゴンズバレーってどこですか?」
地名関連の話題が出てきた瞬間に辻鷹が食いついてきた。
若干驚いたウィザーモンは新たな質問に答える。
「この湖の上流、ソートシティを越えた先にある山間の谷です。竜族デジモンが修行を続ける谷でまっさきに我々を受け入れてくれました。明日には出発する予定です」
話の深刻さにたじろいだ谷川は思わず訊き返した。
「そんなに大変なことになってるんですか?デジタルワールドは・・」
ヤシャモンも他のデジモンと顔を見合わせ、肩を落として頷いた。
「残念ながら・・。そういえば・・!あなたたちはリアルワールドから来たんじゃないですか!?」
反射的に頷いた谷川達を見て集落のデジモンたちが一気にざわめく。
「今朝トーカンモンたちから知らせが届いたんです!ポート荒原・・、リアルワールドへのゲートがあるあの荒原に昨日!災害があったんですよ!」
谷川達が考えたことは同じだった。
帰れるかどうかよりも先に、残してきた和西たちが無事だったかどうか、それが心配だった。
「・・・それで?それでなにか変わったことは?」
ガブモンが恐る恐る訊ねる。
話していいものか迷っていたらしい。
ややあってハヌモンが言った。
「ゲートの遺跡が跡形も無く・・」
「それは知っている!何人かの人間やブレイブナイツはどうしたか
訊いているんだ!!」
かなりの迫力を伴って嶋川が怒鳴る。
一斉に後ずさったデジモンたちの中からウィザーモンが様子を覗いながら口を開いた。
「ブレイブナイツとロイヤルナイツ数人がソートシティにいるということだけは・・・」
「ソートシティ?ドラゴンズバレーに行く途中にある街だったよな」
急激に熱くなり始めた嶋川の腕を強く引いて谷川がぴしゃりと言った。
「落ち着いて!言葉遣い考えてよ!あたしだって心配なんだから!」
引き戻された嶋川は一度謝り、しばらく押し黙った。
「分かった・・。明日の出発についていってもいいか?頼む!ソートシティに連れて行ってくれ」
深刻な表情の嶋川を見てウィザーモンたちは断れなかった。
断るつもり自体なかったが。
谷川達を取り囲み、集落に案内しながらヤシャモンが言った。
「こちらはかまわないから明日に備えて体を休めてください」
辻鷹は隣を歩くノヘモンに訊いた。
「ドラゴンズバレーにはどれくらいでつくんですか?」
「そうですね・・。湖の源流ぞいに4,5日ほどでしょうか」
それを聞いて明らかに表情が暗くなった辻鷹にノヘモンが急いで付け加えた。
「大丈夫ですよ。ソートシティには2日ほどで着きます。もちろん急げば1日でも!」
「いや、そうじゃないんですよ。大変だな、って思って。集落から離れるなんて・・・、残念ですね」
ノヘモンは苦笑して言った。
「安全になればすぐにでも戻ってこられますよ。生きていればなんとかなるものです!」
|