緑と白の閃光が空を何度も割った。ヴァルキリモンが連射する高威力の空気の弾丸が立て続けにルーチェモンに襲いかかる。
例え避けても弾丸を覆った衝撃波が体を揺さぶる。
「はああぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!!」
風を風が叩き切る音に聴覚を奪われたルーチェモンを一旦空気砲で動きを止め、剣を構えてヴァルキリモンが真上から襲い掛かった。
頭上で一際大きな閃光が炸裂し、ウォーグレイモンの奥歯が鳴った。
あの高度ではウォーグレイモンはおろかメタルガルルモンでもとても手が出せなかった。
完全にミサイルの射程外。
リアルワールドでは考えられないほどの高度まで“空”が続いていた。
また、メタルガルルモンの背に乗ってヴァルキリモンのところまで行ったとしてもまともに戦えるかどうか分からない。
それでもその場に留まっていることはウォーグレイモンにはできなかった。
背のブースターを発動させたウォーグレイモンを見てメタルガルルモンが飛びつく。
集落のデジモンたちも何体かウォーグレイモンを押さえ込んだ。
「っんだよ!!放せ!!仁!!お前なにすんだよ放せよ!!!」
「落ち着け!!君のブースターじゃ無茶だ!!僕のブースターでもあんな高さじゃ届かないんだぞ!!」
自分の体を押さえつけるメタルガルルモンを睨みつけ、ウォーグレイモンは吼えた。
「がたがた言ってんじゃねぇぞお前・・!!心配じゃねぇのかよッ!!!!」
「心配だよ!!でも君じゃ無理なんだ!!」
次の瞬間メタルガルルモンの体が数メートル吹っ飛んだ。
背に装備されていた粒子砲のロックが外れて地面に投げ出される。
上半身を起こしたメタルガルルモンの顔面の装甲がすこしへこんでいた。
荒い息を繰り返し、ウォーグレイモンは拳を引く。
彼の体から力が抜けていることに気づき、ヤシャモンやウィザーモン達はゆっくりと手を離していった。
ウォーグレイモンが茫然と空で光る閃光を見て呟いた。
「あいつ・・・、ヴァルキリモン一人だけでそんな高い所に行っちまったのか」
空気砲も直撃した。
真上からの剣の一撃も確かに頭上に振り下ろした。
「“まさか全弾回避された・・?”」
硬直するヴァルキリモンの背後でまさに、彼女が考えていたことが口に出された。
ルーチェモン・フォールダウンモードは圧倒的なスピードで攻撃をすべて避けきり、なおかつヴァルキリモンの背後を取っていた。
声に反応して振り向いたヴァルキリモンの偏光ゴーグルにルーチェモンの顔が映りこむ。
「虫ケラめ」
ヴァルキリモンが反転しようとした瞬間だった。
「[デッド・オア・アライブ]」
ルーチェモンの両手に集中していた光と闇の力が組み合わされ、ヴァルキリモンの体内に叩き込まれた。
ドクンッ・・・・・・
耳を引き裂くような悲鳴と笑い声と狂ったような心臓の鼓動。
『闇と光の混在』として考えてもその力はカオスデュークモンの存在感とは対極にあるかのような残酷さを秘めていた。
胸の中で光と闇が混ざりきり、混沌が爆発するのを感じた。
「ガフッ・・・!!!?」
ヴァルキリモンはデータを内部から半分以上破壊しつくされ、辛うじてその空間に留まった。
初めて自分の下を見る。
木々と地面の区別もつかない暗闇が広がっていた。
ほとんど動かない翼を広げて羽ばたく。
(ダメ・・・・、落ちたら・・・死んじゃう・・)
桁違いのスピードと攻撃力。
ルーチェモンは余裕そのものの表情でヴァルキリモンの顎を引き上げた。
「お前は当たりか・・・」
力尽きる瀬戸際でヴァルキリモンの思考は停止し始めていた。
悔しさすら湧き上がらない。
(怖いよ・・!助けて!・・・浩司・・・!)
腹を蹴り上げられ、ヴァルキリモンの体が宙に投げ出される。
「[パラダイス・ロスト]・・・!」
ルーチェモンが技をかけようと急上昇しかけた瞬間、
炎がルーチェモンの翼を何枚か焼ききった。
「何っ!?」
燃え尽き、消滅した翼のデータを吹き飛ばし、ウォーグレイモンが剣を振り上げ襲い掛かる。
「うおおおおお!!!!!」
振り下ろした一撃を避け、ルーチェモンの技が失敗に終わる。
「谷川――――!!!!」
全力で高さを稼いで一撃を見舞ったウォーグレイモンとメタルガルルモンは徐々に大地に引き戻される。
それに気をとられていたルーチェモンを竜巻が覆った。
聴覚に加え、視覚をも支配する攻撃にルーチェモンは舌打ちを漏らす。
「あの小娘・・、まだ動けたのか・・」
「そのとぉり・・!」
データ分裂が始まった体を意思で押さえ込みながらヴァルキリモンが言った。
「浩司も仁もアグモンもガブモンも来てくれた・・!なにより・・!」
「ホークモンがいる・・!」
「計がいる・・!!」
勝てる。
ヴァルキリモンは直感していた。
右手の甲の紋様が激しく光を放ち、痛みと力の波が全身を駆け抜けていく。
受けたダメージは甚大だったが汗ひとつかいていなかった。
風が拭い去っていったのかもしれない。
(ホークモンとあたしはいままで自分のために戦ってきた。街を壊されたり人を殺されたり襲われたり・・・、デジモンと戦うのはそれが嫌だからっていう理由があったからなにも疑問に思わなかった・・・。)
竜巻から脱出しようとし、下手に触れれば腕ごと持っていかれると予想したらしく躊躇するルーチェモンを見下ろし、谷川は思った。
(ルーチェモンはあたしの家族を奪った・・。戦う理由なんてそれだけで十分だと思ってた・・。)
光を放つ紋様を掲げ、ヴァルキリモンはゆっくりと眼を閉じる。
様々な音が彼女の耳を貫いた。
(でも・・・今分かった。戦う理由なんて所詮・・・・・、)
右腕が振り下ろされる。
竜巻が狭まり、風鳴りが空間を染め尽くした。
自然に頭に浮かんできた技の名を呟く。
「[バーデン・バーデン]」
“倒落の鉄の処刑女”。
風の力を限界まで解放したヴァルキリモンの渾身の一撃だ。
竜巻の先端部分から一体のデジモンが墜落していった。
同時刻、
リアルワールド、
組織。
神原は電話の受話器を力なく戻した。
「式河竜一郎・・・、C−443エリアで発見、死亡確認」
「C−・・・、443・・?」
かつて二ノ宮の下で解析・通信担当をしていた隊員たちの顔色が変わる。
『クロスモン戦』でパートナーを失った女性通信士が反射的に立ち上がり、神原を見つめた。
「隊長の・・・、二ノ宮隊長の実家です・・」
神原は振り向く。
そしてすでにソファにもたれかかっていた所長に声をかけた。
「あんたの家だったところだな。・・・偶然じゃねーだろ。あ?」
仲間を失い、冷静さを失った神原は喧嘩腰になっている。
二ノ宮洋平。
一人目の『鋼の千計師』はうめき声のような声で話し出した。
「私は・・、昔デジタルワールドへ行く方法を研究していた・・・。式河に頼まれてのことだったが私もそれ自体に興味があった」
大きく息を吐き、所長は両手で顔を覆う。
「私は自宅に試験的にゲートを精製するところまで成功していた・・。涼美のファンビーモンはそのゲートを越えてリアルワールドにやって来たんだ・・!」
神原は押し黙り、背後の隊員に指示を下す。
「C-443エリアを中心に十闘神に関連の深い場所を押さえろ!第九部隊出して固めろ!!」
所長が黙ってから沈黙を続けている隊員たちを神原は一喝した。
「なにモタモタしてんだ?!! あ!? さっさと動け!人が死んでんだぞ!」
怒鳴り、隊員たちを動かす神原の肩に有川が手を置いた。
「君、落ち着きたまえ」
「あ・・?」
自分を見つめる有川の目を直視し、神原は向き合った。
「いいか仁!! 死んでも落とすな!!」
「落としてたまるか・・・ツ!!!」
メタルガルルモンの左目に内蔵された高精度スコープが辻鷹本人の“眼”の能力を上乗せし、落下する2体のデジモンを眼中に捉える。
一体は純白の布をまとう天使デジモン、もう一体は・・・、ヴァルキリモンだ。
右腕に装備された大口径粒子砲の砲身には捕獲用のネット弾が装備されている。
谷川の命を賭けた一撃だった。
タイミングを外せば即死。
タイミングを合わせても狙いがスコープの画面0,1ミリずれても即死。
ウォーグレイモンが空中でネットを受け止められなければ即死。
急激に受け止めても即死。
一瞬のミスが即死に繋がる。
「今だ・・!!」
反射的なスピードで判断とほぼ同時にネット弾が発射された。
ネット弾から発煙したのろしが立て筋を空に引いて放物線を描く。
炸裂した弾頭が広がり、網が広がる。
その中に立て続けに谷川、ホークモン、ルーチェモンが収まった。
「うぉおお!!!」
ウォーグレイモンの右腕から投げ出されたドラモンキラーが鎖を引いてネットを巻き込む。
空中で追いついたウォーグレイモンはネットを伝って谷川達を受け止めた。
ブースターでゆっくりと落下速度を下げ、ネットが体にかかるのも気にせず腕の中を見つめる。
谷川は眼を開けてウォーグレイモンを見つめていた。
「見た? 勝ってきたけど」
「ああ」
ウォーグレイモンは子供のような姿の天使デジモンを見た。
成長期に退化したルーチェモンはまるで憑き物が落ちたような顔で眠っている。
「・・もうデート行けないかも」
「なに?・・・そうか」
谷川の頬が若干赤く染まる。
「ねぇ、あたしは浩司のこと好きだよ」
「は?・・なに言ってんだ・・・、お前」
「いーじゃんこういうときくらいさ」
ウォーグレイモンはそれきり黙った。
二人ぶん重さの無くなったはずのネットを支えきれずに砂地に取り落とす。
棒立ちのままのウォーグレイモンの足元でネットがうごめき、ルーチェモンが這い出した。
立つほどの体力も残っていないらしく、体を引きずってウォーグレイモンから離れる。
そして顔だけ振り向き、ウォーグレイモンに問いかけた。
「お前・・・、人間だったな・・・」
ウォーグレイモンはまったく動きを見せない。
かなりゆっくりとした呼吸音がかすかに聞こえる。
かまわず、ルーチェモンは呟いた。
「人間・・。人間だよ・・。『神様』は人間なんだ・・。ぼくたちを戦わせて何かを目論んでいるのは・・・、人間なんだ・・・」
「・・・どういうことだ・・?」
虚ろに見える目でウォーグレイモンは訊き返す。
ルーチェモンは首を振った。
「よく分からない・・。ぼくが知ってるのは『神を名乗るもの』という人間がぼくを進化させたこと、その人間がゲートを作ったこと」
ルーチェモンの言葉を飲み込んでいくにしたがってウォーグレイモンの顔色が変わっていった。
「ゲートを作っただと?どういうことだ!詳しく話せ!!」
そう叫んでウォーグレイモンが振り向いたときにはルーチェモンはすでに粒子化していた。
メタルガルルモンは憤り、地面を殴りつけた。
「何者だそいつ!“ゲートを作った・・・?” 僕らが戦う原因はそいつ、ってことになるぞ!!?」
メタルガルルモンの拳が徐々に地面にめり込んでいく。
ウォーグレイモンは進化を解き、嶋川はコートの上に羽織ったマントをしっかりと肩に上げた。
「行くぞ。アグモン、 仁、ガブモン」
炎撃刃を背に背負いなおし、嶋川は集落のデジモン達を引き連れてその場を後にした。
最後尾を歩いていた辻鷹は何度も涙を拭き、頬の裏を噛んだ。
結局一晩を戦い明かし、谷川とホークモンを失った一行はひたすら、 『ドラゴンズバレー』の方角を目指す。
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