データが舞い散る場所にデュナスモンがゲートを越えてやって来た。
デジタルワールドの中心に位置するイグドラシルのエリア。
中心部に行くに従い、宙を舞うデータが破壊され、様々な色に輝いていた光が失われる。
デュナスモンはそうして出来た白黒の世界に進んで行き、ひざまずいた。
「我が主よ」
消えていくデータの世界に変化はない。
かまわずデュナスモンは続ける。
「悪い知らせです。リアルワールドからの使者が10人この世界で確認できました。・・・すべてテイマーです」
一呼吸おき、デュナスモンは付け加えた。
「裏切り者のアルファモン、ドゥフトモン、クレニアムモン、デュークモンに加えてマグナモンが消息を断ちました。さらに・・、ロードナイトモンの死亡が確認されました」
データが一瞬乱れる。
(そうですか。とても残念です。ロードナイトモンの働きが無ければこの計画はここまでこれませんでした。)
デュナスモンは自分の脳に直接話しかけられ顔を上げた。
「主・・! おっしゃるとおりです。しかしロードナイトモンはその剣でテイマーを一人消去することに成功しました!」
強くその事実を伝えたデュナスモンは座り方を直し、地面に視線を注ぐ。
(気高き、誉れ高い騎士を失ってしまった・・・。デュナスモン。貴士にはかの騎士の分まで戦ってもらわねばなりません)
その言葉が途切れると同時にデュナスモンの体が光り輝いた。
体内に取り込まれていたX抗体がさらに進化し、デュナスモンの体を覆う鎧がすこし変化する。
(行きなさい。邪魔者を排除せよ!)
「主の仰せのままに」
デュナスモンは深く一礼し、翼を広げ飛び立った。
「言い忘れておりました。お許しください。主よ」
デュナスモンは眼をひらき、報告した。
「先ほど、バイスタンダーを壊滅させました」
翼を振り下ろし、デュナスモンの体が一気に上昇する。
風を叩く音と衝撃波がデータを散り散りにし、白と黒と光が様々に混ざり合った。
巻き上げられたデータはすぐにもとのように規則正しい流れに戻る。
イグドラシルのエリアはその後しばらく、変化は無かった。
しばらくは。
「見えました。あれがソートシティです!」
先頭を行くウィザーモンが岩陰から姿を現した街を指差す。
復興作業を象徴する掛け声や道具の音がここまで聞こえてきていた。
「なにかあったのかしら・・・」
プッチーモンが不安げに呟くのを聞き、辻鷹も不安になった。
「和西くんたち大丈夫だったかな」
「・・・・」
嶋川から返事はない。
「どうした?」
アグモンは何故だか予想はついていたのだが、訊いてみた。
「・・・どう言えばいいんだろうな・・」
嶋川の表情は暗い。
谷川とホークモンのことを和西達にどう打ち明けるかで悩んでいるらしい。
「あまり気にするなよ・・。本当のことをそのまま伝えればいい。だろう?」
ガブモンが心配げに言う。
嶋川は茫然と、しかし、首を縦に振って見せた。
「そうだな・・。ああ、そのとおりだ」
無理やりに乾いた笑みを見せ、嶋川は前を歩くヤシャモンの後に続いた。
街のちょっとした外壁を修理していたヴァジラモンはウィザーモンたちが向かってくるのに気づき、ほかのデジモンたちに作業をやめさせた。
「ウィザーモンじゃないか。どうした?」
街の中に入れてもらい、ウィザーモンが答える。
「私達の集落の近くにある『竜の眼の湖』の水嵩がどんどん上昇していて・・。そこで『ドラゴンズバレー』に受け入れてもらうことになったんです」
ヴァジラモンたちは顔を見合わせ、うつむいた。
「それは・・・残念ですね。故郷を失うのは辛かったでしょう」
「ええ・・・」
ヴァジラモンは急に顔をあげ、ケンキモンやギロモンなど、修理にあたっていたデジモンたちに言った。
「水と食料を持ってきてくれ」
「分かった」
「ちょっとまっててくれな」
ウィザーモンは丁重に礼を言うと振り向き、嶋川たちを手招きした。
「ヴァジラモン。ここにテイマーが何人かブレイブナイツと来なかったか?」
「ああ、来たよ。昨日の朝だったな・・・。この二人はあいつらの仲間なのか?」
ウィザーモンは頷き、ため息をついて嶋川たちに振り向く。
「すまない。一日ほど遅かったようだ」
「あ、気にしないでください!」
そう言いながらも辻鷹自身、残念に思えてしょうがなかった。
「どこへ行ったか分かりますか?」
「それが行き先を聞いても答えなくて・・。急いでいる様子だったしどこへ行ったのか・・・」
そのとき、ちょうど水を持ってきたギロモンが言った。
「それこそドラゴンズバレーに行けばなんとかなるんじゃないか?」
「確かにあそこのエアドラモンたちならすぐに見つけるだろうしエアロブイドラモンならすぐにそこまで飛んでくれる」
ケンキモンの具体的な意見を聞き、ウィザーモンは頷いた。
「どうだろう?どうする?」
辻鷹は嶋川を一度横目で見て、反応がないので代わりに答えた。
「あてずっぽうに探すよりはよっぽどいいかもしれない・・。ドラゴンズバレーまでまた、お願いします」
「決まったな」
ヤシャモンは水を飲んで一息つき、頷いた。
嶋川を一瞬だけ見上げ、アグモンがぼそっと呟く。
「少しは休んで頭冷やせ」
嶋川はアグモンとは目を合わさず、答える。
「ああ・・・、そうする」
一行はその日、ソートシティで過ごした。
デジタルワールドへ来てから2週間、早いのか遅いのか、辻鷹はデジタルワールドに来た事を後悔し始めていた。
ポート荒原をデュークモンが飛んでいく。
発見されにくいよう、また、発見されても攻撃が当たりにくいようにかなり低い高さを疾走する。
すぐに身を隠せたりできそうな岩場が延々と連なっていた。
やがてデュークモンは停止し、着地する。
その際下ろされた黒畑は両手に顔をうずめていた。
細かく肩が震えているのが覗える。
プロトコルの時間切れでもとに戻ったカリストは足元にいたロップモンを蹴散らし、黒畑に詰め寄る。
「だー!! もう! 泣くな!」
怒鳴ってみても効果は限りなく薄い。
一方、カリストは内心 しまった、と思っていた。
『お前は気が短いのが玉に傷だな・・』
昔イオに言われた事を思い出し、カリストはため息をつく。
ロップモンは黒畑の頭に乗って何か言い聞かせていた。
カリストは咳払いをすると黒畑とロップモンのとなりに座る。
「・・カリストさんは心配じゃないんですか・・?」
「呼び捨てにしろ。気持ち悪いから」
そう呟きながらカリストはちらりと横目で黒畑を見た。
体育座りの黒畑は膝の上に乗せた腕に顔を完全にうずめていた。
肩も頭の上のロップモンも今は動いていない。
カリストは視線を前に戻すと質問に答えた。
「心配じゃ・・、ない。多分こっちに向かってるとも思う」
「・・積山さんにはもう時間がないとしても? 積山さんのほうが私達を避けているとしても?」
最初から聞き取りにくい声で喋っていた黒畑の声は後半ではほとんど息をする音と変わらなくなっていった。
カリストはそんな黒畑を見つめ、急に表情を明るくした。
「心配すんなっ!!」
ロップモンごと黒畑の頭を抱き寄せる。
「くよくよしてたってしょうがないだろ?」
とうとう泣きじゃくり始めた黒畑の頭を優しく撫でる。
「バッ・・・・・」
突然頭上をセーバードラモンが通り過ぎていった。
「な・・?」
急いで立ち上がろうとしてカリストは険しい表情を浮かべる。
プロトコルは今使えない・・!
カリストが奥歯を噛み締めた瞬間、今度はスレイプモンが岩場を飛び越え、セーバードラモンを追う。
そしてそのすぐ後に現れたのは・・
アルファモンだった。
後続のタイガーヴェスパモン、ドゥフトモンはちらりとカリスト達に目をやり、すぐにスレイプモンを追い始める。
様子がどこか切迫しているように感じたカリストはアルファモンを呼び止めた。
「イオ! これは一体・・?」
「積山彩華が暴走している!お前は追えるか?」
カリストは状況そのものはあまり理解できないまま、首を横に振った。
「ダメ・・! プロトコルは今移動に使ったばかりで! 暴走ってどういうこと?」
「柳田に訊いてくれ!」
見失いそうになり、アルファモンはかなりのスピードで追跡を再開する。
遅れてライジンモンが和西、林未達を乗せカリスト、黒畑、ロップモンのもとに着地する。
まだ泣き止んでいなかった黒畑は茫然と顔を上げた。
「・・暴走・・?将一くん・・、どういうこと・・?」
ライジンモンは黒畑の目線にあわせるように腰を下ろし、説明を始めた。
「かなり前・・、身体検査したやろ? あのときの結果、デジヴァイスから電気信号が出てることが分かったよな?」
黒畑は絶望したような顔で頷く。
ライジンモンは黒畑の目を覗き込みながら続ける。
「その電気信号がデジヴァイスの持ち主に作用する可能性があることまで分かってた」
神妙な顔のカリストがその場の全員の顔色を覗いながら言った。
「じゃあ、あのスレイプモンはデジヴァイスの影響で暴走を始めたと?」
ライジンモンは肩を落とし、黙って頷いた。
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