突然地面が持ち上がった。
「うわっ? なんだ!?」
自分が降下したわけでもないのに地面に足がつき、辻鷹は驚く。
昼間の明るい日差しの中でそれに反抗するような騒音が響いていた。
地面が崩れることで生み出されていたその音に混じり、大きな音がしていることにメタルガルルモンは初めて気づく。
まるでエンジンの音だ。
轟音に揺さぶられ続けた耳がおかしくなるかと思うほどこのエンジン音もうるさい。
それもそのはずだった。
メタルガルルモンたちが足をつけている地面ごと、巨大なデジモンが下から持ち上げていたのだ。
セントガルゴモン。
緑色の鋼鉄に覆われたそのデジモンの背にはもはや何かの冗談のような大きさのジェツトエンジンが2基、装着されている。
メタルガルルモンたちを持ち上げたセントガルゴモンの向かいではブラックセントガルゴモンがウォーグレイモンやウィザーモンといった先頭にいたデジモンを救出した。
ブラックセントガルゴモンの頭から一体のデジモンが手のひらのウォーグレイモンたちに呼びかける。
「おーい! 大丈夫かーい!?」
口調からして、問いかけではなく単なる声かけらしい。
ヴィクトリーグレイモンはウィザーモンが頷き、礼を言うのを聞いて照れくさそうに笑った。
「ようこそ、ドラゴンズバレーへ」
地平線の下から現れたそれを見て辻鷹や嶋川、アグモンやガブモンは驚いた。
巨大な島のようなものが谷の真ん中に浮遊している。
下にいくほど先が細り、ちょうど工事現場にあるコーンを逆さにしたような形だ。
島の上には森があり、その周りを高い城壁が覆う。
さらには島全体の三分の一ほどの標高の山まである。
それに加え、その大きさは圧倒的だった。
そばに行くにしたがって端のほうがかすんで見えなくなってしまう。
「・・・でかい・・・・」
辻鷹はそう呟き、思わずその場に腰を下ろした。
立ったままでいるのも大変なほどの重量感・圧迫感だ。
いつもは城門の警護を専任しているという色違いな2体のセントガルゴモンと別れ、ヴィクトリーグレイモンに続いて一向は門をくぐった。
驚いた事にもう一枚城門がある。
背後の城門が完全に閉じたあとにようやく奥の城門が開いた。
中はどうやら耕作地帯になっているらしい。
そのすこし遠くに建物がいくつも並んでいる。
やがてそれは市場だということが分かった。
かなり活気に満ちている。
「最近移住者が増えてずいぶん活気がでたのな。まぁもとから活気はすごかったけどな!」
どうやら語尾に“な”をつける癖があるらしいヴィクトリーグレイモンは市場のデジモンたちの間を縫うように歩く。
市場を抜けるころになってヴィクトリーグレイモンは我慢できなさそうに再びしゃべりはじめた。
「とりあえず長に会ってもらうんよ。オレの師匠でめっちゃ強いからな。とりあえず挨拶な!」
そう説明し、ヴィクトリーグレイモンは山の中腹にある建物を指差した。
厳かな造りの木で組まれた大きな建物だ。
「オレな、師匠にお前達をあそこまで連れてくるよう言われたんな」
鉄骨を組んで作られた大きなエレベーターに乗り、山の中腹まで一気に上がったヴィクトリーグレイモンたちは屋敷の前で警護に当たっていたディノヒューモンに許可をもらい、屋敷に入る。
天井が高く、天窓から日の光が差し込む。
床は一面に絨毯が敷き詰められ、部屋の奥には巨大な暖炉が口を開けていた。
その大きな“玄関”でしばらく待つと、部屋の中央から上の階へと延びる階段を二体のデジモンが下りてくるのが見えた。
ディノヒューモンやフレイドラモンなど、その場にいたドラゴンズバレーのデジモンたちが一斉に地面に片手をつき、忠義を示す。
それを見てウィザーモンや辻鷹など、帽子を被っているものはそれをとった。
階段を下りてくるデジモンのうち一体はガイオウモン。
独特の甲冑に身を包んだウォーグレイモン系のデジモンで、両腰に剣を下げている。
ガイオウモンよりも数段後から降りるデジモンはババモンだった。
杖代わりらしい箒をついて階段を一段一段降りる。
階段を降りきったババモンは第一声としてこう言い放った。
「おいガイオウモン! この階段は何とかならんのか! 腰に悪ぅてしょうがないわい!」
「申し訳ありません、師匠。しかし何度も言いますようにこの階段はドラゴンズバレー成立のときからの・・・」
耳に痛い話と感じたらしく、ババモンはガイオウモンの目の前で箒を振って黙らせる。
「んなことは分かっとるわい・・。だから今日だってこうして文句も言わずに降りたんじゃ」
「師匠、さっき文句言ってたな〜」
ほとんど無意識に失言をしてしまい、ヴィクトリーグレイモンは慌てて平静を取り繕う。
ババモンはたっぷり1分ほどヴィクトリーグレイモンを無言で睨み、そして今度はウィザーモンたちに向き直った。
「よく来たね。災難だったろう。『竜の目の湖』といえば美しい景色で有名なところだっていうのにね! まぁ、このドラゴンズバレーでよければここで新しく生活しな。あんたには借りもあることだしね」
ウィザーモンは帽子を胸にあて、一礼した。
ヤシャモンたちもそれにならい、礼をする。
しかし彼らが顔をあげる前にはババモンの視線は辻鷹たちに注がれていた。
「で? あんたらはなんだい? リアルワールドの住民が来るなんて聞いてなかったがね」
疑うような口調でそう言うババモンに対し、ウィザーモンは紹介をはじめた。
「この二人はテイマーの辻鷹仁くん、嶋川浩司くん。ガブモンは仁くんのパートナーでアグモンは浩司くんのパートナーです」
「ほう?」
ガブモンとアグモンを交互に見比べ、ババモンはぼさっと呟いた。
「X抗体持ちかい? それなりに場数踏んでる証だねこりゃ。X抗体がかなり進化しとる」
嶋川たちは宿舎を与えられ、その日のうちに腰を落ち着けた。
しっかりと木と鉄骨で組まれた宿舎で早々と寝てしまったパートナーを残し、アグモンとガブモンはヴィクトリーグレイモンと夜のドラゴンズバレーを散歩することにした。
「あの・・、X抗体ってよく聞くんですけどなんなんですか?」
ガブモンの問いかけにヴィクトリーグレイモンは愛想よく答えた。
かなり話好きらしい。
「X抗体ってのはな、もともとはXプログラムっつーデジモンデータ破壊プログラムに対する抗体だったんな」
「・・初めて聞いたよ」
「おれもだ」
ガブモンとアグモンが呟く。
かまわずヴィクトリーグレイモンは続けた。
「んでな、X抗体ってのはデジモンの体内で作用して、その作用の仕方によってはそのデジモンの能力を飛躍的に高めたり、お前らやガイオウモンみたく外見が変化するんな。ちなみにX抗体はダメージを受けるたびに修復と進化とを繰り返してレベルを上げていくんよ」
「それでさっきはおれの戦闘経験を言い当てやがったのか」
「X抗体の進化段階から戦闘経験がどれくらいか逆算したってことだね」
「ま、そういうこと。 ・・・あれ?行き過ぎたな」
ヴィクトリーグレイモンは突然立ち止まり、ガブモンたちも止まる。
その後3体は回れ右をして通り過ぎた角まで戻り、そこを曲がった。
その同じ時間、嶋川と辻鷹はガイオウモンに呼ばれ、“カーネルフレイムプレイス”と呼ばれるババモンの住む屋敷に向かっていた。
「カーネルフレイムプレイス、っていうとあの山の中腹にあるあれ?」
辻鷹の問いにガイオウモンは答えない。
もとから無口なようだ。
ほとんど喋らない嶋川と無口なガイオウモンに挟まれ、辻鷹の首筋を脂汗が流れる。
うおぉお・・・!間が持たない・・・!!
と、突然目の前の鎧が立ち止まり、辻鷹もつられて立ち止まる。
向き直ったガイオウモンは二人を見下ろして言った。
唸るような低い声だ。
「己(おれ)は師匠からお前達二人の戦闘能力を見極めるよう言われて来た」
目を丸くし、ただ口を開け閉めする辻鷹をただ見下ろし、ガイオウモンは軽々と腰の大剣を抜く。
「“菊燐”・抜刀・・・!!」
「ちょっ・・! ちょっと待って!」
皮膚が裂けそうなほどの殺気を放ち、“菊燐”を構えるガイオウモンからは待つ気がみじんも感じられない。
「師匠がここに来るまで、生き延びろ。 お前達はこれからの戦いには必要になる」
目に止まらないほどの踏み込みでガイオウモンが嶋川に迫る。
すでに振り上げられていた“菊燐”が叩き下ろされた。
「[燐火斬]・・・! 手加減はしてやる。だが、安心はするな」
一瞬速く体をそらしていた嶋川は驚愕の表情を浮かべていた。
今まで見てきた攻撃では、武器が地面に触れた瞬間、攻撃力が高いほど地面が揺さぶられた。
しかし今の一撃で体にゆれは感じなかった。
ただ、体の芯が揺さぶられるような感覚に襲われる。
まったく無駄なく剣先にエネルギーが集中している証拠だ。
しかたなく銃を抜き、辻鷹は呟く。
「なにが手加減してやる、だ・・・」
あんな一撃、受けたら即死だ。
「よし・・・、やってやる!」
辻鷹の銃口がガイオウモンに向けられる。
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