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薄いグレーの煙が路地全体を覆っていた。
エウロパがチェーンマインを炸裂させたことだけは覚えていたが・・・、
嶋川はそこまで意識が戻ってやっと飛び起きた。
「おい!アグモン!計!林未!生きてるか!?」
反射的にそこまで口走ってから嶋川は茫然と立ちすくんだ。
谷川たちはすでに立ち上がり、林未が持ってきた煙の塊を覗き込んでいた。
「・・・発煙筒か」
彼は別段感情に変化のない声で呟き、煙だけを吐き出し続けるそれを足元に無造作に投げ捨てる。
「考えてみればおかしいもんな。あんなガキが振り回せるようなシロモノか?」
アグモンはやや機嫌斜めの様子だ。
“あんなガキ”にしてやられた自分に腹が立ったんだろう。
その表情は降りてきたホークモンの報告によってさらに悪くなった。
「あたりにそれらしい人影はなかったが」
それを聞いた谷川は安堵の息を吐き、林未はリアクションなし、アグモンは大きな舌打ちを一回、それぞれ表にした。
「シュリモン」
「はっ、」
林未の呼び出しに俊足で出現したシュリモンは首を振った。
「ホークモンのいうとおりですな。間違いなくこの近辺にはもういないでしょう」
嶋川はここぞとばかりに会話に割って入った。
「俺達と戦う気があったなら発煙弾なんか使わなかったろ。目くらましだな」
その場の全員が納得を示した。
「しょうがない。すこし注意したほうがよさそうだな。・・・じゃあ、オレはこれで」
もう終わった、とでも言わんばかりの立ち去り方で小道に消えかけた林未を谷川が呼び止めた。
「ねぇ、今日これからどうするの?」
「・・・別に特別な用事はないんだが。名月と待ち合わせをしている」
「めちゃくちゃ特別な用事だろうが」
アグモンが完全な呆れ顔で言った。
林未はもとの位置に戻って谷川に訊いた。
「で、なんだ?言ってみろ」
「いや、その、・・・今日あたしの家に行ってみようかな・・、なんてね」
めずらしく2つ返事で同行を申し出た林未を先頭に気まずそうな嶋川と谷川が続く。
駅の階段のところでラブラモンと待っていた時名月はパッと表情を明るくした。
すぐに目の前に来た名月に林未は単刀直入に、自分は谷川の家の捜索に同行するが、一応女も一人はいたほうがいい、ということを伝えた。
さすがに名月はかすかに落胆したそぶりを見せたがすぐに同意する。
ラブラモンに目線を合わせて、シュリモンたちについて行くよう伝えた。
そんな彼女の脇にしゃがみ、林未はいつもどおりの口調ではない雰囲気の声で言った。
「埋め合わせは必ずする」
嶋川、谷川は一瞬あっけにとられた。こんな風に喋る彼を見たことがなかった。
改札の前で辻鷹がしてやったり、という顔で待ち伏せしていたことも付け加えよう。
「電車で行くって話しだったからね。ここで待ってれば会えると思ってたよ!」
「当たり前だ」
無情にも林未に一瞬で撃沈されたが。
生家に近づくにつれて谷川の顔色は見る間に悪くなっていった。
一瞬も忘れた事がなかった道筋をたどる最中、何度も休憩をはさんで一行は谷川邸の門前までやってきた。
「・・・来ちまったな」
半ばためらいを含んだ口調で嶋川が呟く。ほとんどため息に近い。
「とりあえずオレと仁と浩司の3人で行くから名月は谷川を頼む」
手早くそういい、林未は門を押した。
それに続いて嶋川、辻鷹が続き、辻鷹は一言、
「なにかあったら連絡してね」
とだけ言い残して3人とも屋内に消えていった。
室内は比較的きれいだった。
谷川に親戚縁者はいっさいない。
つまり警察か組織かが定期的に掃除をしているのかもしれない。
たぶん組織がディスク探しもかねて掃除でもしていたんだろう。
そう考えながら林未は片端から扉を開け、中を覗いていった。
奥から2つめの扉を開き、なかを覗いた辻鷹が凍りつく。
「どうした?」
近寄って同じように中を覗いた林未は室内を見回した。
俗に言う“書斎”らしき部屋だった。
不自然なのはその中に置かれたデスクだろう。
黒っぽい跡が壁にまであった。
「ここか・・・」
林未はデスクになんの臆面もなく近づき、その引き出しを開いて中を覗き始めた。
あとから恐る恐る入ってきた辻鷹が話しかける。
「ねぇ、怖いとかそういうの思わないの・・?」
普通のところには隠してないだろう、という結論に達した林未は机の下を覗きながら答えた。
「別に」
「別に、ってさぁ・・・」
口ごもる辻鷹に林未は振りかって付け足した。
「あまり考えないようにしている。・・・姉さんがいなくなった日からずっと、毎日毎日・・」
いい終えた瞬間林未は顔を戻してしまった。
その脇にしゃがんで辻鷹が彼の肩を軽く叩く。
「ねぇ“健助”、ぼくが代わるよ。なんていったって世界一眼がいいんだからね」
そう言って机の下にもぐりこむ。
と同時に声をあげた。
「これは?」
林未は隙間に体を押し込んで辻鷹の指の先を見た。が、暗いのもあってよく見えない。
「・・・どれだ」
林未がそうつぶやいた瞬間嶋川が室内に入ってきた。
「・・・・・・なにやってんだ?お前ら」
当然の質問を投げかける。
机の下から這い出した辻鷹は手招きをして言った。
「ちょっとこれじゃないかな」
促されるままに大きな体を机の下に押し込み、嶋川は呻いた。
「どれだよ。とりあえず懐中電灯かなんかとドライバーかなんかをもってこい!」
「それならここにある」
林未は引き出しを指差し、辻鷹はそれにしたがって中から懐中電灯とドライバーを取り出した。
「どれだ・・?」
嶋川は懐中電灯で照らしながら表面を凝視した。
と、かすかに反射の度合いが違い箇所がある。ような気がした。
ドライバーをあてがってみるとかすかに引っ掛かりがある。
「おっ・・・。よし・・・!」
狭い格闘の末、嶋川は若干勝ち誇った顔で金属のケースを辻鷹に押し付けた。
「たぶんこれだ。よし、とりあえずこれで引き上げよう!」
夕暮れ時になり、暗くなった室内からまず嶋川が出て行き、続いてケースをしっかりと持った林未が出て、取り残されまいと慌てて辻鷹が追いすがった。
玄関に着いた瞬間、入れ違いに谷川と名月が入ってきた。
驚いて何か言おうとした嶋川に名月が一言だけ、
「すこし待っていてください」
といい含めて谷川の後に続く。
10分ほど待って谷川と名月が出てきた。
谷川の耳を見て嶋川は顔をそむけた。
母親の形見のピアスが谷川を飾っていた。
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