早朝、いつもどおりに登校し、たった一人、自分の席で本を読んでいた積山のいる教室にもやがて、次々と生徒がなだれ込んできた。
特に興味のない積山は無言でページをめくる。
と、突然わらい声が廊下に面する扉の向こうから聞こえた。
柳田将一が数人の男子生徒と一緒に教室に入り、彼は積山の前の席に座った。
「よぉ、おはよう!」
「あぁ、おはよう」
視線をあげることもない無愛想さをものともせず、柳田の口が閉じる事はなかった。
「お前さ、もうすこし愛想よぉしたほうがええんちゃう?やっぱさ、印象は大事やおもうんやけどな?」
「あまりそういうのはね。考えとくよ」
「積山、お前にひとつ教えたる。“考えとく”ってのは“考えるだけ”なんやで」
「もちろん知っていますとも」
柳田は苦笑して教科書を机に放り込み始めた。
その頭上数メートル上、上がれないようになっている屋上に人影があった。
それらは外側から見ても分からないよう計算された箇所を歩いて移動している。
蒼い髪のガニメデは一度辺りの様子を覗ってから隠された小部屋にもぐりこんだ。
「下に5人だ」
短く、抑揚のない声でガニメデは目の前に座った人間に報告した。
「ああ、よくやってくれた。ありがとう」
後ろで1つにまとめた金色のすこし長い髪の下、優しそうな糸目がガニメデを見上げ、整備していた拳銃をホルダーに戻す。
金髪のイオは立ち上がってガニメデを奥に迎え入れた。
「とりあえず座れ。おいカリスト!いつまでそうしてるんだ?お前も来い」
「ん?ああ、分かった」
部屋の隅で体をまるめて寝ていた紅い髪の少女もイオの言葉に素直に従った。
以前辻鷹と軽くやりあった彼女はカリストという名だ。
いっぽう、はじめから敷物の上で座っていたエウロパは無言で首だけをせわしなく動かし、3人の動きを見つめていた。
4人はほぼ均等に円を書いて腰を下ろし、イオが口を開いた。
「10人それぞれの居場所はつきとめたか?」
「まず、和西高」
ガニメデが小さな木の板を中心に置いた。和西の紋様が彫り込んである。
「柳田将一、積山慎、嶋川浩司、辻鷹仁」
次々に木の板を並べていく。
それが終わるのを待ち、カリストがあとを続けた。
「すこし離れたところで、谷川計、林未健助、黒畑優美」
3枚の板を無造作に放り投げる。
ガニメデがそれを並べなおし、それに繋げるようにしてエウロパが2枚置いた。
こめかみを指で触りながらイオが呟いた。
「積山彩華と二ノ宮涼美、か」
「でも困った」
注意していないと聞き逃しそうな小声でエウロパが口を開いた。イオはまったく聞き逃すことなく、自分の話を中断した。
「・・・二ノ宮洋一と式河竜一郎まだいきてる。よけいなものもつくった」
「人工のテイマーとやら・・・かい?それなら問題ないさ。お前なら簡単だろ?」
カリストはまるで漂白されたような肌の少女を見下ろす。
エウロパは一度、こくりと頷いた。
そしておもむろに目の前の小さな木の板3枚を拾い上げた。
「ん」
イオに見せたそれには和西、黒畑、林未の紋様が彫刻されている。
それにならいカリストも3枚拾い上げた。
「あたしはこいつらにするよ」
嶋川、谷川、二ノ宮の紋様の板だ。
「・・・別にだれでもいい」
ガニメデはそう言い、積山慎、彩華と柳田の板を手元に引き寄せる。
「・・・・・・・・・」
イオは目の前に一枚だけ残った板を見下ろした。
辻鷹の紋様が丁寧に彫りこんである。
「氷の狙撃手、拳銃使いか。悪くない」
イオはそれをズボンのポケットに落とすと立ち上がった。
「散!」
それと同時に4人ともあっという間に出て行った。
部屋に敷かれた敷物には4体の騎士が織り込まれていた。
垂直の壁を滑るように一気に駆け下り、カリストは地面すれすれで反転して衝撃を逃した。
しばらくなんの気配もないか確認をしながら絶対に誰にも聞こえないように呟く。
「まずはあんただよ。ニノミヤ・スズミ」
カリストは中学校の敷地内から出るとすぐに人ごみに紛れた。
流れに従って歩きながら腰布の下に手を入れ、自分の愛用の武器を触った。
返す手で赤い髪の上に巻かれた金属の板を触る。デザインはガニメデやエウロパとまったく同じだが埋め込まれた石の色は燃えるような紅だった。
商店街を横切り、楽器店のある角を曲がる。
少し遠くではあったが組織の建造物が見えた。
目測でそこまでの距離を測り、カリストは足を速める。
かなりの持久力で組織を囲むコンクリートの高い塀まで走りきったカリストは入念に周囲の様子を伺い、5メートルはあるコンクリートの塊に飛びつく。
足で塀を蹴り、一瞬の高さを稼ぐとカリストは躊躇なく有刺鉄線につかまった。
それを支点に宙返りで敷地に飛び込むとカリストは金属板仕込みの手袋をこし布のしたにさげると植え込みのなかを走る。
中庭から廊下に入り、真北に位置する二ノ宮の部屋へと向かった。
突き当たりにある部屋まで行くと耳をそっとあて、中の様子を覗う。
と、カリストは猛烈な速さで戦闘態勢をとった。
両手をポケットに入れた神原拓斗が仁王立ちになっていた。
その背後でメラモンがしのび笑いを漏らしながら拳を鳴らす。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ・・。もちろん見張りの奴らもそこらの人間よりかエリートぞろいさ」
神原は直立したまま続ける。
「そんなところに侵入しやがったお前は何者だ?ん?ただの子ねずみではないな・・?」
問いにまったく答えるそぶりも見せず、カリストは腰布の下からナイフを一本抜いた。
それを見た神原も両手をポケットから抜き出す。
彼の両手にもまた、ナイフが握られていた。
それもまったく同じデザインのナイフを。
カリストがナイフを抜いた瞬間からずっと意味深な笑みを浮かべていた神原は呟いた。
「ロイヤルナイツの女か」
その瞬間カリストのナイフが神原の腹部に襲いかかる。
一閃を弾きながら神原はメラモンに向かって叫んだ。
「この狭いトコで火は使うなよ!!」
目の前の紅い髪を見下ろしながら神原は舌打ちを漏らした。
いったいこの少女の細腕のどこにこれほどの攻撃を繰り出す力があるのか。
それよりも、だ。
こいつは間違いない。ロイヤルナイツと見てまず間違いない。
となれば・・・、オレは究極体を相手にすることになる。
さらにコイツは二ノ宮の部屋の様子を探っていた。
過去のバイスタンダーの話が本当だったなら敵対勢力になりうる十闘神、もといテイマーたちの抹殺を企てていてもおかしくはない。
どの道・・・!
「お前はここで止まるッ!」
神原のスムーズな回し蹴りがカリストの腰に直撃した。
中庭の芝生の上に投げ出された細身の体がくるりと回転し、ものの1秒でもとの体勢に戻る。
その頭上にメラモンが襲い掛かる。
「[ファイアー・ウォール]!!!!」
全身から放たれた高熱の炎がカリストを包み込む瞬間、
驚異的な運動能力で炎の隙間をかいくぐり、カリストは腿に巻きつけられたホルダーから細いナイフを3本神原に投げつけた。
1本目を蹴り飛ばし、2本目を跳ね上げ、3本目を微小の動きでよけたとき、神原の周りに組織の隊員たちが集まっていた。
コマンドドラモンが一斉に銃口を向ける。
カリストはじわじわと退くと、背後にいたコマンドドラモンのヘルメットを足場に茂みに飛び込んだ。
慌てて後を追いすがるコマンドドラモンたちを見送りながら神原は舌打ちを漏らした。
「あいつ・・・、あきらめて引きやがったな。二ノ宮が居ないのに気づきやがったか・・・」
「なんでもいい。他の奴らに知らせるんだな。“騎士が潰しに来た”ってな」
メラモンがうなるように言った。
その頃。
食堂で昼食をとっていた積山は向かいに座った柳田、辻鷹の会話を無言で、しかし楽しげに聞いていた。
「・・・ってな。そこでその主人公、その熊になんてゆーたと思う?」
「そうくればあれでしょ?“それはサバだ!”とか」
「まぁな。ホンマは“それはサケじゃない。SUZUKIだ!”なんやけど、いいセンいってたな」
ひとしきりゲームの話をした後、柳田はスプーンの上のカツカレーをジッと凝視しながら他の2人に言った。
「なぁ?平和なもんや。やっぱな―・・、こういうのが一番やで」
「そうですね」
淡々と答え、積山はパンをちぎって口に入れた。
その次の瞬間にはその静かなひと時が終わりを告げることになる。
“慌て”を極めたような様子で駆け込んできた生徒の一人が手近のテーブルを占領していた3人、つまり柳田、辻鷹、積山に息も絶え絶えに伝えた。
「た・・大変だ・・!変な奴が職員室で先生を人質にとったって・・!学校のいたるところに爆弾をしかけたから生徒は全員動くなって命令して――」
そこまで一息にまくし立てた後、彼は半分気絶したような口調で呟くように言った。
「人質と交換に・・・、積山慎、嶋川浩司、柳田将一、辻鷹仁、和西高の5人を連れて来いって僕に・・・」
そこまで言うと彼は放心状態に陥った。
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