嶋川は突然覚醒した。
途端に閃光に目を焼かれ、それに慣れるのに数秒の時間を費やした。
「ああ、そうだったな」
ようやく状況を飲み込んだ嶋川はいままで自分が包まっていた毛布を足元に落とし、二ノ宮の部屋を出た。
冷たく、硬い、木材すら敷き詰められていない床の上で寝続けたせいで右半身が微妙に麻痺している。
となりでぼんやりとほぼ本能だけで歩行しているアグモンもたぶん同じなのだろう、嶋川はそう推測した。
「んあ?ああ、・・・イテテテテ、よお」
やっと目覚めたアグモンはやはり右腕をさすって先ほどとは比べ物にならないほどしっかりした足取りになった。
遅朝の太陽が中庭から差し込む。
そんな中を研究所に向かいながら嶋川はアグモンに会話を持ちかける。
「昨日のこと、覚えてるか?」
「あぁ、覚えてるさ」
アグモンはそう答えながら自分の記憶を反芻してみた。
確か・・・、
谷川邸からの帰り、林未・シュリモン・時・ラブラモンと別れ、辻鷹・ガブモンとも分かれた後、谷川・ホークモンと嶋川・アグモンは家に戻らず、組織に向かった。
まず所長のいる仮眠室にて彼をたたき起こし、ディスクを突きつける。
『これ、見つけたんだ。開けてくれ』
疲れきって眠ってしまった谷川を背負って、嶋川はディスクを所長に渡した。
案の定パスワードと障害がいくつも設置されており、疲れきった嶋川の体調を心配した二ノ宮はベットこそ貸さなかったものの適温な部屋にいれてくれた。
アグモンが長めの回想を終えたとき、彼らは研究所に入っていた。
手前の小部屋の扉をノックすると二ノ宮が顔を覗かせ、すぐに中に招き入れる。
「やっぱり起きてやがったか」
デスクトップを食い入るように見つめている谷川と一瞬目があい、嶋川は脇に立って画面を覗き込む。
「起こしてくれてもよかったんじゃないのか?」
「起こしましたよ。起きなかったのはあなた達のせいですよ」
アグモンとホークモンが軽口を言い交わしている声を背に、嶋川は文字の羅列を片端から読み進んでいく。
「本物か。中身は・・・、なんだ、魔王と戦ったときの詳細な記録か?これは・・・」
点線で示されたフォルダがある。
「ああ、それなんだよ。パスワードがいるんだ」
そう言って所長がそのアイコンをクリックする。
[机の下]
と小窓に表示され、その下に記入欄がある。
「机の下?」
アグモンが露骨に“なんだそりゃ”という顔をして見せた。
二ノ宮は腕組みをして軽く首をかしげる。
「たぶんそれがヒントでしょうね。たとえば・・・、連想されるもの、とか」
「“せまい”か?」
所長がぼそっ、と呟き、二ノ宮は肩を落とした。
「・・・あのねお父さん」
「ものはためしだ。入れてみよう」
結果は言うまでもない。
「・・・やっぱりな」
所長は頭を振った。
それまでずっと画面を凝視していた谷川がキーボードをたたき始めた。
熟練の所長のような猛烈なタイピングとはまったく違い、むしろ一回一回に迷いを抱えたような入力だった。
「“かくれんぼ”・・?」
記入欄を覗いて二ノ宮はそこにかかれた文字の羅列をそのまま声に出した。
OKをクリックした直後、ディスクが読み込みのために動きだし、内容が画面に表示される。
所長は明らかに納得いかん、という顔と驚きの混在した表情で突っ立っていた。
そんな彼を無視し、嶋川はあたらしい、ファイル群の名を片端から読んでいった。
「バイスタンダー資料A、バイスタンダー資料B、“遺伝”に関する考察、デジタルワールドに関する考察、デジヴァイス研究解析結果、行方不明事件資料A、B、C、D・・・、写真バックアップ?」
谷川は手始めに『バイスタンダー資料A』をクリックする。と、同時にまたもパスワードが求められる。
「・・・イラつくな・・・」
「落ち着けよ」
アグモンが嶋川を後ろから押さえつけた。
「これは・・、たぶん全部こんなでしょうね・・・」
二ノ宮も深いため息をつく。
当分かかりそうね。
彼女はかなり正確な予測をし、『デジタルワールドに関する考察』をクリックしてみた。
パスワードを求められる。
積山、辻鷹、柳田の3人は比較的普段どおりの歩調で廊下を職員室の方向へ進んでいた。
三人がそれぞれ自分の心中で考えをまとめ、それがある程度結論づいた頃、柳田がおもむろに口を開いた。
「・・・どう思う?テイマー5人を直接指名やで」
「そりゃ、さすがに偶然じゃないよねぇ」
辻鷹がなんとか話題に食いつこうと言葉を続ける。
「嶋川さんと和西くんはもう職員室に向かってるのかな・・・?」
「さぁ」
積山はあくまでその点に関しては無関心そうだった。
「・・・そうだよね、わかんないよね」
そう呟いて辻鷹も押し黙る。
また、緊張した沈黙が流れる。
辻鷹は教室を通り過ぎると同時に中をひとつひとつ覗いて来ていた。
だれもいない。
聞いた話、犯人は拳銃をもってるらしい。
拳銃なら彼自身常に持っていた。しかも実戦で使い慣れていた。
それでも本物の銃とはちがう。僕の銃は人間が使うような黒光りする銃とは違う。
物思いに耽っていた辻鷹は急に歩みを止めた積山、柳田の2人を数歩追い抜いてしまった。
「・・・どうしたの?」
積山と柳田はまず周囲を見回し、積山は窓の外をそっと覗った。
見たところ平和な様子を保っているのを確認し、彼はおもむろに口を開く。
「すこし、話をしておきましょう。あくまで私の考えですが・・・」
「いや、多分内容はおれとそう変わらんと思う。言ってみ」
柳田が言葉を促す。
積山は続けた。
「人質との交換相手が全員テイマーである点からして相手はデジモンに関する人物であることはまず間違いないでしょう。そして、まったく関係ない人物を一緒に指定しなかったところを見ると恐らくは交渉に来た私達の抹殺も視野に入れている、と思っていいですね」
「同感。まったく同じや。学校に篭城、なんてやらかすくらいや、それ相応のことは考えとる」
辻鷹ももちろんそれは考えていた。が、あくまで最悪の状態としてだ。
積山くんも柳田くんもさらに上の状況を考えている。
辻鷹は身震いした。自分にはそこまで想像するなんて心臓に悪いことはなかなか出来ない。
「まぁそれを頭に置いといて、や。まずは人質にされた先生の救出をどうするか、やな。敵さんは『学校のあちこちに爆弾をしかけた』らしいから警察は迂闊に突入でけへん。そんでもってなるべく速く助けたほうがええやろ」
「ええ、相手がデジモンに関係している可能性が高い以上、なるべくなら私達だけでことを収めたほうがいい。問題は・・・、“本当にデジモンに関係しているかどうか”ですね」
「つまり・・、もしデジモンに関係ないただの悪い人だったら“ガブモンたちといっしょに戦うわけにはいかない”?」
「そういうことです。とりあえずさっき裁を呼んでおきました。彼女なら人間に変身できますから」
「なんにせよ人質を押さえられてるんや。慎重に行動せんとな・・・」
柳田もさすがに難しい表情を見せる。
そして辻鷹、積山の顔を交互に見比べた。
「なあ、おれの作戦にのる気、あるか・・?」
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