AM11:23 職員室
一番中心に近い机と机の間にイオとガニメデが座っていた。
目前には縛られた教員が3人。
くつわを噛まされた表情は悲愴で統一されている。
不意に顔を上げたイオはほんのすこし金眼の眼を動かした。
「エウロパ」
「・・」
口が動いたのは見えたが声は聞き取れなかった。
しかし首は一度、かくんと縦に揺れる。
イオの合図と同時にエウロパは職員室を横切り、小さな戸棚にもぐりこんだ。
AM11:27分 東館廊下、職員室まで数十メートル
裁と合流した積山、柳田は彼女が制服に着替える間に辻鷹のところへ向かった。
階段踊り場から職員室を覗き込んでいた辻鷹は2人に気づき、肩をすくめてみせる。
「だめ。見えないね」
「位置も考えてるんかもしれへんな。相手はプロか?」
「さぁ、」
短い会話を終え、着替えを終え教室を出てきた裁と合流し職員室に少しずつ近づく。
柳田は他の3人に目で合図し、職員室の扉を開いた。
AM11:43分 職員室
扉が開いた瞬間、エウロパが口の前に耳を持っていかないと聞こえないような声で言った。
「ひとつ・・・、ふたつ・・・」
室内に4人の人影が侵入したのを確認し、ガニメデが話しかけた。
「扉を閉めろ。交渉を開始する」
辻鷹が慎重に扉を閉め、4人はじわじわと声のするほうへと進んでいった。
その瞬間、―――同時にエウロパが「じゅーに」と呟いた瞬間でもあった―――、積山達の背後で爆薬が炸裂した。
轟音がドアのガラスを粉々に吹き飛ばし、ドアそのものも少しだけへこんだ。
廊下の外の天井が爆破され、廊下との壁を作り出す。
AM11:56分グランド
3人の人影が慌てて走っていた。
3人ともに解放された人質の教員は背後で起こった爆発の轟音と煙に驚き、すぐにまた逃げ出す。
「な・・!どうなってるんだ・・!?」
携帯電話を壊されたため、一刻も早く状況を誰かに知らせなければ・・・!
3人の頭はだいたい同じような事を考えていた。
AM11:57分職員室
とっさに裁をかばった積山はガラスを浴びた直後立ち上がり、机の間からのぞくスーツの背を掴んで引き起こした。
予想以下の軽さで持ち上がったそれを見て積山は舌打ちを漏らす。
しまった・・・、ダミーか・・!?
積山がスーツを投げ捨てた瞬間、カーテンの隙間から全力で逃げる人影が3つ、見えた。
その直後積山の頬をガニメデのブーツがかすめる。
数100分の1秒、反応が遅ければ首がなくなっていた蹴りを放ったガニメデと向き合い、積山はまず、驚いた。
予想以上に若い。
見たところ二ノ宮より年下だろうが嶋川よりは年上のような感覚を受ける。
額当てのしたから蒼い眼が積山を凝視していた。
積山の頭のなかで考えが次から次に処理される。
相手は人質を早い段階で解放していた。教員3人の位置から推測しても恐らく私達が職員室に入る少し前に。
つまり“教員と私達の交換”が目的ではない。
やはり・・・!
積山がそこまで考えたときだった。
「そこまでだ、テイマー」
イオが拳銃を突きつけていた。
全員の動きがおもしろいように停止する。
積山は落ち着いていた。
彼はさっきまでの推測を結論づける。
やはり、この2人の目的は“教員と私達の交換”ではなく、私達をおびき寄せ倒すことそのものが目的の“デジモン関係者”か。
それと同時に積山は出来るだけ低く身をかがめた。
その瞬間ウィルドエンジェモンの斬撃が拳銃を叩き切り、返す刀がイオを気絶させるために振り戻された。
しかしウィルドエンジェモンの体が凍りつく。
額に突きつけられた拳銃を見上げ、はりつめた空気と対照的に羽毛がゆっくりと舞い落ちる。
イオが言った。
「もう一丁もっているとは・・・、考えなかったかい?」
そういい終わるか、という瞬間に積山がイオを蹴り倒す。
生じた隙をついて辻鷹が自分の銃で氷の壁をつくりあげた。
「いったん逃げよう!」
柳田は頷くと特殊な弓、“雷槍”で壁をぶち抜いた。
廊下に飛び出した柳田は他の仲間が全員ついてきていることを確認し、
「あー・・、あ」
変わり果てた職員室を目にした。
“体力に自信はないが、敵に追いつかれて戦う自信”はもっとない辻鷹はかなり息を切らしながらも柳田のとなりを走りながら彼に言った。
要約すると、
「なんなんだあの2人は」
という内容を告げると辻鷹は走る事にだけ専念する。
柳田はそれには答えず、代わりに積山がウィルドエンジェモンの方に目をやって言った。
「たぶん、擬態のできるデジモンか、テイマーか、それともこのあいだのアンノウンの残党か・・・」
「おおっと・・!」
窓の外に一瞬目をやった柳田は慌てて立ち止まり、窓の外を見下ろした。
黒い戦闘服に身を包んだ組織の隊員がざっと見ても数十人ほど、こちらを見上げている。
「あれは二ノ宮かな?」
柳田は携帯電話を取り出し、二ノ宮の番号にかけた。
ガラスの向こうで女性がおなじように電話を取り出す。
「はい?二ノ宮」
『柳田や。見えてるやろ?』
二ノ宮は即座に回線をオープンにし、スピーカーに接続した。
スピーカーから柳田の緊張の“き”の字も見られない声が鳴り響く。
「よく見えてるわ。・・・なんでケータイ持ってるのよ。授業中でしょ」
『カンニンな!こうして役にたっとるんやしええやんか』
柳田は苦笑交じりでそう言うと早速と本題に入った。
『それでな―――』
・犯人は職員室で教師3名を人質にとり、“和西、積山、嶋川、辻鷹、柳田の5人”と交換したいと申し出た。
・和西と嶋川には合流していない。
・要求から、相手がデジモンに関する敵である可能性が高いと推測した積山は人間に擬態できるウィルドエンジェモンを呼び、その後職員室に向かった。
・職員室に入ったはいいが教師は3人とも解放されており、爆薬で入り口が封じられ、2人の少年に攻撃された。そのうち一人は拳銃を持っており、“テイマー”と口にした。
・ともあれ、今、『雷槍』で壁をぶち抜いて脱出し、逃げてる途中。
『―――っとまぁこんな感じなんよ』
「は!?電話なんかしててもいいの!?早く降りてきなさいよ!」
『そうしたいのはまぁ、山々なんやけどね。校内に爆弾があちこち仕掛けられてるらしくてな。迂闊に動けへんのや。そうやから変に突入とかせんといてな』
「爆弾!?あ、・・そうか、職員室のところに仕掛けられてたのよね」
『ああ。そやからとりあえずおれと積山、ウィルドエンジェモン、辻鷹でとりあえずがんばってみるわ。様子見てコクワモン連れて“少数精鋭”で援護に来てくれ』
手で指示を送っていた二ノ宮に柳田が電話越しに言った。
『ちょっとまずいかもしれん。できるだけ早く、安全に頼むで』
二ノ宮は再度校舎を見上げた。
4つの人影が見下ろしている。
「OK」
それを聞くと同時に柳田は電源を切った。
即座に辻鷹は拳銃を抜き、壁に背をつけて職員室を見下ろす。
今だに薄い砂煙が漂っている以外、動くものはない。
積山は腕を組むと口を開いた。
「相手は何人だと思います?2人以上いると?」
「たぶんね。金髪の拳銃持ちと蒼髪のは確実にいる。あと一人、爆弾使いがいると思うよ」
用心深く様子を覗い続ける辻鷹がはっきりとした口調で言った。
続ける。
「勝算は?」
「いまはなんとも。かなり強いのでは?」
「同感や。見た感じ動きは素人とは比べ物にならへん。ひょっとしたらおれらより強いかもしれんな」
12:48分職員室――、脇、廊下。
拳銃に弾をこめ、イオはガニメデ、エウロパにそれぞれまったく異なる方向へ行くよう指示した。
同時に、カリストが駆けつける。
「だめだ。二ノ宮はここにいる」
「・・・そうか。こっちも悪い知らせだ。テイマーの一人が擬態できるパートナーをつれていた。」
他の三人を見回し、イオは続けた。
「究極体に進化される可能性がある。もしもそのときには・・・、“騎士”を発動しろ。多少目立ってもかまわない。確実に倒せ」
三人ははっきりと頷き、それぞれ指示された方向に分かれていった。
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