林未、柳田がブレイドクワガーモンで帰還した後、キャノンビーモンが後から和西達に合流した。
柳田は、途中までキャノンビーモンで移動していたが、様子がおかしいのでブレイドクワガーモンで林未と先に進んだ、ということだった。
キャノンビーモンの上でイオに体を支えられていた二ノ宮は生気の無い顔をしていたが、やがて力なくその場に崩れるように座り込んだ。
「彩華ちゃん・・は・・・・?」
黒畑は今その場にいない仲間の安否を訊いた。
しかし内心は想像がついていた。
最悪の想像が。
二ノ宮はポツリ、ポツリと話はじめた。
まばゆい光。
破壊された彩華のデジヴァイス。
その中から転がり落ちた光の石。
風に暴れる赤い髪。
最後に抱きしめた彩華の肌の感触。
離れていく手、指。
消えていく光。
消えていく彩華の笑顔と感謝の言葉。
全ての一部始終を伝え、二ノ宮は泣き崩れた。
二ノ宮は、かつて名月の父親でもある自分の部下を失ったころと変わらなかった。
誰よりも“戦いと死”を恐れる二ノ宮のままだった。
林未の頬を刀がかする。
梗の斬撃が凄まじい速度で連射される。
『木の魔導師』としての治癒能力も追いつかない。
正確に林未の隙をつく攻撃に彼はもちろん、共闘するカラテンモンすら押されつつあった。
もう何時間たっただろうか。
“東方の剣士”の攻撃は一瞬もやむことがなく、弱まることもない。
小川にまで追い込まれた林未は水とぬめった石に足をとられ、バランスを崩した。
とっさに膝をついて転倒だけは避けた林未は次の瞬間には自分を両断するべく振り下ろされた刀を草薙丸で受け止めた。
刀を構成する材料データが力が加わるたびに悲鳴をあげるのを感じ、林未は全身に力を込めて持ちこたえようとした。
動けば、そして一瞬でも気を抜けば、力を弱めれば即座に叩き斬られる。
健助と梗の間合いが近すぎるせいでカラテンモンは迂闊に手出しが出来なかった。
林未は自分の上に覆いかぶさる姉の顔を見上げ、驚いた。
梗は泣いていた。
以前にもこんな顔を見たことがある。
剣道の試合で負けたとき、応援に来ていた自分に見せた顔と同じだった。
声が漏れないように口元を結び、止め切れなかった涙が頬に光っている。
「姉さん・・?」
林未の声を聞いて梗の眼が一瞬、輝きを取り戻した。
「健・・、くん・・?」
林未は意を決して草薙丸を投げ捨てた。
振り下ろされる梗の刀をかいくぐり、姉の体に抱きつく。
背中から刺し殺される事はなかった。
驚きで眼を見開いた梗を見上げて林未は言った。
「姉さん・・! 会いたかった・・・」
その言葉を聞いた瞬間、彼女の手から刀が落ちた。
怯えたような手つきで林未の頬を触り、髪を触り、肩に触れ、梗も健助を抱きしめた。
「健くん・・・、ごめんね・・。痛かったよね・・」
数年ぶりに再会を果たした姉弟はしばらく抱き合い、やがて離れた。
梗はゆっくりと川岸の岩にもたれかかり、腰を下ろした。
「ごめん・・。 わたし・・イグドラシルにハッキングされてるの。・・自由には動けないわ。すぐにまた健くんを殺そうとすると思う」
健助もカラテンモンもそれを聞いて、安心した。
「姉さんの意思とは関係ないんだね?」
静かに頷いた梗を見て林未は微笑んだ。
「よかった」
梗も微笑み、健助を脇に座らせる。
「あまり時間はないの。話しておきたいことが山のようにあるのよ」
「話しておきたいこと・・・?」
梗は頷き、頭を下げた。
「最初に謝らなきゃいけない。あなたを一人きりにしてしまったことを」
「それならもういいんだ。今姉さんに会えたんだから」
「そうじゃないの」
梗の否定の言葉に林未は口を閉ざした。
「あなたはわたしを殺してしまったと思っていたかもしれないけど・・・。あれはイグドラシルがあなたにやらせたことなの」
「ちょっと待ってくれよ・・。どういうことだ? オレが姉さんを・・、殺そうとした?」
互いに意外そうな表情を浮かべた姉弟を見て、カラテンモンが慌てて言った。
「梗殿! 実は何も覚えてないのです。拙者も事が事だけに話すわけにもいかなくて・・・」
それを聞いて林未は“信じられない”という顔をした。
「知っててオレに何も言わなかったのか?」
「・・・そのとおりです」
珍しく本気で怒った健助を見て、慌てて梗は彼をなだめた。
「落ち着いて! 話を聞いて」
カラテンモンを強い眼で睨みつけながら林未は岩に腰を下ろした。
梗はため息をつく。
「ちょっと短気になったかしら? カラテンモンもあなたのためを思って話さなかったのよ?」
「分かってるよ」
まだ憮然な表情を浮かべる健助はフイと横を向いてしまった。
細かい仕草が記憶の中の弟と同じだということに楽しい気持ちにさせられた梗はくすくすと笑い、座りなおした。
「わたしがいなくなった日の事は?覚えてる? あの日、学校から帰ったわたしがシャワーを浴びてる間にあなたがデジヴァイスをいたずらして腕にはめてしまったことがあったの」
「・・・覚えが無いな・・」
呟く健助の背後からカラテンモンが懐かしそうに言った。
「拙者はよく覚えていますよ。 梗殿のうろたえぶりはそれはもう・・。 風邪を引くのではと心配に・・」
そこまで言ったとき、梗が大きく咳払いをした。 頬がすこし紅い。
「・・えっと・・、その日の夜にデジモンが現れてわたしとシュリモンはあなたに留守番させてデジモンを倒しに向かったの」
梗はその光景を今でも鮮明に覚えていた。
リアライズしたばかりのランクスモンとシュリモンが交戦するのを黙って見つめていた梗は背後に気配を感じ、振り向いた。
その視界に銀髪の幼い少女が映る。
さらにその背後にはゲートが。
『誰・・・?』
光景の異様さに思わず呟いた梗は今度は背後に気配を感じ、振り向いた瞬間、刺された。
包丁が服の上から胸に刺さり、肺を貫く。
口と胸から鮮血が吹き出た。
血まみれの包丁を握り、血を浴びた顔から虚ろな目で梗を見上げるのは・・、健助だった。
悲鳴をあげながらその場にうずくまった梗の身体を何かが掴み、上を向かせる。
噴水のように血が噴出し、梗の口に流れ込んだ。
梗を上に向かせた“アンティラモン”はすぐに銀髪の少女の背後に控える。
そこまで聞いたとき、林未は待ったをかけた。
「アンティラモン? 本当にアンティラモンだったのか?」
梗はおどろいて、頷いた。
「え、ええ。確かにアンティラモンだったわ」
林未の脳裏に黒畑の姿がよぎった。
彼女のパートナー、ロップモンはアンティラモンに進化する。
「どういうことだ・・・?」
いったん考え始め、林未はそれをすぐに中断して身を乗り出した。
「それで、それで姉さんはそのあとどうなったんだ?」
梗はうつむき、ほとんど呟くような声で言った。
「銀髪の女の子に“健くんが死ぬか、わたしがイグドラシルに従うか”、選ばれたわ。・・・選択の余地なんてなかったけどね」
そう言い、梗は胸元を広げて見せた。 大きな刺し傷の跡が残っている。
襟元を直し、弟の顔を正面から覗き込んで梗は口を開いた。
「ごめんなさい。 でも健くんが・・・、いいえ・・・・」
梗はいったん口を閉じ、すこし迷ってから続けた。
「 ・・、“蓮”、あなたが生きていてくれるだけでよかったの 」
「桜華、姉さん・・・?」
もう十年ほど前のことだ。
市内の葬儀場で今日も葬儀が行なわれていた。
写真の中で優しそうな微笑みを浮かべているのは林未神楽。
梗と健助の・・・・、
“桜華”と“蓮”の母親だった。
「お母さん・・・! お母・・・さ・・ん・・!!」
“蓮”は始終姉にすがって泣き続け、“桜華”は泣くまいと唇を噛み締めていたが、頬はぐっしょりと涙で濡れていた。
広いホールを埋め尽くす黒衣の集団はいづれも林未家に何らかの形、とは言えほとんどが“金”に関する関係の者ばかりだ。
数少ない“本当に神楽の死を悼む少数派”の中には、辻鷹泉、谷川巧一、積山雄介をはじめとする『初代の10人のテイマー』のメンバー。
そして二ノ宮洋一の一家。 二ノ宮涼美も参列していた。
参列者の挨拶が終わり、遺族の挨拶も終わった。
葬儀が終了し、それに続ける形でもうひとつ、儀式が行なわれた。
“改名式”だ。
特定の人に災難が降りかかった際、『字画が悪い』として名前を改名することがある。
母親を失った“桜華”と“蓮”は名前が悪運を呼び込んだとされて名前を変えることになる。
すべて林未家の意思だった。
こうして『林未 桜華』は『林未 梗』に、『林未 蓮』は『林未 健助』に改名された。
昔から自分の名前に違和感があった。
林未健助、林未健助、林未健助、ハヤミケンスケ、ハヤミケンスケ。
林未梗、林未梗、林未梗、ハヤミキョウ、ハヤミキョウ。
どうりで姉さんの名前、『梗』の字を覚えていなかったわけだ・・・。
姉として弟を安心させたかったのかもしれない。
“桜華”は“蓮”を抱き寄せて呟いた。
「 もういいじゃない。本当の名前を取り戻しても 」
知らず知らずのうちに蓮の目から涙がこぼれ落ちた。
『林未 健助』だったころからの辛い日々が洗い流されるような心地よい感覚に身をゆだねる。
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