海岸線から若干外れた森の中にプリンプモンが停泊していた。
エネルギーが続く間は不眠体質のプリンプモンは一晩眠らず、海上に開いた闇のゲートを見張り続けている。
そのプリンプモンの体の下の部分は中に積山たちが眠るには十分な設備が整っていた。
ベッド、ストーブ、シャワー。
日が昇るとほぼ同時に起床した積山はギルと裁が目を覚ますまで待ってプリンプモンの下から外に出る。
「ああ、セキヤマさん、ギルさんにサキさんも、おはようございます」
「本当に起きてたんだな。一晩中」
半分感心、半分あきれの入り混じった表情でギルはプリンプモンの顔の下半分を見上げた。
プリンプモンは得意そうにすこし笑い、報告した。
「ゲートに変化はありません。一晩中闇がうずまくだけです」
「分かりました。ご苦労様です」
ギルは鼻を動かして積山の肩を叩いた。
「一度見に行ってみるか? ヤバくなったら即、引き返せばいい」
即座に積山は首を振る。横にだ。
「下手に近づくと危ないですね。あれは」
「大丈夫さ。翼のあるカオスデュークモンなら逃げ切れるだけの機動力もある」
ギルの説得はもっともだった。
プリンプモンの話ではあのゲートは長い間変化がなかったという。
しかし海の上に巨大なゲートが開いているというのはデジタルワールドでも異変に該当する。
それでも積山は渋った。
自分ひとりならどうなってもかまわない。“自分に残された時間も少ない”。
しかしギルや裁の身が危険に晒されるのは見逃せなかった。
最悪の事態に陥る可能性が高い。
それだけは何が何でも避けたかった。
もう大切な者を失うわけにはいかない。
目をそらした積山の両脇を彼のパートナーが挟むように立った。
「心配するな。ついていくのはオレたちだ」
ギルの言葉に裁も強く頷く。
積山は自分を見つめる2つの顔を交互に見て、ようやく頷いた。
「分かった。見に行こう」
積山は腰のポーチから究極体進化のプログラムカードを抜いた。
右腕に巻かれたデジヴァイスを胸の前にあげ、後部のレバーを引き、口を開いた挿入部にプログラムを叩き込む。
正面に突き出した右腕が闇に包まれる。
紋様が強く輝いた。
「 ブラックギルモン進化 」
デジヴァイスから闇があふれ出し、積山とギル、擬態を解いたウィルドエンジェモンが飲み込まれる。
風のような闇にさらされる積山を背後からそっと、ウィルドエンジェモンが抱きしめた。
驚きの表情をありありと浮かべるプリンプモンは不意に自分の水平示準器(船体が水平かどうかを調べる機器。容器に入った液体のゆれ具合で調べる)がゆれているのを感じた。
「? !? なんだ・・!? セキヤマさん・・・! ゲートが!!」
プリンプモンは揺れ動き始めたゲートを見つめて叫んだ。
今までなんの変化もなかったゲートが急激に渦を巻くスピードを上げ始めた。
「 おオぉお ォ おお オ おォ・・・・ 極上 の 闇 だ ァ ああ ア ぁ アァ 」
骨を芯から揺さぶるようなおぞましい声が聞こえた。
「・・・くっ・・」
デジヴァイスからあふれ出ていた闇が薄れ、積山たちの姿があらわになった。
肩を握り潰すように押さえる積山を気遣い、 裁 はそっとシャツを脱がせた。
胸まで広がっていた紋様のアザが腕まで戻っていた。
それを見てギルは驚く。
「これは・・・? いったい!? アザが戻るなんて、“蘇生”の代償だぞ!?」
言葉とはうらはらにギルはとてもうれしそうだった。
これで積山の寿命は確実に延びる。
しかしよろこんでばかりいられる訳がなかった。
闇のゲートを注視し、積山は地面に倒れた。
声のない悲鳴をあげ、裁が背中を抱き上げる。
裁の腕の中で積山が呻いた。
「どういうことだ・・・!? あれは・・・、 闇の力を吸い取った・・!?」
「“極上の闇”だったか? 上等だ・・!」
「 次 はァあ ・ ・・極 上 の・・ 光を・・・・ 」
ギルはゲートを睨みつけ、怒鳴る。
「“極上の光”だ? ・・・! まずい! 彩華か・・?!」
『光の粛清者』積山彩華。 彼らは知らなかった。
彼女がすでにこの世にすらいなかったことを。
積山は肩で息をしながらギルの腕を捕まえ、引き寄せた。
「早く・・・!早く町に戻って! ここは危険です。 早く町のデジモンたちに知らせないと・・!」
「だけどな・・・!ほっとけるかよ!」
「ほっとくんじゃありませんよ・・・。ここで私たちが出来る事がない。それよりもやることがある・・!」
反論しかけていたギルは積山のしっかりとした口調に言葉を濁らせた。
「・・分かったよ。確かに、お前の言うとおりだ。 ・・背を向けるわけじゃねぇ」
ギルは呟いてゲートを再度見つめた。
「・・!!? 伏せろ!!」
凄まじい殺気にガイオウモンがとっさに怒鳴る。
荒地の風景は変わらなかったが、若干地面が揺れているのが肌で感じられた。
「災害・・!?」
後続の辻鷹が地面に膝をついて周囲をさっと見渡す。
彼の眼にはとくに異変は感じられない。 ゆれている以外は。
一方、辻鷹・ガブモンの後ろを歩いていたヴィクトリーグレイモンはしきりに嶋川のコートの裾を引っ張った。
「こーうーじー!! 危ないんな!! 伏せたほうがいいって!!」
ゆれにも動じず、嶋川は立ったままだった。
そして自分の真下から見上げるビクトリーグレイモンを見下ろす形で言った。
「なんだか・・、おかしい・・?」
それを聞き、ヴィクトリーグレイモンは寝転がった状態で頬杖をついた。
「そりゃそうだろーな。今まで災害ではなにか大きな変化が伴うのが特徴だったからな。このゆれはちょっと違いそうだ」
逆に、刀の柄から手を遠ざけないガイオウモンは唸るように呟く。
「なんでもいい。行くぞ。『賢者の塔』までまだあるからな」
もうゆれなどどうでもよくなったヴィクトリーグレイモンも立ち上がって言った。
「そうな、夕方までには帰らないと・・・、どやされる」
「『賢者の塔』ってのはなんだ?」
詳しい話をなにも聞かされていないので、アグモンがとうとう訊ねた。
ヴィクトリーグレイモンが愛想よく答える
「『賢者の塔』ってのはな、ワイズモン全員が所属する機関だ。代々エンシェントワイズモンに進化したワイズモンが『アカシック・レコード』を読み解いて知恵を分け与えてくれる」
「なにか訊きに行くのか?」
「いや、」
ヴィクトリーグレイモンは一度否定し、嶋川に振り返って言った。
「 “聞きに行く”のは君たちだよ。デジモンテイマーさん 」
「何を無駄話をしている。急ぐぞ」
ガイオウモンが注意する。
「いいじゃんか、ちょっとしたおしゃべりじゃんな」
不服を口にしたものの、ヴィクトリーグレイモンの歩みもすこし速まる。
やがて一行は小高い丘を登り始めた。
さっきの地震からすでに三十分以上経っている。
丘をほぼ登りきったころには、辻鷹はその荒地の丘が“丘ではない”ということに気づいていた。
巨大なクレーターのふちだったのだ。
「やれやれ、やっと着いたな」
ヴィクトリーグレイモンは大げさにため息をついて肩の剣を背負いなおす。
ガイオウモンとヴィクトリーグレイモン以外は全員驚いた目で眼下の風景をしばらく見つめた。
かなり深いクレーターは横幅も大きく、その底は湖になっている。
湖にはアーチ状の橋脚が連なる橋がいくつも中心に向かって伸びていた。
そして湖の中心には島があり、白い塔が一つ、立っていた。
塔自体も相当に大きい。
「これが“賢者の塔”・・?」
ガブモンが呟いた。
「そうだ。 よし・・・、行くか」
そう言ってガイオウモンが先立ってクレーターの壁に作られた階段を下りていく。
湖を細かく分断する橋を渡りきり、塔の真下まで来た辻鷹たちは一度塔を見上げた。
塔の上のほうは先細ってよく見えない。
辻鷹は眼を発動させてよく見ようと思ったが、出迎えのデジモンが姿を現したのでひとまず、やめておいた。
出迎えのワイズモンはガイオウモン達に歓迎の会釈をし、手で塔の入り口、大きな鉄の門を示した。
「ようこそ、武人殿、テイマー殿、ドラゴンズバレーの長殿から話は承っております」
ワイズモンがそういい終わる頃に門が大きな音を立てて開いた。
「おまちしておりました。どうぞ。 最上階の“天の書庫”にて大賢者様がお待ちです」
ワイズモンについて嶋川たちは塔を上へと上がって行った。
塔は空洞のようになっており、無数の階段と柱が張り巡らされていた。
そして吹き抜けに面した壁にはたくさんの入り口が開いており、その中は無数の書物が本棚に詰まっている。
あちこちで本を抱え、また、解読するデジモンはすべてワイズモンだった。
腰に巻かれた布の模様や色が全て違っており、それで個人を判断するらしい。
やがて階段を上りきり、その正面に面した扉の前で案内のワイズモンは立ち止まった。
ワイズモンの脇から首をのばすと、扉が豪華な装飾で覆われているのが見える。
黒塗りの金属に金と銀の装飾がまぶしい。
取っ手の持ち手は月と太陽のデザインだった。
それら全てが、白一色の塔の壁と対照的で、際立って見えた。
ワイズモンはその扉を恭しく示し礼をして道を開けた。
「“天の書庫”、エンシェントワイズモン様の自室にございます。 では・・、私はこれで」
ガイオウモン、ヴィクトリーグレイモンがまるで合図があったかのように同時に礼を返し、辻鷹たちは慌ててそれに従った。
ワイズモンは脇にしりぞき、代わってガイオウモンが扉の前に立つ。
と、同時に扉が音もなく開いた。
赤地に金糸の絨毯が部屋の奥へと延びていた。
「 ようこそ、客人様。 どうぞお入りください」
男性のような声が響き、ガイオウモンたちはそれに従った。
全員が入って、すこし間をおいて扉が閉まる。
広い部屋にはタペストリーがかけられ、壁は全て本棚で埋められていた。
その部屋の中央に、緑色のマントを羽織ったデジモンがいた。
3メートルはある背の高いデジモンで、フードと口元を隠す布で顔は見えない。
体はなく、マントの下には曇りひとつない鏡があった。
手に持ったやわらかそうな飾り扇子が一定の間隔をおいて鏡を撫でる。
エンシェントワイズモン。
大賢者は不動の姿勢で言った。
「ようこそ、賢者の塔へ。 わたくしでもよろしければ、お力になりましょう。どうぞ・・・・おかけください」
丁寧な口調でエンシェントワイズモンは大きなソファを示した。
全員が座るのを待って、ガイオウモンがまず、礼をした。
「お時間を割いていただきありがとうございます。大賢者と名高い貴方様に相談したい事柄があり、参上致しました」
「そのような院議な口調など不要です。この件はわたくしもぜひ、話し合いたい事柄ですからね」
ワイズモンがお茶のポットとカップを机に置き、部屋を出るのを待ってエンシェントワイズモンは嶋川、辻鷹、アグモン、ガブモンに向かって一礼の意を示した。
「光栄です。デジモンテイマー殿。 わたくしの知るあなたがたの戦いの知識をお話致しましょう」
「あ、えっと・・。ありがとうございます!よろしくお願いします!」
緊張して頭が回らず、辻鷹は慌てて思いつくなかでもマシな返事を返した。
「かつて、戦争がありました。復活した“七大魔王”と『反イグドラシル組織・バイスタンダー』、そしてイグドラシル直轄の騎士団・“ロイヤルナイツ”との戦争です。
“七大魔王”とは七体の大魔王デジモンからなる集団で主にダークエリアに巣くうデジモン達を率いていました。
“ロイヤルナイツ”とはデジタルワールドセキュリティの最高位、イグドラシルの命に従い戦う十三体のデジモン達の集団です。彼らはブレイブナイツと呼ばれる騎士団を従えていました。
そして、七大魔王側にもロイヤルナイツ側にも加担していない、一般のデジモン達が生き残るために組織したのが“バイスタンダー”でした。
特にあなたがたに関係が深いのは“バイスタンダー”でしょう。
“バイスタンダー”は戦争の原因がイグドラシルによるものだと分かっていました。
イグドラシルが“七大魔王”の封印を解除し彼らを復活させ、ロイヤルナイツに討伐を命じました。『その際にはデジモン達の犠牲は問わない』と、『七大魔王に加担すると思われるものは即、その場で排除せよ』と。
“バイスタンダー”はロイヤルナイツと七大魔王、そしてイグドラシルを止めることが出来るのは『リアルワールドのデジモンテイマー』と呼ばれる存在だと考えました。
そして、当時のバイスタンダーのリーダー、インペリアルドラモンパラディンモードは3体の幹部を送り込んだ。
サクヤモン、ランプモン、そしてカオスモンを。
その3体がリアルワールドへ向かったことはすぐに七大魔王が察知した。
直接バイスタンダーとテイマーを倒してしまおうと考えた魔王はデジタルワールドに向かい、サクヤモン、ランプモンは殺されてしまった。
しかしテイマーたちの能力を発現させることに成功し、魔王のうちバルバモン、リリスモン、デーモンを倒す事が出来た。
その後テイマーたちは襲われ、意藤響音、谷川巧一、林未神楽、嶋川和葉、黒畑正次、和西良平は死亡、辻鷹泉、積山雄介が行方不明。
辛うじて生き残った十人の子供たちが、あなたがた、ということになります。
当時、ロイヤルナイツも騎士の不足に悩まされ、リアルワールドから人間を連れてきて“プロトコル”と呼ばれるプログラムを持たせることでロイヤルナイツの一員としました。
テイマーが全滅した頃から、デジタルワールドではすこしずつ、“災害”が起こるようになりました。
そして、あなたがたがテイマーとして覚醒する頃にはバイスタンダー勢力は弱まっていき、残った七大魔王も姿を消しました。ベルゼブモンは失踪、リヴァイアモンは眠りに入り、新たに加わったベルフェモンも姿をくらまし、ルーチェモンも表立った行動を控えていました。
ロイヤルナイツからはあなたがたが覚醒したという情報を得て、4人の騎士が派遣されました。
デジタルワールドに残ったロイヤルナイツでは“東方の剣士”と呼ばれる騎士が離脱。
やがて、メタルエンパイアという機械帝国が完全に独立するとほぼ同じ時期、ベルフェモンが次々と究極体デジモンを倒しはじめました。
これによりバイスタンダーはリーダーのカオスモンを除いてほぼ壊滅したそうです・・・」
エンシェントワイズモンは長い長い語りを終え、うつむいた。
嶋川たちも今聞いたばかりの話を反芻し、同じように視線を落とす。
やがて辻鷹はすこし遠慮がちな口調で訊いた。
「それで・・・、今、バイスタンダーはどうなったんですか?」
「今はもうありません」
エンシェントワイズモンは冷静な口調で答える。
「そのカオスモンも数日前、ロイヤルナイツのデュナスモンに倒された、と聞いています」
ガブモンが肩を落とした。
「会ってみたかったな・・・。仁だってそうだろう? お母さんの話が聞けたかもしれない・・」
しばらく、全員が沈黙を守った。
ガイオウモン、ヴィクトリーグレイモンもババモンから詳しい話を聞いていたが、“本当の意味での当事者達”と聞く話はまた違って聞こえた。
やがて、嶋川が呟く。
「それで・・、俺達はどうすればいい? 何と戦うべきなのか知っているか?」
エンシェントワイズモンの眼がフードの下から嶋川を見定めた。
「 ・・・ロードナイトモンをはじめとした数体の騎士は、『我々は神を名乗る者に従う』とイグドラシルに明言し、騎士団を離脱したと聞いています 」
「『神を名乗る者』・・・? なんなんだ?そいつは」
「ヴァジラモンもウィザーモンも教えてくれなかったぞ・・?」
嶋川、アグモンが答えを促すようにエンシェントワイズモンを見上げた。
「分かりません。 デジモンなのか人間なのか・・・、それ以外なのかも」
エンシェントワイズモンは完全に眼を閉じてしまった。
自分の知らないことが必要なことで、それを知らないことを悔やんでいるようすだった。
「ただ・・・、これだけは、助言することができます」
エンシェントワイズモンは全員の方へ向き直り、言った。
「 あなたがたはまず、イグドラシル、ロイヤルナイツと戦うべきです。彼らの目的は自分達に敵対する“神を名乗る者”がリアルワールドの人間であるとして・・リアルワールドごと破壊しようとしています 」
辻鷹は驚いた表情で顔をあげ、嶋川は黙って腕を組み、足を組んだ。
エンシェントワイズモンは話を続けた。
「 イグドラシルの目的は分かりません。ただ、『アカシック・レコード』の記録にはこうあります 」
「 『デジタルワールドの神として君臨した者は、自らの望む世界を支配する』と。 」
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