「うわぁあああ!!!」
ドラゴンズバレーの町の外れ、闘技場の瓦礫の山に嶋川が頭から突っ込んだ。
砂煙が上がり、積まれた瓦礫がいくらか崩れる。
ドサッと瓦礫の山の手前に着地したヴィクトリーグレイモンは大剣の刀身を肩に乗せ、その場にしゃがんだ。
「どうした? まだ昨日の方が強かったんじゃねーかな?」
膝の上についた頬杖を傾け、ヴィクトリーグレイモンはわずかな首の動きで周囲全体を一度確認した。
ほぼ一瞬で状況を把握する。
相当な戦闘経験がもたらす賜物だった。
そもそも、嶋川もメタルグレイモンも感覚的に分かっていたことがあった。
ヴィクトリーグレイモンが強すぎる。
まるで積山たち、カオスデュークモンを相手にしているような圧倒感に押しつぶされそうになる。
彼の背後ではメタルグレイモンの巨体が前のめりに横たわっていた。
「・・く・・、そ・・」
メタルグレイモンはなんとか体を押し上げ、ヴィクトリーグレイモンの背中を睨みつけた。
「まぁまぁ、ちょーっと休憩しようぜ?」
ヴィクトリーグレイモンはそう言って立ち上がった。
兜の奥の眼が平和に笑っている。
その眼はすぐにすこし離れた地面に落ちたピアスを見つけた。
「? なんだこりゃ」
「さわるな!!!!」
ヴィクトリーグレイモンはそれを拾い上げようとし、なにかに反応して飛ぶように身を退いた。
炎撃刃が地面に深々と突き刺さる。
瓦礫の中から身を起こしながら、嶋川は再度着地したヴィクトリーグレイモンを睨みつけていた。
「・・・さわるな・・・!!」
嶋川は瓦礫の上に立ち上がると数歩先に転がったピアスを拾い上げた。
もうひとつのピアスと一緒にベルトについたポーチに戻す。
神妙な顔でヴィクトリーグレイモンは言った。
「(さわってないけど)悪かった。 ・・・大切なものなのか、それは」
嶋川は返事をしなかった。
代わりに違うポーチからプログラムカードを取り出す。
「訓練再開だぜ・・。休憩なんかしてるヒマねぇんだよ・・!!」
ヴィクトリーグレイモンは眼を閉じた。
その場に座る。
「いーから、座れよ。ちょっと休んだらどうな?」
進化したウォーグレイモンは首を横に振った。
ブースターを全開にしてヴィクトリーグレイモンに突進する。
「うぉおおおりゃぁぁああああ!!!!!!!」
嶋川は焦っていた。
自分はこんな所で時間をとっている場合じゃない・・。
しかし、今後の戦いで“まともに戦う”だけの戦闘能力を得ることは必要だ・・。
それだけの戦闘能力がなかったから
自分は計を失ってしまったのだと。
簡単に背後を取られ、首のすぐ横にはヴィクトリーグレイモンの剣がある。
ウォーグレイモンXを見下ろすヴィクトリーグレイモンの表情は陰になっていたが、眼は強い光を保っていた。
「いーから、座れよ。ちょっと休んだらどうな? それとも・・・」
ヴィクトリーグレイモンは剣を下ろし、動かないウォーグレイモンの背中に向かって言った。
「――訓練の成果があれば休憩するか? ・・・『ブースターだけに頼るな』」
最後の一言で嶋川は自分の中でなにかがブチ切れるのを感じた。
ブースターの出力のせいで自分が谷川を救えなかった。
・・・そう言い訳をしていたことを認識してしまったからだ。
本当にブースターが、空を飛べないことが谷川を助けられなかった原因だったか?
残酷な自問自答がウォーグレイモンの思考を駆け巡る。
大きな音を立てて炎撃刃が地面に落ちた。
それを追うようにウォーグレイモンも地面に膝をつき、茫然となった。
ヴィクトリーグレイモンは、腰を落としたウォーグレイモンを見て静かに頷き、その隣に座った。
「さ、休憩にしようか。・・話でもしてやろーか? つってもオレの昔の話なんだけどな」
そう前置きし、ウォーグレイモンがなんの反応も示さないのを見て、ややあってヴィクトリーグレイモンは語り始めた。
数年前のことだった。
その当時、ヴィクトリーグレイモンは“アグモン”だった。
ヴィクトリーグレイモンはリテールシティと呼ばれる、荒野のくぼみに広がる比較的大きな街に住んでいた。
度重なる災害に襲われることも想定し、この街も非常時にそなえて戦闘訓練を行なっていた。
リテールシティ、成長期戦闘訓練施設。
サイバードラモンの指導を受けて、10体の成長期デジモンが並んで稽古を積んでいた。
いわゆる二人一組の組み手。
五つの組の中で一番早く決着が着いた組で“降参”したデジモンがアグモンだった。
相手をしていたベアモンや、他のデジモンが「またか」と笑う。
「あ゛―、くそー・・・・」
殴られた頭をさすり、起き上がったアグモンを見下ろすサイバードラモンはため息をついた。
「本気を出して戦っているのか? もしそうなら・・生き残れないぞ」
「一番最初に消滅決定!!」
ブイモンの一言にベアモンたちも沸き立ち、サイバードラモンですら苦笑いを隠す事が出来なかった。
アグモンは歯軋りすらしなかった。
ここまでくるともう、開き直るしかない。
「はは・・、そーかもねぇ」
自覚はしている。
正直、こんな実力じゃ街の外に出たら即死、という予想は簡単に出来た。
そうならないように祈って苦笑いする日々が続いていた。
そんな日々が続く、という予想だけは外れてほしくなかった。
こんな弱いデジモンは平和な街の中で暮らすしかないから。
しかし、“そんな日々”は終わった。
突然爆発音が響き、街の中央が火の海になった。
データが焼ける臭いが立ちこめ、サイバードラモンの顔から苦笑いが一瞬で消える。
「避・・・!
その瞬間、地面もろともサイバードラモンが爆発、消滅した。
訓練所の地面が突然炸裂したのだ。
爆炎と煙の中でアグモンは、不釣合いなほどに白い生き物を見た。
人間・・・、直視した太陽のような白い肌。腰まである銀髪。
透き通るような白眼からは涙が尽きることなく流れ続けている。
その人間に向かって次々と襲い掛かる姿。
アグモンが見た訓練仲間の姿はそれが最後だった。
爆発し続ける建物、地面。
ベアモンの頭にあったはずの帽子が燃えながらアグモンの横に投げ出され、消滅する。
惨状を見つめていたアグモンは自分にその銀髪の人間が近寄ってきても体が動かなかった。
背の高さは自分よりも低い。
今にして思えば・・、本当に幼い少女だった。
その少女はただ、「許してください・・・・」とつぶやき続けるばかりだった。
立ち尽くすアグモンを残し、少女は炎の中に再び姿を消した。
データが焼滅するときに発生する有害データにさらされ続け、爆弾の炎にも熱にも全身を襲われ、それでもアグモンは生きていた。
ドラゴンズバレーの調査団が“リテールシティだった焼け野原”にやって来たのは『ロイヤルナイツの襲撃』の2日後だった。
漠然とした黒い視界のなかで、アグモンは声を聞いた。
「・・・師匠、こいつまだ生きてますよ・・」
「さっさと治療班のところに連れていきな・・。どうやら生き残りはこいつだけらしいねェ」
目を開き、アグモンは驚いた。
自分は生きていた。
そして、聞いていた。
“生き残ったのはこいつだけ”
『本気を出して戦っているのか? ・・もしそうなら生き残れないぞ』
『一番最初に消滅決定!!』
それらの言葉がまだ耳に残っていた。
黒い肌のブイドラモンとババモンが自分の真上にいた。
「な・・ん、で・・? お・・レ、いき、てる・・・?」
「生き残るにはな、能力以上のことが求められるもんさ。だが・・・、お前は生き残った」
大声を上げて泣き出したアグモンにゆっくりと背を向け、ババモンは呟いた。
「不思議なもんだよ。“運”としか、言いようが無いね、ったく」
ババモンはいらいらした口調で怒鳴った。
「さっさと連れてきな!」
数年後のあるよく晴れた朝。
深みのある金と黄金色の鎧。
鍛え上げられた体。
背のホルダーには巨大な大剣。
ヴィクトリーグレイモンへと到達したアグモンはドラゴンズバレーの“カーネルフレイムプレイス”に向かう途中だった。
兄弟子にあたる黒いブイドラモンはガイオウモンへと進化し、ドラゴンズバレートップクラスの実力者として戦っていた。
今日から、ヴィクトリーグレイモンも彼と肩を並べ、ドラゴンズバレー最強のデジモンの一人として戦うことになる。
師匠であるババモンの前にひざまずき、ヴィクトリーグレイモンは儀式を受けた。
儀式と言っても実に簡素なものだった。
ただババモンが一言、
「お前を育てるのは苦労したよ。まったく、・・・でもまぁ、あのヘナチョコがここまで腕を上げるのを見るのは暇潰しくらいにはなったわい!! もう教えることもない。がんばんな!」
と言っただけ。
他になにもなく、ヴィクトリーグレイモンはババモンの弟子の一人としてその数分後には任務に向かっていた。
城門を開き、番人であるセントガルゴモンが、ヴィクトリーグレイモンにかがんで話しかけた。
「やぁ、おめでとう。“免許皆伝”ってやつかい? 気のせいか凛々しく見えるよ」
眼を丸くして振り向いたヴィクトリーグレイモンの脇を通り過ぎ、ガイオウモンがぼそっと呟いた。
「気のせいだろ」
ヴィクトリーグレイモンはつれない態度のガイオウモンを見て肩をすくめて見せた。
「・・、じゃ、行って来るな」
「ま、こーして“リテールシティ最弱のデジモン”は“ドラゴンズバレー最強のデジモンの一体”になったわけな。めでたしめでたし・・・・」
ヴィクトリーグレイモンは何の反応も無いウォーグレイモンを一度だけ見て、呟いた。
「オレな、修行続けても疲れきっててもちょっとしたことですぐ笑うんだよな。ひょっとしたら“生き残れずに”死んで行ったあいつらの分まで・・。オレは・・、笑っちゃうんだろーかねぇ・・・」
最後の部分はさびしそうな苦笑まじりだった。
ウォーグレイモンはかすかに頷き、立ち上がった。
「訓練開始だ。時間ねぇんだよ」
「・・ツ!? へいへい・・」
ものすごい速さで剣を交える二体のデジモンが闘技場のアリーナを駆ける。
山の中腹にある洞窟に作られた建物の窓から、その様子がよく見えた。
ヴィクトリーグレイモンに与えられたその建物の壁に棚が作られていた。
棚の上には小さな箱が一つだけ置かれており、中には焼け焦げた帽子の小さな切れ端が一つ、入っていた。
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