大きな振動や轟音が響くたびに人だかりから騒ぎに比例した大きさのどよめきが生まれる。
その両方を聞き流しながら和西は今まで無視してきた脇の席に腰を下ろす。
一応、心配はしてはいた。
まず、いま戦っている仲間だ。ギルが組織を振り切って飛び込んでいった事から考えていま戦っているのは積山に違いない。
そう思うとすこし心配も薄れはした。
積山とギル、ウィルドエンジェモンのコンビネーションは完璧で、和西は今のところカオスデュークモンに勝てる存在を知らなかった。
また、校舎がうまく目隠しになっていて中庭の様子は蚊帳の外からはあまり、いや、ほとんど見えない。
「・・・本当ならまっさきに学校に戻りたいところだけど、その前に話を聞いておこうか」
谷川はそれに応じ、ノートパソコンを開いてなにか呼び出した。
すぐに本体ごと和西に手渡す。
「昨日、浩司達といっしょにあたしの家に行って見つけてきた」
文章ファイルがいくつも並んでいた。
どれも頭に“コピー”とつけられている。
「それにはかなり興味深い内容が記録されていてね」
二ノ宮は和西の手元に腕を滑り込ませ、『コピー・デジタルワールド関係資料』を開いた。
文章にいくつか図が織り交ぜられたものが画面に表示される。
内容は、
・デジタルワールド・・・人間の存在する世界(以後R・Wと呼ぶ)とは違うもう1つの世界。その名称からデジタルな空間、つまりコンピュータ内のサーバのような場所に存在すると考えられる。
・デジタル生命体はなんらかの理由で発生した通り道、ゲートと呼ばれるものを通過する事でこの世界に現れる。(バイスタンダーはそれをリアライズと呼ぶ)
・デジタルワールドにはデジタル生命体が存在し、XXXX年現在、3つの組織が攻防を繰り返している。
バイスタンダー、七大魔王、ロイヤルナイツ
※ロイヤルナイツは人間を仲間にしているという情報あり。
クレニアムモンの視線は空に注がれていた。
校舎半分にめり込んだ形で停止した彼の前にカオスデュークモンが降り立ち、首に魔槍バルムンクを突きつけた。
終始無言のクレニアムモンにカオスデュークモンは問いかけを始めた。
「貴方がたは何者ですか?どこから来ましたか?」
クレニアムモンは黙って首を横に振った。
「どこから来たか、何者か、実はある程度見当がついているのです。あなたはデジタルワールドと呼ばれる場所から来ましたね。それも・・・、人間でしょう」
やはりクレニアムモンは微動だしなかった。
カオスデュークモンは“バルムンク”を引き、すこし後に下がる。
まったく動かないクレニアムモンを見据えたまま時間だけが流れていく。
その時、
突然声が聞こえた。
カオスデュークモンは目線だけをあげてその声の主を探す。
対象はすぐに見つかった。
細身のデジモンが校舎の屋上の縁に腰掛けていた。
紅い腰布がはためいているのがよく見える。
油断なくクレニアムモンとそのデジモンの両方に気を配りながらカオスデュークモンは校舎に向き直った。
「貴方は誰ですか?」
そのデジモンは無言だった。
かわりにその姿が崩れ始めた校舎の中に消える。
次の瞬間には細い剣がカオスデュークモンの目の先まで迫っていた。
すれ違いざまに“ドゥフトモン”は呟く。
「敵に情報は教えない。すぐに倒されるのに教えても意味が無い」
とっさに反応を見せたカオスデュークモンを横目にドゥフトモンは逆袈裟に“破壊の剣”を振るう。
「[エルンストウェル]」
「・・・・!!」
強烈な斬撃を辛うじて盾で受け流し、間合いを取ろうとしたカオスデュークモンの背後にクレニアムモンが迫る。
「[エンドワルツ]!!」
振り下ろされた大槍の下を羽毛のような動きでくぐり、漆黒の翼をうならせて一気に向かいの校舎まで飛び上がる。
と、同時にドゥフトモンは左手に握られた小さな箱の突起を引き抜いた。
「すべては計算と私の手の中に」
校舎が爆発した。
爆風と粉塵、コンクリートの破片を浴び、カオスデュークモンは再び中庭に着地する。
すぐに立ち上がって応戦の体勢をとったがドゥフトモンもクレニアムモンも手に剣や槍は持ち、構えてはいたが襲い掛かる気配はなかった。
先ほどまでは姿の見えなかった金髪の少年、さらに見覚えの無い紅髪の少女が2体の騎士の間に立つ。
すこし間をおいてカオスデュークモンは立ち上がり注意を続ける。
それを待っていたかのようにイオが口を開いた。
「なかなかやるじゃないか。予想以上だ」
「ずいぶんと手荒なあいさつですね」
カオスデュークモンが無表情に返事を返す。
イオは細目の表情を曇らせた。
「あいさつ?いやいや、これは宣戦布告さ。我が君イグドラシルに命じられて君たち“十人のテイマー”を討伐しにきた」
カオスデュークモンは内心首をかしげた。
「何故私達を討伐する?」
対するイオは軽く肩をすくめる。
「敵に情報は渡さないよ。ここからは秘密さ」
彼は手のひらをカオスデュークモンに向けた。
クレニアムモンとドゥフトモンが同時に襲い掛かる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
絶叫と共に柳田とコクワモンが進化したライジンモンが3体の間に割り込み、騎士を跳ね飛ばす。
「アホかっ!なにぼぉっとしてんねん!!」
「いや、失敬」
怒鳴るライジンモンにカオスデュークモンが冷静な声で応対する。
2体が言い合っている間にクレニアムモンとドゥフトモンは即座に身を起こし、各々武器を手に立ち上がる。
「・・・若干の違和感がある」
「ああ、リアライズが完全ではないのか」
軽く体を動かし、ドゥフトモンは不服そうに呟いた。
一方、カオスデュークモンから話を聞いたライジンモンはため息をついた。
「最近、というか・・・?よく命狙われるな」
「ええ、まったくです」
「で?どーする?」
カオスデュークモンはあごを引いた。
「そろそろ事がおおきくなりすぎですからどちらにしても早く事態に収拾をつけるべきですね」
ライジンモンは拳を握り、肩を怒らせる。
「じゃ、その路線で」
その時だった。
すでに倒壊を始めていた校舎の一角が崩れ、中庭に瓦礫と教材によるスコールを吹き込ませた。
「おうわっ」
ライジンモンは慌てて進めていた歩を引き、されるがままにカオスデュークモンと後ろに退く。
両者の間に立ち込めた煙は互いの視界を完全に遮った。
倒壊の瞬間、カリストに庇われたイオは状況を見極めようと飛び起きた。
すぐにカリストの様子を伺い、無事を確認すると次に周囲の様子を探る。
その瞬間、いままで電光のような状況判断を行なっていたイオが完全に停止した。
崩れた校舎から落ちてきたピアノが軟着陸を行い、辛うじてピアノだったと簡単に判別できるだけの要素を残して砕けていた。
鍵盤の白と黒のコントラストをイオの眼が追う。
そのスピードが少しずつ速まり、息が荒くなる。
髪に被った砂埃を払い落とし、身を起こしたカリストはイオの様子を見て愕然とした。
「・・イオ・・?イオ!?」
すがりついて身体を揺さぶるが変化はない。
イオの普段は見えない金色の目がピアノに釘付けにされていた。
絶望にも似た思いで足元に崩れ落ちたカリストは為す術もなく、無意識に自分の髪をブーツにこすりつける。
直後、彼女は紅い眼に怒りを燃え上がらせ、立ち上がり戦い続ける騎士の間をかまわずに突き進む。
頭に巻かれた金属の飾りに埋め込まれた紅い石が輝き、カリストを包み込む。
力ずくで割り込み、カオスデュークモンに槍を突きつけたデュークモンは言い放った。
「来い。カオスデュークモン。まずはお前から倒す」
カリストの変化に驚きは見せたものの、カオスデュークモンは静かに頷いた。
「いいでしょう」
それと同時に黒と紅のデュークモンは飛翔し、またたく間に雲の合間に姿を消した。
クレニアムモン、ドゥフトモンは動きを止め、慌ててイオに駆け寄る。
そしてライジンモンは、
「おーい・・・」
たった一人取り残されて空を見上げていた。
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